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- 新たな生活 -

私は一瞬、目の前が真っ暗になった。私は陛下に向かって叫ぶ。


「へ、陛下!私は何かまずいことをいたしましたか!?お気に召さないことがありましたか!?」

「おい、ディアナ、そんなことは……」

「ようやく貴族達の協力も取り付けて、やっとこれから王国の発展を支えていこうと頑張り始めたところなのに……何故でございますか!?」

「いや、(わらわ)は……」

「私はあの森の中、姫様を命がけでお守りしたのですよ!一体何故このような扱いを……」

「おい!!(わらわ)の話を最後まで聞け!!」


姫様……じゃなくて、陛下は机をたたき、私の声を遮るように叫ぶ。


「誰がお前をクビにすると言ったか。(わらわ)は、そなたに相応しい職を与えると言いたかったのだ。そなたほどの有能な人材がいつまでも『侍女』では勿体ないであろう。」

「へ!?姫様、それは一体……」

「今からそなたには、(わらわ)尚書(しょうしょ)官になってもらう。そう伝えたかったのだ。」

「しょ…尚書官…でございますか!?」

「そうじゃ。(わらわ)の代弁者であり、代理人でもある役職じゃ。宰相に匹敵する権限を持つことになる。今のそなたには、ちょうど良い役職であろう。」

「ひ……姫様、いや、陛下~!」

「姫様でよい。ともかくじゃ、改めてこの王国のため、よろしくお願いするぞ。」

「はい!姫様!」

「なお、そなたにも侍女をつける。改めてそなたの家に派遣するから、しばらく待っておれ。」

「へ!?侍女の私に、侍女が!?」

「もう侍女ではないと言うに……」


陛下……いや、姫様がここまで私のことを思ってくれていることを嬉しく思った。思わず、涙が出る。王国のため、私は力を尽くすと誓った。


私は王宮を出た。王宮のすぐ横に小さな屋敷があるが、今はその屋敷が私の住まいとなっている。その屋敷に帰る途中、私のスマホが鳴る。


メッセージが届いていた。送信してきたのはクルーズ殿だ。大事な話があるから今すぐ会えないか、という内容だった。


急に何だろうか?今日は立て続けに大事な話をされる。しかし、今さらクルーズ殿が大事な話とは、一体なんだろうか?


そういえばクルーズ殿、以前に夢は「正義の味方」になることだと言っていたが、戦艦ドラケンスバーグの街の映画で見た光の戦士という「正義の味方」は、街を救った途端、どこかへ去って行ってしまった。


まさか、クルーズ殿はあの光の戦士のように、私にお別れを言うつもりではあるまいか?これから、王国の発展のために、クルーズ殿にはさらに活躍してもらわなければならない。ここで地球(アース)519に帰ってもらっては困る。私は大急ぎで返事をする。


王都クルムの中央広場の西側にある、私とクルーズ殿と交渉官が以前王都に侵入した時に立ち寄ったあの茶店に来てもらうよう、返信を送った。


もしクルーズ殿が帰ると言いだしたら、どうやって引き留めようか?陛下にお願いして、貴族の称号を頂けるよう説得するか、それとも我が王国の大将として軍務を司って頂くか。ともかく、いかなる手段に訴えてでも、クルーズ殿には残っていただくよう説得しよう。私は急いで茶店に向かう。


