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【12話】 昼食の誘い

「一体何の用だ、クレッド? ……邪魔ばかりしやがって」


 最後の方は小さく口の中で言ったつもりのアークルフだったが、


「悪ぃ、悪ぃ。わざとじゃねーんだよ? でも、俺って奇跡の瞬間に現れる男だからさー。その辺は勘弁してくれよ!」


しっかりと聞き取られていたらしく、軽く返された。


 ユーリはといえば、口付けされる寸前のところを目撃されて恥ずかしがってしまい、顔を伏せたままアークルフの背中に隠れている。


「だから用件は何だ?」


「おっと、そうだった! さっき王宮でイーガンに会ったんだけどよ、今日は一日中王宮に詰めるらしいんだよ。お前はお前で午後から王宮に戻るだろ? もしかしたらユーリちゃんが暇になるんじゃないかな~と思って、お誘いに来たんだよ」


「お誘い?」


 ピクリとアークルフの片眉が上がる。

 それを面白そうに見ながらクレッドウィンは続けた。

 

「そんな怖ぇ顔すんなよ、アークルフ。お誘いしてるのは俺だけじゃないんだぜ。今日は祝日の前日で午後から休みのやつが多いだろ? そこにいるお姉ちゃんもユーリちゃんと一緒に昼飯食べたいって言うからさ」


 “そこ”とクレッドウィンが指した先、扉の影に、顔を赤くしたデリアがいた。

 

「あ! あの、いえ、私……な、何も聞いてませんっ!!」


 以前にユーリが『魔力保持申請』を提出した際に対応した、窓口の赤毛のお姉さんこと、デリアは慌てふためいて取り乱している。

 ユーリはアークルフの影からデリアを見つけて、目をぱちくりさせた。

 

「デリアさん」


「知り合いか?」


 アークルフが尋ねてきたので、ユーリは頷いた。

 

「住民課の窓口のお姉さんです。とても親切な人……」


 ユーリの言葉を受けて、アークルフは人物を確認するようにデリアを見た。

 赤毛を後ろできちんとまとめた黒ぶちメガネの女はなかなかの美人だが、アークルフの記憶には無かった。少なくともイーガンの秘書や助手を経験したことは無さそうだ。

 

「それで、何故住民課の窓口係がこんなところにいるんだ? クレッドウィン、知り合いか?」


「いや、今さっきそこの廊下で会ったんだ。こんな美人、前から知っていたらとっくの昔に食事にお誘いしてるところだぜ。なぁ?」


 クレッドウィンに「なぁ?」と声をかけられたデリアは、体を小さくして「すいません、すいません」と侘びの言葉を連呼している。

 

「今日は早く仕事が終わったんで、ユーリちゃんとお前の顔を見に来たんだが、扉の前でこの娘が固まってたからさ。一緒になって扉の向こうの気配を伺ってたんだよ。結構緊張したよな、な?」


 またもやクレッドウィンに同意を求められ、デリアは更に小さくなった。

 

「お前達、立ち聞きしてたのか?」


 すっとアークルフの目が細められ、声も低くなる。

 途端にデリアはビクリと体を震わせ、クレッドウィンは面白そうにニヤリと笑った。

 

「いや、俺は途中からだけど……。デリアちゃん、だっけ? は、いつからいたのかわかんねぇ」


 ニッコリとクレッドウィンが笑う。

 アークルフはそれを聞いて不愉快そうに顔をしかめた。

 

「あ、あの!」


 そこにユーリが割って入った。

 

「デリアさん、僕にとても親切でした。たぶん、お昼ご飯一緒に食べようって誘いに来てくれたんです!」


「そうそう、ところ構わず盛るお前が悪い。何より、いくら魔法局がイーガンの結界の中だからって、扉越しの人の気配に気づかないなんてお前らしくねーだろ。……どんだけ興奮してたんだって話だよな~」


 自身を擁護する二人(?)の言葉に背中を押されたデリアは、急いでまくし立てた。

 

