プロローグ:神が作るゲームは、異世界と何が違うのか?
私もタイトル通り自由気ままに投稿していきます。
その日、世界中の電子機器が、一斉におかしくなった。
テレビも、スマートフォンも、パソコンも。
動画を見ていた者も、ゲームをしていた者も、仕事をしていた者も。
画面は突然真っ暗になり――数秒後、そこには一人の少年が映し出された。
年齢は十代半ばほどに見える。
どこにでもいそうな少年だった。
ただし、その背後には何もない。
真っ白な空間の中で、少年はまるで友人に話しかけるような軽い調子で口を開いた。
「やあ、初めまして。突然ごめんね」
世界中の人々が、その言葉に耳を傾ける。
もちろん、すぐに大騒ぎになった。
大規模なサイバー攻撃なのか。
国家規模のテロなのか。
あるいは、何かの宣伝なのか。
しかし、そんな人々の混乱など気にも留めず、少年は笑った。
「先に自己紹介しておこうか。僕は神だよ」
世界中が、さらに混乱した。
「……まあ、いきなりそんなこと言われても信じられないよね」
少年――神を名乗る存在は、少し困ったように笑う。
「でも今日は、そんなことを証明しに来たわけじゃないんだ」
そして、楽しそうに続けた。
「最近、VRMMORPGっていうものを知ってね」
唐突な話題だった。
「アニメとか漫画とかで見たんだけど、すごく面白そうだったんだ。だから――」
少年は、満面の笑みを浮かべる。
「僕も作ってみた!」
次の瞬間。
世界中の画面に、一つの映像が映し出された。
果ての見えない草原。
巨大な山脈。
雲の上まで伸びる大樹。
空を飛ぶ竜。
剣を腰に下げて歩く冒険者。
獣の耳を持つ人々。
森の奥を走り回る魔物たち。
そして、どこまでも続く青い空。
「名前は《エルディア》」
少年の声が響く。
「地球の二倍以上の広さがある、剣と魔法の世界だよ」
それはゲームと呼ぶには、あまりにも広大だった。
複数の大陸。
数え切れないほどの国や町。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族。
無数の魔物。
ダンジョン。
秘境。
遺跡。
海の底にも、山の頂にも、まだ誰も知らない場所が存在する。
「種族も職業も、スキルも自由。どこへ行くのも自由だよ。決められた攻略ルートもない」
それだけでも常識外れの話だった。
だが、少年はまだ説明を続ける。
「あ、そうそう。《エルディア》は世界中の人が遊べるようにしたけど、全員が同じ世界に入るわけじゃないからね」
画面に地球が映し出され、その各地にいくつもの光が灯った。
「プレイしやすいように、基本的には国ごとにサーバーを分けてあるんだ」
日本なら日本。
アメリカならアメリカ。
フランスならフランス。
それぞれの国に、それぞれの《エルディア》が存在する。
「言葉も文化も生活の仕方も、国によって色々違うでしょ? だから、その方が遊びやすいと思ってね」
少年は軽い調子でそう言った。
「世界の基本的な構造や、これから説明する最終目標なんかは共通してるよ。ただ、その世界で実際に何が起きて、どんな歴史を歩むかは、それぞれ違ってくると思う」
プレイヤーが何をするのか。
どこへ向かうのか。
誰と出会うのか。
どんな国と関わるのか。
それによって、それぞれの《エルディア》は少しずつ違った世界になっていく。
「まあ、その方が面白そうでしょ?」
まるで複数の巨大な世界を同時に作ったことなど、大したことではないかのように少年は笑った。
「あと、この世界の住人たちはかなり本物っぽく作ってあるからね」
画面が切り替わる。
市場で店主と客が値段交渉をしている。
子供たちが走り回っている。
家族が食卓を囲んでいる。
森では親子らしき魔物が寄り添って眠っている。
「話しかければ普通に会話するし、怒ることもある。泣くこともある。好き嫌いもあるし、それぞれ自分の生活をしてる」
少年は少し考えてから、付け加えた。
「……まあ、ゲームのNPCって言うより、この世界の住人って言った方が分かりやすいかもね」
その言葉に、世界中のゲーム会社や研究者たちは絶句した。
そんなものが、本当に作れるのか。
だが、それ以上に人々を驚かせたのは次の言葉だった。
「せっかくゲームなんだから、ちゃんと最終目標も用意してあるよ」
画面が暗転する。
黒い霧のようなものが広がり、その中心に巨大な影が浮かび上がった。
「この世界には、《邪神》という存在がいる」
それまで軽かった少年の声が、ほんの少しだけ真面目になる。
「そして、全世界のプレイヤーの中で、最初に邪神を倒した人がこのゲームの勝者だ」
一瞬。
世界中が静まり返った。
少年は、念を押すように続ける。
「さっき国ごとにサーバーを分けてるって言ったけど、勝者まで国ごとに分けるわけじゃないからね」
「日本サーバーでも、アメリカサーバーでも、どこのサーバーでも関係ない」
そして、にっこりと笑った。