店に着くと、まだクルーズ殿は来ていない。私はお茶を一杯頼み、店の前の表通りの脇に置かれたテーブルと椅子に座ってクルーズ殿の到着を待つ。


「ああ、ディアナさん。すみませんね、突然呼び出してしまって。」


しばらくするとクルーズ殿が現れた。いつも通り、にこやかな顔で現れた。


「あ、いや、いいですよ。どのようなご用ですか?」

「実は、ディアナさんにお話がありまして。実はですね。私、近いうちにここ……」


来た。この雰囲気、この流れは、やはりこの王都から去るという話をするつもりなのだろう。私は思わず話を遮る。


「あ!クルーズ殿!あの、王国の貴族になるつもりはございませんか!?」

「…えっ!?貴族!?」

「王国の復活には、クルーズ殿無しにはあり得ませんでした。この偉業を称えて、ぜひ貴族の称号を贈りたいと考えてるんですよ!」

「いやあ、私はいいですよ、貴族だなんて。」

「男爵、子爵、いや伯爵、いやいや公爵でも構いません!今なら爵位は思いのままですよ!選び放題!どうですか!?クルーズ殿!」

「私には貴族の称号などいりませんよ。この通りがさつな軍人ですから、今の身分で満足ですよ。」

「ですが、クルーズ殿……」

「まあまあ、そんなことよりも、私の話、聞いてもらえます?」

「……はい。」


どうやら、説得に失敗してしまった。ついにクルーズ殿は、王都を離れてしまうのか。


「実はですね、ディアナさん。私はここに残ることになったんですよ。」

「……はい?」

「この星もいずれ、宇宙艦隊を創設せねばなりません。その人材育成をするために、私は残って、この星で集める候補生に戦略・戦術講義をすることになったんですよ。駆逐艦3310号艦はこの星の防衛のため、この王都の横に作られる宇宙港に駐留が決まりましたし、私はその駆逐艦に在籍のまま、教官として赴任するんです。ディアナさんには、まずそのことを知らせておこうかと思いまして。」


私は、きょとんとしてしまった。とんだ早とちりだ。クルーズ殿はこの王都に残ると言うために、私を呼び出したのだ。


「クルーズ殿、ということはこの王都に……」

「はい。しばらくはこの辺りに住むことになりそうです。」

「く、クルーズ殿~!」


てっきり別れ話をされるのかと思っていた私は、クルーズ殿が残ることになって安堵したあまり、涙が出た。陛下といいクルーズ殿といい、今日は私を驚かせ過ぎだ。


「ところで、ここからが本題なのですが…」

「…えっ!?今の話以外に、まだ大事な話があるのですか?」

「……あっちゃいかんですか?むしろ、ここからが大事な話なんですよ。」

「ええっ!?これよりもっと大事な話って、一体何ですか!?」


まだ何か話があるらしい。しかも、今の話よりも大事な話だと言う。


「ディアナさん!」

「は、はい!」

「……私と、デートしてくれませんか?」

「は?デート?何ですか、デートっていうのは。」

「ええとですね、つまり、恋仲の男女が一緒に食事したり、遊んだりして過ごすことですよ。」

「はあ、でもそれって、今まさにしているところですよね。」

「いや、もっと長い時間、一緒に過ごしたいんです。艦長や艦橋の乗員の前で戦場告白をしたというのに、未だに私はディアナさんとデートらしいデートをしておりません。これでは何のために勇気を振り絞ったのか分かりませんよ。だから、ディアナさんとはちゃんとデートしたいんです。一緒にお茶を飲んで、王都の名所を巡って、食事をして、それから……」


大事な話というから、てっきりもっと重い話でもするのかと思ったら、私と一緒に過ごしたいと言ってくるだけだった。貴族の称号は要らないというクルーズ殿。それよりも、私と一緒に過ごしたいと言う。なんと無欲な男か。


「……それから、また一緒に公衆浴場に行きたいです。今度こそ、ディアナさんの身体を洗って差し上げたいのです。」

「はあ、いいですよ。それなら、明日の朝にでも参りますか?」

「えぇ!?い、いいんですか!?本当に?行きましょう!ぜひ行きましょう! 」

「……ですがクルーズ殿。何かいやらしいことを考えてませんか?」

「はい、考えてますよ。当然です。ついでに、もっといやらしいことを考えているんです。」


そういうとクルーズ殿は、ポケットから何かを取り出した。


それは、手のひらに乗る程度の白い小さな箱だった。その小さな箱をぽんと私の手に渡してくる。


「何ですか?この箱は。」

「いいから、まずは開けてみてください。」


上に開くと、中は指輪が一つ入っていた。銀色に輝くその指輪の先端には、小さくもキラキラとした、とても綺麗な宝石が付いている。


これはダイヤモンドだ。しかも、かなり綺麗な形に整えられたダイヤだ。陛下の持つティアラや王冠の装飾にもダイヤが使われているが、素人でもこちらの方が綺麗なカットを施しているのが分かる。