「で、殿下! 申し訳ありません!! あの、立ち聞きするつもりは無かったんです! ただ、驚いて足が動かなくなってしまって……。も、申し訳ありませんでした!」


 深々と頭を下げるデリアを見て、ユーリも焦った。


「ア、アーク! お願い、怒らないで。デリアさん、僕の友達……」


 両手を顔の前で組み合わせて小首をかしげるユーリの必死な様子に、アークルフが少し固まる。

 

「よし、ユーリちゃん。もっと言ってやれ!」


「お願い、アーク!」


 背中にクレッドウィンの声援を感じつつ、ユーリがもう一度懇願する。

 

「しかし、ユーリ……」


「お願い!」


 三度目の“お願い”に、アークルフはついに折れた。

 決して“潤んだユーリの目があまりにも可愛かったから仕方が無く……いやいや、そんな理由ではないぞ!”などと思いながら。

 

「ごほん。わかった。……デリアといったか。以後気をつけるように。これが局長との会談等を立ち聞きしたのであったら、お前は解雇されているところだ。慎めよ。それと……他言はするな。噂等になった場合には、私はお前を処断しなければならない」


「はい! ありがとうございます、殿下! 決して他言致しません。 以後重々気をつけます!」


 デリアは顔を上げ嬉しそうに言うと、再度深々と頭を下げた。

 

「アーク……って、なんだかちょっと、いばりんぼ……」


 ユーリがぽつりと呟き、アークルフは再び体を硬くする。

 

「いやいや、いばりんぼはアークの仕事の内なんだよ、ユーリちゃん。慣れてやんな」


 フォローになってないフォローをクレッドウィンが言い、ユーリは不思議そうな顔をした。


「いばりんぼがお仕事ですか?」


「そうそう。ほら、ユーリちゃんはデリアちゃんと一緒に先に出てな。俺はアークルフと話があるからさ。住民課の窓口のとこで待ち合わせでどうだい?」


「待ち合わせ?」


「侯爵閣下もご一緒に!?」


 ユーリとデリアが同時に言い、互いに顔を見合わせた。


「えと、こうしゃく……?」


 戸惑うユーリにクレッドウィンが笑って言う。

 

「デリアちゃん、クレッドでいいよ。堅苦しい呼び名はよしてくれ」


「は、はい。クレッド様」


「本当は様もいらないんだけどなぁ……」


 がりがりと頭をかきつつクレッドウィンが言うのだが、デリアはこればかりは譲れないと何度も頭を振った。クレッドウィンも「仕様が無ぇか」とあきらめたようだ。

 

 そこに、

 

「クレッド……魔法局の外へ出かけるつもりか?」


 心配そうにアークルフが割って入った。クレッドウィンは肩をすくめてみせる。

 

「大丈夫だって! ユーリちゃん、この一週間外に出てないんだぜ。ず~っと魔法局のしかも同じ建物の中を行ったり来たりだ。これじゃ息が詰まっちまう」


「アーク、僕も外へ行ってみたい」


 クレッドウィンの言葉にかぶせるように、ユーリが嬉しそうに言うので、アークルフも仕方が無くため息をついた。

 小首をかしげて懇願するユーリも可愛らしいが、嬉しそうに頬を紅潮させて微笑むユーリは更に可愛らしい。

 

 アークルフはユーリの両肩を掴み、心配そうな様子を隠そうともせず、ゆっくりと話した。

 

「わかった。外に出ることは許可しよう……。ユーリ、絶対にクレッドの側を離れるんじゃないぞ。はぐれたら、前に俺が着ていた甲冑を身に付けた騎士を見つけて、俺の名前を出して保護してもらうこと。いいね?」


「はい、アーク」


 アークルフはそれでもユーリの肩から手を離そうとしない。


「お前も過保護だねぇ。王都騎士団を使ってユーリちゃんを警護するつもりかよ?」


「ああ、そうだ。お前からも一声かけて周知してくれ、新団長殿」


「はいはい、一応心がけますよ」


 先日の配置換えで、王都騎士団の団長だったアークルフは王国軍に戻り、後任にはクレッドウィンが就任した。つまり、王都の警護を主な仕事とする王都騎士団はアークルフの古巣であった。

