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あなたのそばに。それこそ、おれの望みです。

「どこにおいででしたか」

 籠斎とうぐうに戻ると、ハナさんが怒ってた。

 なんか、顔見られないな。

 ことばがのどの奥で固まっちゃって、息をするのもむずかしい。

 これ、病気かもしれません。

 いや、昨日たくさん飲んだから、また二日酔いで苦しいんだ。 

「ちょっと秘苑ひえんまで」

「なぜ、黙っていなくなるんです。約束したではありませんか」

 だって、忙しそうだったからさ。

「戦いはどうなるんです」

「は。戦場は、幸い大軍が動けぬ狭い地形です。そこを死守すればなんとか」

 そうですか。

 にしても、なんだか置いてけぼりをくったような感じだ。

 ハナさんだって、忙しそう。

「おれも出陣します」

 えっ、ここに残る予定だったじゃないですか。

「ざっと二千ほどの軍勢が北の川を渡ってくるとの報告がありました。備えは敷いておりますが、なにぶん手薄で案じられるので、おれも参ります」

 ワヌ・シンはけっこう無茶振り男だということが判明しました。

 立ってるものは使わなきゃソンみたいな。

 それだけ人がいないってことなんだけど。

「おれがおそばから離れても、大丈夫でしょうね?」

「はい、もっちろん」

「黙って静かに座っていてください。じゃまなどせずに、おとなしく」

 かっちーん。とくるなあ。

「だいたい、あなたに何ができるんですか。剣ももてぬ、馬にも乗れぬ、使い物になりません。くれぐれも、静かに。隠れていてくださいよ」

 なんですか、この言い方。

 ひどい。

「ちょっと、ハナさん」

「なんですか」

 出て行こうとするのをちょっとだけ振り返って、面倒そうに聞く。

 あー、腹立つ。

「ひげをそりなさい」

 おっきな声で、私は叫んだ。

「はい?」

 うん。

 ひきつった顔で、見返してきた。

「命令をきくつもりはありますか? ハナ」

「今、なんとおっしゃいました?」

「ひげをそってください、って言いました」

 ひきかえして、私のそばまで来てくれた。

「おれのひげが、あなたに関係ありますか」

「あります。見ているだけで、暑苦しいんです」

 わ。ひどい。それに苦しいいいわけ。

 むかむかしてたんだよね。

 サトおばあさんの話を聞いてから。

 友だちだったっていうけど、あきらかに両思いじゃないですか。

 それなのにさ、なんで黙ってたの。

「急になんですか」

「急じゃありません。前から思ってたの」

 言わないと伝わらないのに。

 伝えたいと思ってたんでしょう。

 何も届かないって、ただ見ているだけって、すごく悔しい。

「私を無視しないで。何か役に立てます」

 ハナさんは、苦笑いをした。

「ええ、存じております。あなたは、ここにいてくださるだけでいいんです」

「そういうことじゃなくて」

「落ち着きませぬか。ただ座しているのは」

 困ったように目を細める。

「隊長はいつも、先陣をきってゆかれました。敵をひるませ、打ち倒します。おれは、いつもおそばにおりましたが、お守りする必要もないほどです」

 小さい声で言われると、なんかドキドキする。

 いや別に深い意味はないってわかるけど。

「でも今は。あなたが守られてくださる。それが、うれしいのです」

 お姉さんなら戦えるのに。

 なんだか悔しい。

 この人を、行かせたくないのに。

「のんびり、は得意なのでしょう」

 そんなこと、言いましたっけ。

 ハナさんは、なんでもないことのように笑った。

「あなたはあなたですよ。おれはそう信じていますから」

 低い声だった。

「あなたは、今まで、何一つ望んで手元に置こうとはなさいませんでしたね。すべて、与えられたものだった」

 それはどうかな?

「お姉さんは、ハナさんをそばに置いてるじゃありませんか」

 見上げると、困った顔をしてる。しかも、気のせいか、目元がちょっと赤い。

「あなたのそばに。それこそ、おれの望みです。おれは、この命しかあなたに差し上げられない。それを承知してます」

 かすれた声が聞こえないように、耳をふさぎたい。

 こっちを見ないでって、叫び出しそう。

 どうしよう。

 お姉さん。


 私、わかっちゃいました。

 どうしてお姉さんがハナさんを見なかったのか。

 怖かったんですね。

 いや、顔がどうのっていう話じゃなくて。



 好きなんですね?


 そう考えると、なんだか、すっきりする。

 そっか、お姉さんは、好きなんだ、この人のこと。


 ハナさんも、お姉さんのこと、大好きですよ。

 大事に思ってる。


「隊長、いや。セナ殿」

 ハナさんが、驚いたように目をみはった。

「なにゆえ、お泣きになるんです」

 わかんない。

 わかるわけないでしょ。

 涙にきいてください。


 両思いで、よかったね。って。

 祝福したいんですけど。

 胸が痛い。苦しいんです。

「行ってください。はやく」

 唇をかみしめて、背中を向けた。

「はい。参ります、ただいま」

 ハナさんは、私を抱きしめた。

 驚いて、声もでなかった。

 胸がどきどきする。痛いくらい、鳴ってる。

 とっちらかった頭の中、どうしたらいいか、わかんない。

「すぐに参ります。ですから、あとすこしだけ、無礼をお許しください」

 そうです、無礼ですよ。

 私は、あなたの隊長じゃありません。

 だから、お願いですから。

 はやく出て行ってください。

「外では、泣かぬようになさい」

 ハナさんは、怒ったように唇をゆがめた。

「それでは」

 最低だ。

 お姉さんの泣き顔なんて、ハナさんはきっと見たくないのに。

 でも、どうしてこんなに悲しいんだろ。

 ぜんっぜん、わかんない。

 ぜんっぜん。

 

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