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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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62/222

62 (外伝)遠い未来の話し①

本話は三華月の血族となる三条家の話です。



————



俺はS王国軍の大佐であり、100名の兵を預かる部隊長でもあった。

そして今、首都から東へ5km──見渡す限り草原だけが続く広大な土地で、俺達は息を潜めている。


一定方向から吹き込む風が地面の草を撫で回し、そのざわめきだけが耳に染み込んでくる。

この一帯が風の通り道に選ばれた特別な場所なのではないか、と錯覚するほど規則正しい吹き流れだ。

というものの、その静かさが逆に胸を締めつけてくる。


部下100名は誰一人として声を発せず、全員が東の空を凝視している。

重苦しい沈黙が空気の層を厚くしていたところに、通信班の声が鋭く割り込んだ。


<大佐へ報告です。ヒドラ級機械人形が、大佐部隊の現在位置から距離1km地点に到達しました。作戦通り、トールハンマーの有効射程範囲内へ誘導を開始してください>


報告が届いた瞬間、草原の端で“巨大な影”がぬっと盛り上がるのが見えた。

船というより、陸に上がった要塞。動く地形と言ってもいい。

近づけば近づくほど、その規模が人の感覚を歪ませていく。


風の音に混ざって、ずしん……と低い重圧の音が地中から響く。

1km先にいるはずのヒドラ型が、大地を踏みしめるたび、草原全体が微かに揺れ、震動が足元から腹、背骨を一気に駆け抜けていく。

人間の身体は、あんな化け物の“気配だけ”でここまで怯えるのか。


――俺達の任務は、首都城壁に据えられた古代文明の遺物『雷撃(トールハンマー)』の射程へ、全長100mのヒドラ型を誘導すること。

ただ視界に入るだけで魂を削られる存在だぞ。

そんな怪物を100名で誘導しろだと? 正気で言ってるのか。


人類最大の脅威、機械人形(オートマター)は、そもそも人間と戦う気すらないほど格上だ。

昨年も、ヒドラ型より遥かに小さいドラゴン型が侵攻してきただけで、王国軍戦力の3割が消し飛んだ。


思い出すだけで胃が重く沈む。

というものの、今回の相手は最強種だ。

七つの首を持つヒドラ型――王国が一度も勝ったことのない災害の象徴。


それを俺達100人で誘導する?

無理を通り越して狂気の沙汰だろう。


もちろん国を守る覚悟はある。

だが、“絶対に殺される相手”に向かえと言われて、はい分かりましたと納得できる人間がどこにいる。


部下達は俺の号令を待ち続けている。

背中で感じる緊張が刺すように突き刺さる。

それでも喉は石を飲んだように固まり、声がどうしても出ない。


風のざわめき、その奥でうなるヒドラ型の足音。

その圧に心臓が締めつけられた瞬間、通信が重ねて飛び込んでくる。


<大佐、ヒドラ型が900mまで接近。誘導を開始してください>


その声は、処刑台へ進めと告げられたように聞こえた。

──俺は部下達を犬死にさせるしかないのか?


そんな絶望が胸をよぎった、その時だ。


部隊の真正面に“誰か”がいた。

馬に跨った女。


……は? いつからそこに?

というか、本気で誰だお前。

よりによってS王国軍の最前線、そのど真ん中に立つなよ!


張り詰めていた意識の糸がブツッと切れ、俺は反射で怒鳴っていた。


「誰だ、お前は!」


部下100名の視線が一斉に俺に向かう。

女は40歳前後にしか見えず、街の市場で野菜でも買っていそうな“ただのオバハン”だ。


ここ、戦場だぞ?

あっち、ヒドラ型いるんだぞ?

なんでただのオバハンが馬でのそのそやって来てんだよ!


怒りのやり場がなく、衝動のままに叫んでいる。


「おい、オバハン! 俺を舐めてんのか!」


腰の大剣に手を伸ばした瞬間、副官が血相を変えて飛びついてきた。


「駄目です、大佐!」


だが俺は、ブチ切れた後にさらにブチ切れていた。

冷静なんて単語は頭のどこにも存在しない。


「俺を止めるなああああ!!」


「大佐! 落ち着いてください! 大佐、死ぬ気ですかああ!!?」


……は?

なんで俺が死ぬ気って話になるんだ。

気づけば、10人ほどの部下に羽交い締めにされていた。


なんで俺が拘束されてるんだよ!!


「大佐、馬です! あの馬、あれです、あれ!」


「“あのお方”が乗っている馬です!!」


「……え、あれ、機械人形(オートマター)じゃないですか!?」


──は?


オートマター?

よく見ると、確かに馬の外殻は金属光沢を帯びていて、生き物どころか完全な戦闘機械だ。

だが、その上に乗っているのは、どう見ても普通のオバハンだ。


いやいやいやいやいや。

上位種のオートマターに、一般人が乗れるわけないだろう!! 意味わかんねえ!!


「なんで、ただのオバハンがオートマターにまたがってるんだああ!!」


俺が叫ぶと、部下たちは一斉にオバハンに向かって深々と頭を下げた。

焦りながら、必死に謝罪の言葉を並べている。


……いや、俺の感覚が正しくないか?

