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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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46 2つの鎖

星運と奴隷契約を結ばされている水落は、黒金色の手錠を両手首にはめられたまま、膝から力が抜けたように地面へと崩れ落ちていた。砂を含んだ石畳に腰を落とし、背中を丸め、喉を引きつらせながらしゃくり上げて泣き続けている。指先からは完全に力が抜け、先ほどまで必死に握り締めていた槍は、からん、と乾いた音を立てて転がったまま動かない。そこに、戦おうとする意志はもう見当たらなかった。もはや戦意は欠片も残っていないのだろう。


その無残な姿を、万里は一切表情を変えず、ただ静かに見下ろしていた。視線は冷静で、憐れみも怒りも読み取れない。

一方、腰を抜かしたまま同じく地面に座り込んでいる星運は、水落へと両手を伸ばし、喉が裂けるのではないかと思うほどの声量で叫んできた。


「水落ぁ、大丈夫かぁ! 絶対に助け出してやるからなぁ!」


星運の叫びは、裏庭の空気をびりびりと震わせ、乾いた風に乗って広がっていく。だがその声は、現実を一切理解していない者のものであった。焦燥と自己陶酔だけが滲んだ、空回りした叫びだ。


プロテクトハートは、他人が力づくで押し付けるような代物ではない。

泣きじゃくり、震えながらも、水落自身が差し出した手首に、四十九が黒金の手錠を静かに装着した――あの瞬間は、誰に強制されたものでもない。紛れもなく、水落が自ら選び、受け入れた決断のである。


そもそも、嫌がる少女を私との戦闘へと追い立てたのは、星運、あなた以外に誰がいるのか。

とはいうものの、その事実から目を逸らし、英雄気取りの言葉だけを吐いているのは、当の本人だけだった。


そのときだ。

足元でちょこんと座っていたペンギンが、じぃっとこちらを見上げていることに気づいた。丸い瞳が、不自然なほど真っ直ぐで、無言の圧を帯びている。


……はいはい。分かっていますよ。

次は、私の出番なのだろう。


私の役目は、水落の心臓に巻きついた『奴隷契約の鎖』を断ち切ること。

四十九に身体を支えられ、かろうじて立ち上がった水落の胸元へ、そっと手を添えていく。意識を内側へ沈め、『SKILL VIRUS』を発動させようと集中した、その瞬間――。


手のひらに、ほんのわずかなざらつきが伝わってきた。


――ん?


水落の心臓の奥。

さらに深い場所で、妙な違和感が蠢いている。鎖に触れたときの冷たさとは違う、何か別のものが重なり合っているような、不快な手触りだった。


――奴隷契約の鎖とは、別に……もう1本。


そう、水落の心臓には、2本の鎖が絡みついていたのだ。

1本は明確な奴隷契約の鎖。そしてもう1本は、正体不明。存在感だけが不気味に主張する、異質な鎖。


この2本目はいったい何者なのか。

疑問が脳裏をよぎるものの、立ち止まっている余裕はない。


私は深く息を吸い込み、意識の刃をさらに鋭く、研ぎ澄ませた。


——————SKILL VIRUS、発動。


力を一気に流し込んだ瞬間、2本の鎖――奴隷契約の鎖と、正体不明の鎖――それぞれに、確かに命中したと分かる、重く、生々しい反応が返ってくる。まるで金属に刃を叩き込んだときのような、鈍く確かな手応えだった。


