第37話:邪神って、そんなに急いで倒すものなの?
今日は一本だけ投稿します。
「じゃあ、ちょっと休憩しよっか」
配信を切ったあと、シフォンちゃんの一言で、私たちは近くの休憩スペースへ移動することになった。
木陰には簡単な机と椅子が置かれている。町のみんなが作業の合間に休めるように作ってくれた場所だ。
「何か飲む?」
「あるの?」
「うん! 蜂蜜入りのお茶とか!」
「今日は普通のでお願い」
「え?」
シフォンちゃんに即答された。
「蜂蜜おいしいよ?」
「それは分かってるんだけどね」
「じゃあ蜂蜜入りで――」
「普通ので」
「そんなに強く言わなくても……」
「さっき万能回復薬みたいな蜂蜜を見たばっかりだから」
エリスちゃんも少し疲れた顔でそう言った。
「今は何の効果もない普通のお茶が飲みたい」
「そっかー」
よく分からないけど、今日は普通のお茶が人気らしい。
私はみんなの分を用意して配る。
「はい!」
「ありがと」
「いただきます」
「ふぅ……」
シフォンちゃんたちは、お茶を飲みながら本当に一息ついている。
そんなに疲れてたのかな?
「わふ」
「シロも飲む?」
「わふ!」
「熱いからちょっと待ってね」
シロの頭を撫でながら冷ましていると、隣にいたユキが少しだけ場所を空けた。
「……ユズ、こっち」
「ありがと!」
そこへ座ると、コハクも近くで丸くなった。
『妾にも何か寄越せ』
「お茶?」
『甘いものじゃ』
「さっきいっぱい食べたでしょ?」
『あれとこれは別じゃ』
「じゃあグラちゃんも何かいる?」
『いらぬ』
「ほんと?」
『いらぬ』
「じゃあ、あとで鍋でも――」
『いらぬと言っている!』
「鍋もいらないの?」
『今はな!』
「あ、今はいらないだけなんだ」
『……言葉尻を捉えるでない』
「やっぱり鍋好きじゃん」
『やかましい』
コハクが呆れたように尻尾を揺らす。
『お主も懲りぬのう』
「だってグラちゃん鍋好きだし」
『否定はせぬが、毎回食うとは言っておらぬ』
「じゃあ次はお腹空いてる時に誘うね!」
『……好きにせよ』
「やった!」
『なぜ喜ぶ……』
そんなやり取りをしているうちに、さっきまで少し疲れていたみんなの表情もだんだん柔らかくなっていった。
◇
しばらくのんびりしていると、シフォンちゃんたちが時々こちらを見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「いや……」
シフォンちゃんが苦笑する。
「聞きたいことが多すぎて、何から聞こうかなって」
「私に?」
「うん」
「何でも聞いていいよ!」
「じゃあ一つ聞いていい?」
「いいよ!」
シフォンちゃんは少し考えてから口を開いた。
「ユズちゃんって、このゲームで何を目標にしてるの?」
「目標?」
「そう。何をしたくて《エルディア》を遊んでるのかなって」
「うーん……」
改めて聞かれると少し難しい。
でも、やりたいことならすぐに思いつく。
「可愛い魔物にいっぱい会う!」
「やっぱりそこなんだ」
「うん!」
それから町の方を見る。
最初は何もなかった場所に、今では家が建って、道ができて、たくさんのみんなが暮らしている。
「あと、ここをもっと大きくしたい!」
「ここを?」
「うん。もっといろんな魔物が来て、みんなが安心して暮らせる場所にしたい!」
「……そっちは思ってたより壮大だね」
「そう?」
「かなり」
シフォンちゃんが笑った。
すると、ハルカちゃんが横から口を挟む。
「でも、それだけ?」
「それだけ?」
「ほら。あるでしょ、このゲームの一番大きな目標」
「一番大きな……?」
「邪神」
「…………ああ!」
「今思い出した!?」
「違うよ!」
「結構長い間があったよ!?」
「ちゃんと覚えてるって!」
邪神。
このゲームの最終目標として、最初に神様から説明された存在。
全世界の全サーバーを含めて、一番最初に倒した人には願いを一つ叶えてくれる。
