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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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59 安定の使えない〇〇〇

冷たい風が、まるで刃物で撫でられるかのように、肌の上をさらり、さらりと削り抜けていく。薄い青色をした広大な空では、綿を引き伸ばしたような白い雲が、高みを保ったまま静かに、しかし確実に流れていた。


この地は一年のうち、ほんの数度しか雨を迎えない。そのわずかな恵みと、昼夜で容赦なく入れ替わる激しい温度差にさらされ続けた結果、大地は削れ、砕け、無数のひびを刻まれている。その裂け目という裂け目から、信じられないほどしぶとい雑草が、まるで意地を張るかのように顔を出していた。どこまで目を凝らしても、続くのは荒れ果てた岩地ばかり。


その荒野を、一台の馬車が一定のリズムを刻みながら進んでいる。馬車を引くのは生きた馬ではなく、無言の機械人形。

車輪が回るたび、ギィ……ギィ……と、きしむような乾いた音が単調に響き、低く伸びた影が片側へと引きずられるように長く伸びていた。


やがて視界の遥か彼方、地平線の向こう側に、うっすらとした輪郭が浮かび上がり始めている。それは広さ約4k㎡にも及ぶ巨大都市をぐるりと包み込む、堅牢な城壁だった。


目的地――城塞都市エインヘルヤル


その地下には、世界最大級と謳われる迷宮が眠っている。そして、そこでしか現れないと噂される秘宝『強欲の壺』を求め、一攫千金を夢見るトレジャーハンターたちが、昼夜を問わず世界中から集まってくる場所だ。

にぎやかさと危険が背中合わせの街、というものの、都市へ至る荒野の入り口付近だけは、いつも決まって物騒である。


まさに今、私が手綱を握るこの馬車は、その“物騒”の真っただ中にあった。


野党たちが、ぐるりと円を描くように馬車を取り囲んでいる。乾いた風がざっと砂を巻き上げ、空気が一瞬で張りつめていた。ピン、と音がしそうなほど、戦闘前特有の気配が荒野全体に広がっていく。


野党を討ち取ったところで、私の信仰心が満たされるわけでもない。とはいうものの、だからといって野放しにしていいほど、彼らは無害な存在でもなかった。

同族殺しをしたい気分でもないし、ここは少しばかり実力を示して、お引き取り願うのが賢明なのところだろうか。


そう判断し、いつものように運命の弓を呼び出そうとした――まさに、その瞬間だった。


スッ、と音もなく客室の扉が横に滑り、毛布を体に巻いたままの四十九が、ふわりと姿を現したかと思うと、ピョン、と軽やかに地面へ飛び降りてくる。


彼女の手首にあった黒鉄色の手錠は、もう存在しない。星運と結ばれていた『奴隷契約の鎖』は完全に砕け散り、すでに解かれているからだ。


「ここは、アタシ。対応、任せろ!」


自信満々にVサインを掲げる四十九。

その背後から月姫がひょいと顔を出し、「がんばれー!」と勢いよく声援を送っていた。


星運のスキル『開眼』によって覚醒した四十九は、魔界の少女としてSスキル『影使い』をその身に宿している。火力こそ控えめ、というものの、その汎用性は非常に高い。適性値の高い者が扱えば、死霊王にも匹敵する力を発揮できるだろう。もっとも、それゆえに扱いは極めて難しいのだが。


