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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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67 勇者の有効活用

正面に立ちはだかっていたのは、雑に着流しを羽織った小柄な男――飛燕だった。

肩の力が抜け切ったような立ち姿でありながら、その存在だけが妙に場を支配している。

攻撃を反転させる、ほとんど究極に近いカウンタースキル『ミラー』の使い手。

白翼のギルドマスターたちを一切の躊躇なく惨殺し、そのままこの迷宮に潜伏していた張本人――それが、今この場にいる。


とはいうものの。

目の前の飛燕の体つきを改めて観察すると、違和感はすぐに浮かび上がってきた。


筋肉の密度は薄く、皮膚の張りも甘い。

重心の置き方は不安定で、構えには無駄が多く、細部にまで意識が行き届いていない。

――間違いない。

こいつはスキルに溺れ、鍛錬を怠ってきたタイプだ。


『ミラー』という切り札さえ封じてしまえば、攻略自体は難しくない。

そう即座に判断できる程度には、地の戦闘能力が脆弱だった。


白翼のギルドマスターたちを殺したときも、おそらく同じ構図だったのだろう。

「俺は無敵だ。雑魚であるお前等がかなう相手ではない」

そう言葉で挑発し、相手を攻撃行動に誘い込み、発動した『ミラー』で一方的に反転殺戮。

剣を振るう必要すらなく、敵は自滅していく。


それだけの人数を殺しても“神託”が降りてこなかった理由。

飛燕の行為が正当防衛と判定された――そう考えれば辻褄は合う。

もっとも、だからといって罪が消えるわけではないのだが。


そんな飛燕に対し、勇者と強斥候がじりじりと詰め寄っていた。

ほんの少し前まで、露骨なほど媚びへつらっていた態度が、スキルの種が割れた瞬間、見事なまでに180度反転している。

実に分かりやすい。

いや、分かりやすすぎるというべきか。


飛燕は明らかに動揺していた。

一歩、また一歩と後退し、足運びには焦りが滲む。

無敵だと思っていた拠り所が崩れた瞬間、人はここまで脆くなるものなのだろう。


そこへ――

空気が、ふっと歪んだ。


十戒が少年の姿となり、『ダンジョンウォーク』によって音もなく現れてきた。

靴音ひとつ、衣擦れひとつ立てず、迷宮そのものから滲み出るような登場だった。


その少年が迷宮主だなどとは露ほども思っていない勇者が、自分こそが世界に尊敬されるべき存在だと言わんばかりの顔つきで、胸を張って話しかけ始めた。


「迷宮内に少年が1人とは珍しいな。これから勇者である俺が、白翼のギルマスを殺害した犯人と一騎打ちをするところだ。君も冒険者なら、勇者の戦いを見るのは良い勉強になると思うぞ」


