07 vsコカトリス
古代人が築いたと語り継がれる帝都の地下には、未だ全貌が解明されぬ複雑怪奇な迷宮が、地殻の奥深くへ向かって果てしなく伸びている。
その入口にあたる地下1階層だけで、すでに10万㎢規模――それは北海道を軽々と飲み込むほどの広大さが確保されていた。
石畳のように敷き詰められた床を見下ろすと、30mを超える天井からは、太陽光を模した無数の光線が絶え間なく降り注いでおり、昼間の屋外と錯覚するほどの明るさで、影さえも鋭く浮かび上がっている。
地表を支える巨柱が延々と等間隔で林立し、視界は開けているはずなのに、その奥に潜む暗闇の深さは、まるで終わりの見えない巨大な森の中に迷い込んだかのようだった。
――――――
地下2階層――先日、ようやく発見されたばかりのA級迷宮に、私は単独で降り立っていた。
一面は見渡す限りの砂漠が広がり、そこに暗さはなく、頭上から降り注ぐ光が、砂粒一つひとつをきらきらと輝かせ、地表の広がりを幻想的に彩っている。
その砂の下にはC級相当の魔物が複数潜み、探索系スキルを持たぬS級冒険者ですら、瞬時に命を落としかねないいやらしい地形となっていた。
特に厄介なのは、砂中から“隠密”を発動し、微かな気配すら消しながら忍び寄るタイプ。
しかし――私にとっては何の問題もない。未来を断片的に視るスキル『未来視』が、魔物たちの襲撃タイミングを事前に知らせてくれていたからである。
未来視が描く“数秒後の未来”に従い、私は召喚した“運命の弓”で砂漠を駆ける影を次々と射抜いていった。
矢が放たれるたび、空気がビリビリと裂け、弾ける砂煙の中へ吸い込まれる――その先で、魔物の命は静かに、しかし確実に霧散していったのだ。
ひと通り脅威を排除し終える頃、ようやく美人賢者たちが息を切らせながら追いついてきた。
「三華月様。ご無沙汰しております!」
「三華月、久しぶりだな! これから聖戦士を助けに行くんだろう?」
「ついでにA級迷宮の攻略も行く予定っす!」
まず目に入るのはモブ勇者。態度は一丁前に大きいくせに、頭の中身は相変わらずスカスカだ。大柄な背中に大剣を背負い、そこそこの装備を整えてはいるが――どう見ても、目の前の勇者からは“世界を救う運命”の片鱗すら漂ってこない。
相方の強斥候は黒装束に二本の短剣を差した小柄な男。勇者と同じく脳筋系であるには違いないが、勇者よりは扱いやすい“使えるうんこ”である。今はそのうんこに構っている暇はない。
私は即座に隊列を組むよう命じ、地下3階層へと通じる階段を駆け下り始めた。
「隊列は私が先頭を行きます! 中央に美人賢者。最後尾は強斥候、お願いします!」
「おい、待て! その隊列だと勇者が入ってないじゃないか!」
「雑魚相当の勇者には、後ろを適当にくっついてきてもらえれば十分です!」
「雑魚ってどういうことだ! 俺は世界を護る勇者なんだぞ!」
「はいはい。頑張って世界でも護っておいてください! 私は急ぎたいので、下へ降りますよ!」
勇者からの抗議を軽く受け流し、私は足早に階層を進めた。
—————
ダンジョン地下4階層――
真白な岩の天井からあふれる光が、どこまでも伸びる半円形の通路を照らしていた。幅は20mほどあり、5~6人のパーティであれば戦闘時にも狭さは感じないだろう。
空気は澄み切り、湿気も臭気もない。しかし、迷宮であることを忘れてはいけない。油断すれば、一瞬で命を奪われる場所だ。
聖戦士を置き去りにして8時間――私は、彼と別れた場所へ戻ってきていた。
しかし予想どおり、そこに彼の姿はない。
私は強斥候へ視線を移し、追跡可能かを問うた。
「聖戦士とはここで別れた強斥候。ここから追跡は可能でしょうか?」
「はい、問題ないっす。聖戦士さんの足跡らしき痕跡がしっかり残ってるっす。これから追跡開始するっす!」
暗殺系スキルを複数取得している私でも視認できぬ痕跡を、彼は正確に捉えている。斥候としての能力は間違いなく高い。おっぱい星人であるが、それはそれとして有能。
同じ“うんこ”でも、勇者とは格が違う“使えるうんこ”に分類されるに違いない。
残された足跡は地下5階層――迷宮の最下層へ続いていた。
A級迷宮の最下層には、A級以上、場合によってはS級の迷宮主が潜む。美人賢者たちが戦力外となるほどの相手がいる可能性を、彼も理解しているだろう。軽口はぴたりと止み、空気は凍りつくように緊迫していた。
地下5階層へ降りると、4階層と同じ半円状の通路が静かに伸びていた。しかし、その静けさは尋常ではない。空気の重みが肌を刺すように感じられ、緊張は限界寸前まで膨れ上がっていく。
耐えきれなかったのか、勇者が先頭の強斥候に声をかけた。
「強斥候、聖戦士はまだ見つからないのか?
