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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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60 鬼嫁扱いのカオスについて

城壁に囲まれた小都市――そう呼ばれてはいるものの、その呼称は、もはや名ばかりになっていた。白翼が推し進めてきた『重商主義政策』の影響は想像以上に大きく、街はとっくに小都市の枠組みをはみ出しているからだ。


石造りの建物が、隙間を許さぬ勢いで肩を寄せ合い、通りという通りを埋め尽くしている。軒先から突き出た色とりどりの看板が、風を受けてぎぃ、ぎぃと軋み、金属音と木の悲鳴を混ぜたような音を撒き散らしている。

商人たちの張り上げる呼び声。冒険者の荒っぽい笑い声。革鎧が擦れる音、剣の鞘がぶつかる乾いた響き。そうした雑多な音が幾重にも折り重なり、昼の空気は、どろりとした重さを帯びて街路に滞留していた。


活気に満ちている――そう言ってしまえば、それまでである。


白翼のギルドマスターが、暗殺された。

その衝撃的な報が、今まさに都市の隅々まで駆け巡っている最中なのだ。


犯人とされているのは、紺翼のギルドマスター・飛燕。

現在は地下迷宮に潜伏しているという噂が広まり、白翼では討伐隊の編成が、息つく暇もなく進められていた。B級以上の冒険者が次々と招集され、街の空気は、目に見えない刃物で切り裂かれたかのように、ひりひりと張りつめている。


美人賢者である私たち4人も、その基準を満たしている以上、討伐隊への参加は避けられない流れだった。

勇者と強斥候の2人は、「迷宮の準備をしてくる」と言い残し、少し前にギルドを出ていった――はず、だったのだが。


現在の私は、その“準備”とは、明らかに正反対の方向へと足を運んでいた。


城塞都市が持つ、もう一つの顔。

歓楽と欲望、そして黙殺された犠牲が渦巻く場所――『遊郭』へ。


もちろん、目的は娯楽ではない。

とはいうものの、この場所は、かつてから“世界に不要なもの”として、幾度となく議論の俎上に載せられてきた。廃止すべきだ、否、経済的に必要だ――そんな言葉が行き交いながらも、結局は完全に放置され、今日に至るまで、この街に深く根を張り続けている。


だから私は、これを壊すために来たのだ。


大陸には、帝国・教国・S王国という3つの強国が存在する。その中でも教国は、奴隷制度の廃止を強烈に推し進めており、帝国やS王国もまた、その流れに追従しつつあった。

だというのに、どの国にも属さないこの城塞都市には、地下迷宮『強欲の壺』と並び、奴隷へと落とされた女性たちが働かされる遊郭が、堂々と存在しているのである。


太陽が真上へと差し掛かり、北の大地ですら、わずかな暑さを感じ始める頃。

歓楽街へ向かう男たちの足取りは、妙に軽かった。まるで祝祭へでも向かうかのような、浮ついた空気が、通り全体に漂っている。


その人混みのうねりの中で――私は、視界の端に、あり得ない人影を捉えてしまう。


勇者と、強斥候。


迷宮に潜る準備をしているはずの2人が、遊郭へ吸い寄せられていく男たちの列に、流木が川の流れに乗るように、あまりにも自然に紛れ込んでいた。


「……まさか、同じ志を持って破壊に来たのかしら」


淡い、淡すぎる期待が、ほんの一瞬だけ胸をかすめる。

勇者が突然、“世界平和のための遊郭討伐”に目覚める――そんな劇的展開があっても、悪くはないのではないか。そんなことを考えた、まさにその瞬間だった。


私に気づいた2人の挙動を見て、その可能性は、霧が晴れるように消え失せた。


肩はガタガタと震え、視線は定まらず、左右へと泳ぎ回る。額から噴き出す汗は、まるで壊れた蛇口のように止まる気配すらない。

おいおい。どうして、そこまで分かりやすく動揺するのだろうか。


――つまり、私とは、まったく別の目的で、ここへ来たということなのだろう。


やれやれ。アーカイブに『よこしま』という新しいJOBを追加する時期なのかもしれない。

そんな思考が頭をよぎった、その直後。勇者と強斥候が、突如として、場の空気を引き裂くような叫び声を上げた。


「これは浮気じゃないんだ! だから見逃してくれ!」


「そうなんす! 欲求不満を、ほんと機械的に処理しに来ただけなんす! 僕らは無実なんすよ!」


ぴたり、と周囲の男たちの足が止まると、池に餌を投げ込んだかのように、ざわり、と人々が集まり、ひそひそとした囁きが連鎖的に広がっていく。気づけば、通りの一角には、あっという間に人だかりができあがっていた。


そして――飛んでくる視線と囁きは、なぜか、すべて私へと向けられている。


《浮気バレたっぽい》

《入口で待ち伏せとか怖すぎだろ》

《あれは同情するわ……》


いやいやいや。

どうして、私が悪者扱いなのだろうか。


勇者と強斥候は、じりじりと後退を続け、周囲の空気は、なぜか2人に同情的だ。気づけば私は、“うんこの彼女”だの、“鬼嫁”だのという、理解不能な立ち位置へと押し込められていた。

混乱というより、もはやカオスである。


とはいうものの、まずは説教だ。


「勇者。それに強斥候。迷宮の準備に向かった……と、私の記憶には残っているのですが。私の覚え違いだったのでしょうか」


「誤解なんだ! 見逃してくれ!」


美人賢者アメリアには内緒にしてほしいっす!」


《恐妻家かよ》

《完全に鬼嫁じゃん……》


……誰が、だ。


私が半歩、前へ踏み出しただけで、2人は尻もちをつき、まるで死刑執行人を前にした囚人のような顔で震え上がっていく。

ぽた、ぽた、と。地面に落ちる汗の音すら、幻聴として聞こえてきそうだった。


「命だけは助けてくれ!」


「これは純然たる生理行動なんす!」


「命は取りません。その代わり――ひとつだけ、お願いを聞いていただけますか」


2人は、死地から生還したばかりの戦士のような表情で、心底嫌そうな声を絞り出す。


「絶対、ろくでもないお願いだよな……」


「背に腹はかえられないっす……聞きたくないですが、どうぞ……」


「ご協力感謝します。これから遊郭を焼け野原にしようかと思います。二人には、死傷者が出ないよう、動いてもらいたくお願いします」


「……は? 遊郭を焼け野原にするだと!」


「いやいやいや! 正気の沙汰とはおもえないっす。穏便に行こうって話っすよ! 暴力で解決は良くないっす!」


私は、いつだって穏便である。

暴力とは、私にとって、最も穏便な手段――そういうだけの話なのだ。


議論は不要だ。不要な施設は、不要なまま終わらせる。それだけでいい。

とはいうものの、一応、深く息を吸い込み、街の空気を胸いっぱいに通してから、静かに吐き出す。


気持ちを整えるように、私は、ゆっくりと前へ歩き出した。


「それでは――始めましょう。世界に不要な遊郭の破壊を」


きゅっ、と空気が張りつめていく。

通りの喧噪が、一瞬だけ遠のき、緊張が、薄い膜のように街全体を覆っていく。誰かが息を呑む気配すら、はっきりと感じ取れた。


その静かな緊張の只中で、私は遊郭の門へと、確かに足を踏み入れたのだった。

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