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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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51 抵抗する事なく…しました。

影の片隅で、万里がうずくまっていた。肩が浅く上下するたびに、足元の砂埃がふわりと舞い上がってくる。体勢を立て直す気配すらなく、ただ呼吸だけが弱々しく続いていた。星雲はそんな万里を見下ろし、口元をわざとらしくゆがめてせせら笑っている。対照的に、ペンギンは半ば呆れた顔を隠そうともしない。四十九と水落は少し距離をとった位置から、背筋を張ったまま黙って様子を見守っていた。


つい今しがた――『思いやりゲーム』の2回戦が終わったところだ。

結果は散々だった。星運も万里も、互いを思いやることがまるで出来なかった。


というものの、私はある程度こうなることを予測済み。

だがペンギンから向けられる“駄目な者を見る目”には、さすがに心に刺さるものがある。悪党属性の彼らが抱える汚れた感情をそのまま曝けだした、この小さなドラマ仕立ての演出が――どうやらペンギンの好みに合わなかったようだ。


それでも、星運と万里の処遇はすでに決まってしまった。

――『無限回廊送り』である。


戦い尽くして抜け殻のようになっている星運は、ペンギンが用意した黒金色の手錠へ手を伸ばしていた。


「ちくしょう……左手がまるで役に立たねぇ。くそ、これじゃ手錠ひとつ満足に嵌められねぇ」


星運が吐き捨てた声は、乾いた空気に吸われてすぐに薄れていった。

左手は運命の弓に撃ち抜かれ、包帯を幾重にも巻いてようやく止血されたばかりだ。動くたびに包帯の隙間から微かな血のにおいが広がる。万里も星運も、自分の手で手錠を付けるなどもはや不可能だろう。もちろん星運に、3回戦を戦う気力が残っているはずもない。万里に至っては両膝を砂に埋めたまま、まるで体の重さすら忘れたように、ぴくりとも動かなかった。


そんな2人を見つめていた四十九が、私の背をそっと「トントン」と叩く。魔界の少女は目を細め、決意を小さく宿しながら補助を申し出てきた。


「三華月様。アタシが行ってくる。あの2人に手錠を……ちゃんとつけてくる」


私がコクリと頷くと、四十九は軽い足音を響かせ、砂を蹴りながら万里のもとへ駆け寄っていく。

――ここまでは、まさに私が想定していた通りの展開だった。


最終局面はすぐそこだ。

まもなく、最後のイベントが始まる。


というものの、既に「全部終わった」と思っているペンギンには、この先に起こるえる未来が見えないだろう。極限まで追い込まれた“悪党”というものは、そこからもうひとあがきする生き物だ。信じられないほどしぶとく、最後の一線であがき続ける。


ペンギンが視線をこちらに向け、慎重な声色で問いかけてきた。


「私にはあの2人が、もはや立ち上がる力すら残していないように見えます。ですが――三華月様には、別の未来が見えているのですか」


乾いた風が裏庭の砂をかすかに巻き上げる中、ペンギンが穏やかに問いかけてくる。その落ち着きは、砂漠の都市の午前とは思えないほど涼しい。


「当然です。あの2人は観念したように見えるでしょうが、それは所詮、外面に貼りつけた薄っぺらな仮面にすぎません。悪党というものは、断末魔の刹那まで醜悪に足掻き続ける生き物なのですよ。よく見ておきなさい。これから四十九が万里に黒金色の手錠を掛ける。しかし――万里は突如、地に落ちた刀を握り取り、四十九を盾にこう叫ぶはずです『この女の命が惜しければ今すぐ私を解放しろ』と!」


「なるほど。つまり、万里処刑の神託が降ってくる、と踏んでいるのでしたか?」


「その通りです。ほぼ確実に神託が降りてくると、肌が告げています」


「やはりこれは、三華月様が信仰心を稼ぎ取るための――あまり趣のない茶番劇だった、ということでしたか…」


「面白くなかったのですか?」


「はい。展開が読めていましたので。それより――三華月様の読みどおりに事が運んだ場合、四十九の命は危険に晒されないのですか」


「心配はいりません。私は0秒で運命の矢を放てます。四十九の安全は保証します。これは誰にも損が出ない、精巧に組まれた茶番劇なのです」


ペンギンは半眼で私を見つめていた。視線の端に微かな警戒が走る。反論はない。

もはや私を止めるものはない。

この状況でアクシデントなど起こるはずがない。

現時点で99%――『MISSION_COMPLETE』と言えるだろう。


私は深く息を吸い、ゆっくり吐き出していく。

世界が静まり返り、砂漠の熱気が肌に張り付いている。時を止める前兆だ。脳が水面に沈むような透明な集中の中で、筋肉から余計な力が抜け落ちていき、運命の矢を放つための精神が、薄い刃のように研ぎ澄まされていく。


その刹那――

ペンギンの声が、視界の斜め380度から突き刺さってきた。


「三華月様。万里は抵抗することなく、四十九に手錠を掛けられてしまったようです」


……は?


