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こういうの、久しぶりね

 三人が神殿を出て食堂に入ると、家の者達が総出で後片付けをしているところだった。

「ああ、ロラ、お疲れさま。ばあさまもお疲れでしょう? デューも大変だったわね」

 床に散らばるガラス片を片付ける手を止め、母親のリアーヌがにこやかに声をかけた。

「お茶の準備ができているから、庭に行って休むといいわ。皆さんも、そろそろ休憩しましょう」

 母親は三人にお茶をすすめた後、周りで作業している人々にも声をかけた。

 三人が庭に出て行くと、破壊を免れた椅子やテーブルが芝生の上に置かれていた。庭の隅にあったベンチが移動させてあり、大きな布も地面に敷かれている。

 庭の片隅には、レンガを積んで作った簡易なかまどが三つも作られていて、その一つにかけられた大きなやかんの蓋が、かたかたと音を立てていた。

 テーブルについた三人に気付いたアンヌが、やかんの中身をカップについで運んできた。

 叔母はドロテの視線にびくびくしながら、三人の前にお茶を置いていく。ロラの想像通り、長にかなりこっぴどく叱られたようだ。

 アンヌはデューの肩を指でつつくと、耳元でそっと囁いた。

「……ごめんなさいね、デュー。わたし達がしっかりしてないから、あんなことになっちゃって。具合が悪くなったりしていない?」

「え? ……はい、大丈夫です」

 あまりにも申し訳なさそうに詫びるアンヌに、デューは困惑したが、同時に少し心が軽くなった。

「こういうの、久しぶりね。なんだか楽しい」

 ロラは、きょろきょろと辺りを見回している。

 食堂と庭の状況から考えると、今晩から数日は、ここで食事することになりそうだ。大規模なピクニックのようで、ちょっとわくわくする。この家は仕事柄、ときどきこんな災厄に見舞われるが、いちいち悲観していても仕方がない。楽しんだ者が勝ちだ。

「もう……意地悪ね。そんなこと言わないでよ」

 アンヌはロラの額をぴんと指先で弾くと、居心地悪そうにその場から離れていった。

「こういうこと、前にもあったの?」

「うん。一昨年だったかな? レミが炎の精霊の扱いに失敗しちゃって、食堂が火事になったの」

「ああ、だから……」

 デューが納得したように、かまどの前に立つアンヌの後ろ姿に視線をやった。半人前魔術師のレミは、彼女の息子なのだ。

 ロラがくくっと笑うと、秘密の話でもするように声を潜めた。

「でもね、レミの時はボヤだったからまだ良かったんだけど、その数年前は、ノエルが大きな雷を落として、母屋が全壊しちゃったのよね」

「おお、そんなことがあったのぉ。あやつは昔から、やんちゃで手を焼かされたわい」

 当時をしみじみと思い出しながら、ドロテがお茶をすすると、後ろで咳払いが聞こえた。三人が振り返ると、真っ赤な顔をしたノエルが腕組みをして立っている。

「あの年で、あれだけ大きな雷を呼べたのはすごいと、ばあさまは褒めてくれたじゃないか」

「ひ孫があんなにわんわん泣きわめいていたら、そう言うしかなかろう? あれ以上泣かれたら、うるさくてかなわんからのぉ」

 ノエルがドロテに口で敵うはずがない。曾祖母のからかうような口調に、彼は髪と同化するほどに顔色を濃くすると、そそくさと立ち去ろうとする。その途中で、デューの肩にぽんとごつい手を置いた。

「さっきは、悪かったな」

 ぶっきらぼうに告げられた言葉に、デューがはっと振り返った。しかし、足早に離れていく、がっしりした背中しか見えなかった。

「やっぱり、いい人だ……よね?」

 デューの呟きが聞こえてきて、ロラがぷっと吹き出した。

 その後も、家の者達が入れ替わり立ち替わり、三人に声をかけていく。

 精霊のいちご入りの焼き菓子を運んできたヴィオレットは、食堂の惨状を目の当たりにしたはずなのに、「皆でお外でご飯を食べるのが楽しみ」だと笑っていた。

 額に負った傷に包帯を巻いたレミは、「あの場所にいた魔術師はボクだけだったのに、みんなを守れなかった」とへこみ気味だったが、焼き菓子をぺろりと三つも食べた。

 デューを責める者など、誰一人いない。どちらかというと、被害者として気遣ってくれる。そして、こんな大変な状況にあっても、誰もが楽しそうに笑い合っている。

 デューは頬を緩めて目を閉じると、お茶の入ったカップを、両手で握りしめた。掌に伝わってくる熱は、この場所の温かさのようでほっとした。

「ご苦労だったね、ロラ」

 もう全員に声をかけられたと思っていたら、まだ一人残っていたらしい。名を呼ばれて振り返ると、茶色の髪を後ろで一つに束ねた、品の良い青年が立っていた。誰に借りたのか、イメージに合わない質素なシャツとズボンを身に着けている。

「ジェレミー様!」

 ロラが顔を輝かせて、思わず立ち上がった。

 久々に会う若き領主は、頬の肉がげっそりと落ち、かなりやつれていたが、その茶色の瞳には強い力があった。悪魔に取り憑かれた影響が見られないばかりか、以前より気力が充実しているように見える。

「やあ、君がデューかい? 君にも迷惑をかけてしまったね」

 領主は気さくな様子で、右手を差し出した。デューは驚きながらも、その手を握る。

「いいえ、そんなことは……」

「僕がもう少ししっかりしていれば、こんなことにはならなかったんだ。カントルーヴ家の皆には申し訳ないことをした。家を修理する職人を、できるだけ早く手配するよ」

 そう言いながら領主がテーブルを回り込むと、従者がドロテの向いの椅子を引いた。

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