94話 皆さまお好みのバラはおありですか?
会場に美しい音楽が流れ出す中、国王陛下が静かにグラスを掲げ、夜会の開始を告げた。
皆が席に着くと、僕は少し離れた場所にいる陛下と目が合った。陛下が何か月ぶりに僕に声をかけた。
「ルクレチア、近くに参れ」
「はい、陛下」
ルクレチア は、兄上二人の前を通り過ぎ、兄上と陛下の椅子の間に立った。気のせいだろうか、僕を見る陛下の瞳から、かすかな安堵の気配を感じた。
「しばらく姿が見えなかったと、城の者たちが探していたが」
「はい、友人が訪ねてきてくれまして、新しい護衛を迎えに行ってきました。陛下、紹介しても構いませんか?」
父上は不思議そうな顔をして、僕に尋ねてきた。
「お前の護衛は、お前の母ローズが自ら選びつけたものであったのに、その者はどうした?」
僕は愕然とした……陛下は僕が刺客に襲われていることも、そのせいでセルジオの片腕が亡くなったことも知らなかったというのか……僕はちらりと王妃の顔を見る。王妃は苦虫を噛み潰したような目で僕を見ていた……あなたの仕業か……
僕は大きなため息をつき、陛下に言った。
「いくら僕が名前だけの第三王子だからと言って、それはいささか酷ですよ、陛下。」
「何を言っている?」
僕は悲しそうな顔をして、陛下の横からホールを見ながら語った。
「10日前、僕は刺客に襲われ、僕を助けるために護衛騎士セルジオは片腕を失いました。片腕がないものが騎士などできぬと、騎士団長のエウゲニー卿からの命令でセルジオは退職させられました。陛下の指示だと思っておりましたが、違うのですか?」
陛下は王妃を鋭く睨みつけると、すぐに宰相にエウゲニー卿を呼ぶように伝えた。陛下が僕に言葉を紡ごうとしたところで、僕は言葉を続けた。
「セルジオが僕の傍を去ってすぐに、僕は訓練だと称し兄上たちに木刀で立ち上がれないほどに殴られました。それを見かねた友人が僕の身を案じ、連れ出してくれたのです。だってその時点で、僕に新たな護衛は派遣されていなかったのです。誰だって危険を感じるでしょう?ねぇ、陛下」
兄上たちは僕を殺さんばかりに睨みつけてきた。皆、良いのかな?ホールにいるみんながこちらに注目している。見られている中、そんなお顔をして大丈夫かな?
「市井に少しばかり出ていたのですが、市井では面白い話がいっぱい聞けましたよ。」
「アルドリック兄上の部下が、兄上の要望を叶えるために市井で暴れていると。王家にとって恥ずかしい話です。それにセフェリノ兄上は、市井におりては、年頃の女性や人妻でも見目が良ければ攫うように連れて行くなど、王家の醜聞が凄かったです。陛下も一度、民の声を直接聞いてみると良いと思います。」
陛下は絶句していた。そして陛下の向こう側に座る王妃は僕を殺しそうなほどの殺気を飛ばしてきている。王妃に握られた扇子は、ミシミシと音を立てていた。
「さて、陛下、僕の新しい護衛を紹介させてください。シールド、こちらに」
僕は会場のホールに向かい声をかけた。こちらに視線を集めた貴族たちの中から、体格の良い騎士姿のシールドと、その後方に獣人の大柄な男が続いた。
シールドは陛下の前に片膝をつき、
「陛下、ルクレチア 王子殿下より、臣に護衛の任が下されました。殿下の御身に危険が及ぶことなきよう、この剣にかけてお守りいたします。」
「ソナタは何者ぞ?」
「私、元護衛騎士のセルジオの幼馴染のシールドと申します。剣の師をセルジオと同じとし、共に励んで参りました。セルジオより、殿下の側で守ってほしいと言葉を頂き馳せ参じました。今は後ろにおります、S級冒険者のガルーダ殿より手解きを頂いております。」
陛下はシールドの背後に立っている獣人を見て息をのんだ。
「白狼のガルーダ殿とお見受けするが……相違ないか?」
「あぁ、間違いない。ただ俺は、俺の敬愛する獣人国の王と我が妻以外には頭を下げぬ。」
「あぁ、それは有名な話だ。そうか、そなたが我が国に滞在してくださっているだけで、安心できる。今後ともわが国でゆっくりしてくだされ。」
陛下が珍しくピンクの色以外で頬を染めている……うん……なんで……僕が陛下の顔から視線を外し、兄上たちに目をやると、真っ青な顔になっているセフェリノ兄上がいた。
「セフェリノ兄上、お顔が真っ青ですが、ご気分でも悪いのですか?もしかしてガルーダ殿の夫人にまで手を出してはおられないでしょう?フフフ」
僕の言葉にセフェリノ兄上が立ち上がり、「なっ!」っと信じられないと言った顔をしながら、冷や汗を流している姿に、陛下がセフェリノ兄上の顔を見ていぶかし気な顔をした。
「出来損ないが偉そうに!何の証拠があってそのような事を言うのだ!」
「証拠?証拠になりえるか皆様次第ですが、陛下、余興として本日の市井の様子を記録の宝石で写したものがございます。会場に流してもよろしいですか?」
僕は陛下を見てニッコリと笑った。陛下がチラリとセフェリノ兄上を見やって目を細めた。
「セフェリノ、何かやましい事があるか?」
「まったくもって身に覚えが、ございません。」
「そうか、私はもう十数年市井の様子を見ることが無かった。見せてくれ、ルクレチア 」
焦ったように王妃が声を上げるが、陛下が手を上げて制する。
「私はお前の勧める市井の民の姿が見てみたい。映してくれ。」
「陛下のお心のままに」
僕はニコライが控える壁の方を見る。ニコライがすぐさま合図をすると、今まで軽快に奏でられていた音楽が、ゆっくりとしたテンポの曲調に代わり、ゆっくりと会場全体が暗くなる。ある程度暗くなってきたら、今度は王族たちが入場してきた入口の壁が大きく光り始めた。
ざわつく会場の皆さんに僕は声を届けた。
「本日市井では、いろいろなお店が立ち並び、いたる所に花が飾られておりました。そんな我が国の素敵な民たちの日常をご覧ください」
僕の言葉が終わると、壁には映像が流れ始める。そこには美しいプラチナブロンドの女性が映っていた。