風が一瞬止まった。

視界の端で、四十九の手が刀の柄から滑り、軽やかに万里の手首を捕らえていた。

信じられないことに、万里は一切抵抗していない。手錠は音もなく締まっている。


「……一体、何が起きているのかしら」


地面に落ちた刀も、わずかにも揺れていない。

万里の肩から闘気は抜け、ただの人間のそれに変わっていた。

心臓が強く脈打つ。全身の神経が研ぎ澄まされ、視界の端まで緊張が伝わってくる。


驚きはまだ終わらない。

四十九は無言で星運に向き、同じように手錠を掛け始めていくと…

星運も、まったく抵抗の気配を示さない。


本来なら互いを罵り、いざとなれば共闘してでも生き残りを狙う2人――となるはず。

そう踏んでいたのに、その兆しはまるでないのは一体なぜ?


「三華月様。星運も、四十九に抵抗していないようです」


淡々としたペンギンの声が、皮肉にも胸に刺さってくる。

その時…、胸奥に、神託完了の感触が静かに落ちてきた。信仰心が、ふっと上昇する。


クソ外道である星運と万里。

どうして四十九を人質に取らなかったのか。問いは頭に浮かぶが、声には出せない。


私がその疑問を飲み込む前に、ペンギンは少し呆れた口調で、しかし丁寧に答えてきた。


「三華月様。星運と万里が『四十九を人質にしなかった』理由が、まだ分からないようですね。あのクソ外道2人は、人質を取ったところで三華月様には一切通用しないと理解したのです。すでに三華月様に心をへし折られ、“この聖女は本気で危険だ”と悟ったのでしょう。悪党とは、絶対に戦ってはいけない相手を敏感に察知する、厄介な習性があります」


四十九の手は正確に動き、万里も星運も無抵抗――


———————


砂漠の気温が40度を超え、人々が日差しから逃げるように建物へ吸い込まれていく頃――

北冬辺号が星運と万里を『無限回廊』まで護送するため、ペンギンの招集に応じて砂漠の都市へ戻ってきていた。


ペンギンには護送を任せ、自由となった水落には帝国の聖女・藍倫のもとへ向かうよう告げた。準備しておいた馬車に乗せ、既に砂漠の都市を離れている。


「ペンギンさんとは、ここでお別れですね!」


「三華月様は、四十九を魔界へ送り届けるため城塞都市(エインヘルヤル)へ向かわれるのですね」


城塞都市(エインヘルヤル)は帝国の山岳地帯に位置し、その地下ダンジョンにはレアアイテムを落とす強力な魔物が現れる。世界中からトレジャーハンターが集まる有名都市だ。


そして最深部は魔界につながっている――だが、その事実を知るのは私とペンギンだけ。


ペンギンは、私の表情が曇った瞬間を見逃さなかった。


「三華月様、先ほどからお顔が曇っておりますが……何か心に引っかかることでも?」


「不快なものが視界に侵入してきたのです……あの、座席にふんぞり返った、でっぷりした中年がウインクしてきたんですよ!」


(何で俺に!? 何でその体型で!? イケメン枠じゃねえだろ!?)


対照的に、ナイスバディの山茶花(バスガイド)は、ほぼ動かない運転手のぶんまで黙々と働き続けていた。


「ペンギンさん、お願いがあります。『ジャッジメント』で、あの運転手の罪を正確に測っていただけますか? 嫌疑は……不倫です」


「つまり、独身のバスガイドとの怪しい関係を疑っている、ということですね」


「その通り! 女の敵は成敗すべきです。星運や万里と比べれば小物ですが、『神託』で小遣い稼ぎくらいにはなるでしょう!」


「承知しました、三華月様」


―――――――――『ジャッジメント』発動!


運転手の頭上に、ゆっくりと後光が差し始めた。


……いやいやいや、嘘でしょう!?


この後光は無罪の者にだけ降りる光だ。

あり得ない、というものの、現実は目の前にある。


ペンギンは変わらぬ口調で結果を告げた。


「三華月様、運転手は白でした」


いやいやいや、その結果は絶対に……ありえないだろ!

(マジで私の世界観が、ぶっ壊れていく……)


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