20.3ヶ月前に勝敗は決していた 後編
アーサーはおおよそを察した。クラウスに何かあれば王太子はアーサーかディーデリヒの二人の内、どちらかになる。
ディーデリヒは最初から王太子にならないと宣言し、幼妻と一緒に領を経営しつつ幸せに暮らしている。
今さら王太子の可能性があります、と言われても断るのは目に見えていた。そうなれば、王太子の座はアーサーのものになる。
「わたくしも心苦しいのですよ。ですが、これ以上は国のためになりません。心を鬼にして事に当たらなければなりません」
「つまり、ボクはまた王太子になるわけかー。嫌だなー、裏で好き勝手するのが楽しいのにねー。あ、フラニーちゃん、ボクと婚約しない? そしたらボク、お飾りの王様になるからさ」
アーサーの冗談に反応したのはフランチェスカ、ではなく兄のフランツだった。彼は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、アーサーに容赦なく冷たい目を向ける。
「お兄様、落ち着いて下さいませ。アーサー殿下のいつものご冗談でしょう」
「しかしだな、フラニー。あの馬鹿が駄目になったから、アーサー殿下を、と言われて聞き逃せるわけなかろう。ただでさえ、お前は幼少から無茶をしてきたのだから」
「最終的に決めたのはわたくしです。お願いです、フランツお兄様。かつてのわたしの決意を否定しないで下さい」
「うっ!」
フランツは怒り心頭だが、フランチェスカが上目遣いでお願いを口にすると、途端に勢いがしぼむ。
『氷の貴公子』と呼ばれるほど無表情なフランツだが、妹の前では表情豊かだなとアーサーは思った。
フランクもフランツと似たような評価だが、この様子を見るに、妹の前では表情豊かなのだろうと推測した。
「……分かった。断っておくが、決してお前の考えを否定したい訳ではない。ただあの馬鹿のせいで、お前は背負わなくても良い苦労まで背負って、普通の令嬢がすることをさせてあげられなかったからな。また王室と関わるのかと思うと、いてもたってもいられない」
「お兄様のお気持ち、嬉しく思います」
「麗しの兄妹愛に浸っている所悪いけどね。ボクが王太子になるとして、どういう風にやる気なの?」
フランツとフランチェスカの会話にアーサーが割り込む。妹との会話を邪魔されてフランツは渋い顔をするが、アーサーは完全に無視してフランチェスカを見る。
「三か月後、わたくしは学園を卒業します。勿論、クラウス様にレティ様、それからクラウス様のご友人方もです。卒業式が終われば卒業パーティー兼夜会があります。どうやら、夜会の時に盛大に婚約破棄を宣言し、わたくしを散々こき下ろしたいようです」
「そんな寝言を言っているんだ、愚弟は」
「わたくしが学園にいないから、堂々と言い放っているようですよ。大半の人間はクラウス様の態度を嫌悪しているようですがね。そのお陰で工作は非常にし易かったです。既にクラウス様の行動を褒めるのはご友人方ぐらいなものです。そのご友人方の何人かはクラウス様の行動に眉をひそめているようで、大変有り難いことにクラウス様の行動を詳細に教えて頂いております」
「わー、怖いー」
全然驚いていない声でアーサーは呟く。フランチェスカがクラウスの外堀を埋めているのは知っていたが、予想以上に埋める速度が速いことには感心した。
議会でクラウスの王位継承権消失が確定してから三か月近くしか経っていない。その間、フランチェスカはクラウスの王位継承権消失を何とかしようと奔走していた。
しかし、それは真の目的を隠すポーズで、実際はクラウスを追い込むための工作活動に勤しんでいたようだ。
「学園の情報もコントロールされているんだなー」
「何のことでしょうか」
