女主人フローラ(4歳)
ジャンル、迷走中。
「もう嫌じゃ!」
そう叫んで、村長は机に突っ伏してぎゃん泣きをはじめ、側にいた村人はあまりの醜態にドン引きした。
バンバン机を叩く村長が側には、領軍経由で入ってきた酒瓶が置いてある。
村の収穫祭や年末年始で自家製のものをささやかにしか飲んだことのない村長に、市販されているレベルの酒精は強すぎたらしい。
「もう村長なんかやめる! やめさせてくれ!」
村長、現代でのキレた若者みたいである。
しかし村長がそんなふうになってしまう訳を察している村人は、強く止めることができない。
わんわん泣くいい年したお爺ちゃんを、懸命になだめるのはフローラの父である。
「村長、飲み過ぎですよ」
フローラ四歳の父は、まだ若い。
中世あたりの常識では、二十までに結婚するのが当たり前。
そのため、一児の父である彼も、まだ二十二になったばかりの青年であった。
名をハンスと言う。
美少女フローラの父であるため、ハンスはなかなかのイケメンである。
村長、そんなハンスをじっとり睨み上げ、やがていい笑顔を浮かべた。
「ハンス、お主、代わりに村長やれ」
「はあ?」
若干二十二歳の青年に、村長などできるわけがないと、ハンスは軽く受け流そうとした。
しかし、村長は本気であった。
「この村はもう、村の常識じゃ、やってくのは無理なんじゃ」
そう言う村長に、村人はなにも言えない。確かにそうだからだ。
まだ村だと言い張ってるセス村、計画の最終段階では市レベルになっている。
周辺の村も併合し、新しく商人や職人も来る。
とても辺境の片田舎で村長をしていた爺さんが采配できるものではない。
いずれそれなりの者が着任するにしても、今のこの村には絶対権力を持つ領主さまはいない。
領主さまの臣下数人はいるが、村の確認事項を相談するなどで、村の代表はいる。
この村の顔はフローラで、あの子は賢い。
彼女が指図すれば、村長も領軍も、領主さまだって動く。
実質的な支配者である。
しかし、さすがに四歳児に村の代表はさせられない。
そこで、そのフローラの父に代表をやってもらえばいいと、村長は思ったのだ。
つまり、日に日に出来上がり、大きくなっていく村に、村長は恐れをなした。
何かあっても責任なんかとれない。
しかし、自分がやめるには代わりにポストに就くやつがいる。
――ハンス、問答無用で村長決定。
誰も助けてくれる人はいなかった。
だって、ならおまえやれって言われるに決まってる。
村長がこんなにやさぐれている原因はフローラなので、ハンスは最終的に断りきることができなかった。
しかし、若干二十二歳で村長こそ無理だ。
村の来歴なども知らない。
そこは村長、いくらでも助けると約束した。
以前、村長は領主の臣下と話し合い、まだふわっとした将来だが、いずれ建設中の街が出来てきたら、村それぞれに区画を割り当てることになるだろうと聞いていた。
つまり、絶対にいると決まっているのは区長である。
それから話し合い、ハンスは村長。いずれ町長、市長。領主さま経由で代わりの者が来たら一住民。
前村長は相談役、いずれ町か市の区長。
これで決定した。
新たな村長の決定に、その場にいた村人で歓迎会が開催されたが、酒のつまみを用意していた村の女に「大騒ぎすんじゃないよ!」と叱り付けられた。
実はこの飲み会、別宅の二階宴会場で行われていた。
――いや、勝手に宴会場扱いしているのは村人なのだが。
村人が現在住んでいる領主さまの別宅、豪華四階建てである。
貴族の館らしく、使用人のいる場所は屋敷の主な人間の目に入らないよう設計されている。
一階玄関ホール、ダンスホール、ダイニング、図書館、ギャラリー、使用人控え室。
あとは調理場など、生活のための場所が奥に割り振られ、目立たないよう屋敷の主な使用人の部屋もある。
郵便業者の部屋も一階である。
二階に上るとすぐ、ホテルのロビーのようにくつろげる場があって、その奥に主寝室、書斎、家族の部屋、ゲストルーム。
あと、市役所になる建物が出来ていないので、二階の広めの部屋を寄り合い所がわりに使っている。
ここにはバルコニーとサンルームもあり、居住者のための階といえる。
その二階ロビーで現在飲み会中なのだ。
仮住まいの村民はだいたい一、二階にいる。
つまりうるさいのである。
「奥にフローラちゃんもいるってのに。ああ、みっともない」
前村長も現村長もここにいるのに、酔っ払った男に威厳は存在しないらしい。
適当に机の上につまみを置くと言い捨てて、彼女は一階へ降りていった。
屋敷の中でも村の中でも、最上位はフローラなのだ。
実際采配していなくても、誰もが彼女のために動く。
村長なんて、会議におけるただの議長みたいなものである。
その女主人フローラ、日常使いのドレスという村民ではあり得ないファッションで、二階のゲストルームを使っていた。
いちばんグレードの高い部屋らしく、使用人控え室にもなる前室、居間、寝室が二つある。
部屋の中に部屋がある。庶民には馴染みのない部屋をフローラが当たり前に使えたのは、もちろん前世の記憶があるからだ。
セレブ御用達のホテルをテレビで紹介しているのを見たことがあったし、アニメでもお貴族さまこんな部屋に住んでいた。
「なんかうるさいな……」
表の宴会騒ぎにフローラが気付けたのは、居間にいたからである。
自室代わりの奥の寝室では、声が届かなかっただろう。
「ああ、なんか村のやつが飲み会するって言ってたぞ」
気軽な口調で返すのは、きらきらしい緑色の鳥――ハイネだ。
「いいなぁ。私もいっちゃだめ?」
「おまえなぁ、おっさんどもが飲んでるところ行って、なにがた楽しいんだよ。おまえ一滴も飲めないからな」
鳥が普通にしゃべる。
くちばしがあるのにどうなってるの?
……あと、やたら声が渋い。
そんな突っ込みどころ満載なのを受け流して、幼女は唇を尖らせた。
「だって、部屋にこもってるの飽きたんだもの」
女主人であるフローラ、実に幼女らしい発言であった。
次回、
天才児フローラ
予定です。