「く、クルーズ殿!これはダイヤではありませんか!?とても高価な宝石だとお見受けしますが、何故これを私に!?」

「我々の星では、婚約する際にその証としてダイヤの指輪を贈ることになってるんです。どうですか?これ。お気に召すとよろしいのですが。」


この指輪は、婚約の証。これを受け取ると、クルーズ殿と婚約することになる。つまり私は今、クルーズ殿から求婚されているということになる。


「本当は、婚約が確定した相手に贈るものなんですけどね。ですが、思い切って私は婚約の意思を聞く前に、これをお渡しすることにしたんです。それだけ本気なんですよ、私は。」


本気で結婚したい。そう言われて、私は胸の鼓動が高鳴る。顔のあたりが熱くなってくるのを感じる。


「あの、クルーズ殿。私は先ほど、陛下より尚書(しょうしょ)官というお役目を頂きました。」

「しょうしょかん?何ですか、それは。」

「陛下の言葉を伝え、時に陛下の意思を代弁して、人を動かすことができる役職です。」

「すごいじゃないですか!おめでとうございます、ディアナさん。今まで頑張ってきた甲斐がありますね。」

「ですが、これから忙しくなる私と、婚約などしても良いのですか?忙しくなれば、会えない時だってありますよ、きっと。」

「そうですか?むしろ逆だと思うんですが。なにせ王国が復活してからというもの毎日2人でどこかの貴族を説得しに行ったり、交易商人と会ったり、衛兵達と軍務について話し合ったりと忙しく走り回ってますが、いつも一緒でしたよね?そんな権限を得てしまったら、ますます一緒に行動する機会が増えるような気がするんですが。」

「……そうですね。ずーっと毎日、2人で一緒に動いてますね。私とクルーズ殿。」

「だから、いっそ結婚した方が効率的ではありませんか?私と婚約してくれれば、私もこの星に残る決心がつきます。」

「ええっ!?私と結婚したら、クルーズ殿は王国に残ってくれるんですか!?」

「そりゃあ、王国の重鎮を連れて地球(アース)519に帰るわけにはいかないでしょう。残留希望を出しますよ、私は。」

「じゃあ、今すぐにでも結婚しませんか!?クルーズ殿の気が変わらぬうちに!」

「ええっ!?今すぐですか!?ちょっとそれはいくらなんでも早過ぎですって!」


先ほどから私は、ついつい先走ってしまう。少し落ち着こう。


「……てことはですよ、ディアナさん。私との婚約はOKということで、いいですよね?」

「おーけー?何ですか、それは。」

「婚約を受けます、とのご返事を頂けたと思って、よろしいですか?」

「はい!もちろんです!クルーズ殿がこの王国に残るならば、いくらでも結婚して差し上げます!」

「あの、ディアナさん……」

「はい、クルーズ殿。」

「王国のことも大事ですが、ディアナさん自身の意思はいかがなのですか?」

「わ、私の意思ですか?」

「そうです。私はあなたと結婚したいんです。王国のためとかじゃなくて、私がそうしたいから、そうするんです。あなたにはそういう想いって、あるんですか?」


そうだ、王国のことばかり考えていて、私の気持ちが全く入っていないことに気づいた。


「私、クルーズ殿と離れるのは嫌です。だから今日、もしかしたら王国から去ってしまうってクルーズ殿が告げるために私を呼び出したんじゃないかって、不安になったんです。それで私、クルーズ殿が王国を離れないためなら、何でもしようって、そう思ってここにきたんです。」


