第十八話:感覚
「悪いのぉ、ウチのカイが……。アイツ、一回警戒したらずっと警戒しっぱなしじゃからのぉ……」
僕がバイクのサイドカーに乗り込むと、隣にいた轟に、魁が申し訳なさそうな声をかける。
「いや、当然のことだ。それに、別に悪いことじゃないさ。むしろこの状況じゃそれが最善だろ。あの歳でここまで警察の目を掻い潜ってるってことは、それだけ優秀って証拠だ。俄然、うちの組織に欲しい人材だね!」
轟は腕を組んで、これ見よがしに声を張る。
なーんか、いちいち暑苦しい男だ。
「でものぉ、カイだって完璧って訳じゃねぇんじゃ。この前なんて寝相が悪すぎて、夜中にふらふらーっと出歩いて、木に向かってシュってパンチしとったんじゃから」
「それ、もはや夢遊病のレベルじゃないか?」
轟から向けられた、本気の心配が滲む視線が痛い。
「おい待て。見てたのも意外だが、普通にあの時は起きてたぞ。勝手に僕を病人にするな」
「え? 起きてたんか? じゃあ夜中に何して――」
「待て魁、それ以上は良くない」
魁の純粋な疑問を遮るように、轟がその口を手で塞いだ。
そして、僕に聞こえないようにコソコソと魁の耳元で何かを呟く。
その言葉を聞いた瞬間、魁はハッと目を見開き、今度は何故か僕のことを憐れむような、生暖かい目で見つめてきた。
「おい、なんだその目は」
「いや…大丈夫じゃ、カイ。儂ぁ田舎生まれじゃから都会のことはよぉ分からんけど、きっと都会じゃそれが当たり前なんじゃろ? みんな必ず通る道って言えばええんかのぉ……。ほら、カイも15とか16じゃろ? だから、そういう時期っていうか……」
「待て待て待て、完全に違うぞ。そういうアレじゃ――」
「さ、さぁ出発しようか! 時間も有限だからな!」
僕の必死の弁明を強引に遮り、ギクシャクとした動きでバイクへ進む轟。
さらに小声で「本人が一番気にしてる年頃なんだから、あんまり深く突っ込んでやるなよ!」と魁を軽く窘めながら、そそくさとエンジンをかけた。
僕は、ここでどれだけ論理的に反論したところで無駄だと瞬時に判断し、脳のメモリからこの記憶を抹消することにした。
それと今度1発くらい殴ってやろうと思った。
二台のバイクが猛々しいエンジン音を響かせ、獣道のような未舗装路を滑り出す。
「それにしても、魁はともかく、肇。お前、学歴がどうとか気に病んだりはしないのか? 優秀なのは認めるが、このままだと世間的には中卒だぞ?」
風を切る轟音に混じって、轟が前を向いたまま問いかけてくる。
「今の時代、学歴なんてのは無能が自分を包装するための飾りに過ぎないよ。社会に資するだけの圧倒的な力があれば、肩書きなんて後からいくらでもついてくる。僕みたいに、そこらの大人を論理でねじ伏せられる人間には特にね」
「……はは、凄いな。俺ならそんなセリフ、口が裂けても言えないよ」
「謙遜なんて、失敗した時の自分に言い訳を用意したい二流のすることだ。肥大化した自負は、時にはどんな武器より役に立つ」
流れていく夏の景色を冷めた目で眺めながら、淡々と返す。
轟は「根性あるなぁ……」と、呆れと感心の入り混じった声を漏らした。
前を行くサイドカーからは、魁の能天気な声が風に乗って聞こえてくる。
「ナァナァ、サクラさんの目はなんでそんなに桃色なんじゃ? 桜でも食ったんか?」
「食うわけないでしょ、カラコンよカラコン。都会のオシャレ」
二人の距離は、もうすっかり縮まっているようだった。
魁のあの驚異的というか、もはや天災的なコミュニケーション能力は、こういう時にこそ真価を発揮する。相手の警戒心を完璧に溶かし、無防備に情報を引き出すには最高の人材だ。
「……親友を取られて、寂しいか?」
轟がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら横槍を入れてくる。
「……ぶっ飛ばすぞ。そもそも魁は親友じゃない。利害の一致で一緒にいるだけだ。勘違いするな」
「ハッハッハ! そうかそうか、すまんすまん!」
轟の豪快な笑い声には、一ミリの謝意も籠もっていなかった。
僕は小さく舌打ちをする。
「僕の親友は…今はもう、僕の傍にはいない。それだけだ」
「……例の事件の時、一緒に倒れていたという少年のことか」
轟の声から、それまでの茶化すような響きが一瞬で消え失せた。
「……あいつ、今はどうなってる」
「詳しくは知らん。だが、命に別状はないそうだ。ただ、脳への負荷が大きかったらしく、まだ眠りから覚めないらしい。……安心しろ、いつかは目を覚ますだろうさ」
『いつかは』。
そんな確証のない、無責任な言葉に、どれだけの人間が救われ、そして裏切られてきたことか。
「……まぁいい。それより、1つ聞きそびれたことがある」
「おう、なんだ? 俺に答えられることなら何でも答えよう」
「転生者の肉体についてだ。転生者は自身の肉体を強化して、常人離れした身体能力を得ることが出来るって聞いたんだが、どういう仕組みなんだ? それと、肉体を治癒させる力についても詳しく知っておきたい」
少し前に獅堂が魅せ、僕自身が体験したあの謎の膂力、そして黒い粒子。
アレの仕組みを理解し、自在に制御できれば、創り出せる戦術の幅が跳ね上がる。
「そうだなぁ…まず、転生者には一貫して『魔力』と呼ばれるエネルギーが存在して、それがすべての根幹だ。個人差はあるが、基礎的な魔力量が多いと、肉体に宿るもう一つの魂も強力な個体が宿りやすい。さらに、魔力が多いほど身体強化の上昇率も上がる。具体的な身体強化の仕組みは、自分の内側にある傍白の魂から、その力を魔力を通じて主魂へと移すことで可能にしてるんだ。だから、基本は魔力量と傍白の強さの掛け算で決まるって感じだな。治癒能力に関しては、もっと単純で、魔力を使って無理矢理細胞の再生能力を限界突破させてるだけらしい」
らしい、か……。
だがなるほど。
つまりあの時、獅堂を圧倒できたのは、僕の中に眠る魔力か、あるいはヒトガタの魂自体の格が、獅堂のそれより数段上だったということか。
「身体強化の具体的なアプローチ方法は? 感覚的なものか?」
「うーん、それが言語化が難しいんだよなぁ……こう、身体の奥からグオオぉッ!ってエネルギーを引っ張り出してきて、肉体にぬううぅん!って馴染ませる感じ……?」
「……まぁ、そのうち自分で覚えるよ」
「……なんか、すまん」