 その組織を使ってでもユーリから目を離すな、というアークルフの命に、クレッドウィンは従うことにした。

 

「じゃあ、ユーリ。気をつけて」


「はい。行ってきます、アーク」


 アークルフと話があるから、というクレッドウィンを残してユーリはデリアと共に部屋を後にした。ユーリはその手に、書き上げたばかりの手紙を大事そうに持っている。

 デリアが郵送手続きをしてくれるというので、二人は先に住民課に向かったのだった。

 

 



「それで? 話とは何だ?」


 二人の足音が遠ざかったのを確認し、切り出したアークルフにクレッドウィンはいつになく真剣な面持ちで語った。

 

「話というより報告だ。……先日、お前に命じられて調べた結果だが、……コウィスタ村付近で追剥をしていた複数の集団を検挙した。一人残らず王都に引っ立ててきたぜ」


「そうか。……三ヶ月前に魔法具を失くした追剥を見つけたら教えろ。俺が自ら処断する」


「おいおい、裁きに私情は禁物だろ。それに、感情にまかせて裁いた後で、後悔するのはお前だぜ。きっと“あの時の俺は公平では無かった”とかなんとか言って悔やむくせに」


「しかし……、コウィスタ村で発見された当時のユーリはひどい姿だっと聞く。年端もいかない少女を暴行するなど、これがユーリでなくとも許せることではない」


 アークルフは怒りで拳を震わせた。

 発見された当初のユーリの惨状をコウィスタ村の村長夫婦から聞いて、知識として知っていた。治安が悪いのならば対処せねば、と感じてもいた。だが、それはユーリに実際会うまでの話だ。ユーリと出会い、愛しく思うにつれて、少女を痛めつけた存在をそのまま放置しておくことに我慢がならなくなった。

 復讐では生ぬるい。自ら裁き、ユーリが味わった苦しみの何倍も惨めで辛い思いをさせてやろう、そう思いクレッドウィンに捜索させていたのだが……。

 

「お前はやめとけ。俺が代行する。だからといって、俺が優しくないことは知ってるだろ? そうだな、もしもこの先俺がお前と同じような立場に立って、とち狂いそうになったとしたら、お前が代わりに対処してくれ。これでどうだ?」


「……わかった」


 クレッドウィンの思いやりを感じ、アークルフはしぶしぶ頷いた。

 

「しっかし、お前も性急な奴だよな~。こんなに早くあの子をモノにしちまうとは思ってなかったぜ。大体、あの子いくつなんだ?」


「うるさい。……年齢は覚えてないそうだ」


「これでお前……記憶を取り戻した後に、十三歳とか言われたらどうするつもりだ?」


「……十五になるまで我慢する」


「ぶはっ!!」


 この国の成人年齢は十五歳だ。十五歳未満の者は子供とみなされる。子供と関係を持とうとする行為は虐待であり、犯罪でもある。そのため、年端のいかない少女の時に結婚が決まったとしても、実際の輿入れは十五を過ぎてから行なうのが一般的だ。


 クレッドウィンは腹を抱えて笑った。最近のアークルフは面白すぎる。

 

「いや、俺も十五にはなってると思うけどよ……ぶふふっ!! 実際わかるまではお前が我慢してもんもんとするのかと思うと、可笑しくて堪らねぇ!」


「笑いすぎだ、クレッド。黙れ」


「いや、無理だって。ぶはっ!」


 いつまでも笑いころげる友人に苛立ちを覚え、アークルフは、ついにその膝下に蹴りを入れたのだった。





***





「ねぇ、ユーリ。ユーリは殿下の恋人なの?」


 ユーリにだけ聞こえるように、デリアが耳元でこそこそと質問してきた。


「殿下ってアークのことですか?」


「きゃー!! 愛称で呼んでるの? それは二人の間だけで使われる愛称なの? そうなの? きっとそうなのよね! 素敵!!」


 耳元で叫ばれ、ユーリは驚いて飛びのいた。


「えと、デリアさん、もう少しゆっくり話してください」


「あ、ごめんなさいね。つい早口になっちゃって」


 住民課のカウンターで、ユーリとデリアはユーリの手紙を便箋に入れ、封をしたところだった。

 いつもはカウンターの向こう側にいるデリアが、今回はユーリと一緒に申請者側にいるのが何だか新鮮だ。

 午後の住民課は人通りも少なく職員もまばらだ。

 聞けば、明日は祝日らしく、住民も職員も午後から休みを取っている者が多いらしい。

 

