#92
カドレの森から北東でシグが戦闘を行っている最中、キリエ達王国の騎士らは北西部から森へ侵入を果たした。
「森というより、密林に近いな。ここまで大規模に生い茂っている場所など、大陸でここ以外ないだろうよ」
「とても清く澄んでいる。ここには人里には無い自然の魔力が充満していて、心地よく、そして恐ろしい。あぁ、とても神秘的だ」
馬は少数の騎士と共に外に待機させ、森へと分け入ったキリエら一行。人など住まぬ原初の森に勿論道など無く、足元に生い茂っている草木に気をつけながら進んでいく。
「デュラメス。姫様の位置はどうだ?」
「この森にいる事は分かるけれど、いけないね。大気の魔力が多過ぎる。正確な位置までは追えない」
「‥‥‥そうか」
ヒラヒラと手に持つ杖を振るわせながらそう答えたデュラメス。それに対し思案するようにキリエが足を止めた。
「ミスキリエ。森の散歩は僕には苦ではないけれど、この中でお姫様を探し出すのは中々に大変だと思うのだけれど」
「弱音は聞かんぞ」
「せめて効率良く手分けしては?」
「‥‥‥いや、駄目だな。この森の生命体は強力だ。下手に戦力を分散させれば次々とやられてしまう可能性もある」
これはお手上げだと肩をすくめるデュラメスの前で、キリエがおもむろに背中に担ぐ大きな聖槌グランマインを取り出した。
「しかし、このまま非効率に時間をかける訳にもいかんな」
「そうだけど、ミスキリエ? 何を?」
「せめて歩き易くしよう」
キリエが何をするか理解したデュラメスはその場を飛び退いた。
直後横薙ぎに振るわれる聖槌。大気を震わせる一撃は、彼女の目の前にあった森林を根こそぎ吹き飛ばした。
「よし、行くか」
「‥‥‥優雅ではないけど、これもまた力の美しさ、か」
満足気に聖槌を担ぎ直すキリエ。だが彼らが歩みを再開する前にそれを阻む者が空から現れた。
「許可もなく侵入し、その上こんな‥‥‥こんな野蛮な行いをするなんて‥‥‥覚悟は出来ているのでしょうね?」
破壊され尽くした大地の上に降り立つのはとても美しい少女であった。しかしその顔立ちはヒクヒクと怒りに引きつっている。
「出たな。魔族と手を結び、あまつさえ姫様を攫った不届き者の一派め」
「どの口がほざいているのかしら。本来なら口すら開かせずにご退場してもらうのだけれど、一応目的を聞かせてもらおうじゃない」
「決まっているだろう! 我らが姫様を、ルナリス・レストニア様を取り戻しにだ! 《爆轟破砕の重地雷撃》!」
振り下ろされた聖槌。発動するは多重爆破の大破壊魔法。その発生源となる魔法陣がディーネの足元に次々と浮かび上がる。
「ーーーなるほど。やらせないわ」
だが魔法陣は光を急速に失い、爆破を起こす事なく消滅した。
代わりに大地を青の光が淡く広がる。
「この森で、そんな物騒な魔法を使わせないわ。《治水》」
青き光はキリエの魔法を治めただけでなく、破壊された大地に新たな緑を再生させていく。
「‥‥‥なるほど、これが森の管理者。精霊の力か」
その様子を、おそらく誰よりも本質的に理解しているキリエが苦々しく呟く。彼女の持つ魔力を暴く虹色の魔眼が細められた。
「美しいッ! ああ、何という美だッ!」
それとは対照的に喜びの声が叫ばれる。感動に打ち震え、顔を覆い天を仰ぐのはデュラメスである。
「ミスキリエの破壊の美も素晴らしいが、貴女の全てを優しく包み込む、ああなんと美しく素晴らしい魔法か!」
「あら、そこの野蛮な女戦士に比べれば、中々見る目があるわね。でもいけないわ、既婚者を口説くなんて」
満更でもないように髪をかきあげ悪戯っぽく微笑むディーネへと、デュラメスは腰に挿した得物を抜き放つ。
「それは失礼。ですが、美しき者には正直に、その美しさを伝えるのが礼儀かと。そして、僕の美しさはさらにそれ以上であると、ああ魅せつけなければ!」
それは剣の中でもひときわ細い刀身を持つ、刺突を主な攻撃手段とするレイピア。
枝分かれした鍔は敵の攻撃を防ぐには心許ない、だが繊細で美しい、薔薇の棘のように持ち手を守る。
「 《聖刺剣アルメディアス》! さあ踊れ!」
七王剣に与えられる専用武器。王城の中庭にそびえる神樹の枝を元に、数ヶ月をかけて造られたデュラメスの為だけの聖武器だ。
切っ先が宙を踊る。魔力を乗せた刀身が淡い光の軌跡を空に残す。
