美香改めフローラ、爆誕する
美香の喪女スキル、また一つ発覚。
ふんわりとしたストロベリーブロンドが風をはらんで広がった。
やわらかな春の日差しの下、花畑で花を摘む少女は、まるで芸術家が描く絵画のよう。
現実味の薄い、完璧な美少女である。
彼女は、赤みがかって見える金髪の波打つ髪を束ねずに風に晒したまま、一心不乱に腕へ下げた篭に花を摘んでいく。
そんな彼女は小さく歌をうたっていて、それがまた花を摘むのをリズミカルにさせていた。
歌は……日本人なら分かるだろう、茶摘み歌だ。
ブロンド美少女が茶摘み歌。
この残念加減……彼女こそ、女神ヘラに女子力と加護をいただいて生まれ変わった、前世・橋爪美香こと、今世・フローリーチェ。
通称フローラである。
彼女の側には孔雀色の羽根を持つ鳥がいる。
前世の世界の孔雀とは違って、きちんと羽ばたいて飛ぶことができるフォルムだ。
大きさも、孔雀ほど大型ではない。小鳥と鷹の中間くらいの大きさだ。
もちろん、この孔雀色の鳥は――羽根ちゃんである。
この世にフローラと共に産まれ出でた彼は、今の名をハイネと言う。
単に幼すぎて滑舌が悪い幼女が、「はねちゃん」と彼を呼んでいたのを、周囲が聞き間違えた結果だ。
つまり彼の本当の名前は、結局ハネちゃん。通称がハイネである。
神鳥に連なる彼にこの仕打ち。
フローラは、つまりテキトウな女だった。
感性が鈍いおかげだろう。図太いとも言う。
しかし、見る限りフローラは繊細そのものの美少女。
外見詐欺である。
彼女の意外な内面について、知っているのはくらしている村の人びとだけだった。
今も彼女とハイネの少し離れた場所で、見守るように壮年の男性と少年がいる。彼らにはフローラの茶摘み歌が聞こえている。
どことなく民謡ちっくな異国の歌は、フローラの持つ加護のおかげで、なんと異世界でもダイレクトに通じてしまっているのだ。
花も恥じらう少女の歌う茶摘み歌。しかも結構ガチで歌い込んでいる。
いや、それはそれで可愛らしいが、傍から見ていて、美少女が口ずさむのは軽やかなハミングとかであってほしいはず。
しかし彼らはフローラのギャップを知り尽くしているので、いつものこととして、あっさり聞き流してしまうのだ。
酷いときなんて、アニソン(兄貴)を高らかに歌い、ハイネに合いの手を強要するのは当たり前。
フローラ8歳、前世では懐かしのアニソンをカラオケで熱唱する愛好家であった。
お気に入りはG7。
当然、アニメは見たことはないし、どんなアニメかすら知らない。
ただ、内容だけは歌の内容から知っている。
小学生が社長でロボで戦うとか、前世の社会では児童虐待ですぐに問題視されるような内容だ。
しかし、その歌のサビを神鳥に一緒に歌えと強要する方が酷い。
神鳥の一部とはいえ、この世界では紛れもない瑞兆なのに。
その妙なる声で、アニソンのサビ(じ⚪せぶ⚪)。あと絶叫でZ。
ハイネの心は空より広い。
そしてそれを生暖かく見守る村民。
実は口出しすると巻き込まれるので、遠巻きにしているだけである。
だって意味がダイレクトで分かるのだ。そんなすっとんきょうな内容の歌、歌いたくない。
サビでだいたい変な名前を連呼する歌というばかりか、何かの技名とか何かの固有名詞だとわかっちゃうのだ。
ここは(きっと)心の広い瑞兆である神鳥ハイネさまに任せよう。ハイネさまはフローラの神鳥なのだから、と。村民は逃げをうった。
最近はハイネも諦めて付き合っている。
神鳥だけに歌は上手いのだ。
そのせいでさらにソロを強要されているという、無限地獄に入っている。
ハイネの犠牲に、草葉の陰で村人は泣いていることだろう。爆笑で(笑)。
そんな美少女と神鳥は、面白いから見守られているのではない。
フローラの生誕があまりに衝撃的だったし、生まれてから判明した加護の稀少さに、村中が感謝しているからである。
フローラ、サブタイトルどおりに爆誕したのだ。
実際に爆風はなかったが、それほどの衝撃だった。