私は立ち上がった。クルーズ殿を見つめ、続ける。


「ですが、こういう気持ちをなんと表現したらいいのか、分からないんです。私は姫様専属の侍女として、王国のため、姫様のために尽くすたよう育てられ、生きてきました。だから、自分のために生きることや、自分の心を表現することができないんです。」

「あの、もしもディアナさんが私と同じ気持ちだとしたら……」


クルーズ殿も立ち上がった。私の前に歩み寄り、そして両手で私をそっと抱きかかえる。


「離れたくない、いつまでも一緒にいたい、ディアナさんが私にそう思ってくれているのならば、それは『好き』と表現するんですよ。」

「クルーズ殿…」

「私は、ディアナさんが大好きです。一生一緒にあなたと歩みたい。これが、私の気持ちです。」


その言葉を聞いた私は、胸の奥と、顔全体が熱くなるのを感じる。そして、頭の中で何かが弾けるような感覚が襲った。


「私も、クルーズ殿のことが『好き』です!大好きです!これが私の意思です。」

「なんだか、ストレートに表現されると照れちゃいますね……でも、あなたの意思が分かって、私もうれしいですよ。」

「でもよろしいのでしょうか?クルーズ殿はこの王国の英雄、いわばあの映画に出てきた光の戦士のような『正義の味方』。私などが独占してもよろしいのでしょうか?」

「いいんじゃないですか。第一、私は正義の味方などではありませんよ。本当の正義の味方ならば、王都を取り返した時に颯爽とかっこよく、どこかへ立ち去っていくはずです。私は王都に残った上、ディアナさんに結婚まで申し込んでしまった。これが光の戦士なら、なんとかっこ悪い『正義の味方』なことか……」


そういうクルーズ殿に、私は反論する。


「クルーズ殿は王国のため、この星のため、そして私のために王都に残られたのです。あの映画の光の戦士以上の、王国一、いや、宇宙一かっこいい『正義の味方』ですよ。」


そういうと、クルーズ殿は微笑んでみせた。


------


私と姫様が帝国軍に追われ、王都を脱出したあの日から、ちょうど一年が経った。


その王都は今、空前の好景気に見舞われている。


王都の横の林の中に作られた宇宙港が開港して10ヶ月が経ち、王都の上空を大きな交易船が行き交う光景は、すでに王都では当たり前のものとなっていた。ちょうど今、私の真上を大型の民間船が通過している。


宇宙港というのは、海がなくても作ることができる。トール王国は東の海に面しており、その海からの交易品によって潤ってきた国だ。その地の利が、宇宙港の登場で失われてしまう。


が、交易商人や通貨交換人など、交易に関わる人材というのは我が王国のように実際に交易を行ってきた国以外にはほとんどいない。特に帝国はあれほど大きな国家でありながら、そういう人材がほとんどいないのが現状だ。交易時の通貨交換レートの交渉や値決めなど、交易に関する知識と経験というものは、宇宙も地上もさほど変わらないらしい。それ故に、宇宙港時代になっても、我が王国は交易国家としての優位性を保っている。


アータリア帝国でも宇宙港が開かれ、交易が始まった。人材不足の帝国の宇宙港にも、我が国の交易商人が派遣されて活躍している。


以前なら交易人の派遣などしないだろう。が、もう王国だ帝国だと言っている時代ではない。この星の未来のために、我が国の人材を投入し、帝国の宇宙港発展のために働いている。


一方で、帝国は強大な国家。宇宙艦隊創設に必要な人材の多くは、この国に頼らねばならない。かつての禍根を乗り越えて、お互いの強みを活かした、持ちつ持たれつの関係が構築されつつあった。


