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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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83 だが、断る。

コミュニケーションが苦手で、勉強にもまったく身が入らず、容姿も特別に目立つわけではない。良くも悪くも、どこにでもいる“普通”の枠に収まる少女――F美。

高校2年生だった彼女は、ある日、思いもよらぬ出来事に巻き込まれることになる。


異界神を信奉する者たちによる召喚儀式。

その呼びかけに、なぜかF美は応じてしまった。理由は分からない。抵抗する間も、考える余裕もなかった。ただ、気づいたときには、黒猫の姿をした魔獣と共に、こちらの世界とは法則そのものが異なる異界へと放り込まれてしまう。


召喚の瞬間、F美は“奇跡”としか言いようのない能力を授かっていた。

――S級相当の魔物を配下にできる。

常識も理性も置き去りにした、破格のチートスキルだった。


黒猫の魔獣には「黒ちゃん」と名付けた。右も左も分からぬまま、戸惑いと不安を抱えたまま、F美の異世界生活は幕を開けることとなる。


最初の頃は、誰一人として彼女をまともに相手にしなかった。視線は素通りされ、声をかけても返事はない。戸惑いと孤独だけが胸の奥で渦を巻き、逃げ場のない感情となって溜まっていく。

生活は少しずつ乱れ、心も知らぬ間に擦り切れていった。

自分という存在が、空気のように薄れていく――そんな感覚すら覚えていたのだった。


しかし、状況はある日を境に、歪んだ方向へと傾き始める。


F美と揉めた者たちが、次々と謎の死を遂げていく。

理由も痕跡も分からない。ただ“関わった者が消える”という噂だけが、じわじわと街に広がっていった。恐怖は目に見えぬ形で蔓延し、人々の態度は一変していく。


昨日まで冷ややかだった視線が、妙に柔らかくなる。

誰もが親切で、誰もが気を遣い、誰もがF美を避けるようで、同時に頼るようになった。


気づけば、彼女は“必要とされる存在”になっていた。

毎日は忙しく、充実感に満ち、信じられないほど生活は潤っていく。自分が、こんなふうに誰かの役に立てるなど、想像したこともなかったというのに。


とはいうものの、その裏側では――

黒猫の魔獣、黒ちゃんが、F美に敵意を向けた者たちを見境なく暗殺していた。


夜の闇に溶け、気配を消し、喉笛を裂く。

血の匂いだけが、静かに、しかし確実に積み重なっていく。

その事実を知る者は、ほとんどいない。F美自身もまた、夢うつつのように日々の変化を受け止めながら、ただ黒ちゃんと共に過ごしていただけだった。


だが、異変は見逃されなかった。


事態を重く受け止めた三条家は、ついに三華月へと討伐を依頼することとなり、彼女は冷静かつ正確に黒ちゃんを打ち倒した。それを境に、F美の“絶頂の日々”は音を立てて崩れ落ちていく。


頼られていた生活は、砂の城のように脆く、跡形もなく崩壊し、足元に残ったのは、空虚と喪失感だけだった。


現在、F美は教会の保護下にある。

とはいうものの、もともとコミュニケーションが苦手だった彼女は、この穏やかな環境にもなかなか馴染めずにいた。周囲との距離感は掴めず、胸の奥には孤独がしぶとく居座り続けているのだった。


そして、それから1年後。


ある日、F美は感じた。

死んだはずの黒ちゃんの“鼓動”を、自らの胸の内にはっきりと。


どくん――と、心臓が軋む。

次の瞬間、視界が滲み、世界が揺らぐ。

空間に、ふわりと立体的なホログラムが浮かび上がり、そこには三華月と黒ちゃんの姿が映し出されていた。まるで時空の裂け目の向こう側から、確かにこちらを覗き込んでいるかのように。


F美の胸はざわめき、鼓動は速まっていくのだった。


――――


向こうの空、地平線の果て。

鉛を溶かして垂らしたかのような重苦しい雲塊が、のそり、のそりと迫ってきていた。湿り気を帯びた空気は肌にまとわりつき、微かな風さえ鈍い。世界そのものが息を潜めているような、そんな静寂だった。