もちろん覚えている。
……普段はほとんど考えてないけど。
「で、ユズちゃんは邪神討伐は目指してないの?」
「うーん」
少し考えてみる。
「別に、今はいいかな」
「え?」
シフォンちゃんだけじゃなく、みんながこっちを見た。
「興味ないの?」
「全然ないわけじゃないよ?」
「じゃあ倒したい?」
「別に?」
「軽い!」
ハルカちゃんが思わず声を上げた。
「全世界で最初に倒したら願いが一つ叶うんだよ?」
「そうだったね!」
「そこも今思い出したみたいに言わないで!?」
「忘れてないよ!」
「本当に?」
「たぶん!」
「たぶんなんだ……」
シフォンちゃんが額に手を当てる。
でも、本当に今の私はそこまで興味がない。
「だって、今でも十分楽しいし」
私は隣のシロを撫でる。
「わふー」
「まだ会ったことのない可愛い魔物だって、いっぱい居ると思うし」
「まあ、それは間違いなくいると思う」
「だったら、そっちを探す方が楽しそう!」
「……なるほどね」
アカネちゃんが少し笑った。
「本当にユズちゃんらしい」
「そう?」
「かなり」
するとシフォンちゃんが、お茶を机に置きながら言った。
「でも、世界全体ではかなり邪神攻略を意識して動いてるよ」
「そうなの?」
「そうなの」
私が知らないだけで、プレイヤーたちの間ではかなり大きな競争になっているらしい。
「どのサーバーが一番先まで進めるかとか、どのクランが新しい攻略情報を見つけたかとか、かなり話題になってる」
「へえー」
「特にアメリカサーバーは進行が速いよ」
「すごい!」
「トップクランなんて、平均レベル八十前後だって言われてるし」
「八十! 高いね!」
「……ユズちゃんは百二十一なんだけど」
「私?」
「他に誰がいるの」
「あ」
そうだった。
今日初めて知ったばかりだから、まだ自分が百二十一だという実感がない。
「でも、私そんなに強い感じしないよ?」
「今日まで基礎ステータス全部十だったからね」
エリスちゃんがさらっと言う。
「あー」
「それでLv121まで来てる方が異常なんだけど」
「そうかな?」
「そうだよ」
そこへライラちゃんが続けた。
「それに、アメリカサーバーのトップクランでも前に魔の森で一度全滅してる」
「え?」
「かなり奥まで進んでたんだけど、中心付近で一気に壊滅したらしい」
「ここみたいなところ?」
思わず辺りを見回す。
「完全に同じ場所かは分からない」
エリスちゃんが答えた。
「サーバーごとに歴史やNPCの状況が違うから、日本サーバーと全く同じものがいるとは限らないしね」
「ただ、大まかな地形や世界の構造には共通点も多い」
ライラちゃんがそう補足する。
「じゃあ……」
私はすぐ近くにいるグラちゃんを見る。
「向こうにもグラちゃんみたいなのがいたのかな?」
『知らぬ』
「グラちゃんはアメリカサーバーのこと知らない?」
『当然であろう。我がいるのはここだ』
「あ、そっか」
『何故我が他の世界の事情まで知っていると思った』
「グラちゃんなら何でも知ってそうだから?」
『我を何だと思っている』
「大きい竜?」
『古龍だ!』
「分かってるよ!」
『本当であろうな……』
グラちゃんがものすごく疑わしそうにこちらを見る。
「もう小竜とは思ってないって!」
『ならばよい』
「結構大きい古龍!」
『結構ではない!』
「そこ!?」
みんなが笑った。
さっきまで少し真面目だった空気が、また少しだけ和らぐ。
「まあ、そんな感じで」
シフォンちゃんが話を戻した。
「危険な場所を攻略して、もっと先へ進んで、最終的には邪神へ辿り着く。それを本気で目指してるプレイヤーは結構多いんだよ」
「へえー……」
「ユズちゃんは、本当に興味ない?」
「うん。私は今のところいいかな」
「即答なんだ」
「こっちの方が楽しいし!」
「ぶれないねえ」
「うん!」
すると。
