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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第8章 斯くて魔王は再誕せり
91/100

#91 三つ巴

「いッーーー」

「痛ッ⁈」

「ッ‥‥‥」


カドレの森に残るディーネ、ルナリス、そしてマナ。三人が三人とも同時に苦悶の声をあげた。


「だ、大丈夫っスか師匠⁈ ディーネ殿も、ルナリス殿も!」


よろけるマナに素早く駆け寄り慌てふためくクナイ。対照的に落ち着いた様子でルナリスに近寄るエリシュはその原因を分析した。


「‥‥‥これは、アレとの契約のせいか?」

「そう、なんでしょうか? 急に胸の奥に、痛みが‥‥‥今もまだ、疼いて‥‥‥」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるディーネは、胸の痛みとは別に赤黒く熱を発する己が指に嵌る指輪をさすった。


「不味いわね。何が原因かは分からないけど、非常によろしくない。精神が暴走してる。やっぱり私も行くべきだったか‥‥‥」

「今、すぐに、でも、行く、べき」


マナの言葉に同意するように頷き、森から飛び出そうとするディーネを風が押し留めた。


「ッ⁈ シルフィ! 何を!」


ディーネの妹である、風の精霊シルフィ。彼女の妨害に抗議の声をあげるも、その表情にはいつもの作り物めいた笑みがなかった。


「お姉様。残念ながら、森の管理者としてのお仕事を。魔族とは別の、招かれざる客が近くまで来てますよ?」

「なんですって?」






カドレの森、シグと対峙する魔族の軍隊が鎮座している方向とは逆。そこに少数ではあるが騎馬隊の姿があった。

掲げる旗、その中央に座するはレストニアの王家の紋章。それを取り囲むように七つの剣が描かれし御旗。

それが示すはレストニア王国、王家を守りし最強の七王剣であるという事。


「さて、到着だ諸君。我らが失態を取り戻すまたとない機会だ。そして貴様にとっては七王剣として初の仕事だ。存分に励めよデュラメス」


控える部下達に、そして先日晴れて自分と肩を並べる同僚となった者にそう告げるは聖槌グランマインの担い手キリエ・ジュナル。

美しくも威風堂々とした彼女の出で立ち、言葉に皆が自然と姿勢を正した。


「ふふふ、美しき貴女と共に、そして我らが姫をお助けするという、またとない栄誉ある戦。初陣としてこれ以上ない喜び! さあ、僕の力を存分にお魅せいたしましょう!」


馬上で起用に立ち上がり、まるで舞台の上で踊るかのように両手を開く長髪の優男。大剣覇祭にて七王剣の資格を得、エキシビションでキリエと死闘を繰り広げたデュラメス・パラノインである。


「‥‥‥もう一度確認するが、我々の任務は姫様の奪還。それが絶対最優先だ。下手に敵と交戦する必要はない。なので向こう側に巣食う魔族らしき群は無視だ。それに、あの大きな気配の主も、な。カドレの森へ直行する」