……いや、勇者。

キャラ変が激しすぎるのではないか。


少年――十戒は返事をしないが、ただ、「勇者」という単語だけには反応したのか、ぱちりと目を丸くする。

その無垢な反応が、逆に不気味だった。


この少年こそが迷宮主であるという事実。

それに気づかないあたり、哀れというべきか、滑稽というべきか。

ここはあえて教えず、成り行きを眺める方が面白いだろう。


十戒は、勇者の方へ一歩。

さらに一歩。


足音は軽い。

だが、そのたびに空気がぐっと押し込まれるような圧が生じ、迷宮内の空気がピリ、ピリ、と緊張で軋む。

戦闘前の、張り詰めた静寂。

呼吸音すらやけに大きく響く。


「ほぉう。こんな所で勇者に会えるとは、俺はラッキーなのかもしれないな」


十戒が勇者をまっすぐに見据えた、その瞬間――

少年の口が、大きく開いた。


いや、“開いた”などという生易しい表現では追いつかない。


――口が、無限に広がっていく。


バキリ、と嫌な音を立てて顎が裂けるように外れ、喉の奥は底なしの闇穴と化していく。

肉体の構造を無視した異常な拡張。

開口速度はみるみる加速し、幅は2mを優に超えていった。


180cm以上ある勇者が、丸ごと収まってしまう。

そんな悪夢じみたサイズに到達した――その、次の瞬間。


勇者の姿が、ふっと消えた。


瞬間移動かと思うほどの速さで、気づけば私の背後。

勇者はガクガクと震え、歯の根が合っていない。

回避性能のギアを、1段どころか3段は引き上げた気配がする。

こういう時だけ、無駄のない動きをするのだから腹立たしい。


「おい、三華月。今、あの少年……俺を飲みこもうとしてなかったか」


「三華月様! あの少年……もしかして魔物じゃないっすか!」


勇者のさらに後ろに隠れていた強斥候が、今さら過ぎる悲鳴を上げるが、気づくのが遅いにも程がある。


勇者に至っては、勇ましさの欠片もない。

それは存在していいものなのか。

いや、存在していいのだろうか。


一方、十戒は巨大化した口をすっと閉じ、何事もなかったかのように元の少年姿へ戻る。

そして勇者の動きを見て、素直に感心したように目を輝かせた。


「ほぉう。さすが勇者だ。いい動きをするじゃないか」


「マジか……あいつ、魔物だったのかよ」


「三華月様! 早くあいつを討伐して下さい!」


……本当に、こいつらはB級冒険者なのだろうか。

十戒は最終的に私の手で殺処分する予定ではあった。

とはいうものの、人任せにしようとする姿勢には、冒険者としての矜持が欠片も見当たらない。


まぁ、雑魚2人に期待した私が間違っていたのだろう。


さて――

十戒のさきほどの行動。

あれはどう見ても“攻撃”というより、“捕食”であった。


十戒は、勇者を何に使うつもりなのか。どうするつもりだったのか。

疑問は浮かぶ。

その時である。またしても、その理由を知るための、実に素晴らしい方法を私は思いついてしまった。


――そう。

実際に勇者を、丸呑みさせてみればいい。


最も手っ取り早いし、何より。

十戒が勇者を丸呑みする光景を見たい、という欲求が、胸の奥でムクムクと膨らんでいく。


ついでに、放り投げた場合でも回避できるのか。

そのテストもしてみたい。


私は背後にいるはずの、がっしりした勇者へ手を伸ばしていく。


――しかし。まさかの事態が起きてしまう。

手が、空を切ってしまった。


信じがたいことに、この私が。

あのクソ雑魚勇者を、捕獲し損ねてしまったのだ。


視線を後方へ向けると、勇者はまるでマトリック〇で銃弾を避けるかのように、大きく体を反らし、私の手から逃れていた。

キィン、と空気が鳴る錯覚すらある。


この短時間で、また進化したのかしら。

本当に、無駄な方向にだけ。


「おい、三華月。今、俺を殺そうとしただろ!」


勇者の怒声が、迷宮の細い通路を叩いた。びり、と空気が震え、湿りきった石壁に反響する。その振動に呼応するように、天井にへばりついた苔が耐えきれず、ぽとり、ぽとりと水音を立てて落ちてきた。


「殺そうとはしていません」


「迷宮主の十戒に、勇者(あなた)を放り投げてみようかと思っただけです」


「どういうことだ! 放り投げられたら俺が魔物に丸呑みされるだろうが!」


「はい」


即答だった。


「あなたが飲み込まれる姿が、一度見てみたいと思いました」


「丸呑みされる映像が見たい!? やっぱり俺を殺すつもりだったんだな!」


「まぁ、結果的にはそうなるのかもしれませんが…」


「ついに認めやがったな、三華月!」


勇者は一歩踏み出し、剣の柄を強く握りしめる。がたがたと肩が震えているのは、怒りか、それとも恐怖なのか。おそらく、その両方だろう。


「お前、一応は聖女なんだろ!? 俺を殺したら信仰心が落ちるんじゃねぇのか!」


「ご心配ありがとうございます」


「“勇者が迷宮主と戦い、そして命を落とした”という筋書きなら、問題なく処理できますので」


「聖女のくせに! 勝手に話を改ざんするんじゃねぇ!」


「あなたを放置するより、あれの餌にした方が、“勇敢でない勇者”の有効活用になると思いませんか」


「思うかよ! 俺は世界を救う勇者なんだぞ!」


胸を張る勇者。とはいうものの、その背中は微妙に揺れている。頼もしさとは程遠い、不安定さだけが目についた。


世界を救う、ね。

正直、このうんこ勇者にそんな未来が待っているとは到底思えない。というものの、生存能力だけは異様に高いから厄介なのだ。逃げ足と運だけで、なぜか致命傷を回避し続けている。