もしかすると――もう……死んでしまって、死体すら残っていないのかもしれないぞ!」
「いや――今しがた、聖戦士らしき“石像”を発見したところっす!」
その瞬間、強斥候の目が鋭く光り、床に横たわる何かを見つめる。無造作に転がる“石の塊”。しかし、近づくまでもなく、それがただの岩ではないことは明らかだった。輪郭は人そのもので、装備の質感までが緻密に石へと変換され、苦悶に歪む顔だけが――その瞬間に感じた恐怖を語っていた。
聖戦士――
疑う余地は、どこにも存在しなかった。
三人は同時に息を呑み、まるで見えない鎖に縛られたかのように身体を硬直させる。無理もない。
“聖戦士すら為す術なく石化された”という現実は、迷宮の空気そのものを凍らせ、重く、鈍く、身体に押し付けるように降り注いできたのだから。
美人賢者が、震えを隠せない声で私に問いかける。
「三華月様……この石化は……“コカトリス”の仕業なのでしょうか?」
三つの視線が、私の胸を突き刺す。
その視線をしっかりと受け止め、私はゆっくりと頷いた。
コカトリス――
S級の中でも、ひときわ“別格”とされる魔物。
その凶悪性の象徴は、あまりに理不尽な能力にある――
予備動作ゼロ、光速で発射される『石化光線』。
視界に捉えた瞬間、もう身体は石になっている。
回避の概念すら存在せず、熟練の戦士ですら無防備な彫像へと変貌させられるのだ。
さらに厄介なことに、奴は“四つの心臓”を持つ。
どれか一つでも残れば再生する。
致命傷では、決して止められない――まさに戦闘開始=敗北確定級の存在である。
討伐条件は苛烈を極める。A級冒険者パーティが全滅しても不思議ではないほどに。
唯一の攻略の絶対条件――
A級スキル『セイグリットウォール』。
それがなければ、戦いの結末は最初から決まっているようなものだ。
勇者は震える声で「やばい……やばい……」と、まるで壊れた呪文のように繰り返す。
強斥候は嗚咽を漏らし、身体の震えを抑えられない。
美人賢者だけがかろうじて冷静を保つが、声は微かに震えていた。
「三華月様……“セイグリットウォール”は……お持ちなのでしょうか……?」
「残念ながら、まだ手元にはございません」
その瞬間――
勇者と強斥候の身体が、一斉に跳ねる。
まるで操り人形のように、来た道の方へと向き直る――逃走のための反射行動が、あまりに速すぎた。
勇者のくせに、勇気のかけらすら見当たらない。
心の芯は細く、脆く、これは……いや、もはや“駄目な勇者”の教科書なのかもしれない。
とはいうものの、今日中にA級迷宮を攻略しなければ、美人賢者はB級4位に届かず、『オリオン』への参加資格も消滅する。
逃げるなど、本来は選択肢にすら上らないはずだ。
私は逃げ腰の勇者に、冷静に問いかける。
「勇者。あなたはここへ、一体何をしに来たのですか?」
「A級迷宮の攻略だ……だがよ!
真面目に言って、コカトリス攻略なんて無理すぎるだろ!」
「S級の中でも、最上位にヤバい奴です!」
「三華月様……ここは撤退が妥当ではないでしょうか……?」
「コカトリスが出てきたら、私が相手をします。心配はいりません」
「……あれを……相手に、するのですか……?」
「やばいです……本気で、やばいです」
「三華月様、本当に……任せても……大丈夫なのでしょうか……?」
「お任せください。美人賢者は、聖戦士の石化解除をお願いします」
美人賢者は眉を寄せ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません……石化解除の“浄化”には……10分ほど必要でして……」
この最下層に現れる魔物は、基本的にB級以上。
B級相当の3人が、この重圧の中で10分間集中し続けるのは酷すぎるだろう。
万能の賢者とはいえ、回復専門ではない。
限界はある。
ならば――
石化解除は“安全な階層”で行うべきところか。
「勇者。石化している聖戦士を、上の階層まで運んでください」
「重くて運べるわけねぇだろ! 俺は世界を護る勇者であって、荷物持ちじゃないんだぞ!」
――声の張りは勇ましい。しかし、どこか滑稽さも混ざっているのは気のせいだろうか?
