第10話:魔物たちの居場所
「シロが大きくなったああああああっ!?」
「わふっ!」
私の叫びなんて気にしていないみたいに。
大きくなったシロは、ぶんぶんと尻尾を振っている。
そのたびに。
ぶわっ。
「わっ!?」
ものすごい風が来る。
「待って待って! 尻尾の風圧まで強くなってる!」
「わふ?」
首を傾げるシロ。
「いや可愛いけど!」
すっごく可愛い。
小さい時とは全然違う。
人を背中に乗せられそうなくらい大きくて。
真っ白な長い毛は前よりもっとふわふわ。
首元には立派な鬣みたいな毛。
大きな尻尾。
青紫色の瞳。
淡い紫色の模様。
「かっこいい……」
「わふ!」
「でも……」
私は少し離れて。
改めてシロを見上げる。
「大きい……」
大きすぎる。
「このまま町に帰ったら大騒ぎにならない?」
「……なると思う」
ユキが横で小さく頷いた。
「そうじゃろうな」
コハクも同意する。
「だよね!?」
そもそも。
シロが宿の扉を通れるかも怪しい。
「どうしよう……」
大きいシロも可愛い。
でも。
普段からこの大きさだと、いろいろ大変そう。
「…………」
私はシロの首元を見る。
原因は。
たぶん。
「この首輪だよね?」
「わふ?」
《神狼の首輪》。
つけた瞬間、大きくなった。
「じゃあ……」
私はシロへ近づく。
「一回外してみてもいい?」
「わふっ!」
「じゃあ外すね」
ふわふわの毛をかき分けて。
留め具へ手を伸ばす。
カチッ。
首輪を外した。
その瞬間。
ぱあっ。
「わっ!」
また。
シロの身体が白銀の光に包まれる。
「シロ!?」
でも。
今度は。
どんどん。
小さくなっていく。
「…………」
光が消えた時。
「わふ!」
そこにいたのは。
いつもの。
小さくてもふもふな子狼。
「シロ!」
私はすぐに抱き上げる。
「戻ったぁ!」
「わふ!?」
「よかったぁぁぁ!」
ぎゅーっ。
「ずっとあの大きさだったらどうしようかと思った!」
「わふー……」
少し苦しそう。
「あ、ごめん」
慌てて力を緩める。
「……つまり」
私は首輪を見る。
「これをつけると大きくなって」
シロを見る。
「外すと元に戻る?」
「……そうみたい」
ユキが首輪を覗き込む。
「なるほど……」
便利。
「じゃあ普段はいつものシロで」
「わふ!」
「必要な時だけ大きくなれるってことだね!」
「わふっ!」
「最高じゃん!」
小さいシロも。
大きいシロも。
両方楽しめる。
「この首輪すごい!」
「それほどの品を、単に可愛い首輪としか見ておらぬのは其方くらいじゃろうな……」
コハクが呆れたように言う。
「え?」
「なんでもないわ」
「?」
まあいいか。
「シロ、もう一回だけつけてみる?」
「わふ!」
「じゃあ――」
「……ユズ」
「なに?」
「帰らないの?」
「…………」
「あ」
そうだった。
首輪を手に入れたことで。
完全に満足していた。
「帰らないと」
私は辺りを見る。
宝物庫。
その向こうには。
ボス部屋。
さらにその先には。
「…………」
あの迷路。
「…………」
同じ廊下。
同じ部屋。
偽物の声。
幻。
「…………」
「どうしたの?」
「帰るのって……」
嫌な予感。
「またあれ全部通るの?」
「わふ?」
「……たぶん?」
ユキも少し嫌そう。
「えぇぇ……」
来る時は。
シロとユキのおかげで進めた。
でも。
もう一回やるの?