「《嗚呼聖なるかな我が雫達よ》」
デュラメスが描く魔法陣から飛び出す無数の水弾。以前より速度も威力も増したそれらが、対峙するディーネへと容赦無く襲いかかった。
広範囲に炸裂した水弾が周囲の土や木々を巻き込み、視界を覆う程に空へ散らせた。
「‥‥‥へぇ、いい度胸してるわね」
常人なら形すら保てぬ水弾の嵐を受けて、それでも平然とした声が通る。巻き上げられた土煙が晴れたそこには、巨大な水の檻に包まれたディーネの姿があった。
「この私に、水の魔法で勝負を挑むなんてね。いいわ、見せてあげましょう。精霊の力、思い知りなさい」
身を守る水の檻が解き放たれる。渦を巻くように空へと昇るその姿はまさに龍であった。
「はーーーアァァァアッ!」
影が飛ぶ。生きる者が何一ついなくなった戦場から。最後の獲物へと、飛翔とも言える超電磁抜刀の反動で。
怒りにより思考力が低下している今のシグは、昨日ボッケロンザの部下が一斉に潰された謎の攻撃について頭になかった。そして、それを引き起こしたであろう宙に浮く十字架に注意も払わなかった。
そして、それがいつのまにかこの場から姿を消している事にも。
「《大黒天・灼燼の揺光炎》!」
弾丸のように飛翔を続けながら、振り回された斧より繰り出される黒陽の塊が先手を取る。落ちる先はもちろん、敵将の本陣。
怒涛の勢いで迫り来る黒き太陽を目視出来た者達が騒ぎ立てるが、もう遅い。
漆黒の炎が全てを飲み込む。
「潰れろーーー《其等の罪架よ失墜せよ》」
しかし、太陽は堕とされる。軌道が無理矢理変化し、真っ直ぐ地面に叩き落とされた。
直撃を免れたかに見えた敵の兵達だが、なんと同じく地面にその身をぐちゃぐちゃに押し付けられている。
爆ぜる炎が消え失せる頃には、最早誰一人としてその場に立つ者はいなかった。
「‥‥‥‥‥‥」
飛翔から着地し、敵の本陣だった場所で自らが引き起こしてはいない惨状に、言葉無く立ち尽くすシグ。
そこに、唯一無事であった豪奢な馬車から声がかかった。
「ーーーなぜ俺様の前に立っている、人間。平伏せ」
「ぐッーーー⁈」
言葉とともに発生した途方もない圧が、シグを上から押し潰さんとする。そこら中に散らばる肉塊のようにはならなかったが、四肢を地面に投げ出し、うつ伏せの状態になってしまう。
「ラヴィニアめ、羽虫を素通りさせるなど‥‥‥いや、アレは命令通りに動いたという事か、ふん」
客室から悠々と現れた人物は一人で不満気に納得し、未だ動けぬシグの方へとゆっくり歩み寄る。
「ぐッーーーォォォオオ!」
背中に乗り続ける圧を無理矢理どけようと力を込め叫ぶシグ。徐々にだが、立ち上がろうと身体が動く。
「《暴威跪なる重字架》よ、潰せ」
「ガッーーー⁈」
だがそれ以上の圧が加わる事により、再びシグの身体は地面に押し付けられる。
「‥‥‥魔、装‥‥‥か‥‥‥ッ」
なんとか上げた頭。視線の先には魔族が、ボッケロンザら三柱の上に立つ者、六輝将グラードがいる。
魔族でも稀な、そして現魔王バドゥークと同じ二つ角を持つ強大な敵が、おそらくは自らの魔装であろう身の丈程もある十字架をその手に持ちシグを見下ろしていた。
「ふん、くだらんな。いくら《闇の刻印》を持とうが所詮は人間か。満足に立つ事も出来ぬ屑。それは貴様には過ぎた力だ、返してもらおう」
「ぐぉぉぉおッ⁈」
シグの背へと十字架が堕とされる。今までの数十倍の圧が人間の身体を粉々にすり潰して行く。だがその度に《不死者》の力がシグの身体を再生させる。
破壊と再生、絶え間ない苦痛に叫びが響き渡る。
「‥‥‥やはり厄介なのはソレだな。このままラヴィニアを待つのもいいが、俺様に虫ケラを延々と踏み潰し続けるような趣味はない。退屈しのぎだ、足掻いてみせろよ」
「〜〜〜ッ!」
身体を押し潰され続ける激痛に晒されながらも、動けぬ身体はそのままに、シグは影を、《闇の支配》による領域を展開させる。
グラードは自らの足元まで広がってくる影を見て鼻を鳴らした。
「くだらん。《蛮勇なり反引せよ》」
唐突に圧の方向性が変わる。上から下の縦ではなく、真横へ。巨大な槌で横殴りにされたかのように、衝撃とともにシグの身体が吹き飛ばされた。
「その程度か? 魔王の証とは。俺様がそれを手に入れる前の余興だ。もっとその力を使って見せよ、人間!」




