3話。 あの日の話。
「レビュアー」
神官から告げられたのは、聞いたこともない響きの単語だった。
静まり返る教会。誰もがその職業の意味を量りかね、困惑の視線を一人の少年に集中させる。
(……レビュアー?)
リオは、自身の口内に溜まった唾をごくりと飲み込んだ。
あまりの緊張に膝が震え、その場に崩れ落ちそうになる。10歳の少年が背負うには、この重圧はあまりに鋭く、そして重すぎた。
女神像の淡い光はとうに収まっている。我に返った神官が、事務的な動作でリオに台座から降りるよう促した。儀式は粛々と続くが、人々の好奇の視線は執拗にリオの背中に突き刺さったままだった。
リオは、カラカラに乾いた唇を無理やり開き、その言葉を唱えた。
「……ステータス」
あの日。
10歳の少年の心は、音を立てて打ち砕かれた。
子供の心が壊れるには、あの絶望はあまりに深すぎたのだ。
追い打ちをかけたのは、淡い恋心を抱いていた幼馴染の少女に下された「剣聖」の宣告。
その輝かしい光と、自分の得体の知れない「不遇」の対比が、少年の精神を決定的に蝕んだ。
入れ替わった、というべきだろうか。
俺の意識が「リオ・セブリオン」として覚醒したのは、まさにその瞬間だった。
10歳の少年に、くたびれた中年男の精神が宿る。
創作物でしか見たことのない非現実が、俺の現実になった瞬間。
少年の記憶が、濁流のように流れ込んでくる。
短くも鮮烈な10年。英雄への無垢な憧れ。そして何より、目の前の両親から注がれてきた、打算のない本物の愛情。
(……ああ、そうか)
俺の頬を、熱い涙が伝った。
俺の人生の始まりも、これほど満ち足りたものだっただろうか。
一体どこで、あんな冴えない生き方に変わってしまったのか。
……いや。
他人任せにするのはもうやめだ。あの虚しい人生を歩んできたのは、紛れもなく俺自身。
動かなかったのも、動けなかったのも、すべては俺の招いた結果だ。
その場に立ち尽くし、声を上げて泣きじゃくる俺を、母は膝をついて強く抱きしめてくれた。
父もまた、大きな手で俺の頭を優しく撫でてくれる。
これは俺の涙か、それとも少年の涙か。
もはや判別はつかないが、冷え切っていた心の奥が、ぽかっと温かくなるのを感じた。
「……お父さん、お母さん。
俺、英雄にはなれないみたいだ」
絞り出した俺の声を聞くと、二人は周囲で見守る大人たちへ、申し訳なさそうに頭を下げた。
野次馬たちは、ひとしきり落胆や嘲笑の反応を見せると、興味を失ったように次の受託者へと視線を戻す。
「剣聖」という奇跡を目撃した彼らにとって、意味不明な職を授かった少年など、もはや端役でしかないのだ。
「さあ、帰りましょう」
母の言葉に、父も
「ああ、そうだね」
と短く応じる。
握られた父の手は、ゴツゴツと硬く、そして温かかった。
反対側の手を引く母の手も、働き者のそれらしくカサついてはいたが、驚くほど柔らかだった。
何の因果か。
俺は、この日から「リオ」になった。