やがて雨が落ちてくるのだろうか。

その予感が、胸の奥にじっとりと広がっていく。


草原地帯の中央、一両編成の次元列車は完全に足止めを食っていた。

白い羊の群れが波のように広がり、車体を囲む。

「メェ……メェ……」

柔らかい鳴き声が重なり合い、列車はぐらり、ぐらりと揺さぶられる。静かな潮流に押される船のような、不思議な浮遊感と緊張感が同時に心を締めつけていた。


車内では、天井付近のホログラフ・スクリーンが淡く光り、衛星から送られるS王国の立体映像を映し出している。

中央に立つのは、純白の聖衣をまとったぽっちゃり体型の聖女――藍倫。

どこか抜けた表情をしているものの、遠い未来、大英雄として名を刻む可能性を秘めた存在だった。


映像から察するに、帝国の命を受けた藍倫は、佐藤翔を捕らえるためS王国へ向かっている最中なのだろう。


一方、次元列車の使命は異なる。

異世界から召喚された佐藤翔を“元の世界へ帰す”こと。それ以上でも、それ以下でもない。

とはいうものの、承認欲求に取り憑かれた佐藤翔を野放しにすれば、ハイエナのような連中と結託し、再びS王国を混乱に叩き落とすのは明白だった。


その計画を阻む最大の障害。

それこそが、藍倫の護衛を務める死霊(アンデッド)王の存在だった。


遠く離れたS王国の死霊王へ『ロックオン』を刻むため――魔獣、黒猫の黒ちゃんを復活させる決意を決し、次元列車の制御核へと視線を向けた。


「次元列車さん。魔獣を復活させようと思うのですが、必要なエネルギーを少し分けてもらえませんか」


「いきなり何ですか。どうして今、魔獣を復活させなければならないのですか?」


「理由ですか。大まかに言えば、世界の平和のためです。私は最も神格の高い聖女なのです。もう少し信頼してほしいのですが」


「……怪しい気配を感じます。もっと具体的に理由を教えてください」


神格の高い私の言葉を疑うとは、判断としては正しい。

ものの、聖女を疑う胆力はなかなかのものだ。舐めた性格とも言えるだろう。


正直に答えれば、面倒が雪だるま式に増えるのは目に見えていた。


――うむ。

ここまで来れば、許可など不要だ。


私はすでに、次元列車の全機能を掌握している。

積載された設備のすべてが、私の意思ひとつで自在に動く状態なのだ。


「それでは――次元列車さんにはことわりなく、ありがたくエネルギーをいただきます。魔獣を復活させますので、どうぞお静かに」


言い切った直後。

ふっ、と――車内の空気が、音もなく凍りついたように感じられた。


時間が止まったわけではない。

とはいうものの、呼吸の流れ、空気の循環、微細な振動。

それらすべてが、ほんの一拍だけ停止したような錯覚があったのだろう。


魔石に封じられていた魔獣の設計情報。

その膨大な“存在定義”が、世界の記憶領域――《アーカイブ》から、直接、引き剥がされるように引き出されていく。


次の瞬間だった。


ぱんっ。


乾いた破裂音と同時に、白銀の光が弾け飛ぶ。

床。壁。天井。

あらゆる面に、無数の魔法陣が一斉に浮かび上がってきた。


円環、幾何、紋章、未知の文字列。

それらは重なり合い、交差し、層を成しながら、高速で回転を始める。


音は静かだ。

だが、耳の奥がじん、と痺れる。

鼓膜を震わせるのではなく、脳の奥を直接揺さぶるような――圧倒的魔力の奔流。


魔法陣同士が結合し、分裂し、再構築される。

規則正しく、だが一切の無駄なく、狂いなく。


車内そのものが、巨大な魔術工房へと変貌していく光景だった。


きらきらと、光の粒子が舞う。

それは単なる光ではない。

“命を構成する要素”そのもの。


粒子が集まり、絡み合い、細胞が生まれる。

骨格が組み上がり、筋肉が張り付き、血管が脈打つ。

黒い毛並みが、一本、また一本と、丁寧に、忠実に再現されていく。


ぴり、ぴり、と。

魔力の静電気が肌を刺し、空気が粘度を帯びて重くなる。

張り詰めた気配が、車内に満ちていく。


――復活の瞬間は、もう、すぐそこなのだろう。


その時だった。


私が次元列車からエネルギーを吸い上げていることに気づいたのか。

唐突に、妙な誤解を招きそうな声が響く。


「三華月様! 僕の体に悪戯をするのはやめて下さい!」


「悪戯とは心外ですね。魔獣・黒猫の復活のために、ちょっとだけエネルギーを拝借しているだけでしょうに」


「先ほども伺いましたが……魔獣を復活させる理由を、改めて教えていただけませんか」


「はいはい、分かりましたよ。S王国に“死霊(アンデッド)王”が現れております。奴を滅ぼすために、魔獣に手伝ってもらおうと思っております!」


「死霊王を滅ぼすって……その者、そんなに悪い奴なんですか?」


「何を言っているんです。アンデッドは人類の敵と相場が決まっているではありませんか」


「ですが、僕の保存情報には、死霊王が世界に不利益を与えた履歴はありません。むしろ、現在は聖女・藍倫様の護衛をしているとのことです。彼が有害な存在には思えません」


「いえいえ。奴は以前、迷宮内で危険な武器を密造していた過去があります。見逃せない危険人物には変わりありません。何かをしてからでは遅いじゃありませんか。理解と協力をお願いします」