「せめて帰り道くらい普通にしてほしい……」
「何を言っておる?」
「え?」
コハクが首を傾げた。
「帰るだけなら、そのようなことをする必要はないぞ」
「……え?」
「出口がある」
「出口!?」
「うむ」
「あるの!?」
「当然じゃろう」
「どこ!?」
「こちらじゃ」
コハクが歩き出す。
◇
コハクについていくと。
ボス部屋の端。
少し奥まった場所に。
「おお……」
床へ。
大きな魔法陣が描かれていた。
「これ?」
「うむ」
複雑な模様。
円の中心には白狐の紋章。
「この上に乗れば、館の入口まで戻れる」
「便利!」
「じゃあ、帰ろっか!」
「わふ!」
「……うん」
「うむ」
私は魔法陣の上へ乗る。
シロ。
ユキ。
そして。
コハク。
「…………」
そこで。
コハクが少しだけ立ち止まった。
「コハク?」
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
コハクは。
私の向こう。
さらに先を見るように。
一度だけ。
この館の中を振り返った。
「…………」
ずっと。
ここにいたんだもんね。
「コハク」
「なんじゃ?」
「大丈夫だよ」
「…………」
「私もいるし」
シロを見る。
「シロも!」
「わふっ!」
ユキを見る。
「ユキもいる!」
「……うん」
「だから」
私は笑った。
「一緒に行こう!」
「…………」
コハクは少しだけ目を細めた。
「うむ」
そして。
私たち四人は。
魔法陣の上へ乗った。
「じゃあ行こっか!」
次の瞬間。
足元の魔法陣が。
ぱあっ。
白い光を放った。
「わっ!」
視界が真っ白になって。
身体がふわっと浮くような感覚。
そして。
◇
「…………」
風。
木々が揺れる音。
鳥の鳴き声。
「戻ってきた!」
目の前には。
《白狐の迷い館》の大きな門。
私たちは。
最初に入った場所まで戻っていた。
「転移ってすごい!」
「わふ!」
「にゃ」
「……うむ」
「コハク?」
振り返る。
「…………」
コハクは。
何も言わずに。
空を見上げていた。
木々の隙間から見える。
青い空。
流れていく雲。
風に揺れる葉。
遠くから聞こえる鳥の声。
「…………」
「どう?」
私は聞く。
「外」
「…………」
コハクの九本の尾が。
ゆっくりと揺れる。
「広いのう」
小さな声だった。
「でしょ!」
「…………」
「これからもっといろんな場所に行こうね!」
「……うむ」
コハクが。
ほんの少しだけ。
笑った。
その時。
「…………ん?」
コハクの身体が。
淡い光を放った。
「え?」
「コハク?」
「……む」
光が強くなる。
「今度は何!?」
すると。
巨大だったコハクの身体が。
少しずつ。
小さくなり始めた。
「ええっ!?」
大きな身体が縮んで。
立派だった九本の尾も。
どんどん小さくなって。
「コハク!?」
光が消える。
「…………」
そこには。
一匹の小さな白狐がいた。
「…………」
雪みたいな白い毛。
少し淡い桜色が混ざった毛先。
赤橙色の瞳。
額には炎のような赤い紋様。
首元には小さな鈴。
ふわふわの尻尾。
「…………」
「なんじゃ?」
声は。
コハク。
「…………」
「ユズ?」
「…………」
「なんじゃ、その顔は」
「…………可愛い」
「やはりそれか!」
「可愛いいいいいい!」
「待て! 飛びつくでない!」
私は小さくなったコハクを抱き上げる。
「ちっちゃい!」
「離せ!」
「ふわふわ!」
「聞いておるのか!?」
「シロと同じくらい可愛い!」
「わふ!」
「勝手に比べるでない!」
「最高!」
「…………」
ユキが。
少し離れたところから。
呆れたように見ている。
「……ユズ」
「なに?」
「……コハク、困ってる」
「あ」
「まったく!」
「ごめん!」
コハクを地面へ下ろす。
