第30話:この子だけ別のゲームをしてない?
これでシフォン視点は終わりです。
魔の森、その中心近く。
無数の魔物たちが暮らし、道があり、水路があり、畑があり、家まで建ち始めている場所。
その中心人物として名前を聞かされていた《ユズ様》。
《暁ノ華嵐》の八人が想像していたのは、少なくとも普通の少女ではなかった。
強大な魔物を従える女王。
魔物たちから絶対的な信頼を寄せられる支配者。
あるいは、人間の姿をしているだけの高位NPC。
そんな存在を、誰もが何となく思い描いていた。
けれど。
「ユズ様だ」
ゼルフィナが示した先にいたのは、淡い紫色の長い髪を揺らす一人の少女だった。
白とラベンダーを基調にした可愛らしい装備。大きめの袖に、フリルやリボン。
とてもではないが、ここまで見てきた魔物たちの頂点に立つ存在には見えない。
「…………」
八人が揃って足を止めた。
ちょうどその時、少女がこちらに気づく。
「ん?」
ぱっと表情が明るくなった。
「あ、こんにちはー!」
「…………」
誰も返事をしなかった。
シフォンも、ハルカも、アカネも、セレナも。
ミオも、ライラも、エリスも、モモカも。
揃って、何も言えなかった。
「……?」
ユズが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……」
ようやくシフォンが口を開いた。
「えっと、ユズ……ちゃん?」
「うん!」
即答だった。
普通。
あまりにも普通。
少なくとも、八人が勝手に想像していた《ユズ様》とは、かなり違っていた。
「えっと……」
シフォンは気を取り直して、一番気になっていたことを聞いた。
「ユズちゃんって、プレイヤー?」
「そうだよ?」
「…………」
八人が、また止まる。
「……プレイヤーなの!?」
ハルカが思わず声を上げた。
「うん?」
ユズは逆に不思議そうにする。
「みんなもそうでしょ?」
「そうだけど!」
「じゃあ一緒だね!」
「一緒……?」
ハルカは思わず周囲を見回した。
巨大蟻。
蜘蛛。
蜂。
小型魔物。
家。
水路。
畑。
工房。
倉庫。
そしてアラクネの護衛。
「……一緒?」
「何が?」
「いや」
シフォンは思わず笑ってしまった。
「何でもない」
もちろん、何でもないわけではない。
どう考えても、何かがおかしい。
◇
「それで、もう一つ聞いてもいい?」
シフォンが気を取り直して続ける。
「なんで“ユズ様”って呼ばれてるの?」
「それ!」
今度はユズの方が勢いよく食いついた。
「私も分かんないの!」
「……え?」
「普通にユズでいいよって言ってるんだけど、なぜかみんなユズ様って呼ぶんだよね」
「当然だろう」
横からゼルフィナが口を挟む。
「何で!?」
「ユズ様はユズ様だからだ」
「説明になってないよ!」
ユズが少し頬を膨らませる。
その姿は、どう見ても王には見えない。
少なくとも、本人にそういう自覚がないことだけはよく分かった。
「じゃあ」
シフォンが笑う。
「私たちはユズちゃんって呼んでもいい?」
「うん! その方がいい!」
「分かった。じゃあ改めて、よろしくね。ユズちゃん」
「うん! よろしく!」
その横で、ゼルフィナが少しだけ複雑そうな顔をしていたが、特に何も言わなかった。
◇
「ねえ」
今度はハルカが周囲を見回しながら聞いた。
「ここって、ユズちゃんが作ったの?」
「私が?」
ユズは少し考える。
「うーん……作ったっていうより、みんなで作った?」
「みんなで?」
「うん」
ユズは周囲へ視線を向けた。
建築中の家。
働く蟻たち。
布を運ぶ蜘蛛。
花畑や果樹。
忙しそうに飛び回る蜂たち。
道端では、小型魔物たちが元気に走り回っている。
「最初は、みんなが安心して住める場所があったらいいなーって思って。それで少しずつ増えて、気づいたら……」
ユズは両手を広げた。
「こんな感じ!」
「……気づいたら?」
エリスが聞き返す。
「うん!」
「道路、あるよ?」
