29話。思いがけない話。
「リオ、ちょっといいかしら?」
「何?
母さん。」
自室に戻る為にリビングを歩いていると、マーサに呼び止められた。
リビングには、シルヴィアとテオもおり、彼女はテオの退屈な商売の話を、嫌な顔を一つもせず、むしろ興味津々、という可愛いらしい猫の様な表情を浮かべて聞いていた。
「あなたこの前、腕の良い回復術師がいないかって聞いたでしょ?」
「うん。」
「私のお友達に引退したシスターがいるっていったじゃない。
それで、今日、教会に寄った時、彼女もお祈りに来ていたから聞いてみたの、長期間医療院を留守にしても大丈夫な腕の良い回復術師さんはいないかって。」
「でっ!!
いたの!?」
俺はテーブル越しにマーサを問い詰める。
俺達が建前として調査チームの新しい仲間に回復術師を探しているとは伝えていたが、流石は商人の嫁、本当に仕事が早い。
「腕の良い回復術師!!?」
「・・予想以上の反応ね、リオがそんなに取り乱すなんて、珍しいじゃない。
だけど。
結果を言えば、居なかったわ。」
「・・・・・そう。」
最初からダメもとで聞いた話だ、教会経由で駄目なら、冒険者ギルド経由で探す。
それでも駄目なら、エブンを出てでも探す。
正直、ショックはショックだが、命を左右する人探し、出鼻を挫かれた位でへこんでなどいられない。
「もう、落ち込まないの、リオ、話は最後まで聞いて頂戴。
そういう悪いとこばっかり、お父さんに似るんだから。」
「うん?
そうだよ、リオは僕に似てせっかちだからねっ。」
「悪い所なんて似なくて良いの!」
テオが冗談めいた顔でこちらの会話に首を突っ込んでくるのを、マーサは手慣れた様子でパシッとあしらう。
そして、再び俺の方を向くと、いたずらっぽく微笑んだ。
「医療院を長期間留守にできるような、そんな都合の良い現役の回復術師は居なかったわ。
でもね、ちょうどそこに、教会でちょっと面白い方がいらっしゃっていたのよ」
「面白い方?」
俺が眉をひそめると、マーサは少し声を潜めて続けた。
「なんでもね、まだヒールしか使えない回復術師見習いの女の子がいるらしいの。
教会からすれば、他の回復魔法も使えない厄介者らしくてね。
上の人達も、その子の食い扶持をどうにかできるならどこにでも放り出したい、だけど、教会としての世間体があるからそれも出来ない。
って頭を抱えているらしいの。」
「そこまで言われる見習いって。」
口にしながら、俺の胸の奥に、少しだけ苦い苛立ちが湧き上がるのを止められなかった。
使えないから厄介者。
食い扶持をどうにかできるなら放り出したい。
だが、世間体があるからそれもできない・・。
チッ、どこの世界でも上の連中が考える事なんて似たり寄ったり、本当に胸糞が悪い。
前世の苦い記憶が蘇りそうになり、俺は一瞬声を上げそうになるのを、なんとか堪えた。
ヒールしか使えないというが、回復術師の職能を得られる人間はこの世界では本当に数が少ないというのが常識だ。
それに見習いとはいえ、傷を癒やす力があるなら立派な才能だろうに、他の回復魔法が使えないというだけで、ただ飯食らい扱いか。
教会の考え自体、麻痺でもしてるんだろうか?
組織の都合で勝手に無能の烙印を押され、世間体のために飼い殺しにされかけているその見習いの少女が、なんだか理不尽な評価に耐えていた前世の自分や、不器用な仲間達の姿にほんの少しだけ重なって見えてしまった。
なら、うちのパーティに引っ張って、高みの見物を決めている奴等の鼻を明かしてやりたいところだけどな。
そんな俺の表情から察したのか、マーサは楽しげに目を細めて、話を続けた。
「ただね、不思議なのはここからよ。
その見習いの子に、なぜかずっとベッタリついているお師匠様がいらっしゃるの。
教会の上層部も、そのお師匠様にだけはなぜか頭が上がらないらしくてね。
だから私、丁度教会にいらっしゃったそのお師匠様に直接掛け合ってみたのよ。
うちの息子がメンバーを集めている調査チームにそのお嬢さんを預けて頂けませんかって。」
なんという・・・行動力。
頼んだ俺が言うのもなんだけど、凄いなこの人は。
「・・・で、なんて?」
「そうしたら、そのお婆ちゃん、ああ、結構お年を召されてたのねその方、少し考え込んでから話だけなら聞こうじゃないかって仰ってね。
だから、明日のお茶会にそのお二人をご招待したのよ。」
「明日!?