いや、それ以前に、こいつ本当に勇者なのか? いやむしろ、荷物持ちのほうがまだ役に立つのではあるまいか……そんな疑念が、頭をよぎってくる。
私がギロリと鋭い眼光を向けた瞬間、勇者はまるで弾丸のような速さで、美人賢者の背後に隠れた。
……素早さだけは評価できる。だが、方向性がまったくもって残念すぎるのだ。
選択肢はもはや一つしか残されていない。
「それでは――聖戦士の石化解除を行う前に、まずコカトリスを先に片付けます」
私の言葉に反応し、勇者と強斥候は同時に両手を前に突き出し、必死の形相で制止してくる。
額から滴る汗は、もはや雫のレベルではなく、“油のように重く滴り落ちる”勢いで、彼らの焦りを物語っていた。
「考え直してくれ! 本当にコカトリスはヤバいんだぞ!」
「予備動作なしで回避不能の“石化光線”を撃つんだぞ! S級冒険者のパーティーでも全滅するんだぞ!」
「石化光線ですね。でしたら――射程外から撃ち抜きます。安心してください」
勇者の顔に、絶望の隙間に差し込む微かな希望が、まるで朝日に触れた露のように、かすかに煌めいた。
「そ、そうか……そうだよな……遠距離攻撃ができれば、石化光線の脅威はない……ってことか……?」
「なるほどっす! ということは……三華月様から見れば、コカトリスなんて“楽勝”なんすか……?」
「はい。ご安心ください。楽勝です」
私の言葉は胸の奥に、じんわりと浸透したのだろうか。
張り詰めていた3人の表情が、ゆっくり、しかし確かに落ち着きを取り戻し始めていく。
とはいうものの――その静寂は、ほんの短い猶予にすぎない。
迷宮の奥深く。闇の底から、遠雷のような、あるいは巨人が大地を踏み抜くような、重く沈んだ連続音が響きはじめてきた。
空気が微かに震え、壁の石材が軋み、細かな砂粒がぽろぽろと落ちていく。
その音の正体は、統率された魔物の大群の足音であった。
迷宮主が、配下を従え、まるで儀式の行軍のように、こちらへ迫ってくる。
群れは単なる寄せ集めではない。
攻撃系、防御系、斥候系、回復系――役割が完全に分化し、互いの弱点を補完するように動きを組み、戦場そのものを操るかのような統制力を見せている。
単体なら脅威ではない魔物たちが、隊列を組んだ瞬間、その厄介さは数十倍にも跳ね上がる。
巨大な獣の四肢のように連動し、迷宮という器をも揺るがすような不気味さが、息を潜める私たちの鼓動を刺激した。
初見でこの規模……随分と準備がいいではないか。
魔力の濃度がひときわ異質な個体が一体。S級相当。
その直後にA級が五体、そして取り巻くようにB級が百以上。
影の大河のようにうねり、光の届かぬ通路を埋め尽くしている。
しかも――その中心に、禍々しいほどに存在感の強いコカトリスの巨体。
これはS級冒険者を10人ほど揃えたとしても、突破できるかどうか怪しい構成であろう。
通路の奥がぼんやり揺らぎ、魔力の乱流とともに黒い群れが姿を現してくる。
その海の中で、圧倒的な巨影がひとつ、堂々と頭をもたげていた。
勇者たちも、その異常さに気付いたのだろう。
背中越しに、息を呑む気配が伝わってきた。
「おいおいおい……あのコカトリス、ちょっとどころじゃなく大き過ぎないか」
「ちょっとってレベルじゃないっす! 超ド級ってこういうのを言うんっすよ!」
「レア種か……いや、あれ、S級でも最上位のレア種じゃないか。今なら……まだ間に合う。逃げようぜ!」
「無理っす……上の階段、完全に塞がれてるっす……!」
逃走不可。選択肢は、そもそも存在しないのだ。
私には最初から、逃げる気などなかった。
あなたたちにはオリオンに出場し、忍者を倒してもらわねばならない。
ここで石像のまま全滅されては困るのだ。
それに――私にとって『コカトリス』は、難敵でもなんでもない。
むしろ、この巨躯のコカトリスほどの神格度なら、討伐すれば信仰心が跳ね上がるに違いない。
見逃す理由など、何ひとつとして存在しないのだ。