「とぼけちゃって。フラニーちゃんが工作活動をしても、傍の二人が噂を流して違う話にすり替えているんでしょ。愚弟なら流れた情報が嘘か誠かなんて気にしないし、気にする頭もないからね。そうやって愚弟を踊らせ続けるなんて、怖いって感想以外抱ける?」
ヴィルヘルミーナとディートリントはフランチェスカの側近だ。学園内の空気をフランチェスカにとって都合良い形に変えるなど朝飯前だ。
仮にクラウスが変だと気付いても、誰が何をしたかなど判明しない。皆『誰かから聞いた』としか言わないから。
「淑女への褒め言葉ではございませんね」
「ボクなりの褒め言葉だよ。それで、ボクの役目は一体何かな?」
「簡単です。卒業パーティー後の夜会で、クラウス様へ思いの丈をぶつけて下さい」
「見返りは? 何の旨みもなく、人が動くなんて勿論フラニーちゃんは思っていないよね」
「見返りはアーサー殿下が面白いと思える場を見せることです。お約束しますわ、アーサー殿下がお気に召す場を見せることを」
「オッケー、了解した」
フランチェスカの言葉にアーサーは軽いノリで応える。クロンは重いため息を吐き、フォーリーとゼッタは肩をすくめた。
「我らが主は面白いことなら協力してくれるらしい。ま、私も第三王子がどんな無様な姿を晒すか興味はある」
「そうだねー、彼じゃフランチェスカ嬢と論戦は出来ないだろうし、せいぜい『俺は王族なのだぞ。ならば命令に従え』と言うぐらいか?」
「それは無理なお話ですわ。だってクラウス様を王族から追放、そして国外追放する王命は既に出ていますからね」
フォーリーの言葉にフランチェスカは扇子で口元を隠す。彼女の言葉にアーサーですら驚いた表情をした。
「先ほどアーサー殿下がお尋ねになったクラウス様が国家機密をラムダ帝国に流している件は、父を通して陛下にお伝え済みです。その結果、二か月後にわたくしとクラウス様の婚約は白紙となります。王族追放の上、国外追放の王命が発動するのは卒業式が終わる時間です」
「わぁお」
「単なる白紙ではわたくしが不名誉を受けるので、卒業パーティー後の夜会で盛大な捕り物をします。その為に王立騎士団を動かす権限を、その日限りですが陛下より頂きました」
「もう絶対、巻き返し無理だな」
「本来ならもっと違う場を用意したいですし、夜会は卒業生や既に卒業された方々、在校生や卒業生の親兄弟など、多くの貴族が参加される場で、その様な真似をすればどうなるか苦言を呈したいのですが、既にわたくしやわたくしの友人は彼らに近づくことさえできない状態です。ですので夜会でクラウス様がわたくしへ婚約破棄を言い渡すことは止められません」
「つまり愚弟の馬鹿行為は止められないから、フラニーちゃんは婚約破棄は愚弟側に重大な問題があったので既に白紙となっていた、にするのね。で、ボクが盛大に愚弟をなじれば、変な噂を流そうとする奴も減るという寸法か」
「レティ様の罪も合わせて問い詰めます。第三王子の醜態、伯爵家令嬢の国家反逆、わたくしの悪口を流す余裕などないでしょう」
「ボクらは散々言われそうだけども、元々フラニーちゃんと愚弟の婚約は王家がお願いしたことだしね。悪口ぐらい受けないと、フラニーちゃんに申し訳ないよ」
「ありがとうございます。さて、長々とお話ししてお茶が冷めてしまいました。新しいお茶を用意します」
お茶を用意する、それは会談が終わったことを意味していた。
「フランチェスカ様、私が用意してきます」
「ごめんなさい、ヴィルヘルミーナ。貴女にメイドの真似事をさせて。会談も一言も喋る機会を与えられなかったわ」
「気になさらないで下さい。それでは行って参ります」
紅茶を入れるための準備をするのか、ヴィルヘルミーナは席を立つと全員に礼をする。それから部屋を静かに部屋から出て行った。
「卒業式が楽しみだ」
天井を眺めつつ、アーサーは楽しげな表情で呟いた。