とはいうものの――

そんな、どこか噛み合っているようで噛み合っていない会話を交わしている間にも。


黒猫の身体は、着実に完成へと向かっていた。


空気が、びりびりと震える。

そこに、“命の気配”が立ち上ってくる。


討伐した、あの黒ちゃんと、まったく同じ。

その気配を感じ取った瞬間、私は無意識に息を呑んでいた。


思い出される。

私が倒した時。

黒ちゃんは、自分より弱い人間を平然と虫けら呼ばわりしていた。


性格の悪さまで、忠実に復元されているのだろうか。

そんなことを考えた――その刹那。


ぴくり。


完成した筋肉が、かすかに動いた。

黒いまぶたが、ゆっくりと持ち上がる。

ぎらりと光る、縦長の瞳孔。


その視線が、まっすぐに――私を射抜いた。


次の瞬間。


≪人間の聖女……許さんぞッ!≫


炸裂する怒声。

言うが早いか、黒猫は後方へ跳躍した。


しなやかな身体が宙を舞い、爪を振り抜く。

キィィン、と。

空気を極細の刃が裂く音。


放たれたのは『かまいたち』。

目に見えるほど鋭利な風刃が連なり、金属すら易々と断ち切る殺意の奔流が、一直線に私へと殺到する。


……元気いっぱいなようで、何よりである。

敵意むき出しなのも、実に相変わらずだった。


とはいうものの。


その殺気の塊は、私の目の前で、ふっと霧散した。

触れる寸前。

まるで存在そのものを否定されたかのように。


黒ちゃんの瞳が、みるみる見開かれる。

困惑が、その全身を震わせた。


≪我の『かまいたち』が……消えた……だと?≫


どうやら彼は、自分が1年前に殺されたという事実に、まったく気づいていないらしい。

討伐の“続き”だとでも思っているのだろうか。


復活した魔獣は、性格も、記憶も、ほぼそのまま再現される。

……これは、なかなかに面倒である。


黒猫は勢いのまま、連続で術を放った。

だが、すべて――触れる前に、霧のように掻き消える。


周囲を見回し、ようやく異変に気づいたのか。

体毛がぞわりと逆立ち、怒声が響く。


≪ここは……どこだ! 聖女! 我を転移させたのか!≫


低く、獣の怒気を孕んだ声が、車内を震わせる。


「黒ちゃんさん。あなたは私に殺されまして――そして今、復活させて差し上げたところですよ」


≪な……我を殺した、だと……!≫


毛並みが逆立ち、瞳孔がきゅっと収縮する。

むき出しの牙が、人工光を反射してきらりと光った。


「そして――あなたの攻撃が私に一切届かない理由は」


私は、ゆるりと。

挑発するように、微笑んだ。


――キィンッ。


黒猫の胸部。

その毛皮の奥で、淡く光る“鎖”が、心臓に絡みつき、締め上げるように共鳴する。


「あなたの心臓には『隷属の鎖』が巻かれております。もはや私に逆らうことは、できない状態だからです!」


びたり、と。

魔獣の動きが完全に止まった。


荒い息を吐きながら、ようやく周囲へ視線を巡らせる。

そこは迷宮ではない。

主であるF美の姿もない。


冷たい人工光が満ちるこの空間に、彼の依り代となる少女は存在していなかった。


F美は今、教会で引きこもったまま。

次元列車さえあれば、彼女は元の世界へ帰れる。


古代人が次元列車を造った理由も、きっとそこなのだろう。

だがしかし――数万年もの間、北の氷雪地帯で眠り続け、役目を放棄していた。


まずは、F美を帰す準備。

とはいうものの、その前に。


このモフモフ黒ちゃんの正体を、F美に突きつけなければならない。


「次元列車さん。魔獣黒猫が復活した映像を、帝国の教会にいる者へ見せたいのですが、可能ですか?」


「もちろんです。帝国の衛生活動をしている機械人形経由で可能です」


「では、魔獣・黒猫の元マスターがいる部屋に映像を出してください」


「魔獣が復活したことを知らせるつもりですね。承知いたしました。教会へ列車内の立体フォログラム映像を投影いたします」


景色は変わらない。

だが、空気が変わる。


どうやら、中継放送が開始されたのだろう。


ちなみに黒猫には、次元列車の言葉は理解できない。

逆に次元列車も、黒猫の声はただの『ニャーニャー』にしか聞こえない。


黒ちゃんの言葉を理解できるのは、私と――

教会で映像を見ているF美。

たった2人だけだ。


さて。

それでは、イベントを始めようか。


「黒ちゃんさん。あなたに頼み事があって復活させました」


≪頼み事だと? ならばその前に、心臓の『隷属の鎖』を解除しろ!≫


弱い立場――の、はずである。

にもかかわらず、どうしてこうも上から目線なのだろうか。


戦力差など、天と地ほどあるというものの。

圧倒的な力で敵を踏みつぶしたがる『俺様TUEEE』タイプの典型なのだろう。


この手のタイプは、「だが、断る!」を言いたくて仕方がないらしい。

……本当なのかしら。


「黒ちゃんさん。もう一度言いますが、お願いを聞いてもらえませんか」


≪我に頼みだと? 話だけなら聞いてやろう――だが、断る!≫


……言った。


黒ちゃんは、いかにも満足げに。

誇らしげなドヤ顔を浮かべていた。

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