「勇者。聖戦士の石像を、安全な場所へ移動してください」
「お、おう!」
「美人賢者は後方へ。強斥候はアメリアを絶対に守って下さい」
「了解っす!」
通常のコカトリスはせいぜい50cmほど。
だが、視界に入ったその巨体は、悠々と3mを超える。
怪鳥を通り越し、もはや“怪獣”と呼ぶ方がしっくりくるほどの迫力だ。
何を食べれば、あれほどの大きさに育つのだろうか――思わず息を呑む。
距離は約50メートル。
コカトリスは、まるで余裕の指揮者のように配下へ後退を命じ、一体で前へと歩み出してきていた。
誇示、あるいは誘い。
私に狙い撃てと言っているのだろうか。
ならば――喜んで、狙い撃たせてもらいます。
スナイパーモードが脳内に起動し、運命の弓が手元に召喚されてくる。
同時にスキル『必殺』をシンクロさせた瞬間、空気が鋭く冷え、視界の隅々までが鋭利に研ぎ澄まされていく。余計な色や動き、空気の揺らぎさえも、すべてが削ぎ落とされ、世界はただ狩人の目の指示に従うのみの静謐さを帯びていた。
狩人にとって、一撃必殺とは戦術であると同時に、戦場における礼儀なようなもの。
目の前を無防備に歩くコカトリス――しかし、そこに微かな違和感がひそやかに棲んでいた。
まずは試しに――““足を狙う””、かと、脳裏に静かに、しかし明確に浮かぶ。
足幅をわずかに広げ、背筋をぴんと伸ばす。肺の奥底からゆっくりと呼吸を吐き出し、そのたびに緊張が指先まで浸透していく。視界は自然に絞られ、周囲の音は遠くへ押しやられる。時間はほんのわずかに引き延ばされ、動き一つ一つが、まるで顕微鏡で観察されているかのように意識の前景に浮かび上がってきた。
弓を引き絞り始めると、弦の張力が掌の肉に食い込み、微かに指先が震えてくる。
スキル『ロックオン』を発動すると、照準は無意識のうちにコカトリスの右足へと吸い込まれ、鼓動の微かな震えも、呼吸の一呼吸一呼吸も、すべてこの瞬間のために存在しているかのようであった。
矢速は音速5。逃げるという概念など、この速度の前では意味を失う。
全身に張り詰めた緊張が指先へと集中し、視界は極限まで狭まる。世界は微妙に圧縮され、空気の粒子までが意識に触れる感覚。呼吸の間隔、心拍の微振動、弦の微かな震え――すべてが、矢を放つために同期していく。
「……それでは、狙い撃たせてもらいます」
――――SHOOT。
矢は光の筋となって空気を切り裂き、コカトリスの右足へ迫っていく。
発射した矢が奴の右足を粉砕した瞬間、木の軋むような鈍い音とともに、粉砕の衝撃が視覚に波紋を描く。しかし――その刹那、私の片足に光速の『石化光線』が襲いかかってきたのであった。
光が皮膚を焼く感覚、熱と圧力の波動が神経を震わせる。
「……これは、驚きました!」
撃ち抜いた部位に鏡写しのように反撃が返ってくるとは…。なるほど……そういう仕組みなのだろうか。
コカトリスは『カウンター』系スキルを持つ。四つある心臓のうち一つを破壊されると、自動的に同部位へ必殺反応を返す――その設計思想は驚異的である。通常個体なら瞬時に壊滅していただろう。
50メートル先。悲鳴を上げるコカトリスの周囲に回復系の魔物が群がり、粉砕された脚を瞬時に再生させている。光と魔力の残像が重なり、時間がゆっくりと流れているかのように見える。
「再生するなんて……ずるくないですか、さすがに」
とはいうものの。
————カウンターにて光線を受けた私の右足は、石化することはなかった。
そう。あの『石化光線』が直撃した箇所は、すでに元通り。スキル『自己再生』が石化を瞬時に修復していたのだ。つまり『石化光線』は恐れる存在ではなく、戦術的な余裕を生む要素となる。
一方、コカトリスはと言うと。
彼を守るかのように、防御系の魔物が前へ躍り出ってきていた。淡い““結界””が層となり、空中に薄膜の迷宮を形成していく。
だが――私にとって、奴等が展開する防御陣は紙束と変わらない。見せかけの強度に過ぎず、ただの障害物に過ぎない。