この星の国家は、全部で300。内、100余りが地球(アース)519と同盟を締結した。数の上では、まだ3分の1。道半ばだ。


その100余りの国は、連合の一員として最低限の責務を果たすことのできる1万隻の自惑星防衛艦隊を確立するべく、動き始めた。期限は10年。その短い期間に、百数十万人の軍人を育てなくてはならない。同時に、交易や農業、工業も発展させるための人材も集めなくてはならない。


そんな大変革の中、姫様……ではなくて、陛下は王国内を大きく変えようとしている。


この王国で、王族は陛下ただ一人。ということは、もし陛下が病や事故で亡くなれば、王国はその国の体裁を失い、帝国に吸収されてしまう。


そこで陛下は、この王国に「立憲君主制」を取り入れようとしている。王を筆頭にした、議会民主制を築くのだ。


議会さえあれば、もし陛下に万一のことがあっても、トール王国は「共和国」として存続できる。あとは議会から首相を選んでもらい、その首相が国の代表者となれば国の体裁は失われない。


今、陛下が立ち上げようとしている議会は、貴族の間から議員を選ぶ貴族院、民衆が議員を選ぶ民衆院の2つの議会からなる。立法に関することは、この両院で議決されて決まる。


両院の議決が異なった場合は、女王が介入する。表向きは貴族院が優先されることになっているが、陛下の意向は民衆院を優先させたいと考えているようだ。


王都が奪還できたのも、大多数の民衆が陛下を支持してくれたおかげ。だから陛下は、これからの時代は民意を反映した政治を中心とするべきだと考えている。しかし、特権を持つ貴族を前に、いきなり民衆院に権限を与えることもできず、長い時間をかけて徐々に移行するしかないと考えている。


こうして、議会制度や女王の役目などを明記した85ヶ条から成る王国憲法が発布されたのは、ひと月ほど前のこと。これから議員を選ぶ「選挙」と呼ばれるものが行われることになっている。


なおこの憲法では、君主である女王陛下の権限は大きく制限されている。陛下の権限は、議会の議決より小さくなっている。陛下ができることといえば、せいぜい両院の議決が異なったときの議決選択権くらいのものだ。これは地球(アース)519の立憲君主制を敷く国の憲法を参考にした結果ではあるが、このことは陛下の意向でもある。


政治的にも、経済的にも、大きく変わりつつあるトール王国。


そういえば、クルーズ殿の生活も大きく変わった。


宇宙港ができて、駆逐艦3310号艦が常駐できるようになったため、クルーズ殿は地上に居を構えることとなった。


当初、宇宙港の横に併設される街に作られる2階建ての住居をもらうつもりだったようだが、私が説得して、私の住む王宮の横にある小さな屋敷に住むことになった。


一人では大きすぎる屋敷。クルーズ殿が同居してもまだ余るほどの部屋がある。どうせ一緒に暮らすならと、私が誘ったのだ。こうしてクルーズ殿との同居がはじまった。


そして今日、そんな私の生活も大きな転換点を迎える。


「……ディアナ様、そろそろお時間ですよ。」


私専属の侍女が声をかけてきた。侍女だった私に侍女がつくというのも変な気分だが、その侍女に手を引かれて、私は表に出る。


ここは、教会の前の広場。教会に向かって赤い絨毯が敷かれている。その絨毯を挟むように、30人の衛兵達が栄誉礼のため整列する。


その先にいるのは、クルーズ殿だ。


そう、私は今日、正式にクルーズ殿の妻となる。今日は2人の結婚式。地球(アース)519で行われている結婚の際のしきたりを取り入れて、結婚式を行うことになった。


私は白いドレスに身を包む。ウェディングドレスというそうだが、普段着ている服に比べてずいぶんと贅沢な衣装。まるで、貴族の娘のようだ。


貴族といえば、クルーズ殿は陛下より子爵号を賜った。今やクルーズ殿は王国貴族だ。


実はこの子爵号をもらうことをクルーズ殿は当初、遠慮していたのだが、


「無位無官のやつに、ディアナはやらん!」


という陛下の一言で、結局称号を受けることになった。


称号だけでなく、領地も賜った。実は宇宙港に併設された街の土地は、名目上は「クルーズ子爵」の土地である。このため、地球(アース)519の駐留艦隊は、クルーズ殿に借地料を払うことになっている。