どう見てもオバハンだぞ。


当のオバハンはギロリと俺を睨みつける。

見た目は間違いなくオバハンだ。


俺は思った疑問を、思わず口にした。


「お前たち、なんで普通のオバハンに謝ってるんだああ!!」


吐き捨てた瞬間、視界がぱつん、と白く切れた。

何が起きた!? と考える間もなく、脳の奥に鐘を叩き込まれたような衝撃が走る。


足元がふらつき、世界が傾いて見える。

脳天にはじんわりと痺れと重さが残った。


――オバハンがいつの間にか木刀を抜いていた。

しかも、その木刀を俺の頭にぶち込んできたのだ。


星が散る感覚の中、そのオバハンの声だけが澄み渡って耳に届く。


「もう枯れ果てて男の役目を終えているあなたにとって、私はもはやオバハンではありませんよ!!」


カチィーン。


誰が男の役目を終えただと!!

怒りが全身にわっと広がるというのに、部下たちに羽交い締めにされて身体が動かせない。


「俺はまだバリバリ現役だ!! 女は鮮度が命だろ! 世間じゃ30歳以上の女はみんなオバハンだってのに!!」


俺の怒鳴り声を、部下たちが焦りでかき消すように覆い被せる。


「すみません!! 本当にすみません!!」

「申し訳ありません、烈華様!!」


……謝りすぎだろ。

いや、分かる、分かるけど、今はやめろ!!

さらに数名の部下が、俺の制止もスルーして機密作戦をベラベラ喋り出す。


「おい待て!! 勝手に喋るな!!」と叫ぶその瞬間、耳に飛び込んできたのはオバハン――いや、この女の“名前”だ。


「私たちの部隊は、あのヒドラ型を雷撃(トールハンマー)の射程に誘導しなければなりません!!」

「三条烈華様、どうかお力を!!!」


三条……烈華?


名前を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

武神だの戦姫だの呼ばれ、帝国最強の血筋。

拳聖・三条猛の娘であり、三条家の純血種――人類最強格の生まれ。


あの三条烈華?

目の前の、この“普通のオバハン”が!?


しかも烈華本人は、面倒くさそうに眉をひくつかせつつ、淡々と答える。


「はいはい。あのヒドラ型を向こうに吹っ飛ばせばいいんですね!!」

「できるのでしょうかああ!?!」

「よろしくお願いします!!」


部下たちは最敬礼。背筋ガチガチだ。


……いやいやいや。

純血種とか武神の血とか言ったって、見た目はどう見てもオバハンだろ。

ヒドラ型を相手にできるなんて、普通に考えれば無理だ。

それに、援軍がこの一人だけって帝国の判断もどうかしている!!


苛立ちのまま声が漏れた。


「おい、オバハン!! 何で帝国は拳帝の三条猛を出さないんだよ!!」


烈華は振り返らず、淡々と返す。


「父の三条猛では、あのヒドラ型を相手にするのは厳しいのです。だから私が来たのです!!」


……は?


帝国最強ですら厳しい相手に、なんで娘のオバハンを寄こしたんだ。

意味がわからん。怒りが再燃した瞬間――烈華の木刀の先が、ビッ、と俺の鼻先に突きつけられた。


「もう一つ!! 次にオバハンと言ったら、あなたをブチ殺しますので!!」


な、なんでそんなことをさらっと言えるんだこの女は。

最強血族だからって調子に乗りすぎじゃないか。

……いや、迫力は本物すぎて、少しビビったのは認めざるを得ない。


烈華は「やれやれですね」と息を漏らしつつ、ゆっくりとヒドラ型へ向き直った。

その瞬間、空気がピンと張りつめる。

草原に流れていた風はふっと消え、代わりに地面が低く唸り、遠い地鳴りが腹の奥まで響いた。


戦場の“空気”が変わった。

呼吸すら重くなる、あの独特の圧が全身を覆う。


烈華は木刀を胸元に据え、静かに息を吸い込む。

それだけの動作なのに、周囲の風景が一瞬沈んだように見えた。


次の瞬間――木刀が、一閃!!!


パアンッ!!


乾いた破裂音と同時に、南へ500mほど離れていたヒドラ型が、巨大な見えない拳で殴り飛ばされたかのように吹っ飛ぶ!!

草原をゴロゴロ転がり、土煙がもくもくと舞い上がる。

遅れて届いた衝撃音は、まるで除夜の鐘を頭の中で思い切り鳴らされたかのような重さだ!!


何だ今の……?

でもヒドラ型は、しっかり雷撃の射程内へ転がっている!!


通信班が緊張で裏返り気味の声を上げた。


<大佐がヒドラ型の誘導に成功!!>

<トールハンマーを発射します!! 全員、衝撃波に備えろ!!>


ズドオオオン――!!


稲妻が大地を貫き走る!!

空気がぶち破られたかのように震え、視界が白に染まる!!

遅れて腹の奥に重い衝撃が叩き込まれる!! 草原は濃い煙で覆われ、ヒドラ型の様子は一切見えない!!


通信班が再び声を張る。


<ヒドラ型へトールハンマーの直撃を確認しました!!>


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