第161話 平和ボケ
クロは麻痺した身体を何とか動かそうと、もがきながらボン爺の元へ行こうとする。
【主ぃ〜、少し寝よ?】
「なっ――!?」
ヴィトは前足でクロの首筋を踏み抜いて意識を刈り取ると、大きな木の根元まで彼を運び、護りやすい位置に寝かせてから正面に立つ。
「グルルルルルルル!!」
「グォォォォォ!!」
「シャァァァァ!!」
餌の匂いを嗅ぎつけたのか、魔獣たちが涎を垂らしながら次々と現れる。
【唸ることしかできない食料ごときが、主の眠りを妨げてんじゃないよ】
ヴィトの眼光が鋭く光り、魔獣たちを威嚇する。
「ガァァァッ!!」
だが、ここは魔族大陸。相手がフェンリルであろうと、魔獣たちは怯むことなく襲いかかってくる。
飛び出してきた最初の一体――その首をヴィトは一瞬で噛み千切ると、視界に入る魔獣たちを手当たり次第に屠ってクロの元へ戻る。
だが、血の匂いを嗅ぎつけた新たな魔獣たちが、また姿を現す。ヴィトはそれらを圧倒的な力で蹴散らし、また蹴散らし……それを何度も繰り返した。
その凄惨さは、周囲に異様な雰囲気を漂わせていく。
【あはははっ! 食料がいっぱい!!】
クロの持つエクストラスキル《懺蛇》のような効果が、ヴィトから発せられる。
影響を受けた魔獣たちは混乱し、近くの魔獣を敵と見なして争い始めた。
【宴だぁぁ! 生きたければ喰らえ! あはははっ!!】
血の花が咲き乱れ、地は赤黒く染まり、魔獣たちは倒れ、さらに倒れていく。
「あん? 何だぁこれは!?」
そんな異様な空間に現れたのは、ボン爺と戦っていたバルザイルだった。
「魔獣共の縄張り争いか? ガハハハッ! そうだ、そうだよな! 強いモノが支配する! まさに俺様が目指す世界だ!」
ヴィトはバルザイルに対し、戦闘態勢をとる。
「おっ? 小さいが……フェンリルか? 安心しろ、俺様は手は出さん。好きにやるが良い!」
そう言いながら、バルザイルは拳に力を込め、横にそびえる大木を一撃で叩き折る。
「だが、この俺様に刃を向けるなら……」
「相手になるぜぇ?」
ヴィトは鼻をふんっと鳴らし、目の前の魔獣を喰らう。
【(あれは主の獲物)】
「クックックッ! 誇り高きフェンリルよ、今はまだその時ではないか!?」
【(お爺ちゃん死んじゃったのかな? もしそうなら……主はお前を赦すことはない)】
バルザイルほどの鼻を持ってしても、魔獣たちの血の匂いが充満するこの場所では、クロの存在を見つけることはできなかったようだ。
「また会おうぞ! 獣共の王よ!」
高笑いを残して、バルザイルはその場を後にした。
【やっぱり今殺す? ん〜でも主を護らないといけないし、残念……】
クロの影響を強く受けるヴィトもまた、強者との戦いを好む。
そのとき――混沌とした戦場に、ドスンッドスンッと重たい音を立てながら新たな魔獣が現れる。
【大型の魔獣かぁ〜】
それはヴィトの何倍もの体躯を持つ魔獣。ゴリラのような筋肉と、獅子のような顔を持つ怪物は、周囲の魔獣を蹴散らしながらヴィトの前に立ちふさがる。
「グルルルルルルル!!」
【やっぱり宴はこうじゃなきゃね】
ヴィトの閃光のような一撃が獅子ゴリラ(仮)の右腕に喰らいつく。だが――
【かた〜い!】
その皮膚は非常に硬く、噛み切ることはできなかった。
獅子ゴリラ(仮)はかすり傷を確認すると、ヴィトへ視線を向け、鼻で笑う。
【主ならきっと……「筋肉バカが調子に乗ってんじゃねえよ!!」って言うかな?】
一度でダメなら二度、二度でダメなら三度。ヴィトは執拗に右腕を狙い続ける。
【そろそろかな?】
後ろ足に力を込め、ヴィトは神速で飛び込み、槍のように獅子ゴリラ(仮)の右腕に突き刺さる――そして、食い千切った。
【次は左腕だね】
自慢の筋肉で覆われた右腕を失い、獅子ゴリラ(仮)は動揺する。
そしてその後は、一方的な惨殺劇となった。
獅子ゴリラ(仮)の断末魔が、混沌にさらに深みを加えていく。
* * *
――数十時間後。
「う……」
クロは目を覚まし、指を動かして身体が動くことを確認すると、ゆっくりと起き上がる。
「ヴィト……」
【主ぃ……おはよう】
クロの目の前には、夥しい数の魔獣の骸――そしてヴィトの姿があった。
返り血で毛が赤黒く染まり、かつての斑模様は禍々しいファイヤーパターンとなっている。
「お前……」
【主ぃ〜怒ってる?】
「俺の髪と同じ色だな? それに……斑模様がファイヤーパターンになってるじゃねえか!?」
【そこ!?】
クロの目が爛々と輝き、ヴィトの姿に喜びを浮かべる。
「格好いいじゃねえか! さすが俺の相棒だ」
【わ、わ〜い】
まだおぼつかない足取りで近づいたクロは、ヴィトの頭を撫でる。そして、魔獣の骸を見渡しながら呟く。
「俺を護ってくれたんだな?」
【主ぃ……お爺ちゃんが】
「……どうやら俺は平和ボケしてたようだな。知らないうちに、気持ちが守りに入っていた。――ヴィト! ここからは常に命のやり取りだ。善人だろうが聖者だろうが、俺の邪魔をする輩は全て殺すぞ」
【主ぃ〜、格好いい!】
「とは言え、まずはボン爺の回収だ」
クロとヴィトは、骸となっているであろうボン爺の元へと走るのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
稚拙な文章に対する厳しいお言葉をいただくこともありますが、成長を見守っていただけるとありがたいです。
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