なおこの土地、本来はバルゼー伯爵の領地だった。城門を開け放ち、王都に帝国兵を招き入れ、結局その帝国に裏切られた、あのバルゼー伯爵だ。それが「正義の味方」であるクルーズ殿の領地になるとは、なんとも皮肉な話だ。


衛兵隊の後ろには来賓の方々が並ぶ。こちら側には貴族に王宮の侍従、侍女達などがいる。


そしてもちろん陛下、いや、姫様もいらっしゃる。


非公式な場では、私は相変わらず陛下のことを「姫様」と呼ぶ。これは、姫様の意向でもある。7年も姫様と呼び続けてきたため、私から陛下と呼ばれることに違和感があるようだ。それは私も同じだ。


今日の姫様は、ピンク色の簡素なドレスに、頭には王冠ではなくティアラをつけて参列する。今日はあくまでも「姫様」として参列なされている。


そしてクルーズ殿側には、駆逐艦3310号艦の皆さん、それに交渉官殿らが参列する。交渉官殿は礼服に身を包み、駆逐艦3310号艦の乗員達は紺色の軍礼服をまとっている。


私は、衛兵達の間を歩きだす。侍従長を務める私の父に引かれながら、私はクルーズ殿の傍につく。


2人の前には、バーナンド司教が立っている。司教が2人に向かって誓約の言葉を言う。


「クルーズ殿、あなたはディアナ殿と結婚し、今日をもってディアナ殿の夫となろうとしています。この結婚は、神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って分を果たし、常にお互いを愛し、敬い、慰め、助け、その健やかなるときも、病めるときも、死が二人を分かつときまで、命続く限り、あなたは妻ディアナに対して、堅く節操を守ることを誓いますか?」