「もちろん。華麗に、そして優雅に、醜き者共から姫様を助け出してご覧に入れましょう」


芝居掛かった身振り手振りで、キリエの言葉に前髪を払いながら同意する。キリエは無言でジト目を送るも彼の力量に疑いは持っていない。


「あの屈辱、今日まで忘れた事はない。仮面の魔族め‥‥‥今度こそ七王剣としての職務を忠実に果たす! 行くぞ!」


キリエの号令に騎士達は一斉にカドレの森へと馬を走らせた。





「‥‥‥話が、違う!」


六輝将グラードの部下であり、三柱の内の最後の一柱、キュバレスは情けなくも部下の前で狼狽えていた。

そんな彼女の姿に構う余裕は部下達にもなかった。遠く三柱が一つ、ゼペクターが退治するはずだった人間の、その気配が唐突に、こちらまで届く程に変化したからだ。

昨日のボッケロンザとの戦闘でも、なぜ同じ三柱の彼が敗れたのか疑問だった。魔力も何も感じない敵に、魔族が、それも上位魔族が負けるはずがない。

だが、その疑問は今氷解した。

どのような魔術を使っていたかは分からないが、獲物は自らの力を隠していた。そして、隠す事をやめたのだ。


六輝将にも並び立つ、いや下手するとそれ以上の、身の毛もよだつ程に禍々しき魔力がこの場を支配していた。


「こんなもの‥‥‥私が勝てるわけがない‥‥‥」


上位魔族であるキュバレスでさえ自然とこぼれ落ちる弱音。だが逃げることも出来ない。

逃げれば即、自らの主人グラードの力により粛正を受ける。

敵からも味方からも逃げられない板挟みの状況。結局何も行動出来ず狼狽えるしかない彼女に死神は容赦なくその鎌を持ち上げた。


「何だ⁈」


突如キュバレス達の前方から飛来し転がり落ちる物体。敵の攻撃かと身構え、目の前に落ちたそれをよく観察する。

ぐるん、と仰向けになったその物体はぐねぐねと身をよじらせ、血走った双眸がキュバレスに向けられた。


「ん゛ん゛! ん゛ん゛ん゛ん゛ッ!」

「お前‥‥‥ゼペクター、か‥‥‥?」


腕は捥がれ、口は何かで縫われたのか喋る事も許されず、そして立ち上がる事も出来ずもがき苦しむその姿に二の句が継げない。

助けてくれ、と目で叫ぶ自分と同じ三柱のゼペクターの様子に、キュバレスの心は折れた。


だが、もう遅い。




「これは、怒りだ。この身に内包する抑えようの無い地獄の、その蓋。開けたのは、貴様らだーーー《魔装重複顕現》」


遠く、闇が生まれる。日が遮られたように、夜が突然訪れたように。光すら飲むのっぺりとした黒が大地を侵食する。

まるで墓標のようだ。広がった影から数え切れない程にせり上がるは黒き毒剣。その光景をただ呆然と、キュバレス達は眺めていた。


「邪魔だ‥‥‥邪魔だ邪魔だ邪魔だッ! 纏めて、消え失せろ! 《蛇竜よ塞ぎ堕とせ(ヒュドレイン・)毒翼の刃嵐(ツヴァイラ)》!」


大地から空へと射出される無数の毒剣が天蓋を覆った。曇天のように隈無く虚空を埋め尽くし、そして豪雨のようにキュバレス達へと落下した。


「あ‥‥‥あ、ああ、あァァァアア! 《魔装顕現》ッッッ!」


迫り来る圧倒的な物量に、それでも身体が動いたのは最後の生存本能か。キュバレスは取り出したる鞭状の魔装を振るい、落ちくる毒剣の雨を弾く、弾く、弾く。必死に、叫びながら、無我夢中で。

それすら行えぬ彼女の部下達は、次々と毒剣の餌食となっていく。頭を、腹を、胸を穿たれ一息に絶命するならまだ救いがある。

運悪く下手に直撃せず、擦り傷を負った者は皆一様にゼペクターのように苦悶の叫びを響かせた。


「アギャギャギャギャヒィィッ!」

「イダイイダイイダイイダイィィィィ!」


擦り傷すらも致命傷。《双蛇の絞刃(ツヴァイラ)》は傷口から瞬時に致死性の猛毒を全身に行き渡らせる。

皮膚を紫色に染め上げられ、激痛と共に悶え苦しむ彼らだったが、毒剣の豪雨は止まない。すぐに落下する刀身が彼らの身体を細切れにし、命を代償に苦しみから解放した。


「ん゛ッッッーーー」


その余波で、彼らより長く苦しんでいたゼペクターもようやく命を絶たれ責め苦は終わった。


「嫌だ、嫌だ嫌だァァァアア! こんな、死んで、クソクソッ! クソォォォオオ! 私は‥‥‥私はァァァァァア!」


いつ止むかも分からぬ嵐の中でただ一人、キュバレスだけは必死に生にしがみついていた。鞭を振るい続ける。力を緩める事など出来ようか。周囲に無残に散らばる骸のようにはなるまいと、限界を超えて毒剣を叩き落とし続けた。


「ーーーハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


そしてその努力は報われる。空を覆っていた無数の毒剣は全て地に落ち、彼女を祝福するかのように陽光が射した。


「やっ‥‥‥た‥‥‥助かった‥‥‥」


限界以上の稼働に身体は悲鳴をあげているが、そんな事よりも今生きているという喜びでキュバレスは満たされていた。


「ははっ、ハハハハハッーーー」

「《超電磁抜刀・絶鳴(イアイ・ゼツメイ)》」


快晴のはずの空に一筋の光が真っ直ぐに落ちた。キュバレスはそれを見る事も、また身体を縦に一直線に断たれた痛みも感じる事なく、雷光に飲まれ、消えた。

遅れて鳴り響く轟音の中で、全ての柱を消したシグは残る将、グラードが座する集団へとギラリと視線を向けるのだった。

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