「全部のサーバーを合わせて、一番最初に邪神を倒した人。ただ一人」
「その人の願いを、どんなものでも一つだけ叶えてあげる」
一瞬。
誰もが、その言葉の意味を理解できなかった。
そして理解した瞬間、世界中が騒然となった。
これは。
国ごとに分かれたゲームでありながら。
同時に、全世界のプレイヤーが競い合う巨大な競争でもある。
日本で誰かが攻略を進めている間にも。
アメリカでは別の誰かが先へ進んでいるかもしれない。
中国で未知のダンジョンが攻略され。
フランスで誰かが重要な手がかりを発見し。
どこかの国で、いつ邪神への道が開かれるのかも分からない。
そして勝者は、世界でたった一人。
その一人だけが。
神に、どんな願いでも一つ叶えてもらえる。
金。
名誉。
若返り。
病気の治療。
失ったものを取り戻すこと。
あるいは、それ以上の何か。
もし本当に神なら。
もし本当に、どんな願いでも叶えられるのなら。
それはもはや、ただのゲームではなかった。
当然、一つの疑問が浮かぶ。
――邪神はどこにいるのか。
――どうすれば戦えるのか。
――そもそも、そこへたどり着くために何をすればいいのか。
しかし少年は、その疑問を見透かしたように笑った。
「それは自分たちで探してね」
「広い世界を冒険して、ダンジョンを攻略して、いろんな人と話して、好きなように遊んでみてよ」
「そのうち何か分かるかもしれないし、全然違うことをしてもいい」
邪神を倒すことは、このゲームに用意された最終目標。
けれど、そこへ向かうことを強制されているわけではない。
世界最速を目指す者もいれば。
ただ冒険を楽しむ者もいる。
商売をする者も。
物を作る者も。
その世界で暮らすことそのものを楽しむ者もいるだろう。
そして最後に、少年は楽しそうに言った。
「だって、自由じゃないゲームなんて面白くないでしょ?」
その言葉を最後に、すべての電子機器は元に戻った。
ただし。
それとほぼ同時に、世界中の人々のもとへ、一つの装置が届けられていた。
《エルディア》へ接続するための、完全没入型VR機器。
誰が。
いつ。
どうやって運んだのか。
そんなことを説明できる者は、一人もいなかった。
参加するかどうかは自由。
遊び方も自由。
邪神を目指すのも。
冒険者として世界を巡るのも。
商人になるのも。
職人として物を作るのも。
ただ一つの町で暮らすのも。
すべてプレイヤー次第。
ただし。
たった一つだけ。
邪神を最初に倒すという競争だけは、世界中のすべてのサーバーでつながっている。
こうして。
神が作った史上最大のVRMMORPGは、世界各国で同時にサービスを開始した。
そして人々は、実際にその世界へ降り立って思うことになる。
風の感触も。
草木の匂いも。
料理の味も。
日の暖かさも。
雨の冷たさも。
そこに暮らす者たちの笑顔も。
あまりにも現実と変わらない。
ログアウトしても、その世界の時間は止まらない。
昨日話した住人は、次の日には別の場所へ出かけていることもある。
店は開き、商品が売れ、人々は働き、魔物たちは森を歩く。
プレイヤーが見ていなくても。
その世界は、確かに動き続けている。
ならば――。
神が作ったゲームは、異世界といったい何が違うのだろうか?
そんな疑問を抱く者が現れ始めてから、三ヶ月。
各国のサーバーでは、すでに激しい攻略競争が始まっていた。
どの国のトッププレイヤーが一番レベルを上げているのか。
どのサーバーが最も多くのダンジョンを攻略しているのか。
どの国が邪神へ最も近づいているのか。
世界中のプレイヤーたちは、他国の攻略状況まで意識しながら先を争うようになっていた。
もちろん、日本サーバーも例外ではない。
未攻略のダンジョンを探す者。
誰よりも早く強くなろうとする者。
未知の土地へ踏み込む者。
邪神へとつながる手がかりを探す者。
願いを叶える権利を求め、世界最速を目指す者。
多くのプレイヤーが、それぞれの目的を抱きながら《エルディア》を駆け回っている。
そんな中。
少し遅れて、一人の少女も日本サーバーの《エルディア》へと足を踏み入れることになる。
けれど彼女が求めていたのは、邪神でもなければ、世界最速攻略でもなかった。
他国のトッププレイヤーにも。
攻略競争にも。
神が用意した願いにも。
今の彼女は、ほとんど興味がない。
ただ――。
可愛い魔物たちと、一緒に冒険してみたい。
そのくらいの、小さな理由だった。
その少女がやがて。
誰よりも多くの魔物たちと出会い。
誰も想像しなかった場所へたどり着き。
世界中のプレイヤーたちが邪神を目指して競い合う中で。
一人だけまるで別のゲームを遊んでいるかのように、自由気ままな道を進み。
いつの間にか、とんでもない存在になっていくことを。
この時は、まだ誰も知らなかった。
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