少し遅れて、水落の胸の奥から「ピキリ」と乾いた破砕音が響く。

ひび割れは内側だけに留まらなかったのか、裏庭の空気までもが、かすかに震えたような錯覚すら覚えた。


号泣していた水落が、びくりと肩を跳ねさせ、勢いよく顔を上げると、見開かれた瞳が揺れ、そこには驚きと、確かな希望が入り混じっていた。


涙の跡を頬に残したまま、彼女は弾むような声で叫ぶ。


「万里ちゃん! 今、私の中に刻み付けられた『奴隷契約の鎖』が軋んで、亀裂が走る音が聞こえたよ!」


「水落ぁぁ! 一体どういう事だ!」


星運の怒声が、裏庭を切り裂くように響き渡る。本気で動揺しているのが、嫌でも分かる声だった。

対して名を呼ばれた万里は、何一つ表情を変えない。まるで石像のように動かず、水落の興奮も、星運の騒ぎも、彼女の心には波紋すら起こしていないのだろう。


星運の反応は予想の範囲内だが、万里の無風な態度もまた「やはり」という感想に落ち着く。


そのやり取りを聞いていたペンギンは、どこか満足げにくちばしを歪めると、再び四十九へとちょっかいを出し始めた。


「三華月様には“絶対”という概念すら通用せぬのだ。とはいえ、お前のような愚鈍な民には、その偉大さは永遠に理解不能だろう」


「ペンギン。お前が偉そうに語る資格などない」


「何を言う。私は紛れもなく実証された偉大さを持つ存在だ」


「私、三華月様の加護、授かった眷属。ペンギン、ただの……ペンギン」


「ふん。盲信するだけの四十九と、三華月様に進言すら許されしこの私を同列に語るな。私は誰より忠誠を捧ぐ、最も信頼された高徳なる臣下なのだ」


……そんな覚えは一切ない。

眷属にした記憶も、家臣に迎えた覚えも、どれだけ探しても見当たらない。信仰心が暴走しない限りは放置しているだけで、支配欲など私には微塵もないのだ。


第一、このペンギンの“忠誠心”ほど信用しづらいものもない。強い者にころりと靡くタイプなのは明らかだった。

とはいうものの、“鬼可愛最強”の法則が働く以上、私が最強である事実は揺るがない。ゆえに、裏切りの心配は、おそらく無いのだろう。


ペンギンは胸を張り、妙に決めた顔つきで私の前に進み出ると、深々と頭を下げてきた。


「四十九。私の有能さを、ここで存分に示してやろう。三華月様。これより水落に『ジャッジメント』を執行し、その罪科の真価を厳正なる天秤へと掛けたく愚行します。どうか、ご承認を」


その名が口にされた瞬間、裏庭――いや、この場全体の空気が、わずかに震えた気がした。

静かに漂っていた空気が、目に見えない波紋となって、ゆっくりと広がっていく。


『ジャッジメント』。

それは、どれほど巧妙に嘘を積み上げようとも意味を失う、絶対的で、公正正大な“真実の天秤”。隠された罪も、胸の奥に沈めた後悔でさえ、決して逃れられない。逃げ道が、最初から一つも存在しない審判だ。


かくいう私も、実際に目の前でそれが発動するところを見るのは、これが初めて。

水落は肩をすくめたまま、身動きも取れずに固まっている。その震える背中を横目に見ながら、沈黙を破ったのは万里だった。


「『ジャッジメント』で罪の重さを測る、だと……? ペンギン。それは、具体的にどういう意味なんだ」


言葉を選びながら問いかけた万里へ、ペンギンは微動だにせず応じた。


「うむ。言葉どおりである。己が行いし罪業を、公正無双なる裁定によって量り取るのだ。秘匿された犯罪、胸の底に沈殿した悔悟、そのすべてが対象となる。『ジャッジメント』の前では、いかなる欺きも、いかなる逃避も通用せぬ」


