終業式の教室
教室のドアを開けた瞬間、熱気と緊張が千歳の全身を包み込んだ。
窓はすべて開いている。それでも、季節外れにも程がある制服に包まれた女子たちの体温と汗と緊張感が、空気を重くしていた。
全員が、長袖ワイシャツの第一ボタンをきっちりと留め、真っ赤なクロスタイを喉に巻きつけ、黒いブレザーを羽織って座っている。
圧巻だった。
誰一人として着崩していない。いや──着崩せないのだった。
千歳は席に着くまでのわずかな距離で、すでに背中に汗が流れ落ちるのを感じた。
ブレザーの内側、ワイシャツの背中に汗がじわじわと染み込み、そのまま腰のあたりまで伝っていく。
鏡がなくてもわかる。今、自分の第一ボタンがどれだけ目立っているか。
赤いクロスタイの交差点がちょうど第一ボタンの真下に存在し、ボタンの存在感を浮かび上がらせているんだ。
隣の席の紗奈も、まったく同じ格好だ。
細身の体にぴったり合った長袖シャツ。その襟が首に吸い付くように沿っていて、指を入れようとしても入りそうな隙間が見当たらない。
ちらりと目をやると、紗奈も千歳のほうを見ていた。無言だったが、その目には明らかに「苦しいね」「暑いね」「恥ずかしいね」という感情がにじんでいる。
そんな視線の交差も束の間、ガラリと教室のドアが開いた。
「全員、着席」
低く冷たい声が響く。久賀先生──この学校で最も校則に厳しい女性教師だった。
背筋の伸びたスーツ姿で、胸元まできっちりと留められたボタンが、その“教育者としての姿勢”を物語っているようだった。
彼女の視線が、生徒一人ひとりの首元に向けられていく。
「……よろしいわね。今日は終業式。校則の通り、全員が第一ボタンを留めている。それができない者は、制服を着る資格もないと心得てください」
教室の空気が、さらに重くなる。
久賀先生は教卓に立ち、生徒たちを見渡した。首元に、まるで物理的な重りが乗せられたかのような感覚が走る。
(見られてる……)
自分のクロスタイが、ボタンの存在を強調している。苦しくても、恥ずかしくてもきちんと留めたボタンが“ここにある”と主張している。
教室の中にはエアコンなどない。
みんなが、厚いブレザーの下で蒸されるような苦しさに黙って耐えていた。
顎の僅か数センチ下では、クロスタイに汗が染み込んど重くなっている。そしてじっとりとシャツに張りついていた。
(一度でいいから……このボタンを外して、思いっきり息したい……)
だが、それは許されない。
この教室では、第一ボタンを外すという行為は「違反」であり「裏切り」だった。
誰もが黙って、熱と汗と羞恥を抱えながら、“喉元の服従”を完了させた状態で座り続けていた。
──終業式は、まだ始まったばかりだった。




