エース・アレクサンダー
小雨の部屋の窓から夕日が差し込み、ソファーを照らす。エースと小雨は隣に並びあって座っていた。
小雨の方を向いて首を傾げながら
「お前もナクライアでなんかあったのか?」
ギクッとして
「……俺?別にないけど……」
呆れた様子で
「……あったな。顔見りゃ分かる」
エースは口角を上げてソファーに深く座り直し、足を組んで小雨をじっと見つめる。嘘を秒で見破られた小雨は諦めたように口を開いた。
目を逸らして
「……喧嘩した」
「誰と?」
頬を人差し指で掻きながら
「ローレンス家の次男」
「……アラン?」
頷きながら
「うんうん」
エースはガバッとソファーの背もたれから背を離した。そして肩を震わせた。
「……ぷぷっ……あっはははは!俺もアランと喧嘩したことあるけどだいたいその日の夜にあいつから謝りに来てくれるんだぞ?」
笑い声混じりにエースが言った。その事実に小雨は固まってしまった。しかしそれ以前にエースがアランの知り合いだということに驚いた。
「……お前アランと知り合いなのか?」
「いいや?幼馴染」
「え……え?」
小雨は驚きが隠せないでしばらくの間ずっとキョロキョロしたまま「え」と言い続けていた。
「そんなに驚くことか?」
「あ、言われてみれば確かにローレンスとアレクサンダーは四大貴族だから貴族同士仲が深かったのか?」
指を鳴らして
「ご名答……じゃあ聞くが、喧嘩した原因は?」
「うーん……」
小雨は腕を組んで首を傾げる。エースはそんな小雨を急かすことなく答えが帰ってくるまで待っていた。
「……俺が百パー悪い。うんうん」
「きっかけの言葉とかあったのか?」
「無粋貴族……」
小雨がその言葉を言った後、しばらく無言が続いた。エースは信じられないような目で小雨を見て小雨は気まずそうに目を逸らした。
「お前それはヤバいだろ」
「わかってる、このバイト終わったらちゃんと謝るから」
「ちゃんとケジメをつけようとするその姿勢……俺は嫌いじゃないぜ」
エースの方を向いて
「じゃあ俺も聞く、お前はどうしてここで働いてるんだ……?」
エースはその質問を出された後、黙り込んでしまった。少し経つと、エースは目を泳がせて口を開けたり閉じたりしている。言うか言わないか迷っているのだろう。
「……よし、お前が言ったから俺も言わないとな」
「やっぱ言いたくないならーー」
「おいそんな事言うな!俺はせっかく言うことを決めたんだ!」
意外な返答に小雨は驚いた表情をした。そう言われてしまったなら最後まで聞こうと小雨は耳を傾け、話を聞く態勢になった。エースはその場でゆっくり深呼吸をしてから口を開いた。
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十九年前、エース・アレクサンダーはナクライア王国で生まれた。アレクサンダー家の次男として、兄の背を見て優秀に育っていくーー
はずだった。
幼いエースは兄のエンゲルと比べて驚く程に何も出来なかった。勉強も平均以下、人とはまともに喋れない。部屋からはまともに出ない。しかしそんなエースにもたった一つ、できることがあった。
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「エース!俺の相手してくれない?」
まだ幼いエンゲルは引きこもりのエースに戦いの相手をしてもらおうとエースの部屋の扉を叩いた。
「……な、なに」
木剣を投げ渡しながら
「あ、やっと出てくれた!戦いごっこしよう!」
「あ、えっ?」
投げられた木剣をエースは慌ててキャッチしようとしたが、不器用で落としてしまった。
「も〜、エースはドジだな〜」
「……」
エンゲルは何も言い返せないエースを訓練場へと連れて行った。訓練場と言っても、ほとんどの場所が警備兵が使っているため、二人は端の方を使った。
「じゃあ始めるよ?準備はいい?」
「う、うん」
「よ〜い……スタート!」
開始の合図と共にエンゲルが素早いスピードで動き出し、エースに攻撃を仕掛ける。
