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車イス少女  作者: 君鳥
第四章 お好み焼き屋さん
17/23

4-1.放課後


  ―1―


 ある日の放課後。

 夕焼けに照らされて朱に染まる教室で、和隆と遥は顔を突き合わせていた。

 誰もいない教室で二人きり。机を挟んで向かい合う。

「数学の分は終わった?」

「うん。次こっちお願い」

 二人は居残り勉強をさせられていた。

 学校を抜け出して遊んでいたのがバレたので、大量の宿題・課題を出されたのである。



 あの時は遥をおんぶしたまま町を爆走、見事見回りの先生をまくことに成功したのだが、車イスを回収しにゲームセンターの前に戻った時に、待ち伏せをしていた先生に掴まってしまった。

「車イスに乗っている姿は目撃していたんだから、取りに戻ってくるのは分かっていた。……というか、車イスを置いて逃げるとかお前馬鹿だろ?」

 先生にツッコまれてしまった。

「ですよねー」

 あの時は二人の時間に水を差されるのが癪で、とにかく逃れることしか考えていなかった。立つ鳥後を濁す。世の中はままならない。

 その後二人は長々とお説教を受け、さらに学校の方にも連絡をされてしまった。その罰として出されたのが、この課題の山である。

 和隆と遥は、二人きりの教室で片っ端から課題を片付けていった。グラウンドの方からは、運動部の部員たちの練習の声が聞こえていた。



「うーん、何とかならないかなぁ……」

 机の向こう側に座った遥が、ノートを見詰めながら何事かを唸っていた。

 和隆は教科書から顔を上げて尋ねかけた。

「どこか分からない所でもあったか?」

 彼女の方が頭は良いのだし、彼女が分からない問題を自分が解ける気がしなかった。そうなったらお手上げである。

「いや、そうじゃなくて……ちょっとね」

「どうした?」

「トイレの問題が……」

「トイレ?」

 和隆は首を傾げて聞き返した。

「トイレに行きたくなった?」

「いや、今は大丈夫。でもトイレに行きたくなるたびに、人に付き合ってもらうのはどうもね。なんとかならないかなぁ、と思って」



 皆の前で「遥の面倒は俺が見る」などと勢いよく宣言したものの、さすがに毎度毎度、男の和隆が女子トイレまで付いていくことは出来ない。なのでトイレの介添えだけは他の女生徒や先生たちに任せていた。

