領主さま、悶絶する
フローラたんの残念被害者 2番目登場
(筆頭はハネちゃん)
領軍に守られる村に、落とし子。
実はこれ、異常事態である。
今までの数少ない落とし子たちは、こんなに幼いうちからキラキラしいデビューなどせず、ある程度の年になってから加護に気付き、神殿やしかるべき所へ届け出たりするのがほとんどだった。
つまり、その辺に落とし子はゴロゴロしていない。
みんなしかるべき場所にいて、一般人が気軽に会える存在ではない。
何故こんなことになったかと言えば、やはりフローラのせいである。
生まれたときに目立ちすぎた。
こんな派手に目立つ加護を与えたヘラ様のせいとも言える。
で、領軍に守られてるし、もう安心! フローラ、この地で幸せに暮らしました~end~とはならなかった。
第二次フローラフィーバーの後、まず領軍を差し向けた領主さまが、物凄く慌てて村にやってきた。
数名の供と護衛の兵士数名で、騎馬で駆けつけたのである。
この世界、中世ヨーロッパっぽい。
つまりお貴族さまの移動は馬車が基本。
それなのに、騎馬でかけられる供のみ連れて、領主さまが直でやってきた。
本来なら有り得ない事態である。
しかし、この世界で最も尊い神の落とし子がいるかもしれないのだ。のんびり馬車の旅をしていられるほど、領主さまの神経は太くなかった。
実は馬車、出発するのに人も時間も用意もかかる。
まあ、行く先が街ならばまだいい。夜は街で宿泊なら、最低限の食事も水も馬車に積んで行ける。
夜休めるなら馭者も一人でいけるかもしれない。馬の飼葉も手に入れられるし、馬がへばっても領主ならば交換できる。
しかし、向かうのはただの農村。しかも僻地。
人も馬の食事も困らないだろうが、問題は着くまでの間だ。
この時点で、着くまでの間食べる馬の飼葉と人間の食事、着くまでの間飲む最低限の水の持ち込み決定。
荷物を積んだ馬車がいる。つまり馬車が二台になる。
これにより、連れていく人間も馬も増える。
更に問題なのが、フローラの生まれた村は領地の端の方で、村へ向かう間にはただの野っ原が広がっていた。その所々に農村が点在するだけの、完璧なド田舎。
つまり街道がない。
明確にある道は、農民が歩いて作った獣道に毛の生えたようなシロモノ。
馬車で駆けるには危険である。
というか、無理だ。
パワーのある馬で、丈夫な馬車でも、安全確認した上でしか移動できない。つまり時間がかかる。
地元の道に詳しい人間を連れてなら、まだ可能性があったが、その人間を連れてくるのに時間がかかる。
この場合、地域を巡る旅商人とかだ。荷馬車で旅をする上で、道に長けているし、水場も知っている。適任だ。
だが、それには彼らの行き先を特定し、依頼して案内を頼む……至極普通だが、ちょっ速を心がけたい今は都合が合わなかった。
道々案内を募集しながら進むのは、もう少し拓けた田舎だったら可能性があったかも知れない。
街と行き来に定期的に荷馬車を使っているからだ。
馬車は高級品だ。ピンからキリまであるが、最低限の資金がないと持てないし、維持できない。繋ぐ馬も高い。維持するには金も人もかかる。
馭者もいる。
この点、クリアできない田舎者は基本馬車に乗らないので、馬車の通れる道を知っているか不安だった。
そこで、領主さまは自身で自身の荷物を背負い、騎馬で駆けるのが最短じゃね? と、思い付いてしまったのだ。
希望のない現状にかなり追い詰められていた結果である。
もちろん、先だって道の安全確認のための兵士は先行させている。
――いける! もうこれしかない!
そう思った領主さまは、落とし子自領に生誕の報に、かなり目が眩んでいたのだ。
同様に目が眩んでいたものの、騎馬で直接領地の端まで駆けるのが体力的に無理な臣下は、落選したのを血の涙を流す勢いで悔しがっていた。
せっかく本物の落とし子(しかも噂ではべらぼうに可愛い幼女)に会える機会だったのに、と。
その筆頭、前領主さまの代から仕えている爺やさんは、後に語った。
「この時ほど、自分の年を恨んだことはない」と。
そうして領主さまは、比較的若い、行軍に耐えられる人数で、フローラのいる村に到着したのである。
ちなみにこの旅路、領主さまが考えているよりずっと大変だったらしい。
それもそのはず。領主さまのようなお貴族さまは、騎乗して遠乗りは楽しむが、基本的に騎乗したまま旅などしたことがないのだ。しかも今回はなる速希望。
そして本物の軍隊の行軍は、もちろんこんな強行を行わない。戦う前にへばっていたら職分を全うできないからである。
しかし、このボロボロになってまで急いで来た領主さまに、村人の好感度が高まった。
幸いである。
そしてここまでして来た理由の幼女に、さっそく会った。
「ごりょーつたま? はじめまちて、フローラでしゅ」
(注・ご領主さま? はじめまして、フローラです)
フローラ、この時2歳。年のわりに上出来である。
この幼女のたどたどしい挨拶に、彼は身悶えしたかったが、必死で我慢して、彼女に名乗り返した。
「うむ。わたしはこの領地を治める、ディール・フレミアである」
しかし、口角が弛みまくっていた。
ボロボロの格好でにやけが止まらないご領主さまの威厳は全くなかったと、この時同行した臣下は後に言った。
……まあ、その臣下もボロボロでにやけていたのだが。
次回、
領地さま、フローラに貢ぐ(金銭にあらず)
予定です。