25 北部復興同盟
「さて、セリよ。いつまで呆けているつもりだ? 私は北へと発ち、荒れ果てた故郷を、北部を復興する所存だ。その前に、帝都の状況を何とかする必要があるが。汝とて立ち止まっている暇はあるまい」
ミルシースがうなだれているセリエールに声をかける。
ナインリュールの、否、人間の醜さをまざまざと認識させられ、へたり込んでいるセリエールは、
「故郷か。たしかに戻りたい。が、戻ったところで、何の意味がある。私の
村の生き残りは三十人といない。その上、散り散りだ。もう二度とあの日は戻らない。わかっていたのに、初めから。父や兄、村の人たちがあんなに死んだ時に」
「そうか。正直、汝に手伝ってもらえば助かるのだが、そうまで腑抜けてしまっまのなら、是非もない。いくらか金を分けるがゆえ、それで平穏に暮らすがいい」
「金なんかいらない! そもそも、それはオマエがどうこうしていいものじゃない! ガイア皇室の、引いてはこの国の民のものだ! オマエが勝手に使っていいと思っているのか!」
「神のお恵みと言ったはずだが、仮に汝の言う通りなら、いいわけがあるまいな」
睨み上げる同い年の相手の言葉を、背徳を重ねてきた元聖職者は、目を逸らさず、あっさりと肯定する。
「だが、金がないのは首もがないのも同じ。これが人の世の有り様だ。これから北に向かい、復興に着手するなら、金なぞいくらあっても足りん。国が、他の地方が助けてくれる現状か、今が。この金を皇族の誰かに渡して、荒れ果てた北部を立て直してくれるか?」
そういう風に言われては、セリエールに反論の術はない
彼女も、祖国が難民のために何もしてくれなかったことは痛感している。ガイア帝国の皇族も貴族も、今は民より軍備が最優先な情勢だ。民を思う者であっても、兵がいなければ滅ぶのだから、選択の余地はない。
「北部の民は魔によって、多くが殺された。だが、まだ多くの民が逃げ延び、各地で苦しい生活の中、生き延びている。その元凶たる魔王と悪魔たちは滅んだが、復興という、我々の真の戦いはこれからなのだ。そのためには金と力がいる。正しいとは言わん。だが、私の力量ではこれが精一杯だ」
資金は言うまでもなく、北部には悪魔に殺された者がゾンビと化してあふれている。また内乱という情勢からして、ゾンビを倒し、各勢力から自衛するための力が必要であり、ミルシースが悪魔がいなくなった後でも悪魔を求めたのだ。
セリエールとてバカではない。しばらくミルシースを睨みつけていたが、不意に嘆息して、視線と表情を和らげ、
「考えてみれば、私たちは北でさんざん火事場泥棒をしたのだったな。ミルが間違えてくれたからこそ、多くの命が助かった。魔王と悪魔を倒せた。そうでなければ、私は領民と途方に暮れるだけだった。オマエのやり方に全面的に賛同はできない。だからこそ教えて欲しい。なぜ、そこまで、間違えてまで戦えた? 故郷を取り戻すのに、道を踏み外してまで進めた?」
「いや、何かムカつくから」
「えっと……」
「特段、故郷に思い入れはないぞ。漁港だったからな。魚で生臭いわ、潮風で髪は痛むわ。家族とも仲が悪かったし、親しい友人もいなかったしな」
「トモダチがいないのは、オマエの性格のせいだと思うが」
「むっ……ともあれ、そんないい思い出のない場所だが、悪魔にムチャクチャにされたと思うと腹が立つ。そして、そのままにしておくのも、あんまりだと思った」
父や兄、そして領民らと楽しい日常を送り、故郷を何より大事に思うセリエールには、ミルシースの愛着の無さがどうにも理解できなかったが、
「ああ、けれど、岬に立って浴びる風は気持ち良かった。故郷は酷い有り様だろうが、そこだけは変わっていて欲しくないな」
故郷に思い出の場所がある点は、二人は共感し得た。
国家や魔王、そうした大きな物事と向き合うのに必死で、置き去りにしたもの、原点を思い出した少女は、