「あるね!」
「水路」
「ある!」
「畑」
「ある!」
「倉庫」
「あるよ!」
「工房」
「ある!」
「……」
エリスは少し黙り込んだ。
「全部ある」
「便利だよ!」
「そういう話ではないと思います」
セレナが小さく笑う。
「?」
ユズは本気で分かっていない顔をしている。
「……これ」
アカネが周囲を見ながら言った。
「普通に町じゃねえの?」
「町?」
ユズはまた首を傾げる。
「町なのかな?」
「聞かれても困るんだけど」
アカネは苦笑した。
「自分のとこだろ?」
「でも、みんなで住んでる場所だよ?」
「それを一般的には町って呼ぶと思う」
エリスが淡々と答える。
「そうなの?」
「多分」
「へえー」
「反応軽いな」
アカネが笑う。
その時だった。
「ユズ様」
後ろから声がかかる。
◇
「クロエ!」
歩いてきたのは、黒と赤を基調にした人型の女性だった。
整った姿勢と、真面目そうな表情。
「先ほどゼルフィナから、人間の客人が来たと聞きました」
「うん!」
クロエは《暁ノ華嵐》の八人を見る。
「初めまして。私はクロエ。蟻たちをまとめています」
「……蟻?」
ハルカが目を瞬く。
「女王蟻のクロエだ」
ゼルフィナが補足した。
「女王!?」
「はい」
クロエは平然と答える。
その直後。
「まあ、こちらの方々ですの?」
今度は柔らかな声が聞こえた。
蜘蛛を思わせる意匠を身につけた、上品な雰囲気の女性がこちらへ歩いてくる。
「ネフィエラ!」
「ごきげんよう。わたくしはネフィエラ。蜘蛛たちをまとめておりますの」
「……女王蜘蛛?」
エリスが確認する。
「そうですわ」
「二人目……」
ハルカが呟く。
「女王が二人」
「ねーねー!」
さらに明るい声が割り込んできた。
「お客さんってこの人たち?」
楽しそうに近づいてきたのはメリエルだった。
「メリエル、来たんだ!」
「気になったからー。わたしはメリエル。蜂のみんなをまとめてるよ!」
「……」
シフォンは一度目を閉じ、それからゆっくり開いた。
「女王、三人?」
「そうだよ!」
ユズは笑顔で答える。
何がおかしいのか、まるで分かっていないらしい。
クロエ、ネフィエラ、メリエル。
三人とも自然にユズの近くへ集まる。
「ユズ様。お客様への説明でしたら、私も同席しましょう」
「わたくしも」
「わたしもー」
「……」
八人がまた黙った。
「どうしたの?」
ユズが首を傾げる。
「いや……」
シフォンは少し迷ってから聞いた。
「ユズちゃん、本当に何したの?」
「え?」
ユズは真顔で答える。
「何も?」
「何も……」
ハルカが周囲を見回す。
「これで?」
「うん?」
今度ばかりは、誰もすぐに突っ込めなかった。
◇
「じゃあ、これも聞いていい?」
シフォンは、ずっと気になっていたもう一つの質問を口にした。
「ここって、国なの?」
「国?」
ユズは即座に首を振る。
「違うよ?」
「違うんだ」
「うん。みんなで住んでるだけ!」
「……」
シフォンはクロエを見る。
クロエは、少しだけ目を逸らした。
ネフィエラは口元に微笑みを浮かべ、メリエルは楽しそうにしている。
「クロエ?」
「……」
「どう思う?」
クロエはしばらく考えてから、真面目な顔で答えた。
「現状、国家制度が整っているわけではありません。ですので、ユズ様の言うことも間違いではありません」
「言い方めちゃくちゃ含みあるんだけど」
ハルカが突っ込む。
「ですが」
クロエはそのまま続けた。
「今後も住民が増え続けるのであれば、規則、役割、管理……そういったものは必要になるでしょう」
「ほら!」
ハルカがユズを見る。
「国じゃん!」
「まだじゃない」
ユズ。
「まだって言った!?」
「え?」
「無意識!」
シフォンが笑う。
ネフィエラも、くすくすと楽しそうに笑った。
「ユズ様らしいですわ」
「本人だけ全然気づいてないもんねー」
メリエルまで続ける。
「何が!?」
「ふふ」
「教えて!」
「そのうち分かりますわ」
「ずるい!」