クルーズ殿は応える。


「はい、誓います。」

「ではディアナ殿、あなたはクルーズ殿と結婚し、今日をもってクルーズ殿の……」


同様の誓約の言葉が私にも投げかけられる。私も誓いを宣言する。


司教が2人の前に、指輪の置かれた台を置く。


「では、この誓いをもって当教会はこれより2人を夫婦と認める。夫婦の証しである、指輪を交換し合うことで、その誓いは成就されます。では、指輪の交換を。」


クルーズ殿は私の左手の薬指に、そっと指輪をつける。私もクルーズ殿の左手薬指に指輪をつける。


そして、誓いのキスだ。私の顔にかけられた白く薄いベールを持ち上げるクルーズ殿。だがクルーズ殿は、なんだかものすごく緊張しているようだ。


「ディアナさん、今日はとても綺麗ですよ。ついにこの日が来たんですね。夢のようです。」


などと小声で言っているが、緊張のあまり手が震えているのが分かる。


「クルーズ殿。もしや、緊張しておられるのですか?」


小声で言う私。クルーズ殿は、軽くうなずく。私はクルーズ殿に言う。


「迫る帝国兵を追い払い、艦橋で戦場告白なされたお方が、いまさら何を恐れておいでですか。私も付いているのですよ、男らしく、堂々となさって下さい。」


そういうと、クルーズ殿は吹っ切れたようで、私に口づけをした。


「フェリシタシオン(おめでとう)!!」


姫様が祝いの言葉を叫ぶ。それを合図に、割れんばかりの拍手が起きる。


こうして、式は滞りなく終わった。そのあと教会のそばにある広場で、立食パーティーが行われた。


「ディアナよ、今日のお前は綺麗だな。(わらわ)も嫉妬するほどの美しさだ。」

「ひ、姫様、そのようなことはございませんよ。この贅沢なドレスがそう見せているだけです。」


姫様は上機嫌だ。ワインを片手に、にこやかな笑顔で話しかけてくる。


「それにしても、ちょうど一年前の今日は、林の中をそなたと衛兵達30人と走り回っている時であったな。」

「そうですね。今ごろは川を渡り終えた頃ですね。」

「その直後にクルーズ殿と出会って、駆逐艦に乗って宇宙に行って……あの時は、こんな未来が待っているとは、思いもよらなんだな。」

「空を飛ぶものがこの世にあることすら知らなかったですからね。自分が初めて空を舞った時には、信じられませんでした。」

「で、そなた、明日出発するのであろう。」

「はい、朝のうちに出発します。」


実は、新婚旅行を兼ねて、私とクルーズ殿は地球(アース)519に行く。駆逐艦3310号艦が本星に帰る用事があるということで、便乗させてもらうことになっている。


我々よりも60年ほど早く宇宙艦隊や高度な文明を手に入れた地球(アース)519を視察することは、我々の未来を知ることになる。私の役目は、地球(アース)519でその星の文化を直に感じ、この王国、この星の未来を見定め、今後進むべき道を探ることだ。


そして、結婚式から6日が経った。


私は今、地球(アース)519の大気圏を突入し、大都市バトルズフィールドに向かっている。ここはクルーズ殿の故郷。この星で最初の宇宙港ができた街でもある。


我が地球(アース)803から160光年の距離にあるこの星も、60年前には我々と同じく剣と槍で戦っていた人々が住む星だった。それがたった60年で、今や我が地球(アース)803への文化の伝承を担う星へと変貌した。


バトルズフィールド上空を通過する。真下にはビル群が見える。高さ300メートルを超えるビルが立ち並ぶこの街も、60年前には城塞都市だったという。我が王都クルムと同じだ。


つまりこの都市の姿が、我が王都の60年後の姿なのだ。上空から見ると、城塞都市時代の面影を残すのは、ビル群の周りにわずかに残る城壁と、真ん中に残された広場くらいのようだ。


「バトルズフィールド宇宙港より通信。第107番ドックに入港を許可する、です。」

「了解、107番ドックに向かう。軌道修正、取舵2度、両舷前進最微速。」

「取舵2度、両舷前進最微速!」


ここは最大140隻もの軍民船を受け入れることができる宇宙港がある。我が王都の横にできた宇宙港のおよそ10倍の規模だ。


だが、我が地球(アース)803との交易が盛んになり、この港からもたくさんの交易船が出港するようになったため、輸送船用のドックが足りず郊外に簡易ドックを作って荷物を積み下ろしする船もあるようだ。


宇宙港の上空に差し掛かった。駆逐艦3310号艦が入港する。


「繋留ビーコン捕捉、微速下降!高度30…20…10…着底!繋留ロック作動を確認!」

「ロック状態をチェック!」

「船体前後ロック、全て正常!船体固定を確認!」

「よし、機関停止、駆逐艦3310号艦、入港完了!」


艦橋内のあらゆる機器が消えてゆく、エンジン音も徐々に小さくなり、艦内は静かになった。


「総員、下艦せよ!」


艦長の一言で、艦橋内の乗員が動き出す。


「いやあ、久しぶりの本星だ。せっかくだから、ファイヤ・フォックのアルバムでも買うか。」

「そんなもの、あっちでも手に入るじゃないか。」

「バカだなあ、おまけの本星限定グッズがあってだな……」


もう乗員の心は、すっかりバトルズフィールドの街に向いている。私もクルーズ殿と一緒に降りる。


「参りますか、クルーズ殿。」

「はい、ディアナさん。荷物は持つよ。そうだ、ホテルまでタクシーを使うけど、乗り場どこだったっけ……」


そう言いながら、スマホで宇宙港の見取り図を見るクルーズ殿。ここに2週間滞在するのだが、我々夫婦は地球(アース)519政府が手配してくれたホテルに泊まることになっている。視察という目的もあるため、交渉官殿がわざわざ気を使ってくれたのだ。