それまで話を聞いていたグラちゃんが、ふいに低い声を漏らした。
『……そもそも』
「ん?」
私はグラちゃんを見る。
さっきまでの軽い雰囲気とは違って、その黄金色の瞳はどこか遠くを見るように細められていた。
『邪神討伐などと、軽々しく口にするものではない』
「……え?」
シフォンちゃんたちもグラちゃんを見る。
グラちゃんは少しだけ黙ったあと、重い声で続けた。
『あれは、人の手で討伐を目指すような存在ではない』
「…………」
空気が変わった。
さっきまで普通にお茶を飲んでいたのに、その一言だけで周囲まで静かになったような気がする。
「グラちゃん」
『なんだ』
「邪神のこと、知ってるの?」
『…………』
「知ってる?」
『知らぬ』
「絶対知ってるでしょ!?」
『知らぬ』
「今めちゃくちゃ知ってる人みたいなこと言ったよ!?」
『気のせいだ』
「気のせいじゃないよ!」
「いや、私も今のは気になるかな」
シフォンちゃんもグラちゃんを見る。
『知らぬ』
「まだ質問してないけど」
『どうせ同じことを聞くのであろう』
「まあ、聞くつもりだったけど……」
「グランヴェルさん」
今度はエリスちゃんが口を開いた。
『知らぬ』
「まだ名前を呼んだだけ」
『…………』
「先回りしすぎ」
ハルカちゃんが笑う。
ライラちゃんはもう少し真面目な顔をしていた。
「じゃあ、邪神を実際に見たことは?」
『知らぬ』
「邪神と古龍に何か関係がある?」
『知らぬ』
「どうして人が討伐を目指すような存在じゃないって知ってるの?」
『知らぬ』
「全部それで通すつもり?」
『知らぬ』
「徹底してる……」
私はじーっとグラちゃんを見る。
「本当に知らない?」
『知らぬ』
「ほんとに?」
『知らぬ』
「じゃあ、さっきの言葉は?」
『…………』
「人が討伐を目指すような存在じゃないって言ったよね?」
『一般論だ』
「絶対違う!」
「私も、邪神についての一般論として出る言葉じゃないと思う」
エリスちゃんが冷静に追い打ちをかける。
『…………』
「黙った」
「図星?」
『知らぬ』
「またそれ!」
でも、これ以上聞いても同じ答えしか返ってこなさそうだ。
グラちゃんが何かを知っているのは、たぶん間違いないと思う。
話したくない理由があるのか、それとも本当に話せないのか。
そこまでは分からない。
「まあ、いっか」
「いいの?」
シフォンちゃんが驚いた顔をする。
「うん」
私は残っていたお茶を一口飲んだ。
「グラちゃんもこう言ってるし、私は邪神討伐は目指さないかな」
「今の話を聞いて、そこに着地するんだ……」
「だって、人が倒しに行くような相手じゃないんでしょ?」
『…………』
「それに」
シロの頭を撫でると、シロが気持ちよさそうに目を細める。
隣にはユキがいて、近くにはコハクがいる。
少し離れたところにはグラちゃん。
そして、その向こうには、たくさんの魔物たちが暮らしている町が広がっている。
「私は邪神を倒すより、もっと可愛い魔物に会いたい!」
「うん」
「みんなが安心して暮らせる場所も、もっと大きくしたい!」
「うん」
「まだ知らないところにもいっぱい行ってみたい!」
「うん」
「だから、それで十分!」
シフォンちゃんは少しだけ目を丸くしてから、柔らかく笑った。
「そっか」
「うん!」
「じゃあユズちゃんは、いわゆる攻略組に入るつもりはないんだ」
「ないよ!」
「早いなあ」
「だって、ずっと強い魔物と戦ったりするんでしょ?」
「まあ、それだけじゃないけど、そういう場面は多いかな」
「じゃあ大変そう!」
「そこ?」
「でも、可愛い魔物がいる場所なら行くよ!」
「条件が極端!」
ハルカちゃんが吹き出した。
「やっぱりユズちゃんだけ、みんなと違う遊び方してるよね」
「同じゲームだよ?」
「同じゲームではあるんだけどね……」
アカネちゃんも苦笑する。
「見てる景色が違うっていうか」
「そうかな?」