「それでそれで? ユーリはいつから殿下とお知り合いなの?」


 再度デリアが耳元でユーリに尋ねてくる。

 ユーリは照れながらも、正直に答えた。


「えっと……アークと初めて会ったのは十日くらい前です」


「まぁ! 出会いはつい最近のことだったのね! で、電撃だわ~。素敵!」


 耳が痛い。デリアは小声で話そうと努め、周りの気配にも気を巡らせているようだが、如何せん興奮した時の声が大きすぎる。その度に数は少ないながらもこちらに注目する視線を感じ、ユーリは少しうろたえた。

 

「デ、デリアさん。住所書いてくれましたか?」


 ユーリの代わりに宛先を書いてくれていたデリアの手元を見ると、しゃべりながらも仕事はしてくれていたらしく、綺麗な文字でコウィスタ村の住所が記載されていた。

 

「はい、できたわよ! 後はこれを郵便用の箱に入れておくだけ。二、三日で届くと思うわ」


「ありがとうございます。デリアさん」


 デリアは住民課専用の郵便箱に便箋を入れてくれた。郵便費用は他の郵便物と一緒に魔法局が出してくれるらしい。

 

「私、ずっと……殿下にはイーガン様だ、って思ってたの! 禁断の主従愛! 俺様攻め! 下克上! 常に妄想で楽しませてもらってたの……でも、ユーリちゃんが相手でも全然いい! むしろ萌え! ヘタレ攻めに、僕っ子……素敵!!」


 デリアが何を言っているのか半分以上理解できずに、ユーリは困惑した。“殿下”やら“イーガン”等の名前が出てくるところは小声にしつつも、その他の言葉は魂の叫びのようだ。内容は理解できないが、デリアが興奮している様子は伝わってくる。


「あの、デリアさん……?」


 なかなかこちら側に戻ってこようとせず、目を閉じ両手を顔の前で組んだまま陶酔しているデリアに、ユーリは恐る恐る声をかけた。住民課の同僚に“残念な美人”とデリアが称されていることなど知る由も無い。今も“また始まったか”と意に介さない職員達は、今回ばかりは視線も寄こさず、淡々と仕事をしている。


「よぉ、お嬢ちゃん達。待ったかい?」


 そこに丁度良くクレッドウィンが現れ、デリアはやっと妄想の世界から帰ってきた。

 

「ま、まぁ。システィクレイド侯爵閣下」


「だから、それはやめてくれって」


「す、すみません! クレッド様」


「そうそう。で? ユーリちゃん郵便手続きはできたのか? できたならそろそろ昼飯食いに街へ出ようぜ」


 デリアの様子に面食らっていたユーリだったが、クレッドウィンが彼女を引き戻してくれたので、心底ほっとした。何しろ何を話しているのか、どう話し返せばいいのか、見当もつかなかったのだ。

 

「あ、はい。僕の用事は終わりました。街に行く、楽しみです」


 いつもの様子に戻ったデリアとクレッドウィンに連れられて、ユーリはこの日初めて、王都の街並みを目にすべく街へくり出した。







デリアさんは雑食です。BLもGLもいけるようです。もちろんノーマルもお好きなようです。


この小説の中でBL的表現が出るのは、デリアさんの脳内妄想の中だけですので、苦手な方はどうぞ安心して読み進めてください。


とはいっても、デリアさんの発言自体が苦手な方もいらっしゃいますよね、きっと……。こういった発言は頻繁に出るものではありません。デリアさんにも恥じらいがありますので……。申し訳ありませんが、ご了承ください。

ちなみに現在のデリアさんの萌え対象は「アークルフとユーリ」の組合せです。イーガンは単体で(萌え対象として)お好きなようです。


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