◇
「そうだ。もう一つ」
シフォンが思い出したように言う。
「なに?」
「ここって、私たち以外のプレイヤーが来ても大丈夫?」
その質問に、クロエ、ネフィエラ、メリエル、ゼルフィナの表情がわずかに変わった。
外部の人間を受け入れる。
それは当然、慎重に考えるべき問題だった。
けれどユズは、ほとんど迷わなかった。
「うん!」
「ユズ様」
クロエが思わず声をかける。
「ただ」
ユズは続けた。
「みんなに危害を加えないなら、来たかったら来ていいよ!」
そして、いつものように笑う。
「人がたくさんいた方が楽しいし!」
「……」
クロエは額に手を当てた。
「ユズ様。最低限、決まりは必要です」
「決まり?」
「住民への攻撃禁止。無断で物を持ち出さないこと。立入禁止区域。それ以外にも、来訪者が増えるのであれば、いくつかルールを定める必要があります」
「じゃあ、クロエに任せる!」
「……」
「お願いします!」
ユズが笑顔で頭を下げる。
「……承知しました」
クロエの表情に、わずかに疲れが見えた。
「クロエ、また仕事が増えましたわね」
ネフィエラが楽しそうに言う。
「あなたも手伝ってください」
「もちろん」
「メリエルも」
「えー」
「えー、ではありません」
「はーい」
その一連のやり取りを、《暁ノ華嵐》は黙って見ていた。
「……本当に、普通に生活してるんですね」
セレナが穏やかに呟く。
「ね!」
ユズは嬉しそうに頷いた。
「みんな仲良しだよ!」
セレナは周囲を見渡し、柔らかく笑った。
「そうみたいですね」
◇
「でも」
シフォンは少し困ったようにユズを見る。
「ユズちゃん」
「なに?」
「みんな来ていいって言っても、ここまで来るのかなり大変だよ?」
「そうなの?」
「……」
八人がまた止まった。
シフォンは聞き間違いかと思って、思わず繰り返す。
「そうなの?」
「うん。私、ノアちゃんに連れてきてもらったから」
「…………」
「ノアちゃん?」
「友達!」
「……そっか」
これ以上、新しい情報を増やすのが少し怖くなってきた。
「ここ、魔の森の中心近くだよ?」
シフォンがそう言うと、今度はユズの方が首を傾げた。
「魔の森?」
「…………」
「知らない?」
「この森、魔の森っていうの?」
「……うん」
「へえー! 初めて知った!」
「…………」
ハルカが無言でシフォンを見る。
「この子、何も知らないんじゃ……」
「しっ」
シフォンは苦笑した。
「その辺は後で説明するから。とりあえず、普通のプレイヤーが簡単に来られる場所じゃないの」
「そうなんだ」
ユズは少し考える。
「じゃあ、来られた人だけ遊びに来ればいいんじゃない?」
「……それ」
アカネが頬を掻く。
「多分、日本サーバーでもほんの一部だぞ」
「じゃあ、もっと頑張って来てもらう?」
「軽い!」
ハルカが思わず声を上げる。
「頑張ってで来れる場所じゃない!」
「?」
ユズはやっぱり分かっていなかった。
◇
「そうだ」
シフォンが今度こそ思い出したように言う。
「ユズちゃん。さっきまでね、私たち配信してたの」
「配信?」
「うん。この森を攻略するところ」
「あ!」
ユズの表情が少し明るくなる。
「配信! 見るの好き!」
「それでね」
シフォンは続ける。
「ここも配信していい? この場所とか、ユズちゃんとか」
ユズは一瞬だけ考えた。
「いいよー!」
「即答なんだ」
「うん!」
けれど、その直後。
「ただ、みんなが嫌がるところは映さないでね?」
シフォンは少し目を細め、それから笑った。
「もちろん。勝手に家の中とか撮ったりしないよ」
「なら大丈夫!」
「クロエたちは?」
シフォンが確認すると、クロエは少し考えてから答えた。
「ユズ様がお許しになるのであれば、私は反対しません。ただし、防衛上見せられない場所はあります」
「了解」
「わたくしも構いませんわ」
「わたしもー」
「なら」
シフォンは配信メニューを開いた。
「再開しよっか」
◇
配信開始。