淡々とした声音。

とはいうものの、その一語一語は鈍い鉛の塊のように、室内の空気を圧し潰しながら落下していく。

ひゅ、と誰かの喉が鳴った気配すら、やけに大きく反響するほど、場は静まり返っていた。


思い返せば——水落は、私に二度、明確な殺意を向けてきた。

特に二度目だ。そこには迷いも躊躇もなく、感情を削ぎ落とした刃のような“純粋な殺意”だけが、一直線に突き付けられていたのだ。


星運に命じられての行動だと、理屈では理解している。

している、ものの。

胸の奥に残るざらついた感触は、そう簡単に消えてはくれない。

水落自身に、果たして選択の余地はあったのか。

抗う道は、本当に存在しなかったのか——そんな問いが、今も胸中で渦を巻いている。


その水落は、震える指先をぎゅっと握りしめ、覚悟を固めるように顔を上げ、視線の先にいるペンギンに向け、必死に声を絞り出してきた。


「……私は、星運様の命令で……人を……たくさん、殺してきました。それって……罪に、なるの……?」


「『ジャッジメント』を執り行うこの私でさえ、その答えを断言することはできぬ」


本来であれば、同族殺しは疑いようのない大罪である。

しかし——水落の胸元に巻き付く“鎖”。

それは、彼女が背負ってきた人生の重さそのものなのだろう。

どれほど足掻いても、どれほど叫んでも、抗えなかった日々が、確かにそこにあったのだ。


この審判が、どんな形で下されるのか。

正直なところ、想像すら追いつかない。


私は無言でペンギンへ目配せする。

彼は短く、しかし確かな動きで首を縦に振った——その瞬間。


空気が、ぎゅっと収縮した。

肌の上を冷たい何かがすべり落ち、ビリッ、と細い電流が背骨を駆け抜けていく。

ペンギンの瞳が「カー」と音を立てるかのように大きく見開かれた。


——————『ジャッジメント』、発動。


「ペンギンさん……水落の罪の計りは……いかほどと、出ました?」



「水落は——無罪確定となりました」


一拍の間。


「……うそ……!?」


水落の声が裏返っていた。


「万里ちゃん! 私、無罪だって! これで……これで、自由になれるんだよね!」


その頭上へ、ふわり、と柔らかな後光が降り注いでいく。

淡い光が水落を包み込み、強張っていた表情がほどけていくとわ安堵と喜びが一気にあふれ出し、彼女は大きく息を吸い込んだ。


そして、万里へ向かって駆け出そうとする。

——が。


数歩進んだところで、ぴたり、と足が止まってしまった。


そこにいた万里は……

まるで感情を失った石像のように、無表情で…、そして冷たい視線を水落へ送っていたのであった。

無罪と聞いても、眉ひとつ動かさない。

その冷たさが、水落の笑顔を一瞬で凍りつかせた。


やがて万里は、氷の刃のような声で言い放ってきた。


「水落……お前は、星運様を裏切るつもりなのか」


怒気を含んだその言葉が、ズン、と水落の胸を撃ち抜くと、水落は怯えたように肩を震わせ、視線を泳がせ、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。


背後では、星運が泣きながら彼女の名前を呼んでいる……

呼んでいる、ものの……、その声は、今の水落にはまったく届いていないようだった。


「……万里ちゃん……どうして……そんなに、怒ってるの……?」


万里は答えない。

沈黙を、選び取っている。


その沈黙こそが、水落の胸に絡みつく“二本目の鎖”の正体を、いやというほど強調していた。

万里の罪を晒せば、すべては明白になるはずなのだ。


私は足元にいるペンギンへ、静かに視線を落とすと、意図を察したのだろう。即座に頷いていた。


「ペンギンさん。続けて、星運と万里……この二人にも『ジャッジメント』を発動し、裁きを」


「YES_MINE_MASTER!」


ペンギンは礼儀正しく一礼している。


その瞬間。

星運の目が、ぎらりと不気味な光を帯びていた。

先ほどの水落の審判時とは、まるで別人だ。

そこにあるのは、不安でも恐怖でもない。

“結果を確信している者”の顔。

その自信に潜む醜さが、室内の空気すら淀ませていく。


一方の万里は、眉間に深い皺を刻み、不快感を隠そうともせず吐き捨ててきた。


「……愚かな真似はよせ。水落が無罪なら、同じ立場である私も、当然潔白と出るはずだ」


しかし星運は、鼻で笑っている。


「ふん……水落と万里が、同じ立場? そんな道理、どこにある?」


その言葉に、水落の表情が困惑に染まり、万里は鋭い視線で星運を射抜いた。

とはいうものの、星運は意にも介さない。

むしろ、その落ち着きこそが、不気味だった。


確かに、二人は同じ立場ではない。

ただ、その真実を、水落はまだ知らない。


私は再び、小さくペンギンへ合図を送る。

彼は迷いなく、頷いた。


「三華月様の命令だ。お前達に拒否権はない。2人には『ジャッジメント』の裁定を下させてもらう」


「チッ」


万里が舌打ちが聞こえてくる。

星運に至っては、土下座を行い、天へ向けて必死のお願いを開始していた。


「う、うぉぉぉ……! 俺を無罪にしてくれたら、何でもします! だから、神様……どうか、よろしく頼みます!」


星運は必死に祈りを捧げているようだが、その“神”こそが、彼に処刑命令を下した存在なのだから——祈りが届くはずもない。


合図を待っていたのか。

ペンギンと視線が重なった瞬間、—————————星運と万里に『ジャッジメント』を発動させた。


パキン、と空気が固まっていく。

誰一人、動けない。

心臓の鼓動さえ、うるさく感じるほどの無音。


水落は両手を強く組み合わせ、ぎゅっと目を閉じて祈っていた。


やがて——。


審判は、あまりにも静かにペンギンから告げられた。


「有罪が確定いたしました。2人は大罪を犯しております。星運と万里、共に『無限回廊堕ちの刑』と、判決が下りました」

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