4 小学5年生の麻子 1
真司は気を失っていた。目を覚ますと、桜吹雪が舞っていた。真司は周囲を見渡した。
ここは桜広場だ。12本の桜の木は満開をとおり過ぎていた。
桜の花が咲いている。ということは…
やった!
俺はタイムトリップに成功したんだ!
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を参考にしたら、本当にタイムトリップできたなんて信じられない!
でも、おかしいな。 桜坂を下ったはずなのに、どうして桜広場にいるんだろう?
まあ、細かいことは、気にしない。
真司は自転車を探した。すると、あのタイムマシンを見つけた6時の桜の木の側に自転車が置かれていた。
慌てて自転車に駆け寄り、タイムマシンを見ると、赤い数字は消えていた。
壊れちゃったのかな?
上段のマスに日付をセットして、スタンドを立てたまま、真司はペダルをこいでみた。
また、赤い数字が浮かんだ。どうやら壊れていないようだ。それにタイヤのパンクもブレーキの壊れもなかった。
不思議だな、あんなに急な坂道を下りたのに……。
キーン、コーン、カーン、コーン、学校のチャイムが鳴った。
桜ヶ丘小学校は、確かこの広場の隣だ。
真司は、桜ヶ丘小学校に急いだ。
まてよ、二宮の教室はどこなんだろう?
真司は現在(20X△年)は、両親の念願が叶い、一戸建ての家でこの桜ヶ丘町に住んでいるが、中学に入学するまでは、シーサイドタウンに住み、港町小学校に通っていたので、桜ヶ丘小学校の内部は知らない。
それに、麻子の教室が分かったって、どうやってもぐり込めばいいんだろう?真司は、校門のところでうろうろしていた。
「あれ、さとしじゃないか……」
声がしたので、真司が後ろを振り向くと、ランドセルを背負った背の低い男の子が立っていた。よく見ると公平だった。
真司は小学生の頃からあまり背が伸びていない。身長が153㎝なので、小学5年生ならば、背は低い方ではない。
さとしって、俺のことか? そういえば公平は、小学生の時に、俺とそっくりなヤツがいたって、いっていたっけ。
公平とは、港町中学校で意気投合した、真司の友だちだ。
「おまえ、外国の親戚に不幸事があったからって、2週間は学校を休むんじゃなかったのか?」
「そっ、そうなんだけど……」
真司は何か言いつくろうとしてひらめいた。
まてよ、俺がさとしってヤツになりすましたら、二宮の教室にもぐり込めるかも。桜ヶ丘小学校は確か、1学年1クラスだったもんな。
「父さんの仕事の都合で、俺も戻ってくることになったんだ」
真司は、我ながらうまい理由だと思った。
「そうか、急ごう。もう始業のチャイムがなったからな。ぼく、昨日の夜、プレステやりすぎて寝坊したんだ」
公平は疑う様子もなく、教室へ急いだ。真司もその後を追った。
「今日は、東京から女子の転校生がやってくるんだ」
公平は嬉しそうだった。
教室に入ると、担任の先生は、もうホームルームを始めていた。
真司は小林さとしとして、さっき公平からされた質問と同じことを先生から聞かれたが、同じように答えると、先生も納得したようだった。そして、最後にこういった。
「でも、遅刻はいけませんよ。立花君も小林君も分かったわね」
「先生、転校生は?」公平がいった。
「二宮麻子さん、起立してくれる」 先生がいった。
「はい」 明るい声で麻子は席を立った。
へぇっ、あれが5年生の二宮か。元気いっぱいって感じじゃないか。
真司は、心の中で呟いた。
「右にいるのが立花公平君、左の方が小林さとし君よ」 先生が麻子に紹介した。
「よろしくお願いします」
麻子はにこやかにいった。
ホームルームが終わると、女子も男子もほとんどの者が二宮麻子に群がった。
何だ、いきなり人気者じゃないか。
真司は少し明るい気分になったが、「頭がいいなら分かってよ!」と叫んだ麻子のあの表情が頭をよぎった。
麻子のことが気に入らない連中でもいるのだろうかと、真司は教室の中を見渡した。
すると、窓際で、麻子をキッとにらんでいる7、8人の女子グループがいた。見るからに気が強そうだ。
真司は嫌な予感がした。その日は結局、麻子に悲劇的なことは起こらなかった。