15 盗まれたタイム自転車を追って 1
わたしと真司は、誰もいないホームズさんの部屋に着くと、ため息を吐いた。
夜7時半、今頃、ホームズさんとワトソンさんは、写真のありかをつきとめるために、プライオニ荘周辺で、さわぎを起こしていることだろう。
わたしたちは、その様子を見に行く元気もなく、ベーカー街まで、とぼとぼと歩いて戻ってきたのだった。さっきまでの幸せな気分は、一気に不安へと変わった。そんなわたしを見て、真司がいった。
「麻子、あきらめるのはまだ早いよ。俺たちには、ホームズさんがいるじゃないか」
「でも、今頃、モリアーティは未来に行って、もう戻って来ないかも知れないわ」
「いや、大丈夫だよ。行ったとしても、また、戻ってくるよ」
「どうして、そういい切れるの?」
「考えてみろよ。1894年に行った時、ホームズさんがいっていただろう。モリアーティは、未来のハイテク機械をこの時代に持ち込んで、犯罪の役に立てようと考えていたって。だから、きっと、戻ってくるさ」
「そうかしら」
わたしは、少し元気になった。
「でも、いつ頃、戻って来るの?」
「それは、分からないけど……。あれ、俺たち、さっきから、モリアーティが未来に行ったようなことばかりいっているけど、まだ、そうと決まったわけじゃないさ。とにかく、もう一度本を読み直して、モリアーティの手掛かりをつかもう」
わたしたちは、年代別に記した事件のメモを見ながら、『ボヘミアの醜聞』以降の事件を読み返したが、モリアーティに関わっていそうな事件は見当たらなかった。
「アサコ、早く寝なさい」
と、ハドソン夫人の声がしたので、わたしは彼女の部屋に行き、ねまきに着替えて、ベッドに入った。真司もホームズさんが戻ってくるのを待っているといっていたが、後から訊くと、眠ってしまったようだ。
翌朝、わたしは、ホームズさんの部屋に朝食を摂りに行くと、ワトソンさんがいた。真司はまだ、ソファーで眠っていた。
「アサコ、何だか顔色が良くないよ」
ホームズさんがいった。
「あの、わたしたち、昨日……」
といいかけると、ボヘミア王がかけ込んできて、
「もう、写真は手に入りましたか?」
と大声でいい、ホームズさんの両肩をつかんだので、わたしは話すのをやめた。
ホームズさんはボヘミア王と会話している。
「いいえ、まだです」
「でも、見込みはあるのでしょう?」
「ええ、そのようです」
「それでは、今すぐ出掛けよう。私はじっとしていられないよ」
「馬車を呼びます」
「いや、かまわんよ。私の四輪馬車を待たせてあるのでな」
「それは、助かります。あっ、アサコ、何かいいかけたみたいだね。君の話は、後で聞くよ」
といい残すと、ホームズさんは、ワトソンさんとボヘミア王とともに、下へ降り、四輪馬車に乗って出掛けた。
「起きて、真司!」
わたしは、真司を起こし、コーヒーカップを渡した。真司は目をこすると、コーヒーを一気に飲み、ボーッとしていた頭をたたいていった。
「見つかったんだ! モリアーティが関わっていそうな事件がね」
「どこの事件?」
「『恐怖の谷』さ」
『恐怖の谷』とは、モリアーティの手下フレッド・ポーロックと名乗る男が、ホームズさんに届けた手紙にも絡んだサセックス州のバールストンで起きた殺人事件だ。
「モリアーティの絡んだ事件って、『最後の事件』と『空家の冒険』という印象が強くてすっかり忘れていたよ」
わたしも長編はあまり読み返していなかったので、すっかり忘れていた。真司が続ける。
「この事件は、1888年1月7日~1月8日のものだから、モリアーティが未来に行ったのだとすれば、それまでに戻ってくるんじゃないのかな? でも、まだ、この時代に彼はいるかも知れないぜ。とにかく、ホームズさんが帰ってきたら、相談するんだ」
わたしたちは、コーヒーとパンという簡単な朝食を摂り、ホームズさんの帰りを待った。




