【裁雷】と【経験】
「それにしても……まさか七階位の天使ともあろう者が、物語の主人公に惚れてしまうとは」
「奴は天使になってからまだ一万年と経っていない。人間らしさが残っていても不思議じゃないだろう」
早々に調教を終えてしまったせいで、ウルが然程堪えていなさそうなのが気に入りません。
しかし、『直ぐに向かう』と答えてしまった以上、時間を掛けていてはリーリアさんの心象が悪くなってしまうでしょう。
「はぁ……では、久し振りに後輩の顔でも見に行くとしましょう」
「目的を忘れるなよ? ごしゅ――フィオドール」
……思ったより調教が効いていましたね?
***
「1番から5番までの介入経路が遮断されました! 現地の天使達との交信途絶!」
「使用していない経路を繋ぎ直してください。交信が回復次第、天使の生存を最優先で」
「6番以降で介入した天使達も待ち伏せを受けています! 形勢は不利です!」
「今すぐ撤退させて下さい。完了したら直ぐに経路を切り離して――」
「ひぐっ…うっ…ご、五階位……メルトシアス様の消滅を確認……」
「経路の番号は?」
「じゅ……18番です」
「そう。18番経路を遮断、他の五階位の天使を複数人で見張りに立たせてください。天界へは絶対に侵入させないで」
告げながら、私――リーリアはあまりの状況に絶望していました。
さっきから流れてくる情報は全て天使達に不利なものばかり、相手は私達より小さな世界のはずなのに。
介入するどころか、こちらに攻め入られるのを防ぐので精一杯。
もし……もしここへの侵入を許してしまったら?
五階位が討滅されているなら、戦えるのは七階位の私と六階位の先輩達だけ。
まだ相手の最大戦力も、総数も分かっていない……情けない。やっぱり私なんかじゃ――
「いやぁあああああああああああ⁉︎」
「「「⁉︎」」」
「ど、どうしたの? 情報は正確に報告して!」
「六階位! ……六階位の天使様がぁあ⁉︎」
ついに六階位も討たれてしまいました……もう、私しかいない。
私しか、勝てる可能性が無い……
「現地から全ての天使を撤退。介入経路は一つだけ残して他は聖力の供給も遮断。伝令班はもう一度、七階位の天使達へ救援を要請して下さい」
「は、はい!」
「先輩達が来るまでは、私が前へ出ます。私が囮になれば多少は時間が稼げるでしょう」
どうやら力の強い者が集中して狙われている様ですし、私が介入する事で囮にはなれるでしょう。
せめて七階位の先輩達が来るまで耐えなくては……
「ッ⁉︎ 最後に残した経路が相手に利用されています! 隔壁も突破されました! 出現位置は――ここです!」
「総員、退ーー」
「くたばれやクソ天使ぃいいいいいい‼︎」
やはり狙われるのは私。
光の粒子を散らしながら現れたのは、日に焼けた肌の筋骨隆々な大男。
手に持っているのは……見たことが無い程大きな鉈。
大丈夫、訓練通りにやれば大丈夫。まずは《雷槍》で――
「しゃらくせえ!」
抵抗⁉︎ 障壁の展開も無しなんて、大魔王級じゃないですか⁉︎
次の《雷槍》は間に合わない! せめて物理障壁を――
「殺ったぁあああああ‼︎」
乾いた音を立てて、物理障壁も破られてしまいます。
眼前に迫る大鉈。
体はピクリとも動きません。
何もできない。
やっぱり私に七階位は相応しく無かったじゃないですか……フィオ先輩――
……? 諦め、目を閉じていたのにいつまで経っても衝撃が来ません。
消滅ってこんなに何も感じないものなのでしょうか?
目を開けると、そこに広がるのは光を纏う金色の翼――えっ……金色⁉︎
嘘……金色の翼って『最上天使ケイレム』様⁉︎
ケイレム様が振り返り、そのご尊顔を……うん? フィ、フィオ先輩?
「『ケイレムが天位七階位、【経験】のフィオドール』が馳せ参じました。リーリアさん、お怪我はありませんか?」
ケイレム様……いやでもフィオ先輩ですよね?
ど、どういう事なんですか……
***
天界に私以外の男が見えたので、思わず消し去ってしまいましたが……
私の知らない所で、天使になれる条件が変わってたりするんですか? それとも誰かの使徒だったのでしょうか?
いや、どちらにしても私が許しませんけどね。
ここは私のハーレムにするのです。男は私一人だけで十分。
「助かりました……えーと、フィオ先輩?」
おっと、そうでした。今回の目的はリーリアさんでしたね。
栗色の髪に、髪の色より少し明るい瞳……言い表すなら『垢抜けた田舎少女』でしょうか?
私が教育係をしていた時はずっとおどおどしていましたが、少し見ない内に随分と立派になったようですね。
「とりあえず、状況を教えて貰えませんか?」
「あ、はい! 少々お待ちください……観測班! 情報を統合してフィオ先輩へ!」
「こ、こちらです!」
おお、仕事が早いですね。
私が『干渉局』にいた時は、もっとごちゃごちゃしていましたよ。
報告が百年越しだったりして『あ、そういえば143番経路が封鎖されていました。やっぱりあそこの世界は介入しない方がいいですねー』とか――
《そんなのはお前の代だけだ。他の天使はしっかりと管理していたからな?》
《わん、わんわん!》
《ッ⁉︎ ば、馬鹿にしやがって!》
ウルを弄って癒された事ですし、情報の確認をしましょうか。
「あ、あの! フィオドール様からお願いします!」
「緊急時ですので……申し訳ありません」
「いえっ……こ、光栄です」
通常は口頭での報告になるんですが、情報量が多かったり、緊急時には聖結晶を通しての情報共有が可能です。
そしてこの観測班の子はなかなかの胸をお持ちで……
あーっと手が重力に逆らえない――
「あ――んっ⁉︎」
「これは……失礼しました」
「いえ、その……光栄です」
《こんな緊急時に何をやっているんだお前は……》
《こんな時だからこそ、ですよ。緊張を解しているのです》
情報のやり取りは一瞬です。後は頭の中で整理するだけですね。
どれどれ? ふむ、ふむふ――うん?
「リーリアさん」
「は、はい! 何でしょうフィオ先輩」
「人間界へ干渉したんですよね?」
「はい! いつもと同じ手順を踏んで、観測から介入へ移行しました」
「そうですか……」
「あの……何か不手際があったのでしょうか?」
いえ、不手際ではないのですが……頭の中に広がるこの景色、見覚えがありますね。
どこまでも続く荒野に鈍い曇天、そしてむさ苦しい小麦色の肌をした男達。
もしかしなくとも……魔界に繋がってませんか?