「い、いきなり来ないでよ」
「本番じゃいつ攻撃されるか分からないんだよ?やられる前に勝ちに行かないと!」
エンゲルの重い一撃がエースに降りかかる。しかしエースも負けては居られず、隙あらば攻撃を仕掛た。
嬉しそうに
「お、やるじゃん!じゃあ俺も本気を出そうかな!」
その笑顔が逆に怖かった。エースは次の一撃に備えてより一層警戒して木剣を強く握った。
「そんなに固くなってちゃダメだよ?」
「……!!」
気が付けばエンゲルは後ろに立っており、木剣で背中を軽く叩かれた。エンゲルなりの配慮だった。しかし軽く叩いたのにも関わらず、エースはバランスを崩して転けてしまう。
「立てる?」
「……ありがと」
エンゲルが差し伸べてくれた手を取り、エースは立ち上がり、二人はそれぞれ自分の部屋へと戻っていく。そんな生活が少しの間続き、某日。エンゲルとエースにとって初めてのローレンス家とアレクサンダー家の親睦会というのが開かれた。
当日、エンゲルは普段と変わらない様子だったが、人見知りのエースはとにかく母親の後ろに隠れていた。
エースの背中をポンポンと叩いて
「エース、みんなの行きなさい。将来仲良くやっていく人達なのよ?」
母親の服をキュッと握って
「……でも」
ホールの右端にある、子供用のテーブルでレオ、アラン、エンゲルが仲良く喋っていた。あの空間にいきなりエースが乱入したらと考えると、エースはとてもその負荷に耐えられなかった。
「アレクサンダー家の皆様こんにちは。私はナノ・ローレンスと申します」
背の高い女性とその夫がアレクサンダー家の夫婦の方へお辞儀をした。アレクサンダー夫婦もそれぞれ自己紹介をし、母親、父親同士で会話が進む。
「あら?次男君向こうには行かないの?」
ローレンスの母親がエースの背に合わせてしゃがんで目を合わせた。しかしエースは恥ずかしがってすぐに目を逸らす。
「ふふっ、ごめんなさいね。エースったら家の人意外とまともに話せないんだから」
「あら?人見知りなのね」
「そうですの、勉強もできなくて、部屋からも滅多に出ない。兄とは大違いですよ〜」
「……」
エースは固まって自分の服の裾をずっと握りしめていた。その時遠くから視線を感じた。エースが顔を上げて向こうのテーブルの方を見るとアランと一瞬目が合った。しかしエースは驚いてすぐに目を逸らしてしまう。
「しかもエースったら、唯一運動だけはできるのよ〜」
「今度うちの子たちと合同練習なんてどうかしら?」
「あらっ、ぜひぜひ〜」
「……」
どこも会話が盛り上がり、エースはどうする事も出来なかった。しかしそれ以前にまずはここから一刻も早く抜け出したかった。一人になりたい。そう思い、こっそりと外に出た。
「……ここならバレないかな」
ローレンス家の裏にある倉庫に入った。少しホコリっぽかったが、あの空間よりかはマシだろうと思い、端っこのスペースに身を縮こませ座った。
「……確かに何にもできないな……俺」
先程の会話を思い出す。母親から改めて何も出来ないと言われるとかなり心にきた。笑いものにされさっきまで我慢していたものが溢れ、涙を流した。
声を押し殺して泣いていると、倉庫の扉がいきなり開いた。
「何してんの」
「……えっ」
金髪の少年は泣いているエースを見て慌てたように言った。
「俺別に怒ってないから!?ただ心配で来たと言うか……大丈夫か?」
心配そうにエースを見る金髪の少年は困ったように頭を掻いた。少し考えた末、エースの隣に並んで座った。
「俺の名前はアラン。君は?」
「……え、エース」
泣いているエースにお構い無しに聞いていく。アランは膝に頭を乗せてエースを見た。
「エースくんは何にもできないんだ?」
「……っ」
再び泣きそうになるエース。それを見てアランは再び慌てた様子を見せた。
「違う違う!俺が言いたいのは、その……あれだ。何もできてなくても生きてるだけで偉い!この前兄貴から教えてもらったんだ」
「……そんなことないよ」
「なんで?」
「……俺の家は偉い家だから、頭も良くなくちゃダメで……でも俺は……」