 和隆はクルクルとペンを回しながら答えた。

「でも、トイレの問題はじきに解決するだろ?」

 遥は車イスが入る広いスペースと手すりがあれば――そして便器が洋式ならば――一人でも用を足すことが可能らしかった。

 そこで学校は、遥がよく利用する一階と四階のトイレだけにでも、車イス用のトイレを設置してくれる事になったのだ。国だか県だかから助成金が出たらしい。

「この勢いでついでにエレベーターも設置してくれよ」と陳情をしたのだが、さすがにそれは難しいらしかった。

 まあ、なにはともあれ、遥の快適な学生生活に向けて一歩前進である。



「でもトイレの工事が完了するまで、まだしばらくかかりそうやろ? その間、他の子たちに迷惑をかけちゃうし……」

 遥はそう言って、居心地悪げに顔を伏せた。

 和隆はじっと遥の顔を見詰めた。

 また何か、一人で色々と抱え込んで悩んでいるな。

 彼女は放っておくと、周囲に迷惑をかけないようにと自分を殺してばかりいる気がする。「自分で出来ることは自分でやるようにしてるから……」などとうそぶいて。

 今回の補習だって、遥は「私が無理矢理赤坂くんを誘って付き合わせた」と言って、一人で罪をかぶろうとしていた。

 和隆も「いや、俺が無理矢理春川を誘って連れ出した」と言って、彼女を庇おうとした。

「いや、私が」

「いや、俺が」

 互いに互いの事を庇いあい、で、結局二人仲良く補習である。



 和隆はため息をつきながら答えた。

「こればっかりは仕方ないだろ? どうしようもない生理現象だ」

「でも……」

「だからって、トイレに行く回数を減らすために水を飲まないだとか、ギリギリまで我慢するとか止めろよな? 体に悪いから」

 シャーペンを突き付けてそう忠告したが、それでも彼女は「うーん……」と唸って思案顔を作っていた。

「あっ!」

 何か閃いたらしい。遥の頭上でピコーンと豆電球が灯った。

「どうした? 何かいい考えでも思いついたか?」

「それやったらさ、私がオムツ履けばいいんちゃうん!?」

「……え?」

 ちょっと予想外の発想だった。


  ☆


「トイレに行けないのなら、オムツを履けばいいじゃない」

 彼女は世紀の大発見をしたような、自信満々の表情をしていた。我ながらナイスアイデアという顔である。

 和隆は半ば呆れ顔をして車イスの少女を見詰めた。

「お前ってさ……頭いい割にバカだよな?」

「あれ、なんで?」

 彼女は心底不思議そうな顔をしていた。

「だって実用的じゃない? オムツを履いていれば、他の人の手を煩わせなくてもすむし」

「いや、まあ……それはそうかもしれないけど……」

 和隆はポリポリと頭をかいた。

 そんなことを同級生の男子学生の前で口に出すなよ、と言いたい。思わず変なことを想像してしまうではないか。



「確か大人用のオムツってあったよね?」

「まあ、ドラッグストアとかで売ってるよな。介護用とか」

 しかし、だからといってオムツを履いて学校に登校する女子高生もなかなかいないだろう。

「え、本気で言ってんの?」

「駄目かな? いいアイデアだと思ったんやけど」

 彼女はひどく真面目な顔をしていた。本人はいたって大マジのようである。

「うーん……」

 和隆は顎に手を当てて思考を巡らせた。

 初めて聞いた時は「年頃の娘さんがオムツってどうよ?」とも思ったが、よくよく考えてみれば、確かに実用的な案かもしれない。宇宙飛行士はみんなオムツを着用しているというし。羞恥心さえ気にしなければ、これほど便利なものもないだろう。

