19 現代に戻って。近況報告です。
目を覚ますと、コスモスが咲いていた。周囲を見渡すと、紅葉した桜の木が時計の文字盤のように円形に並んでいる。ここは、桜広場だ。
「真司、起きて」
わたしは、真司を揺り動かした。
「あっ、桜広場だ」
目を覚ました真司の第一声だ。
ぼーっとした頭をすっきりさせるように、真司は、自分の頭をとんとんたたきながらいった。
「夢じゃなかったんだよな、俺たちが、ホームズさんやワトソンさんに出会ったこと」
「ええ、夢じゃないわ。ほら、見て!」
わたしは、アイリーン・アドラーのサインを見せた。
「それに、このハイテク機械……」
「本当だ。夢じゃなかったんだ」
真司はわたしの手を取って、ぐるぐるスキップで踊り回った。わたしは、手を握られて、ドキッとした。やがて、真司も自分のしていることに気がついたらしく、慌てて、手を放した。
「ごめん」
といった真司の顔は赤かった。
「いいのよ」
わたしも赤くなった。
「それより、どうするの? このハイテク機械」
「うん、そうだなぁ……。こういうのはどうだ」
「何?」
「モリアーティがどこで盗んできたのか分からないだろう。だから、フリーマーケットで格安に売りさばいて、そのお金を青十字社に寄付するというのは?」
「いい案だと思うけど、でも、わたしたち、まだ中学生よ。後見人がいるんじゃない?それに、後見人が見つかったとしても、これだけたくさんの高価な商品を中学生のわたしたちが持っているなんて、何だか怪しまれそうだわ」
「チェッ、だめか。いい案だと思ったのにな……」
結局、その件に関しては、いい案が浮かばす、ハイテク機械は、わたしと真司で手分けして、家の物置に隠しておくことにした。
ー☆ー
あれから、真司はというと、ホームズさんやワトソンさんに出会って以来、ますます、ワトソンさんが執筆した《ホームズシリーズ》のファンになり、独自にホームズ学を勉強し始めた。
後で分かったことだが、真司が買ったホームズ本では、1887年5月20日の晩まで、ワトソンさんは、しばらく、ホームズさんを訪ねていなかった。
開業医に戻ったので、ワトソンさんは、221Bには住んでいなかった。
と書かれてあったが、わたしたちが訪ねた1887年5月19日に、ワトソンさんは、ホームズさんの部屋にいた。
これって、どういうことなのだろう?と、随分頭を悩ませたが、はっきりとしたことは、よく分からなかった。
また、『ライゲートの地主』の原稿発表年月日は、1893年6月だが、1887年に出来上がっていたのに、ワトソンさんは、どうして、発表するのが、そんなに遅くなったのだろうという疑問も残った。
わたしたちが訪ねたせいで、混乱して、原稿をどこかに置き忘れて、長い間、出て来なかったからなのかな? この件もはっきりしたことは分からない。
わたしといえば、1年D組では相変わらず浮いた存在だったが、いつも真司がはげましてくれるので、心強かった。
あれから、わたしは、真司の前なら、どうして、悪い自分も見せられたのか考えてみた。
真司は、わたしが冷たい態度をとっても、何度でも、やさしく寄ってきてくれた。真司はいつもあたたかく、わたしのことを見守ってくれているからだろう。
わたしは臆病だ。なぜだか分からないが、人から嫌われるのが怖い。だから、無意識のうちに他人には、いい自分しか見せようとしなかったのかも知れない。
世の中の人が、みんな真司のような人ばかりなら、いい格好ばかりしなくても、いろいろな自分を見せられると思う。けれども、現実はそうはいかない。
だから、真司は、わたしにとって、とっても大切な人だ。そして、それ以上に……。
真司の笑顔が浮かんだ。わたしは、胸がキュンとした。これって、恋なのかな?
ー☆ー
1つだけ、残念なことがあった。あのタイム自転車が壊れてしまったのだ。
わたしと真司は、1894年のホームズさんとの約束を果たすため、再び、桜坂をかけ降りたのだが、タイムトリップできなかったのだ。
わたしたちは、桜坂を一気に滑り降り、シーサイドタウンに行ってしまい、危うく、交通事故で命を落とすところだった。
わたしたちに気づいたトレーラーが避けようとして、ひっくり返ったので、さわきになった。
わたしたちは、シーサイドタウンのシーサイド警察まで連れて行かれ、おもいっきり、お説教されてしまった。
幸いなことに、トレーラーの運転手の怪我は軽くてすんだ。シートベルトをして、なぜか、ヘルメットも被っていたからだ。
ー☆ー
最後に残った謎がある。それば、あのタイムマシンの暗号を解いた人物は誰で、どうして、港町中学校の図書室の本に、そのメモがはさまれていたのか? ということだ。わたしたちは、いろいろ考えたが、次のように見当をつけた。
ホームズさんのメッセージを受け取った日本人の子孫が、暗号解読を受け継ぎ、解けたころには、自分は老人だった。
老人には子供がなく、過去へ旅立つパワーもなかったので、一般開放されている港町中学校の図書室の『シャーロック・ホームズの冒険』にはさんで、自分の夢を子供たちに託したのだと。それが、当たっているかどうかは分からない。
ー☆ー
今、真司は、ホームズ学の研究の傍ら、わたしたちがした時空旅行を小説にしようとしている。
「ねえ、真司、どういうタイトルにするの?」
わたしが訊ねた。
「『シャーロック・ホームズー未来からの依頼人ー』だ。どうだ、格好いいだろう!」
と、真司はVサインした。わたしは、真司が、これから、どんな作品に仕上げるのか楽しみだ。
ー完ー
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この小説は25年前に書いたので、スマホもパソコンも出てきませんが。自動車もテレビも電気もない時代のホームズ物語は、現代でも、面白いですね。
シャーロキアンたちの気持ちが分かったような気がします。私もハマったので。
この作品のシリーズ作品を挙げておきます。
青いガーネット(クリスマス短編)
悪魔の足(バレンタインデーの短編)
麻子と真司の物語(四季折々のショートショート)
こちらもよろしくお願いいたします。
投稿済みです。
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よろしくお願いいたします。
ー☆ー参考文献ー☆ー
『シャーロック・ホームズ遊々事典』
日本シャーロック・ホームズクラブ
小林司 編 田中喜芳 東山あかね
東京図書
『ホームズのヴィクトリア朝ロンドン案内』
小林司 東山あかね
とんぼの本 新潮社
『シャーロキアンは眠れない』
小林司 東山あかね 飛鳥新社
『わがまま歩き⑥ ロンドン』
実業之日本社