その後の言葉が詰まってしまった。先程の母親の会話をどうしても思い出してしまい、次の言葉が出なかった。そんなエースを見たアランは不思議そうに言った。
「人それぞれ得意不得意あるから、気にしなくていいと思う」
「……そうかな」
「エースくんはもっと自分に自信を持たないと」
「わかってる……けど」
「けど?」
「……やっぱり俺にはできない」
ため息混じりに
「またそれ!それ禁止!ちょっとこっち来て!」
「え……ええっ?!」
アランに手を引かれて二人は倉庫から出た。そしてアランが家を見上げて言った。
「今からここ登る!」
「……えぇ」
消えそうな声だった。しかしアランはそんなエースを置いて先に登り始めていた。窓や家のでっぱり部分を利用して登っていく。
「早くしないと置いていかれるよ!」
「……う……うぅ」
しばらく悩んだ末、エースはちょっとずつ登って行った。登っていくうちに、段々と楽しくなってきたエースは後半、慣れた様子で登っていく。登りきり、二人は屋根に座った。
「エースくんは運動神経がいいんだね」
「……そう?」
「うんうん」
エースがふと、空を見上げた。そこには満点の星空が広がっている。
「綺麗でしょ?」
「うん、綺麗……」
「ここは俺の秘密基地、ママと喧嘩した時とかによく来るんだ。特別にエースくんはたまに来ていいよ」
「ほんと?」
「当たり前じゃん」
顔を輝かせたエースを見てアランの顔に笑みが溢れた。
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その日を境に変化が起きた。一つ目はエースが部屋から出るようになったこと。二つ目は母親に反抗するようになったことだ。アレクサンダー家で唯一。母親とエースの仲が悪くて家族で旅行にも行けなかった。
「ちょっとエース!母親の言うことくらい聞きなさい!」
「やだ」
「こんなふうに育てた覚えはないわよ!」
「……」
エースは怒る母親を無視して剣の手入れをしていた。アランとはたまに会うくらいの仲になり、先日はクレアという人も紹介してくれたがエースはクレアは苦手なタイプだったため、その日1日だけ仲良くしてそれ以降会っていない。
そして某日、その日はやって来た。
いつもは昼前に起きるエースだったが、今日はたまたま早起きしてリビングへ向かった。まだ召使いも起きていない頃、一人裸足で廊下を歩く。ペタペタという足音だけが廊下に響いた。
「……お水お水」
飲み物を求めてリビングへ入るとそこにはーー
「お……お母さん?」
エースの母親が黒ずくめの男にナイフで刺されている。胸にはNo.が彫られたバッジを付けていた。男はエースに気がつくなり驚いてナイフを落としてしまった逃げてしまった。
「……お、お母さん!!」
「え……エース」
エースは急いで母親の元へと駆け寄った。刺された場所が悪かったのか、血が吹き出してエースの服と顔にかかる。周りを見渡すとしばらく争った形跡があった。しかし今はそれどころではなかった。
「や……やだ。死なないで」
「……エース」
震えた声で
「お母さん……血が」
「エース、今までごめんね。将来のことでどうしてもお兄ちゃん優先になっちゃって、エースとの時間を大事にできなくて」
「そ……そんなこといきなり言われても」
「……お母さんは……勉強ができなくても、話ができなくても……そんなエースが大好きだったのよ。厳しくしていたのは、ちょっと焦ってしまったからで……」
「……っ!!お、俺も!今まで酷い態度取ってごめんなさい!」
「……気にしなくていいのよ」
母親はエースの頬に血の着いた手を添える。まるで温もりを得るように。
「エースは……エースの人生を送ってほしいの……そう、自由に……これがお母さんからのお願い」
そな言葉を最後に母親は動かなくなった。添えられた手は力が抜け、だらんと垂れ下がった。しかしエースはこの状況をどうすればいいのか分からなかった。そこにーー
「エース?」