もう明日来るの!?」
「ええ。
でもね、その回復術師見習いの子を仲間にできるかどうかは、リオ、あなたの交渉次第よ。
私はあくまで、知り合いの縁でお茶会にお誘いしただけ。
相手の心を動かすだけの条件を、ちゃんとお出しなさいね。」
マーサはそう言って、試すような、それでいてどこか息子を頼もしげに見つめる母の目で、フッと綺麗に微笑んだ。
――そして、約束の翌日。
エブンの街を包んでいた重い大雨は昨夜のうちに上がり、朝から雲の隙間から陽光が差し込んでいた。
しかし、雨上がりの空気はまだ湿気をたっぷりと含んでいて、どこか重苦しい。
俺は自室で、ベットに転がり、天井を見上げながら、回復術師見習いの少女と、そのお師匠様を口説き落とす為の交渉材料を織り交ぜた交渉の流れを数パターンシュミレーションしていた。
ヒールしか使えない厄介者という教会の評価が本当なら、こちらから提示する条件であれば確実に耳を傾けてくれる筈だ。
だが、教会の上の人間とされる面々が頭が上がらないというその老師匠が、一体何を求めて話を聞きに来るのかが読めない。
最近気のせいかも知れないが、胃の辺りが痛くなる毎日を送っている気がする。
例え若い身であっても、こういう緊張の連続は身体にに支障をきたすかも知れない。
「こんな毎日がこれからずっと続くのか・・・?」
嫌々、ネガティブ思考は禁物、禁物。
「時間だな」
気付けば、約束のお茶会の時間が刻一刻と近づいていた。
「ん、よっとっ」
俺は掛け声と共に無理やり思考の沼から這い上がり、ベットから降りる。
不確定要素があり過ぎてシュミレーションがままならなかったが、ここまで来たらやぶれかぶれの出たとこ勝負でいくしかない。
リビングに向かう途中、カチャリ、とドアが開き、一人の美しい少女が何食わぬ顔で入ってきた。
このジメジメした陽気にも関わらず、涼しい顔をして、ぬかるんだ道を歩いて来ただろうに、その足は勿論の事、衣服にも泥一つついていない綺麗な足取りで歩いてくる。
やはり、ザ・お嬢様なんだよな彼女のこの佇まい。
「間に合ったようね、マーサさん。
今日のお茶請けは何かしら?」
昨夜、マーサからお茶会の話を聞いた時、シルヴィアはテオの話を聞いている時よりも更に興味津々な猫のような顔をして聞いていた。
「あらシルヴィア様、お帰りなさい。
今日のお茶請けは私が作ったんじゃないのよ。
今、お台所で頑張って作ってくれているのは、ミーシャちゃん、私のお菓子作りのお弟子さんなの。
流石、お料理の専門家よね、筋がいいのよ。」
マーサが嬉しそうに話すその言葉に、シルヴィアもまた嬉しそうに目を細め、ニコっと笑う。
「成程、それは楽しみね。」
トントン。
と玄関のノックの音が、静かな家の中に小気味よく響き渡った。
「あら、いらっしゃったみたい。
皆んな、ちょっと待っててね。」
マーサがパタパタと出迎えに向かう。
俺とシルヴィアがリビングの入り口に目を向けていると、案内された一人の人物が、のそっと姿を現した。
少し腰の曲がった、優しそうな老婆だった。
そして、その老婆の後ろから、少し遅れて一人の少女がひょっこりとリビングに入って来た。
「あの子!」
俺は小さく声を漏らした。
「改めて、本日はお越しいただき、ありがとうございます。」
マーサが丁寧に挨拶すると、老婆は穏やかに笑う。
「かの有名な薬師殿にお会いできるとなれば、この婆、どこにでも伺いますよ。
それに、本日は・・・。」
くしゃくしゃになった顔がこちらに向き、老婆の視線はシルヴィアに向かった様に見えた。
「いえいえ、ふふ、お世話になりますよ。」
ひとしきり挨拶を済ませると皆でソファーに腰掛ける。
まずは自己紹介を、となったその時、少しでも情報を得ようと俺は老婆に向けて鑑定を発動させた。
・・・・だが。
『【鑑定】が阻害されました。』
中空のウィンドウに、これまで見たことのない無機質なメッセージが表示された。
は?
