忠犬の入れ知恵
「ウル、一応私の影へ潜っていて貰えますか? 流石に襲撃では無いと思うのですが……念の為です」
「ふんっ、臆病者め」
いえ、貴女の為でもあるのですが……仮に相手が七階位だった場合、奇襲できなかったらウルじゃ手も足も出ないでは無いですか。
さて、件の天使は何処でしょう? 私の領域は広いですからね。
迷子になっていないと良いのですが……捉えました。《転移》です。
***
「何かありましたか?」
「ひゃああああああああ⁉︎」
なかなかの美声をお持ちですね? 次は是非ベッドの上で聴きたいものです。
いえ、私の領域に来るということ……それはもう『ハーレムに入れて下さい』と言っているようなものでは?
連戦になりますが……行けますか? フィオさん? ふっ、愚問でしたね。
……いざっ!
「も、申し訳ございません! 私は『ケイレムが天位四階位、オリフェ』と申します!【裁雷】のリーリア様より、至急伝言をするよう申し遣わされた次第です!」
「リーリアさんの……」
『何故《念話》じゃないのでしょう?』と言いかけて止めました。
ええ、先程までカリンさんが各種結界を張っていましたね。
そうですか。いくら《念話》が簡単な技能とはいえ、七階位の《念話》を遮断するのですか……流石、私の女神は格が違いますね。
《ん……ぅ……》
寝てるのに《念話》を飛ばして来る……流石私の――止めましょう。
起こしてしまうのも可哀想ですからね。
「用件は分かりました。伝言の内容を教えて頂けますか?」
「はい!『至急介入しなければならない人間界を発見しました。助けてください先輩』だそうです!」
ふむ、『助けてください』ですか……穏やかではありませんね。
七階位になって日が浅いとはいえ、リーリアさんが助けを求める問題とは……
絶対面倒くさいじゃないですか。
と言いますか、七階位なら自分で解決するべきではないでしょうか?
今まで『可愛い後輩』として甘やかし過ぎましたかね。
《いや、助けに行くべきだろう。フィ――ご主人様》
《そうは言いますがね、ウル。今更助けた程度でリーリアさんの好感度は上がりませんよ?》
そう、今まで何度も危機を救って来たのです。
これ以上同じ事をしても好感度は上がらないでしょう。
新人天使として悪魔に討たれそうになった時はカリンさんが、中位天使になり魔族と戦った時はウルが、魔王と戦った時には――おや?
《気付いたか? おま――ご主人様は一度として、直接天使リーリアを救っていない》
《そんな馬鹿な……》
《馬鹿はおま――ご主人様だ。なあ、そろそろこの『誓約』やめないか? 呼びにくいんだが》
喧しい忠犬ですね? どうせ貴女の番では『ご主人様! ご主人様!』と鳴くのです。
誓約などあっても無くても変わらないでしょう。
《お、おい! それは今関係な――》
「と、とにかく! 直ぐにお越し下さい!『ホープス干渉局』でリーリア様がお待ちです!」
「分かりました、直ぐに向かいましょう。伝言、しかと受け取りました」
「はい! 失礼いたします!」
行ってしまいました……エスコートしようと思っていたのですが。
こう、あの細い腰に手を回してですね……
「おい、何だその気色悪い手付きは」
「失礼な。貴女はいつもこの手付きに悩まされているのですよ?」
「うるさい! さっさと行くぞ」
はぁ……お供がウルなのは頼りないですが、忠犬の散歩ついでに向かうとしましょう。
しかし、直接救うと言っても今から好感度を上げ始めるんですか?
もう強引に押し倒した方が早いと思うのですが……
リーリアさんからは、一度関係を持ってしまえばなし崩し的にハーレムの一員として定着する……そんなチョロ――いえ、一途さを感じます。
どう思いますか? ウル。
「ふん、そんな強行手段に打って出なくとも、奴はおま――ご主人様の自伝を愛読している」
「なっ⁉︎」
私の自伝――『最上天使ケイレム救世伝』を読んでいる……リーリアさんが?
いえ、だとしたらもっと私に熱い視線を向けていてもおかしく無いはずです。
例え恋愛感情では無いにしても、間違いなく尊敬より上……崇拝くらいされていてもおかしくありません。
あれは正に神話クラスの活躍を綴ったものですからね。
実際、そこかしこで最上天使を讃える声が挙がっています。
本の裏には著者として私の名前もちゃんと書いてありますし、本を読んだと言う天使達が私に向ける視線は、火傷しそうなほど熱いものでした。
そして、リーリアさんから向けられる視線に熱はない……これにて証明終了です。
ふっ、危うく間違った情報に踊らされる所でした。
やはりカリンさんじゃないとダメですね? この雌い――
「消滅させてやろうか?」
「ふっ、仮にリーリアさんが自伝を読んでいたとしましょう。しかしこの矛盾をどう説明するのです?」
「……本当に気付いていないのか?」
「ウルこそ、自らの過ちを認めてはいかがですか?」
「はぁ……『創作』だ」
「ふむ?」
「タイトルを思い出してみろ」
「……『最上天使ケイレム救世伝』です」
「ああ、そうだな。どこで区切っている?」
「勿論『最上天使、ケイレム救世伝』と――」
「そうか。なら、『最上天使ケイレム、救世伝』だとどうだ?」
「……いや、そんなまさか――」
「残念、それで正解だ。皆あの書物を『創作』だと思って読んでいる」
「しかし、確かに熱い視線を感じました」
「作家として評価されていたんだろう。良かったじゃないか? 才能があって」
……待ってください。
脳内フィオドール達、あれは合作でしたね?
皆で過去を思い出しながらの共同製作だったはずです……誰か気付いていた者はいますか?
いないですか――いや、待ってください。
先程赤いフィオくん像を置いた者……あなたですか?
違う? すみません、名乗り出てもらえますか?
あなたですか……【予知】でしたね。気付いていたでしょう?
ふむ……『予知の範囲外』、『千年単位の予知は無理』ですか。
……そうですね、一理あります。
そもそも私が私に害をなす訳ありませんよね。
こらこら、そんな『勝訴』のハタなんてどこから持って来たんですか? ちゃんと片付けて置いて下さいね?
「分かったか? お前は――えっ⁉︎ お前! 貴様! 色情魔! やったぁ!」
「ええ、よく分かりました。私はリーリアさんの前で証明したら良いのですね? 私こそが『最上天使ケイレム』だと」
「そうだ! ははっ……なんだ? 今更オレの有能さに気付いたのか? だから『ご主人様としか呼べない誓約』を破棄したんだろ? そうなんだろ?」
さて、やるべき事は分かりました。
リーリアさんが頼んでくる内容にもよりますが……何とかなるでしょう。
「なぁ、無視するなよフィオドール……ふふっ、返事してくれよフィオド――んぁあああああああ⁉︎」
後はこの雌犬を調教しながら向かいましょう。
フィオさん、出番ですよ。
お読みいただきありがとうございました。
次は閑話を投稿いたします。