 ただし、一つ問題点があった。

 和隆は挙手をして質問した。

「……一つ質問していい?」

「なに?」

「オムツを着用するのはいいとして……一体誰がそれを履かせて、誰が交換するんだよ?」



「あー……」

 彼女はぽかんと口を開けて宙を仰いだ。考えていなかったらしい。

「やっぱり一人じゃ出来へんのかな?」

「さあ……?」

 和隆も首を傾げた。そこまでオムツに詳しくはない。

「自分で交換出来たとしても、場所が問題だよな。そこらの空き教室でこっそり履き替える、って訳にもいかないだろうし」

「ああ、そっか。その問題もあるね」

 遥は腕を組んで、どうすればその問題をクリア出来るだろうかと真剣に考え始めた。

 和隆は机に肘をつき、ニヤニヤと笑いながら提案した。

「なんなら、俺が履き替えるの手伝ってやろうか?」



 オムツを履いていれば、例え授業中でもそのままおしっこをすることが出来る。

 ちょっと脳内シュミレーションをしてみよう。

 授業中、遥は突然尿意に襲われてしまった。

 スカートの上からおまたを押さえ、車イスの上で体をもじもじとさせる。時計を見ると、授業の終わりまではまだ大分時間があった。

 しかし、自分はオムツを履いているので大丈夫。まったく問題なしである。

 クラスメートたちは真面目に授業を聞いていて、黒板の方を見詰めていた。誰も遥に注目していない。

 遥は周囲の視線を気にしつつ、そっと股の筋肉を緩めた。

 誰も気付いていないとはいえ、授業中の教室で、みんなの前でおしっこをするというのはかなり勇気のいる事だった。

「んっ……」

 遥は顔を真っ赤にして、思わず声が漏れそうになりながらも、オムツの中におしっこを漏らした。

 ぎゅっとスカートの裾を握る。プルプルと体が震えている。

「んはぁ……」

 全てを出しきった後、遥は頬を上気させてくたっと机の上に突っ伏した。



 その後、休み時間に和隆が遥を保健室などに連れていき、彼女をベッドに寝かせて新しいオムツに履き替えさせてあげるのだ。

 長いスカートをたくし上げて下半身を露出させ、履いているオムツを露わにさせる。

「は、恥ずかしいよ、赤坂くん……」

 羞恥心で真っ赤になっている少女。

 そんな彼女をよそに、お構いなしにビリビリとオムツのマジックテープを剥がしていく自分。

 もちろんオムツを脱がせた後は、股周りがかゆくなってしまわないようにと親切丁寧に、しっかりきっかり丹念に拭いてキレイキレイにしてあげるのだ。

 ――集団監視の中での、オムツを履いてのお漏らしプレイ。

 及び、その交換による羞恥プレイ。

 なんというアブノーマル白書。

 思わずテンションが上がってきた。



「よーし、とりあえず紙オムツにするか布オムツにするか、真剣にディベートといこうぜ」

 あるいはパンツタイプでも可。

 真面目な顔をして提言すると、彼女は夕日のように顔を真っ赤にして、動揺しつつ叫んだ。

「あ、あ、赤坂くんのアホー!」

 消しゴムを投げつけてきた。

「なんだよ、オムツがどうのこうの言い出したのはそっちじゃないか」

「だからってそれはないわ! だからってそれはないわ!」

 二度ツッコまれた。



 遥は頬を真っ赤に染めて、うーっと唸りながらこちらを睨みつけてきた。

「……赤坂くん。なんか今、変なこと想像してたやろ?」

「何を失敬な。足の不自由な女の子のために、俺には一体何が出来るんだろうと真剣に考えていたところですよ」

 紳士面をして平然と答えておいた。

 遥は訝しげ、胡散臭げな表情をしてさらに追求してきた。

「本当に? まったく変なことは考えていなかった?」

「本当に。まったく」

「絶対に? 神様に誓える?」

「誓う誓う」

「だけど少しは、えっちぃこと考えてたやろ?」

「……ごめん、少しだけ」

 そう答えると、遥は顔から湯気が出そうな程カァと赤くなり、怒ったようにぷいっとそっぽを向いてしまった。

「もぉ! 私は真面目に悩んでるんやからね!」

 あっかんべーと舌を出す。

 何やら子供っぽくて可愛らしかった。



「じゃああれだ、尿瓶を使ったらどうだ?」

「それを使えばトイレに行かなくてもすむけど、どこでおしっこをしろっていうんよ?」

「膝掛けの下でこっそりやればバレないんじゃないか?」

「いや、普通バレるでしょ」

 彼女は呆れ顔をして言った。「真面目に考えてる?」とふくれっ面をしながら睨みつけられる。

「そもそも尿瓶を使っても、結局誰かに瓶の処分を頼まなきゃいけなくなるし……私嫌やで? 出したばっかりの、自分の瓶詰めのおしっこを誰かに手渡すなんて」

「まあ、それもそうか」

 色や量を見られたり。

 触るとほんのり温かかったり?

「想像しただけで、恥ずかしくって死にたくなるわ」

「それでも生きろ」



 他に尿道カテーテルをぶっ刺すというアイデアを提供したが、「怖そうだから嫌だ」と却下された。

 和隆は結論を下した。

「やっぱりもうしばらくは、トイレの件はクラスの女子たちに頼むしかないな」

「それしかないか……」

 遥はがくりと肩を落とし、深いため息をついていた。

 和隆は重くなり過ぎないように注意しながら、あえて気軽い口調で言った。

「お前は人に遠慮し過ぎなんだよ。一人で何とかしようとしすぎ。もっと頼れ」



 二人の距離は大分近しいものになっていた。

 こんな事を言ったら相手が気にするんじゃないか、相手を傷付けるんじゃないかと恐れて変に躊躇ったり、遠慮することがなくなっていた。

 もちろん何でもかんでも口に出して言うわけではないが、昔から馴染みのある友人と話すように、二人の関係は気さくでざっくばらんなものになっていた。

 肩肘を張らずに、冗談を言っては相手を茶化す。

 その果てが、平気な顔をして下ネタトークというのもどうかと思うけど。


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