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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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55 誘拐、快諾について

大きく口を開けたトンネル状の迷宮には、思いがけないほど気持ちいい風が流れ込んでいた。

岩肌の天井が昼間のような明るさを放ち、内部をやわらかく照らしている。淀んだ臭気の類はまったく感じない。

その壁際では、体の半分ほどを欠損した精霊がぐったりと横たわっていた。生命力の揺らぎはあるが弱々しく、この状態ではしばらくミスリル鉱石を生み出すのは難しいだろう。


「精霊には『私の加護』を刻んでおきましょう。異変があればすぐ知らせが届くはずです。しばらく体を休めていてくださいね」


静かにそう告げると、精霊の身体を形作る淡い光が、ぽう、と柔らかく明滅した。返事なのか、それとも単なる反応なのかは分からないというものの、どこかこちらの言葉を理解したような気配が揺れる。

ほんの一瞬だが、意志のような芯がそこに見えた気さえした。


黒龍──最強種とまで讃えられた存在──の処刑は、どうにか大事なく終わった。月の加護が届かない迷宮内で黒滝と正面衝突し、あの時は“ここまでか”と死を覚悟しかけたのだが、いざ相対してみれば態度だけはでかいクソ雑魚だったのだから、恐ろしいほどの肩透かしだったのかもしれない。

どんな種族にも駄目な者はいるということなのだろう。



————



幻影通りへ戻ると、すでにドワーフ達が黒龍討伐の祝宴を昼間から続けており、今や12時間近く経っている。ちょうど日付が変わった頃合い、夜の空には星々の白い光が降りそそぎ、通りを抜ける風はひやりと心地よい。酒の熱気を冷やしてくれる、ありがたい涼しさだろうか。


にもかかわらず、主役であるはずの私は、酒場の端にあるテーブル席でひとり静かに腰を下ろしていた。石畳の通りでは、深夜だというのに酔っぱらい達が大声を上げて転げ回り、地面に笑い声が跳ね返っている。酒場の中では店の大将まで客に混ざって豪快に酒をあおり、厨房だけが慌ただしく明かりを保っていた。

そこでは眼鏡の少女──月姫かぐやが、忙しさを苦にする様子もなく、手際よく次の料理を仕上げ、湯気の立つ皿を矢継ぎ早に運んでいく。


迷宮最奥へ最短距離となる“地獄ルート”を何事もなく選び、しかも平然と歩き切った少女だというものの、こうして働く姿を眺めていると、やはり只者ではないのだろうかと感心してしまう。


酒場の一角では、四十九が同年代の少年少女に囲まれ、得意満面で私の武勇伝を語っていた。最初、子供たちの瞳は期待に輝いていたのだが、話が進むにつれてじわじわと濁りが差し込んでいく。

どうせ四十九のことだ。また妙な脚色を重ねているのだろう。


やがて空が白み始める頃には、少年少女達は名残惜しそうに家へ帰り、大人たちは泥酔して床や路上に突っ伏し始めていた。数時間前までの騒ぎが嘘のようだ。静けさが一気に戻り、夜明け前の空気が清涼に張りつめていく。


私は四十九へ視線で合図すると、そっと席を立ち外へ出た。路上には野垂れ死にのように転がる酔っぱらい親父達が点々と散らばっており、その間を慎重に避けながら街外れへ向かう。そこには、待機させていた機械人形が馬車の横で、まるで番をするように静かに立っていた。

歩いていると、四十九の後ろに眼鏡女子──月姫──がついてきているのが見える。


四十九には夜明け前に幻影通りを出発することを伝えていたが、月姫まで来るとは……これは単なる見送りなのかどうか。


風が枝葉をゆらし、さらさらと擦れる音が耳に心地よい。やがて砂漠の都市からここまで使ってきた馬車が月明かりに照らされ姿を現す。


私は機械人形に軽く挨拶した。すると当然のように四十九と月姫が客室へ乗り込もうとするではないか。

──え? なぜ眼鏡女子まで乗るつもりなのだろう。


疑問が浮かんだその瞬間、四十九が客室へ足を掛けながら口を開いた。


「三華月様。報告、ある。月姫、家出」


「家出だと!」


「最後まで、話し聞く。月姫、家出、違う」


完全に私をからかっているのだろうか。というものの、四十九らしいといえば四十九らしい。

案の定、四十九は私の疑念を感じとったのか、ポンと手を叩いてから妙に得意げに続けた。どうせろくなことを言わないと覚悟していたら、予想通りの言葉が飛んできた。


「アタシ。月姫、誘拐した」


「誘拐は犯罪ですよ。早く本当の理由を教えてください」


「三華月様。乗りツッコミ、大事」


もういいから。

早く本題を。


見かねたのか、四十九の背後から月姫が控えめに前へ出て、ようやく口を開いた。


「三華月様。私からお話しします。四十九から“一緒に旅をしよう”と誘われたんです」


「泥酔状態で安眠中の、酒場のマスター。月姫の旅、快く快諾」


「もう、四十九。三華月様をからかったら駄目じゃないの。ちゃんと手紙も残してきましたし。私は元々、この幻影通りの住民ではありませんし、旅に出ても問題ありません」


──安眠中の人間に判断能力があるわけないだろう。というものの、本人の意思で同行するなら問題はない。ひとまず胸をなで下ろす。


それにしても、月姫と四十九、いつの間にこんなに距離を縮めたのだろうか。妙に仲良さげだ。そういえば勇者候補の少年少女たちが私の旅に同行したいと殺到していた記憶もあるが……あの子たちはどこへ行ったのだろう。四十九が呪詛でも吐いたのかしら。


月姫が控えめに手を上げ、遠慮がちに声を震わせた。


「三華月様。四十九に誘われて付いて来たのですが、私なんて同行したら……足でまといになりませんか」


「足でまといにはなるでしょう。ですが同行しても構いませんよ」


「月姫。アタシと一緒に、魔界、行く」


魔界。

四十九を故郷へ送るため、要塞都市から魔界へ向かうつもりではあった。というものの、地上の者は魔神の加護なしには魔界で生きることができない。

つまり、眼鏡女子──月姫──が魔界へ入るには、加護を受ける必要がある。


私は夜空を仰ぎ、今の星々の位置を確かめながら世界の記憶──《アーカイブ》──を展開した。

この近くに魔神の教会の廃墟がある。なら、せっかくだから立ち寄ってみようかしら。

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