そのホテルは、バトルズフィールドの中心部にある「バトルズ パレス ホテル」。100階建、地上410メートルのひときわ高いビルのホテルだ。


駆逐艦3310号艦が全長300メートルというから、あれよりもさらに長い。タクシーに乗って訪れたそのホテル、その天空を貫く高さに私は驚かされる。


フロントで受付を済ませ、奥にあるエレベーターに乗る。エレベーターはガラス張りで、外の風景が丸見え。ものすごい勢いで上昇するエレベーター、みるみる小さくなる地上の人々。もはや人の形が分からないほどの高さに達しても、まだ登る。


着いたのは96階。宿泊部屋としては最上階のこの部屋。部屋にある窓から外を見ると、たくさんの建物が立ち並ぶビル街と、その間を複雑に入り組んだ道路が見える。うっすらと城壁も見えるが、道路を通すためにところどころ削られている。もはや、城壁としては役に立たないだろう。歴史の遺物として残っているだけのようだ。


「クルーズ殿、たった60年だよね、この街がこうなったのは?」

「そうだよ。80歳の老人なら、ちょうど我々くらいの歳に宇宙船が来たところを経験してるんだよ。」

「じゃあ、私やクルーズ殿が80歳になった時には、王都クルムもこうなってるの?」

「はっはっは、もう少し若いうちに、そうなってると思うよ。あそこは交易都市だし、ここよりは発展が早そうだからね。」


窓際に立つ私のすぐ後ろにクルーズ殿が立つ。クルーズ殿は、そこから見える有名な建物の名前を教えてくれた。


「…で、あそこ、気が少し残ってるあの辺りの建物。あれが王宮だよ。」

「ええっ!?王宮があるってことは、ここって王都だったの!?」

「いや、今でも王都だよ。バトルズ王国の王都バトルズフィールド。この大陸では3番目に大きな国だよ、ここ。」

「知らなかった……じゃあ、貴族は?」

「いることはいるよ。もっとも、形だけの貴族がほとんどだけどね。ここに屋敷を構えているのは、今は王族だけかなあ。」


たった60年で、ここまで変わってしまうのか。でも、王都に貴族の屋敷がないということは、貴族の特権を一つ奪ってしまったことになる。貴族相手に、どうやってそんなことができたのか?クルーズ殿によれば、60年の歴史の中で、徐々に特権移譲が行われていったそうだ。


この王都バトルズフィールドの歴史には、トール王国の今後を決める上で、参考になりそうなことが多い。我々の王都、王国のために、この街の歴史を知ろう。ここに私の視察の目的が定まった。


「クルーズ殿、一つ約束して。60年後、私が82歳になったら、王都クルムに建てられた一番高いビルに行って、2人で一緒に街を眺めるの。そのときまでに、私は王都を栄えた街に変えてみせるの。」

「分かった。その時私は86歳か。でもそんな未来の約束の前に、私とも一つ約束してほしい。」

「なんです?」

「私のことを『クルーズ殿』と呼ぶの、そろそろやめてほしいなあ。」

「えっ!?じゃあ、なんて呼べばいいの?クルーズ様?クルーズ子爵?」

「『クルーズ』でいいよ。私も『ディアナ』って呼ぶから。」

「分かった、く……」


約束に従い、彼の名を呼ぼうとしたその瞬間、何故か私は急に恥ずかしくなって声が詰まってしまう。なんとか、声を絞り出した。


「……クルーズ。」

「ディアナ……」


名前で呼び合っただけなのになんだか照れ臭くなって、お互いそのまま窓際で抱き合ってしまった。


私は、60年後にこの窓の風景を、我が王都でもう一度見ると決めた。クルーズと共になんとしてでも生き抜いて、その日を迎えるんだ。


私達は新たな未来に向かって、今動き出した。

【完】

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