そして今、四十九が『影使い』を発動させた瞬間。彼女の足元に落ちる影が、じわり、じわりと膨らむように広がっていく。


最初は、ただの黒い水溜りのようだった。

しかし次第に影は深みを増し、ぬめりを帯びた沼地のような質感へと変質していく。

ふっと、冷たい空気が影の表面から立ち上がり、野党たちがざわりと距離を取りはじめた。

戦闘の気配が濃く、重く、まるで実体を持つかのように周囲を圧迫していく。


しかし――魔界の少女である四十九の顔は、どこか強張っていた。


どうしたのかしら。

胸の奥で、細く鋭い警鐘が鳴る。嫌な予感が、風よりも速く背中をなで上げてきた。


――どうやら、発動した影が暴走を始めているらしい。


ずぶ……ずぶ……。

まるで沈みゆく船の甲板に立っているかのように、四十九の体が漆黒の沼へ、ジワリジワリの盛大に沈み込み始めていく。


「あわわわわ!」


慌てふためく声が、妙に静まり返った荒野に響き渡る。


砂漠の都市で彼女が『影使い』を扱った際は、『奴隷契約の鎖』が無意識のリミッターとして機能していたようだ。

その束縛が外れた今、スキルの奔流を抑えきれなくなっているのだろう。

影の沼は生き物のようにうねり、ぐにゃり、ぐにゃりと好き勝手に形を変えていく。

四十九はすでに腰のあたりまで沈んでいた。


やれやれ、である。

なかなか愉快なショーではあるものの、このまま放置するのはどうなのか、と一応は思う。


そう考えかけた、その時。

月姫が機転を利かせ、ロープを放ち、シュッ、と風を切る音とともに、それは見事に四十九の手に引っかかった。


いやはや、なんとも器用な眼鏡女子だ。

……と感心する間もなく。


「きゃっ――!」


おおおおお。

月姫自身もまた、四十九に引かれる形で影に足を取られ、ずるり、と沈み始めていく。


これはこれは、実にレアな光景ではありませんか。自爆する四十九に、月姫が見事に巻き込まれているのだ。


気づけば、四十九の姿はすでに完全に闇の中であった。

うむ。慌てる月姫に気を取られ、魔界の少女を助けるタイミングを完全に逃してしまったようだ。


軽く反省していると、影に下半身を飲まれつつ、こちらを睨む月姫と目が合ってしまった。

今さらではあるが、というものの、時すでに遅し。

月姫を救う機会もまた失われ、もはや修正が効く段階ではない。


はい。こちらも完全に手遅れである。

間抜けな光景に見入ってしまい、助けに入る判断が遅れてしまいました。


そして2人は、ずぶり、と音を立てるように影へと引き込まれ、その姿を完全に消してしまった。

荒野には、まるで何事もなかったかのような静かな時間が戻ってくる。


あら。これが……騒がしい日々からふっと解放され、少しだけ日常へ戻った感覚というものなのかしら。


野党たちは影の騒ぎに巻き込まれたのか、いつの間にか姿を消していた。

底なし沼に落ちていく2人の慌てた動きは、見ようによってはなかなか面白い。


まぁ、あれだ。

反省するべきところなのだろうが…

———過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない、という言葉を考えた者は本当に天才、だと思う、ことにしよう。

有難い格言に従い、私も自分のミスは、すぱっと忘れることにした。


四十九には『私の加護』を与えているため、その存在は常にはっきりと感じ取れる。

生きている鼓動のような反応もあり、無事であることだけは確かだ。


どうやら2人は、城塞都市の地下迷宮へと落ちてしまったのだろう。

魔界の少女にとっては、『影使い』を完全に自分のものにする、ちょうどよい機会なのかもしれない。


幸い、サバイバル能力が妙に高い眼鏡女子も一緒だ。

2人なら――きっと、どうにか乗り切るだけの力はあるはず、である。


————


城塞都市は今、ギルド『白翼』が押し進める重商主義政策の恩恵を受け、世界随一の繁栄を誇っていると言われている。というものの、噂ばかりが先行している節もあり、実際はどうなのか自分の目で確かめたかった。私は馬車を街の入口に預け、巨大な城門をくぐって歩き出していた。


高く積み上がった石壁に囲まれた約2×2kmの都市の内部では、青い屋根瓦を抱えた家々が、押し寄せ合うように密集して並んでいる。入り組んだレンガの路地には冒険者や商人がひしめき、歩を進めるたび、ざわめきの波が肩へぶつかってきた。


帝都に劣らぬ活気だ。冷たい風が頬を刺すというものの、人々の熱気に押されてか、寒さの存在が曖昧になっていく。昼間だというのに香ばしい焼き物の匂いが漂い、子供達のはしゃぐ声が路地を駆け抜け、露店の呼び声が幾重にも重なり合う。街全体が脈打つように生きている──そんな印象すら胸に残っていた。


情報を得ようと酒場へ入った瞬間、外の喧噪とは打って変わって重たい空気が張りついた。どうやら昨日、この城塞都市でギルド『白翼』のギルドマスターが殺害され、今もその話題で持ちきりらしい。


犯人は──ギルド『紺翼』のギルドマスター、『飛燕』。


現在、飛燕は地下迷宮へ逃げ込み、迷宮全体が立ち入り禁止となっていた。酒場でも急ごしらえの討伐隊が募集されており、ざわめきの奥底には、薄く張りつめた戦闘の気配が沈んでいる。


私が向かうべきは、地上の人間が誰ひとり到達していない最深部フロア。そこには魔界へ繋がる扉があるはずだ。さらに迷宮内には、四十九と眼鏡女子の2人が落ちてしまっている。助けに行かねばならない。討伐隊に加わるべきかどうか……そう思い巡らせていたとき、酒場のざわめきの中に懐かしい気配が混ざっていた。


そちらへ視線を向ければ──


―――――――――美人賢者(アメリア)と、うんこ二人の姿がある。


「三華月様……お久しぶりです。まさか城塞都市にいらしていたとは」


「ご無沙汰しております。少し、片付けなければならない用事がありまして」


「おお、三華月じゃないか。久しぶりだな……ん? あれ、気のせいか? おまえ、なんだか少し可愛くなったんじゃないか」


「それは、距離が空いたせいで聖女様の凶暴さを忘れていただけっすよ」


「なるほど……そういうことか。妙に納得だぜ」


「本当に見た目だけは可愛いっすね。でも、一緒にいるとすぐ現実に戻されますけど」


「いやー、俺たちだって無駄にしてるわけじゃないぞ」


「無駄……? 勇者が役立つ場面、迷宮で見たことないっすけど」


「えっ……いや、いや、ちょっと待て! 俺だって……その……頑張ろうとして……」


「無理っすね。現実はいつも残酷っすよ」


美人賢者は相変わらず柔和で、理知と温かさに満ちていた。それに比べ、勇者と強斥候の二人は、全力で駄目っぷりを世界に晒している。勇者に至っては、役立たずの《《うんこ》》っぷりを保持し続けているのだから、ある意味で感心すら覚える。


そんな中、美人賢者は優しく微笑み、私の“野暮用”への協力を申し出てくれた。


「もしよろしければ、私達も三華月様のお力になります」


「感謝します。実は……私の連れ二人が、城塞都市の地下迷宮に転移してしまいまして……急いで探さなければならないのです」


その瞬間、空気がほんの少し張りつめた。勇者と斥候はお互いに目を合わせ、妙な緊張と覚悟が交錯する。それでいて、どこか間の抜けたユーモアが残る──そんな不思議な空気が場を満たした。


そして、私達4人はそのまま飛燕討伐隊に加わることとなった。

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