12. 晩餐が始まりましてよ!(1)
かくして。
紳士どうしのささやかな飲み会と、淑女どうしの賑やかなお茶会が、赤金色の西陽がバルコニーを染め、部屋に射し込むまで続いた、その後。
お夕食の前にどうぞ、と案内された別荘備え付けの風呂に、キャロラインとジョージ王子は目を丸くした。
「これは、耳にしたことはあるが……」
「とっても珍しいのですの」
石造りの狭い部屋には、ローズとジャスミンの香りがふくよかに漂い、周囲が見えないほどの湯気が満ちている。
「ルーナ王国伝統の蒸し風呂でございます…… お気に召さなければ、お部屋に湯船を用意させますけれども」
ナターシャが澄まして説明する。
「主人夫婦は、雪に蜂蜜などかけたものを楽しみつつ、静かにお喋りしながら入っておりますわ」
「まあ」 キャロラインが感嘆する。
「この中で、雪をいただきますの?」
「ええ。ルーナ王国では、氷室にきれいな雪をたくさん貯蔵しておくのですわ。
合図に、そこの鈴を鳴らしてくだされば、お持ちしますから」
「楽しそうですの! ねえ、ジョージ様、入ってみましょうよ」
キャロラインの無邪気なおねだりに、目を白黒させるジョージ王子。
……姫は、ここは服を脱いで入る場所だということを、わかっているのだろうか?
「…………」
湯煙の中にぼんやりと浮かぶキャロラインの白いモチ肌など想像すると、先程の師匠の教示、それに周囲に満ちる甘い香りと相まって、つい反応してしまいそうになるのだが。
「ジョージ王子と、その……雪を、食べさせあいっこなど、してみたいのですの……」
……どうしよう、という迷いは、キャロラインの上目遣いのおねだりの前に、吹き飛んだのだった。
♡◆♡◆♡◆♡
「あら、エドワード様。また杯が空でしてよ。お強いのですね」
「ああ、もう、結構ですから…… 私ばかりいただいては、他の皆さんに申し訳ないのです……」
その日の晩餐は、こじんまりとした食堂で、ルーナ王国の伝統的な家庭料理が振る舞われた。
溶けたチーズに串刺しのパンや野菜を浸して食べるチーズフォンデュや、鹿肉と猪肉とハーブを煮込んだジビエだ。
――― ジョージ王子とキャロライン、マーガレットとエドワード、シドとお色気作家ルーナ・シー。
3組の夫婦は、それぞれに、風呂で身も心もすっかりとほどけている。
ここからは、夏でも夜は暖炉がいるほどに冷える高原ならでは、の料理をつつき、最高品質のワインを片手に、いかにもお忍び訪問らしい、温かな談笑が繰り広げられる…… 予定、であったが。
「あら、ワインはたくさんありますもの ……飲み過ぎても、大丈夫なのでしょう?」
「いえ、そういうわけにも……」
「遠慮なさらないで?」
誰からどう見ても、ただひとり、女主人から集中攻撃を受けているのが、エドワードである。
ルーナは、夫のシドも他の客人たちをも放置して、せっせとエドワードに酒を勧めているのだ。
その心はもちろん、取材。
――― 彼女が 『女性からの攻め』 に目覚めたのは、ごく最近のことであり……、かつ、夫はどちらかといえば攻めが得意なタイプである。
エドワードのような 『受け』 専門の男性はルーナにとって珍しく、お色気作家としてはぜひ、その心情を知っておきたいところなのだ。
「今宵は無礼講でございましょう? さぁ、もう1杯どうぞ?」
「い、いえ……普段はその、口に含むだけですので……」
「……まぁ……!」
ついに掛かった、と、瞳をキラリと輝かせる、ルーナ・シー。
ある意味、見上げた作家根性ではある。
「そこのところ、もう少し詳しく…… どのような感じですの? ゾワゾワされますの?」
一方で、シドの方はといえば…… 実はひたすら、心穏やかではなかった。
ここまでくると、妻の意図は分からぬでもない。が、困るのは、そこではない。
困るのは、他人に飲ませようとしてはしばしば、妻自身が酔っ払ってしまうことだ。
正直言って、アホである。……さらに正直に言えば、そこが、可愛い。
そして、そんな可愛い妻を、他人に見せるなど…… シドとしては、とんでもないことなのである。
――― もしも相手が編集長やどこぞの作家仲間なら、遠慮なくブリザードなオーラを撒き散らして妻を引き剥がしにかかるところだ。
しかし、今回の敵は、何しろ他国の貴族。いかにお忍びといえども、ヘタをすれば国際問題になりかねない……。
「それで、ルーナ先生のどんな所が特にお好きですの?」 「ですから、先に馴れ初めをじっくりうかがいましょうよ」 「そうですわ! プロポーズもお伺いしたいのです!」
……等々、思い出したように繰り返されるキャロラインとマーガレットの質問や 「幼い頃からずっと一緒とは、羨ましい!」 といったジョージ王子の発言を適当な質問返しではぐらかしつつ、妻の所作・言動のひとつひとつに神経を尖らせる、シドである。
――― 妻が何かやらかせば、すかさず手を打ってやろう…… と、かなりイライラしつつも冷静に機会を伺っているのだが。
取材は存外、順調に進んでいる。
「……それで、リボンはキツめがお好きですの、それとも緩め?」
「そうですね…… 私は、キツめの方が」
「まぁ……! 痛くは、ございませんの?」
「痛いくらいがその、気持ち良いといいますか…… こう、きっちり結び目が肌に食い込むのが、なんとも……」
「なるほど」
ルーナは得心行った、というようにうなずき、チラリと夫に流し目を送った。
その目線に気づき、さらには 『王家の秘薬』 のまだ見ぬ効果に想像を巡らせて含み笑いをするナターシャと、「今夜はルーナ先生とシドさん、もしかして……」 と、期待に胸踊らせるマーガレット。
そして 「痛い方が気持ち良いとは…… 厳しい訓練の結果であろうな」 「ええ、さすがは、頼りになる騎士様ですの」 と、別方向に感心するジョージ王子と、キャロライン。
無垢な王子夫妻は、『リボン』 が何に使用されるのかを、いまいち理解していないのだ。
そして。
「………………どうぞ」
素知らぬ顔で、そんな客人たちにチーズフォンデュを勧める、シド。
――― それぞれの想いを胸に、別荘の夜は更けてゆく……。