そんな空気の中、背後から強斥候がぼそりと呟いてきた。


「確かに三華月様の言うとおりかもしれないっす。ガリアンの有効活用、ほとんどできてなかったっす」


「三、三華月!」


勇者が振り返り、声を荒げてきた。


「もう一人いるだろ。強斥候(ふぶきつき)の有効活用も考えたほうがいいんじゃないか」


ギロリ、と勇者の視線が強斥候を射抜いた。

仲間を差し出してでも生き延びようとする、その悪党じみた根性。こういう局面になると、露骨に本性が顔を出す。


まあ、2人の処遇は後回しでいい。


視線を前に戻すと、少年の姿をした十戒が、ひょい、と両手を挙げて降参のポーズを取っていた。


「その勇者はもう投げる必要はないぞ」


軽い口調で言い放つ。


「扱いがひどいみたいだし、もう食わないことにするわ」


……つまり、勇者は食欲すらそそられない存在、ということなのか。

私のひそかな娯楽が、ひとつ減った気がした。


まー、その件はひとまず置いておこう。


それよりも気になるのは、ダンジョンマスターである十戒が、なぜ“今ここ”に現れたのか、という点だ。

遊郭では「聖女を下僕にする」などと口走っていた相手である。ここで処刑してしまっても、誰からも文句は出ないはずだった。


――ならば。


ここで、仕留めさせてもらいましょう。


そう。奴は討伐対象なのだ。


私は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。呼吸を整えながら、運命の弓をスナイパーモードで召喚した。


瞬間――キン、と音が鳴ったかのように、空気が張り詰めていく。

光の粒子が一点に集束し、収束し、やがて全長3mにも及ぶ巨大な弓の輪郭を形作っていく。冷気が走り、周囲の温度がすっと下がった。迷宮の闇さえ、押し返されるかのようだった。


その異変に、少年形態の十戒がびくりと身を跳ねさせる。


距離にして15m。

その間合いを一気に詰めると、ぼーっと突っ立っていた飛燕へ飛びつき、背後からがっちりと羽交い締めにした。


ひ弱そうに見える青年が、体格で劣る少年を盾にするように拘束している。その光景は、どこか歪で異様だった。


「待て待て待て」


十戒が慌てたように声を上げていく。


「今は聖女とやり合う気はない。用があったのは飛燕(こいつ)なんだ」


「おい、お前! 俺に何をするつもりだ! 離せ! 俺を離すんだ!」


飛燕は必死にもがく。じたばたと暴れ、腕を振りほどこうとするものの、その抵抗はまるで通じていない。


子供の姿をしているせいなのか。いや、それだけでは説明がつかない。

十戒の力は、体格差という概念そのものを無視していた。軽い荷物でも押さえつけるように、飛燕を完全に制圧している。


飛燕に何をするつもりなのかしら。

とはいうものの、このまま傍観していい状況では明らかにない。


たしかに彼は、白翼のギルマス達を『ミラー』で惨殺した。だが、あれが正当防衛寄りの判断を下されている以上、見殺しにするわけにもいかなかった。


私は十戒へ照準を定め、『ロックオン』を外さぬまま、声を低く落とす。


「飛燕に用とは、どういう意味でしょう。拉致して何かをするおつもりですか?」


「どうするって?」


十戒は薄く笑った。


「俺は飛燕(こいつ)のスキルを“美味しく”頂こうと思っているんだよ」


スキルを……美味しく?


その言葉に、背筋を冷たいものが走っていく。

脳裏に浮かび上がったのは、世界の記憶『アーカイブ』。そこに刻まれた、忌まわしき能力。


――『捕食』。


生物を捕らえ、喰らう能力。

そして真に恐ろしいのは、捕食した相手のスキルを、そのまま自分のものにしてしまう点にあった。


まさか。

まさか、十戒は……。


『捕食』の保持者だった、ということなのか。

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