「でも、なんで小さくなったの?」
「この館の外は、魔力が薄いからじゃ」
「魔力?」
「うむ」
コハクが自分の身体を見る。
「館の中は、長い年月をかけて妾の魔力が満ちておる」
「へえ」
「ゆえに、あちらでは本来の姿を維持するのも容易かった」
「じゃあ外だと大変なの?」
「できぬわけではない」
コハクが尻尾を揺らす。
「じゃが、この姿の方が楽なのじゃ」
「なるほど!」
省エネ形態みたいなものかな。
「じゃあ普段はこの姿?」
「そうなるのう」
「…………」
「なんじゃ」
「最高」
「またか!」
でも。
本当に可愛い。
右に小さな白狼。
左に銀灰色の猫。
そして。
小さな白狐。
「…………」
私は三匹を見る。
「増えた……」
「わふ?」
「にゃ?」
「なんじゃ?」
「もふもふが増えた!」
「……そうじゃな」
コハクが少し疲れたように答えた。
「ふふ」
楽しい。
本当に。
このゲームを始めてよかった。
「…………」
でも。
ふと。
思い出す。
「コハク」
「なんじゃ?」
「さっきまで」
「うむ?」
「ずっとあの館にいたんだよね」
「そうじゃ」
「どれくらい?」
「…………」
コハクが少し考える。
「もはや覚えておらぬ」
「…………」
そんなに。
ずっと。
あの場所で。
誰かが来るのを待って。
戦って。
最後には。
自分が倒されるために。
「…………」
それって。
やっぱり。
悲しい。
コハクだけじゃない。
「ねえ」
「わふ?」
「にゃ?」
「なんじゃ?」
「この世界ってさ」
私は。
森の奥を見る。
「コハクみたいに」
「ずっと悲しい思いをしてる魔物って」
「きっと、他にもいるよね」
「…………」
コハクが私を見る。
「人に追いかけられたり」
「討伐されたり」
「住む場所を追われたり」
「怖いってだけで嫌われたり」
「…………」
私は。
シロを見る。
ユキを見る。
コハクを見る。
「そういう子たちが」
「誰にも追いかけられなくて」
「倒される心配もなくて」
「安心して暮らせる場所があったらいいと思う」
「…………」
「美味しいものを食べて」
「好きなことをして」
「みんなで楽しく暮らせるような」
なんて言えばいいんだろう。
「…………」
少し考えて。
「魔物たちの居場所」
口にしてみる。
「そういう場所」
シロが。
「わふ!」
元気よく鳴いた。
ユキも。
「にゃあ」
小さく鳴く。
コハクは。
しばらく何も言わなかった。
「…………」
「難しいかな?」
「いや」
コハクが静かに答える。
「難しいじゃろうな」
「やっぱり?」
「当然じゃ」
「そっかぁ」
「じゃが」
「?」
コハクは。
少しだけ笑った。
「悪くない」
「…………」
「そのような場所」
小さな白い尻尾が。
ゆっくりと揺れる。
「妾も見てみたい」
「ほんと!?」
「うむ」
「じゃあ!」
私は立ち上がる。
「作ろう!」
「……簡単に言うのう」
「だって!」
私は三匹を見る。
「どうやって作るかは全然分かんないけど!」
「分からぬのか!」
「これから考えればいいよ!」
「……ユズらしい」
ユキが小さく呟く。
「そう?」
「……うん」
「わふっ!」
シロも楽しそう。
「じゃあ決まり!」
私は拳を握る。
「いつか!」
シロ。
ユキ。
コハク。
三匹の仲間を見ながら。
「魔物のみんなが安心して暮らせる場所を作ろう!」
「わふっ!」
「にゃあ!」
「うむ!」
三匹の声が重なった。
この時の私は。
それが。
どれだけ大変なことなのか。
どれだけ多くの魔物たちと出会うことになるのか。
その場所が。
いつか。
一つの“国”と呼ばれるようになることも。
まだ。
何も知らなかった。
ただ。
目の前にいる大切な仲間たちと。
同じように。
悲しい思いをする魔物が少しでもいなくなればいい。
そのくらいの。
小さな願いだった。




