12 ライヘンバッハの滝から空家の冒険 2
ホームズが、モリアーティから聞いた話を麻子と真司に話します。
「君たちは『最後の事件』のことは、知っているね」
「はい」
「ライヘンバッハの滝で、私とモリアーティは決闘をした。その前に、奴は私にこういった。
『君に話すのが初めてなのだが、君はもうすぐ、この世を去ることになる。だから話しておこう。私はすばらしい発明をした。それは《マシンT-56》という時空を旅することができるタイムマシンだ』
私は、はじめは本気にしなかったが、いちおう話に耳を傾けた。
『私は、《小惑星の力学》や《二項定理》の論文で知られるちょっとした数学の教授だが、私の研究は数学だけではなく、時空の研究もしていてね。
ある日、ロンドンと日本の桜ヶ丘という町が時空でつながっていることをつきとめた。そして、教授に任命されたころから、開発していたタイムマシンをようやく完成させ、つい先日、そのマシンで、タイムトラベルの実験をした。そのマシンがこれだ』
といって、奴はカバンをあけて、今、君たちが使っているタイムマシンを私に見せた。奴は話し続けた。
『このマシンを自転車に取り付けて、一頭の上等のサラブレッドにロープでその自転車を結び、ちょうどいいスピードが出たところでを見計らって、ロープを切った』
奴は、君たちが4人がかりでやったことを1人で成し遂げた。実に恐るべき男だよ、モリアーティって奴はね。
そして、桜ヶ丘という町に渡ったらしいが、奴はちょっとした実験のつもりだったので、未来に渡ることは考えず、同時代の桜ヶ丘町に着くと、すぐにまたロンドンに戻って来たそうだ。
そして、奴は、タイムマシンを使った悪事の数々を私に話して聞かせた。
未来に行って、ハイテク機械をこの19世紀のロンドンに持ち込んで研究し、犯罪に役立てるというのだ。
私は、奴のいっていることが本当らしく思えてきた。
犯罪を企てる前に、奴は、私の存在が邪魔だったので、どうしても消そうとした。
そして、揉み合いになったが、私の代わりに奴が滝に落ちた。私はバリツ(日本の柔術を意味するもので、コナン・ドイルが聞き誤った言葉)を心得ていたので、落ちなくて済んだのだ。
さっき、ワトソンにも話したが、そうして私は、ロンドンに戻ってくるまでに、チベットの方へ旅行に出掛けた。
その時に、日本の桜ヶ丘の町まで足をのばして、タイムマシンは、桜広場の6時の桜の木の下に埋めた。モリアーティは誰にも話してはいないといっていたが、もしも、奴の手先が、タイムマシンのことをかぎつけたら、大変なことになると思ったからだ。
18940405の日付は、旅の行程を概算して入れたものなのだが、今日とピッタリだったとは、私も驚いたよ。以上が、そのタイムマシンにまつわる話だ」
ホームズさんは、コーヒーを飲んで一息入れた。
「あの、それでは、日本語のメッセージは、誰が書いたのですか?」
「それは、私が桜ヶ丘の町を後にして、東京見物に行った時に、通訳になって案内してくれた日本人に、いたずら心から、私が英語でそのメッセージを書いて渡した。
あれを解くのは苦労したと思うよ。誰が解いたのか知らないが、君たちは、20X△年の人間だから、解けるのに、100年以上もかかったんだね。
君たちは、おもしろい旅ができて運が良かったね。しかし、せっかくメッセージを解いたのに、すばらしい旅行ができなかった人には、気の毒だが。でも、君たちは、その人の分も大いにこの旅行を楽しむがいい」
「はい」
「それでは、その手始めとして、私が手掛ける事件の手伝いをしてもらおうとするか」
「えっ、いいんですか?」
真司が身を乗り出した。
「いいのか、ホームズ。子どもたちを巻き込んでも……?」
ワトソンさんが、心配そうにたずねた。
「なに、危ないまねはさせないよ」
その時、ドアをノックする音がした。
「ワトソン先生、急患です。となりのハイド氏が、急に倒れたとかで……」
「よし、すぐに行く」
ワトソンさんは席を立ち、部屋を出る前に、ホームズさんにいった。
「ホームズ、この子たちに、危ないことを頼んでは、決していけないよ」
と念を押すと、急いで、往診カバンを持って出掛けた。
「ワトソンも心配性だ」
「で、何ですか? わたしたちに手伝ってもらいたいことって?」
わたしは、ワクワクしながら訊ねた。
「いや、たわいもないことだが、極めて重要だ。ハドソン夫人に頼んでおいたのだが、彼女は何かと忙しい。そこで、君たちに頼むよ」
「はい」
ホームズさんは、書籍収集家の老人に素早く変装すると、わたしたちをワトソンさんの家から連れ出し、辻馬車を呼んだ。
「ベーカー街221Bまで頼む」
とホームズさんは御者にいうと、わたしたちと辻馬車に乗り込んだ。