運命の矢を連続リロード。弦が低く震え、空気がたゆたう。呼吸を整えるたび、世界の雑音は薄れ、音も光もすべて狙撃の情報に変換される。
――――――SHOOOOT。
一矢目は静かにシールドを貫き、矢先が膜を切り裂く感触が掌に返ってきた。
そして二矢目にて穴を拡張し、三矢目が前に出た防御個体を心臓ごと貫いていく。
魔物たちが展開したシールドの層は裂け、砕け、剥がれ落ちていた。
防御系の魔物達が全滅すると、殲滅戦に移行することにしましょう。
弓を連射形態に変形していく。空気抵抗を最小化したフレームが、残る敵を掃くための最終形態となっていた。
そして、間合いを詰め、足に力を溜め――
「跳躍」
体は弾丸のごとく前方へ飛び出していく。
(至近距離から狙い撃たせてもらいます)
空気を鋭い音で切り裂き、宙に浮いたまま連射スキル《RABBIT_SHOOT》を発動させた。
一方的な殺戮とはこのことだろう。
矢が光の筋となり飛ぶ。回復系の魔物たちは声を上げる間もなく、胸、首、こめかみへ撃ち込まれ、次々に崩れ落ちていく。1秒ごとに30体、40体――
着地した頃、戦場は静寂の海に戻っていた。血煙と魔力の残光が薄い霧となり、取り巻きの魔物達は全滅していた…
粉砕された片足を抱えて転がるコカトリスを
見下ろしように着地をすると、自然に視線が重なった。巨大な瞳は恐怖に焼かれ、震える唇がわずかに動いている。巨体から流れ落ちる汗は滝のごとく、戦場の緊張を象徴していた。
≪な、なぜ……お前の足が石化していない……!?≫
「あらあら、それがあなたの最後の言葉だったのかしら」
震える瞳の奥で、コカトリスは残った魔力を絞り『石化光線』を放とうとする。だが――その前に、私の手が動いていた。
――――――RABBIT_SHOOT。
運命の矢が飛び、巨体に突き刺さった瞬間、世界の音が歪むように感じられた。羽毛がふわりと宙を舞い、筋肉は裂け、骨が粉々に砕け散る──四つの心臓すべてを一瞬で貫き、反撃の隙さえも許さないほどの速さであった。
コカトリスのカウンタースキルは、沈黙したまま微動だにしない。
遠距離攻撃限定の反撃しかできなかったのだろうか──この近接、しかも連射の圧倒的な速度には、どうやら対応できなかったらしい。そう理解するしか、今の私には残されていない。
魔物の巨体が重力に引かれるように崩れ落ち、その地響きが足元から胸の奥まで伝わってくる。
ふと視線を上げると──美人賢者アメリア、勇者ジェット、強斥候の三人は、揃ってぽかんと口を開け、目を見開いていた。
「三華月様……お疲れ様でした。お怪我……本当に、無いのですか……?」
「お前……なんで石化しないんだよ……無敵じゃん。俺……お前への対応、まじで改めるわ……!」
「三華月様! さすがっす! 鬼可愛いし最強っすよ!!」
今さら態度を改めるとは……勇者、やはり単純馬鹿なのだろうか。
とはいうものの、私が鬼可愛いく、そして最強であることだけは、確かに否定のしようがない。
視線を軽く動かすと、強斥候がすでにコカトリスの解体作業に取りかかっていた。迷宮主の魔石は消えずに持ち出せるとはいえ、肉体の消滅は早い。宝を取り逃すわけにはいかない──そのことを熟知した、素早く、かつ的確な動きだ。
しばらくして、魔力の核──純度の高い魔石が姿を現してきた。
「これがS級の魔石なのかよ……でか過ぎじゃねぇか」
「このサイズ、間違いなくS級以上っすね」
「ははっ、これでアメリアはB級4位以内に確定だな!」
「2人とも静かに。これから『浄化』で、ジェット様の石化を解除します」
美人賢者アメリアが、そっと手をかざす。掌から柔らかな光が滲み出し、聖戦士ジェットの身体を優しく包み込むように広がっていく。迷宮の空気が微かに震え、石化の氷が溶けるような気配が漂った。
──じんわりと、氷の鎧が解ける音が、心の奥まで届くようだった。




