エロ天帝
まとわりつく白煙をふりほどくように、お姉さんは外へ飛び出た。
雨。
きゅうに降り出したみたい。
これって、超、運いいんじゃありません?
「助かったな」
お姉さん、天をあおいで、息を吐いた。
「じわじわいぶし殺されるなんてまっぴらだ」
目をこらすと、村の人たちが倒れて血を流してる。
降り出した雨が血を洗い流し、あちこちに赤黒い水たまりをつくってる。
みんな、剣を持ってる。
ハナ副隊長が難しい顔をして言った。
「青銅です。これで畑を耕すのは難儀なことでしょう」
「村ひとつワナに仕立てたか。手の込んだことをする」
お姉さんは不機嫌な声で言った。
「副隊長、なあ。みたか。使者殿の馬は、たいそう立派な雄だったな」
「はあ」
ハナさん、聞き返したけど、はっとしたように目をみはった。
「雄、でしたか」
「なんだ、気づかなかったのか」
え、なんですか?
「さようですか」
なんなの。そこ重要?
「あいつは、厦の使者なぞじゃない」
馬が去勢されてなかったって。去勢ね。
扱いやすくするために、厦の人は、必ずそうするらしいのに。
偽物ってわかってついてきたの?
だれがこんなことするんです。
まさか、大妃さん。
「隊長、ご無事でしたか」
駆け寄ってきた人たちは口々に言った。
「申し訳ありません。不意をつかれ」
すごくくやしそう。二人、やられちゃったって。
うそ!
ああ、けがをしたってこと。命は無事。よかった。
村人たちが突然剣をぬき、それに応戦しているうち、つないでおいた馬も荷も消えたんだ。
「隊長」
ハナさんが何か言いたそうにしてる。
民家のひとつに、怪しい男が身ぐるみはがされて縛られてたって。
大妃さんの命令を受けて、この村でお姉さんたちを始末しようとしたらしい。
だけど、身ぐるみはがしたのは、ダレナノ。
「行くぞ」
お姉さんはたった一言、張りつめた声でつぶやいた。
とんとんとん。
ぐつぐつぐつ。
じゃっ、じゃっ、じゃ。
青菜とネギを切って、煮立った鍋にぶちこむ。
真っ赤に熱せられた鍋に肉の切れっぱしと豆腐を入れて炒め、最後に固いご飯と汁をいれて、味噌であじつけ。
料理をしてる怪しすぎる白衣の男。
お姉さんは戸口で咳払いをした。
こほん。
副隊長さん、前に進み出ようとする。
それを手でとめ、お姉さんはまた、今度はちょっと大きめの咳払いをした。
「おい、そこな使者殿」
うわあ。テーブルのうえが、山盛りの料理でいっぱいになっちゃった。
いい匂いがする。
煙たいのより、おいしそうなにおいがいいな。
「雨は間に合ったろう?」
はい?
「恵みの雨のありがたさをようく魂に刻みなさい」
わけがわかんない。
「おい」
お姉さんは、冷たく言った。
「ここで、一体何を」
お姉さんが聞くと、怪しい料理人が鍋をおいて、振り返った。
「まったく手の掛からぬおなごだ。できあがってから迎えにいこうと思っていたのに」
「ぶつくさと、わけのわからぬことを」
副隊長さん怒りましたね。
お姉さんの手を押しのけて、ニセ使者だか、料理人だかの胸ぐらをつかんだ。
にこにこして、不審者はお姉さんをみつめる。
切れ長の瞳は、金色だ!
わあ!
「久しいね、セナ」
「隊長、こやつは」
剣を抜こうとする副隊長を、お姉さんはひとにらみでとめた。
「何をしておられるかと聞いております。エロ天帝」