「もう失ったものだと思っていたが、どんなに酷くても、残ってはいる。やることはまだある。もし、父や兄がいるなら、会いに行かねば。今もゾンビとして動き回っているのでは、あまりにも哀れだ」
「では、北に向かうなら、ジンと共に悪魔を半分ほどを連れて先に行ってくれ。金も汝に預けた方がいいだろう。北上する際、廃墟となった村や町に立ち寄り、片っ端からゾンビは駆除するように」
「オマエはどうするのだ?」
「当面、ここに残る。かつては聖職者だった身としては、公平と思いやりの大事さを説いてやらねばなるまいて」
帝都の地獄絵図は今も続いている。腕と触手に覚えがあっても、三人では何万人も統制できるものではない。が、百の魔が目を光らせれば、ミルシース一人で充分だった。
というより、いざという時、ジンとセリエールでは、民を相手にするのをためらい、ミルシースの足を引っ張る恐れがある。
加えて、帝都に残るということは、義勇軍の遺族の憎悪をマトモに浴びることになるのだ。
だから、魔を滅するため、人を使い潰す選択をした者が、生者に対する役割を担うことを選んだ。
「ジン、セリと共に私たちの故郷を頼むぞ」
「ボクも残ります、と言えればいいのですが、それでは迷惑になってしまうのは理解しています。だから、あなたに謝ることしかできません。辛い時に側にいることができず」
「それでも、汝は私を選んだ。私を助けるために辛い決断をしてくれた。だから、気にするな」
「ええ、どうしてもミルさんを見捨てることはできませんでした」
義勇軍が壊滅した後、ジンはミルシースとセリエールの治療と世話に全力を傾け、十七歳の娘ふたりを助けることはできた。
一方で、触手の魔人は帝都の民を見捨てた。彼が外に出れば、八つ裂きにされて、三人が死ぬだけだったかも知れない。が、それを切り抜け、うまく立ち回れば、何十人が死なずにすんだ可能性はあった。
優しき魔人にとって、それがどれほど辛い選択であったか、ミルシースも理解している。
それゆえ、大事な存在が傷つかぬを選択した。
ついでにセリエールも。
「すいません。それでは、お言葉に甘えさせてもらいます」
「私も先に北へと向かわせてもらう。オマエのやり方でかまわないから、帝都の民を一人でも多く助けてくれ。まあ、言うまでもなく、効率的にやるだろうが」
「ああ、任せるが良い。私の見るところ、そう長くかからないはず。すぐに合流できると思うゆえ、くれぐれも、本当にくれぐれも、死にかけるようなことになるなよ」
「ああ、わかったわかった。オマエに斬られたくはないから、安心しろ。では、またすぐに」
「うむ、またすぐに会えるよう努めよう」
「ええ、またすぐに会いましょう」
三人は互いに握手を交わした後、悪魔を百八体ずつに分け、一方は北に去り、もう一方は帝都に残るが、ミルシースが言った通り、この別れはほんの一時のものにすぎなかった。
帝都ギアにて、聖騎士でなくなった女性は、すぐに悪魔を使って一部の人間から食料を強奪し、配給制度を復活させ、全体に食べ物が行き渡るようにする。
遺族の中には、餓死することを選んだ者もわずかにいたが、多くの者が飢えと栄養失調から救われた。
ミルシースは食べ物を配る際、骸骨魔族を討ち果たしたことを喧伝し、人々に元の暮らしに戻るように促し続けた。
ただ、そうした活動も、七日ほどで切り上げ、セリエールらを追って北に向かうこととなる。
皇族の一人が手勢を率いて、ギアにやって来たからだ。
多少、目端の効く者なら、帝都に密偵を放ち、何かあればすぐにわかるように計るだろう。そういう者がいるかも知れないと踏んでいたミルシースは、その皇族ともめるのを避け、元来の目的に動き出す。
ゾンビだらけの北部に赴いた彼女は、セリエールやジンと合流すると、北部復興同盟の設立を宣言し、自らが盟主に就任し、同い年の少女を副盟主とした。
そして、ゾンビを駆除しつつ、方々に散った難民たちを呼び集め、彼女の、否、ガイア帝国の北部にいる者すべてが、本当の闘いに着手する。
後に、悪魔使いの聖女と呼ばれるミルシースの陣頭指揮の元で。