「そうだと思う」
「むー」
よく分からない。
でも。
「シロは可愛いよ?」
「わふ!」
「ほら!」
「その話じゃないよ」
「?」
また笑われてしまった。
◇
休憩のあと。
結局、配信はすぐには再開せず、私は《暁ノ華嵐》のみんなを連れて町の残りを案内することにした。
まだ見てもらっていなかった場所を回ったり、町のみんなを紹介したり。
途中でシフォンちゃんたちがシロをもふったり、モモカちゃんとメリエルがまた料理の話を始めたり、ミオちゃんが何度もグラちゃんをちらちら見ていたり。
最後の一つだけは少し気になったけど。
「ミオちゃん」
「何?」
「グラちゃんと戦っちゃダメだよ?」
「まだ何もしてない」
「その言い方、するつもりだった人の言い方だよ!」
「一回だけ」
「ダメ!」
「少しだけ」
「ダメ!」
『そもそも我が断る』
「……残念」
「本当に残念そう!」
そんなこともありながら。
気づけば、かなり長い時間が経っていた。
「じゃあ、今日はそろそろ落ちるね!」
「うん。今日はありがと、ユズちゃん」
「こっちこそ!」
シフォンちゃんたちは、今日はこの辺りでもう少し過ごしていくらしい。
「明日も来る?」
「そのつもり」
「じゃあまた案内する!」
「まだあるの?」
「あるよ!」
「……本当に広いんだね、ここ」
「うん!」
私はシロたちにも声をかける。
「じゃあシロ、ユキ、コハク。またね!」
「わふ!」
「……またね、ユズ」
『うむ。また明日の』
「グラちゃんも!」
『ああ』
「勝手にミオちゃんと戦っちゃダメだからね?」
『何故我まで注意されねばならぬ』
「念のため!」
『我は最初から断っている!』
「じゃあ安心!」
『……まったく』
みんなに手を振って。
「おやすみー!」
私はログアウトした。
◇
それから、しばらく後。
ユズがログアウトし、町にも夜の静けさが訪れていた。
昼間は多くの魔物たちが行き交っていた道も、今は人影が少ない。
その中を、一人の少女が歩いていた。
ミオだった。
向かう先は、町の外れ。
昼間と変わらず、巨大な身体を横たえている古龍グランヴェルのもと。
黄金色の瞳が、近づいてきたミオを捉える。
『……何の用だ』
「一つお願い」
『断る』
「まだ言ってない」
『戦えと言うのであろう』
「うん」
『断る』
「一回だけ」
『断る』
「少しだけ」
『断る』
「手加減していいから」
『断る』
「……むー」
ミオは少し不満そうにグランヴェルを見上げた。
けれど、今日はそれだけが目的ではなかった。
「じゃあ、もう一つ」
『今度はなんだ』
「昼間の話」
『…………』
「邪神のこと」
グランヴェルの目が、ほんの僅かに細くなった。
「やっぱり何か知ってる?」
『知らぬ』
「そう」
ミオはあっさり引いた。
『……何だ』
「何が?」
『もっと聞くのではないのか』
「聞いても『知らぬ』って言うから」
『…………』
「だから別のこと聞く」
ミオはグランヴェルをじっと見る。
「ノア」
『…………』
「ユズちゃんの友達の、ピンク髪の子」
昼間。
その名前が出るたびに。
ほんの僅かではあるけれど。
グランヴェルの態度が変わっていた。
ミオは、それを見逃していなかった。
「ノアって」
一拍置いて。
「何者?」
『…………』
グランヴェルは答えない。
長い沈黙のあと。
『……知らぬ』
「やっぱり知ってる」
『知らぬと言っている』
「邪神の時と同じ」
『…………』
「分かりやすい」
『……貴様』
「また聞く」
『来るな』
「また明日」
『来るなと言っておる』
ミオは満足したように踵を返した。
その背中を見送りながら、グランヴェルは小さく息を吐く。
『…………』
邪神。
そして、ノア。
その二つについて。
古龍は。
最後まで、何も語らなかった。
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