彼女が産まれ落ちた瞬間、光の柱が立ち、周囲は薫香で包まれた。
そして光の柱が消え去ると、残っていのは幼子と一羽の鳥。
前世で言う、孔雀色のその鳥は、この世界では女神ヘラの象徴と言われていた。
聖者が産まれたと、近隣大騒ぎになった。
そしてしばらくして、周囲は落ち着いた。生まれた女の子は可愛らしかったが、それだけである。
一度見れば可愛い子だね、と。それだけだ。
一緒にいる鳥も綺麗だが、それだけだ。
見るだけで明らかな神威などはなかった。
そしてそれらは、彼女を見た人びとの口から口へと伝わり、やっと騒ぎが落ち着いたとき、彼女に近しい村人たちは、彼女のご利益に気付かされていた。
明らかに農作物の出来がいいのだ。「今年は豊作だ」レベルじゃない。別次元なのだ。
実はこれ、前世の日本の農業収穫物にランクアップしていた。
ヘラ様のくれた女子力のうち、現代料理の再現に必要だったかららしい。
あと、なんかやたら皆運がいい。病気のお爺さんなんか全快して働きまくっている。
これもヘラ様のご加護のうち。心がけで上がる好感度と運気のせいだった。
フローラが心がけで運勢を上げられるのは、見知ったひとだけ。しかも男性限定ではなかった。
どうも好感度操作は男性限定のようだが、いるだけで豊作を呼び、運気を上げてくれる、あどけない美幼女に好感を持たない女がいるだろうか。
つまり、村中にチヤホヤされ、フローラは自分に優しい村人たちと、このまま平和に暮らしていきたいと無意識に思っていた。
近しくなきゃ、普通他人のことなど気にかけない。だからご利益があったのは村の人たちだけだ。
しかしこのご利益、いずれ周囲にバレる。
農作物の出来は隠せない。
一部は売り物にする予定で育てていた。あとはご領主さまにも納める。
村の中でも、当然だが特にフローラの両親は娘の将来を慮り、悩んだ挙げ句、自分たちの裁量では図りきれぬと、村の祭祀を司る神官に相談した。
この神官、村に在住ではなかったので、それまでフローラに直接会ったことがなかった。
相談を持ちかけられ、神官がフローラに会うために村に訪れて、そこではじめて他者の鑑定ができる者がフローラを見た。
その後、彼女がこの世界で最も信仰される女神ヘラの加護持ち――この世界では落とし子と呼ばれる者だと判明。
やがて隠しきれない加護の影響で、そう言えばと人びとは思い出した。
――あそこって、聖者が生まれたと一時期騒ぎになった所じゃないか、と。
フローラフィーバー、再び。
今度はご利益(豊作と幸運)判明済み。
純粋に、彼女に一目会いたいと人びとが押し寄せ、その内に邪な者たちも紛れ込むこと多数。
村人はフローラに守り手をつけようと決めた。
彼女のもたらす恵みと加護に、全員がお世話になっている。
まずはできることからだと、腕に覚えのある村人を集めて、フローラちゃん自警団を結成。
その間に神官サイドから領主に話をしてもらって、対応してもらうのが最良だとなった。
領主もこの騒ぎと幼女について、耳には入っていた。
ただ、領主さまは平時は王都のお屋敷で生活している。
実際にフローラ生誕の折の騒動を目にしていなかった。
なので最近まで、またなんか領民が騒いでるな、程度でしか認識していなかった。
しかし、大慌てで神官が駆け込んできて、事態を悟った。
マジものの奇跡の幼女。神の落とし子が自分の領地で発見される。
領民は、領主のものだ。
領主さま、大慌てで領軍を村に差し向けた。
落とし子が自分の領民である幸運を守らねばならない。
結果、現在この村はほぼ領軍が取り囲んで防備している。そして村のなかでは自警団が持ち回りで見守る体制に落ち着いた。
案外、領軍らの包囲を突破してくるやつがいるのだ。
女神さまに愛された、恵みの娘。そばには、瑞兆の化身、眩い体色持つ神鳥。
その存在は、じわじわと世界に広まっていく。
――本人の、残念さを差し置いて。
次回、
領主さま、悶絶する
予定です。