エンゲルが姿を現した。エンゲルはいつも通りの時間に起きていつも通りリビングへ向かった。しかしそのいつもは毎日は続かなかった。エースと母親、落ちたナイフと返り血を見るなり目を開ける。
「まさか……お前が?」
「ち、違う!俺はっ!!」
そこに今度は召使いも現れる。時間が経つにつれ人数が増えていき、エースは必死に事実を伝えたが誰も信じなかった。叫ぶ召使いもいれば、泣く召使いもいた。そして一人の召使いが小雨を捕まえようとエースを追いかける。
「……っ!!」
信じてくれないこんな中、まだ十歳のエースは説明する余地もなくその場から逃げ出してしまった。
「っ……はぁっはぁっ」
無我夢中で走り出す。振り返っては瞳に涙が溜まっていった。ナクライア国を出て、どこか遠くへと歩いていく。そしてたまたま辿り着いたのがオルドだった。
「……君」
白髪のメイド服を着た少々がエースに声をかけた。
首を傾げて
「こんな所で何してるの?」
「え……あっ」
返り血の処理がまだできていなかった。しかし目の前の少女はエースを見ても驚いた表情を何一つせず、ただ不思議そうにエースを見ているだけだった。
「……その……えっと」
慌てふためくエース。そんなエースに向かって少女はこう言った。
「ちょっと来て、その血をどうにかしよう」
少女はエースの手を引っ張り、どこかへ連れていった。大きな屋敷に入るなり、エースを空いている部屋へ連れていき返り血の処理をする。その間は無言が続き、怖いくらいに質問も何もされなかった。
それから気が付けばエースはこの家にずっと住んでいた。幸いナクライアからエースの調査に来ることもなく、九年、エースはこの屋敷で平和に暮らしていた。
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「俺のエピソードはこんな感じだ……満足したか?」
「満足したって言うか……」
思い出したように
「今思えばあの時アテナが何も聞いてこなかったのってもしかして……」
「そう、エースの予想は合ってる」
「「うわぁっ?!?!」」
二人同時にアテナの登場に驚き、ソファーから思い切り立ち上がった。
「ちょうど良かった。これを機に言いたかった事を言おうかな」
「エース、お前は自分の無実を訴えなかったのか?」
アテナが口を開く
「無理だね、一対数十。普通に考えて勝てるわけが無い」
「……一対……数十」
その数字に小雨は驚かされた。無実なのにも関わらず、犯罪者扱いされたまだ幼い少年。その事実に小雨は何か嫌悪感を抱いた。
「集団心理……今更私が何を言おうと、信じられないだろうね」
目を見開いて
「それってどういう……?」
「私は神の力で真偽が分かる……でも一般市民に対して説明のしょうがない。だからエースが今ナクライアに戻っても言い訳する余地もなく捕まるだろうね」
「じゃあエースはどうしたら?」
「私がつくよ」
「……は?」
エースが思わず驚きの声をあげた。まさか何にも興味がなかったアテナが味方についてくれるなど、思いもしなかったからだ。
「じゃあ俺も!」
小雨を見て頬を綻ばせて
「……真相を知っている私たちは、ナクライアの人がどう言おうとエースの味方につく……そして」
アテナはエースに近づく。普段では考えられない行動にエースは思わず後ずさる。
「ちょっ……近っーー」
「……っ!!」
アテナはエースを表情何一つ変えずに抱きしめた。
「今まで一人で抱えさせてごめんなさい」
「いや……全然いいんだけどこれは……」
「人はハグするとストレス大幅軽減になるって聞いた事があったから」
「いや……でも」
エースの瞳から涙が自然と溢れてきた。止めようと必死に袖で拭いたが止まる気配がない。
「あ〜、泣いてやんのー」
小雨はアテナの後ろの方へと回り込んでエースを見てからかった。
「……うっさ」
「……まぁまぁ、お前の味方は近くにいるから、いつでも頼ってくれよな!!」
小雨はエースに向かってニコッと笑った。その笑顔を見たエースも、泣きながらくしゃっと笑顔になった。エースを抱きしめているアテナの口角も、自然と上がっていた。