《きたあああああああ!》
《戻った!》
《遅い!》
《ユズ様は!?》
《中入れた!?》
《街どうだった!?》
《早く見せろ!》
「はーい、お待たせしましたー!」
シフォンがカメラへ手を振る。
《待った》
《待ちすぎた》
《ユズ様》
《ユズ様はよ》
「向こうの許可もちゃんともらえたので、ここから配信再開しまーす!」
《うおおおお》
《街映せ!》
《ユズ様!》
「あと」
シフォンは横にいるユズへ視線を向ける。
「みんながずっと気にしてたユズ様なんだけど」
「様!?」
ユズが勢いよく反応した。
「ほら! また様って呼ばれてる!」
「もう定着してるみたい」
「なんで!?」
シフォンは笑いながらカメラをユズへ向ける。
「この子です」
「え?」
ユズはとりあえず手を振った。
「こんにちは?」
《…………》
《…………え?》
《この子?》
《紫髪の子だ》
《さっき遠くに見えた子》
《人間?》
《女の子?》
《NPC?》
「ちなみに」
シフォンは、わざと少し間を置いた。
「プレイヤーです」
《は?》
《は????》
《プレイヤー!?》
《ファーーーーwwww》
《待て待て待て》
《魔物の町の中心がプレイヤー!?》
《魔物から様付けされるプレイヤーって何したの???》
《意味分からん》
《日本鯖どうなってる》
「えっと……」
大量に流れていくコメントを見ながら、ユズは少し困った顔をする。
「ユズです! よろしくお願いします!」
《軽いwww》
《説明それだけ!?》
《ユズ様もっと説明して》
《何者なんだ》
「何者って……」
ユズは少し考える。
「召喚士?」
《は?》
《召喚士!?》
《また情報増えた》
《召喚士でどうやったらこうなるんだ》
《この子だけ別のゲームしてない?》
「……」
シフォンはそのコメントを見つけ、改めて周囲を見渡した。
魔物。
道。
家。
三人の女王。
そして、その全てを大したことだと思っていないユズ。
「……うん」
少し考えてから頷く。
「ちょっと分かるかも」
「何が?」
「何でもないよー」
◇
「じゃあ」
シフォンは視聴者にも分かるよう、改めて同じことを聞いた。
「ユズちゃん。ここ、国なの?」
「違うよ?」
即答だった。
《え?》
《違う?》
《じゃあ何》
「みんなで住んでるだけ!」
《??????》
《いやいやいや》
《道路あるぞ》
《水路あるぞ》
《畑あるぞ》
《家あるぞ》
《倉庫あるぞ》
《女王三人いるぞ》
《それを国って言うんだよ》
「国じゃないよー」
ユズは笑いながら否定する。
「だって、みんなで楽しく住めたらいいなーって思ってるだけだもん」
《この子マジか》
《本人だけ自覚ない》
《ユズ様やべえ》
《魔物国家作ってる自覚ゼロ》
《この子だけ別のゲームしてない?》
コメントは流れ続け、まるで止まる気配がない。
シフォンはその横で、楽しそうに住民たちを見るユズへ目を向けた。
そこに支配者らしい威圧感はない。
王として振る舞っているわけでもない。
少なくとも、本人はそんなつもりなど一切ないのだろう。
ユズがこの場所を作ろうと思った理由は、たった一つ。
魔物たちが安心して暮らせる居場所が欲しかった。
ただ、それだけだった。
◇
配信が少し落ち着いた頃。
「ユズちゃん」
シフォンが、最後にもう一度だけ聞いた。
「なに?」
「本当に、国じゃないの?」
「うん!」
ユズは一切迷わず、満面の笑顔で答えた。
「みんなで住んでるだけだよ!」
その答えを聞いて、シフォンは少しだけ笑った。
この場所が、これからどれだけ大きくなっていくのか。
いつか本当に“国”と呼ばれる場所になるのか。
それを、この時点で知っている者は誰もいない。
もちろん。
ユズ本人も。
自分が何を作り始めているのか。
まだ、まったく気づいていなかった。
これで二章は終わりです。幕間を挟んでから三章に入ります。
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