・・・阻害?
驚きで目を見張る。
ただの老婆のはずなのに、鑑定を弾く?
妙な胸騒ぎがした俺は、焦りを抑え、より深い情報を暴く為、解析を試みた。
ウィンドウの文字が激しく乱れ、再構築される。
そこに表示された真実に、俺は心臓が飛び出るかと思うほどの衝撃を受けた。
解析、成功
対象:ミモザ・ホルワルト
真名:エルミナ・ヴァルハイト
種族:ハイ・エルフ
年齢:714歳
職能:大魔導士
国王直属特務機関・筆頭監視官
危険度:国家規模、単独での軍隊殲滅能力を保有
固有スキル:変身
長年側にいた人間の本質、記憶、能力、癖を理解することで、その人間の姿・能力を完全にコピーする
現在は教会の老修道女に変身中
※変身中はコピー元の身体能力に縛られる
状態 / 任務:国命:○○の極秘監視および護衛
対象、メノウの持つ回復魔法の異常性の他国流出を防ぐ。
対象が制御不能な脅威と判断された場合、即座に暗殺する権限を保有。
現在の思考ログ:
・警戒・驚愕:同席する銀髪の娘、剣聖から、上位デーモンクラスの気配を感知。
・殺意・現在進行形:目の前の少年が、こちらの隠蔽を破って精神を覗き込んできたことを察知。
即時排除のシミュレーションを実行中。
!?
な、なんだこれ!?
ただの老婆じゃない!
700年生きたエルフ!?
しかも、国命の監視に、暗殺権限って、どういうことだ!?
俺が予想外すぎる最悪の情報量に激しい動揺を隠せずにいた、まさにその瞬間だった。
ソファーに向かい合って座る老婆の、それまで優しそうに細められていた目が、すっと冷徹に据わった。
向けられたのは、ゾッとするほど鋭く、こちらの命を直接削り取るかのような、隠しきれぬ本物の殺気。
気付かれた!?
このババ・・嫌、エルミナ・ヴァルハイト、俺が解析してるのが完全バレてる。
しかも、殺す気満々じゃねえか!!
冷や汗が滝のように背中を伝う。
一気にリビングの空気が、一触即発の限界状態まで張り詰めた。
だが、そんな恐怖の限界空間を、隣に座っていた少女が木っ端微塵にぶち壊した。
「いやー! メチャクチャ楽しみっすね、師匠!!
甘い良い匂いがここまで漂って来るっす!!」
「これ、いつもはしたないんだよ、お前は、もう少しお淑やかに出来ないもんかね?」
メノウの、緊張感の欠片もない明るく暖かい声が一瞬で氷の様な空間を溶かした。
「本当に楽しみね。」
シルヴィアもまた、老婆からの凄まじい精神圧などどこ吹く風で、まだ見ぬお菓子を想像して目を輝かせている。
そういえば、彼女、今朝は朝食も食べずに出て行ったけか。
マーサも台所から戻って、お茶の準備を始めている。
ゴクリと生唾を飲む俺。
老婆からの厳しい視線を一身に浴びながら、このカオスすぎるお茶会の席で、今から一体何が始まろうとしているのだろうかと思う俺であった。
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