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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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43 プロテクトハート

砂漠の都市に、ゆっくりと朝が満ちていく。

地平線の端から顔を覗かせたばかりの太陽が、白い光線を矢のように放ち、石造りの街並みへ真っ直ぐ差し込んでくる。

乾いた砂の匂いと熱気がふわりと立ち上がり、遠くでは商人たちの呼び声が重なりはじめていた。


私とペンギンが立つこの裏路地だけは、まるで世界から切り離されたかのように静止していた。

風はなく、足音もなく、人の気配は完全に途切れている。建物の隙間から落ちる冷えた影だけが、細く、長く、地面に張り付くように伸びていた。


その薄暗がりの中心で、私たちは一人の少女と向き合っていた。

黒装束を身にまとった少女――四十九。


彼女は本来、異界の神を崇める狂信者たちが、“混沌を呼ぶ器”として魔界から呼び寄せた存在だったという。

とはいうものの、召喚された彼女は肝心のスキルに目覚めなかった。

期待された力を持たず、制御も難しい。結果、“失敗作”の烙印を押され、魔界から切り捨てられた末に、奴隷として移動都市へ売り飛ばされたらしい。


今の四十九は、星運との奴隷契約に縛られている。

その心臓には『契約の鎖』がきつく、きつく巻きつき、逃げ場など一切与えていなかった。

星運の気分ひとつで命を奪われる――そんな残酷すぎる現実を、彼女は今も生きたまま背負わされているのだ。


ペンギンは、その四十九に対し、淡々と告げてきた。


「魔界へ帰す。その代わり、我々に従え」


条件は単純。

四十九は、ほんのわずかに頷いた。

ほんの小さな動き。けれどそこには、必死に縋りつくような想いが、痛いほどに滲んでいる。


「アタシ……魔界に帰りたい。本当に……魔界に帰れるのか?」


掠れた声が聞こえてくる。

期待よりも不安が勝っているのだろう。

黒装束の奥で揺れる瞳が、答えを、保証を、必死に求めている。


「うむ。三華月様がいれば、何もかも上手く運ぶと約束しよう。こう見えても、神に最も近いお方だからな」


ペンギンは胸を張り、片翼で私を指し示しているのであるが………、こう見えても、とはどういう意味なのか。

というものの、ここで突っ込めば話が脱線するのは目に見えている。今は四十九の心をかき乱すべき場面ではない。流れに身を委ねるしかないのだろう。


そのときだった。

ペンギンが、どこからともなく黒金色に鈍く光る重厚な手錠を取り出してきた。


――『プロテクトハート』。


世界アーカイブに名を刻む、伝説級の遺物。

現物を見るのは、私ですら初めてだ。


あらゆる効果を無効化する代わりに、装着者は完全にスキルを失う。

その“空白”こそが『契約の鎖』の効力を遮断し、星運の支配から四十九を守る盾となる。

あまりにも歪で、しかし確実な救済装置だ。


ペンギンはそれを差し出し、静かに言い放った。


「この手錠には『契約の鎖』から四十九を守護する力がある。意味が分かるのなら、自分の手首に嵌めるといい」


「さっきの話……魔界に連れて帰ること。ペンギンには無理!」


きっぱりと言い切った四十九からは、黒装束越しでも、迷いのない決意が伝わってくる。

その判断は正しい。

北の台地に築かれた要塞都市エインヘリアルにある地下迷宮は、魔界へ通じると噂される最危険領域であり、ペンギンが踏破できるはずもない。


つまり――行くのは、私しかいない。


私は背を向けていたペンギンを、つま先で軽く小突いた。

……軽く、のつもりだった。

しかし次の瞬間。


ゴロゴロゴロッ!


ペンギンの丸みを帯びたボディ形状のせいもあるのだろう。

派手に、見事に、転がっていく。

そしてなぜか、巻き戻し再生でもされたかのように――。


コロコロコロ……。


逆回転で元の位置に戻ってくると、起き上がりざま、怒りを爆発させてきた。


「三華月様! いきなり背後から蹴るのはマジでやめてくださいませんか? パワハラ行為は信仰心に悪影響なはず!? そもそも癒し系の私への扱い、絶対おかしいですよね!」


「いやいやいや。ペンギンさんは癒し系というより、親父系ではありませんか」


「親父系って何!? ひねりゼロじゃないですか! 古代文明じゃペンギンは可愛いランキング常連なんですよ!? 三華月様、美的センス壊れてませんか!」


ペンギンが地団駄を踏み、ぱふっと砂埃が舞い上がっていく。

見た目だけなら、確かに癒し系かもしれない。とはいうものの、その厚かましい態度のせいで癒し効果が全滅しているのは否定しようがない。


……もっとも、不意打ちで蹴られれば怒るのも当然のことだろう。

ただし、蹴ったのには理由がある。


「ペンギンさん。ひとつ質問があります」


「はいはい。分かってますよ。誰が四十九を魔界へ連れていくのか、でしょう?」


偉そうだ。

なぜ、ここまで堂々と偉そうなのか。

ペンギンの目が「カァッ」と大げさに見開かれ、四十九も呆れた空気を隠せていない。


「四十九を魔界へ連れていくのは……私、ペンギンなのでしょうか、という質問ですよね。答えはもちろんNO。私では不可能です。では誰か。もちろんMINE_KAISERであられる三華月様以外に――いません!」


「やはり私でしたか」


「三華月様が四十九の願いを叶える確率、100%と試算しています!」


「承知しました。四十九を魔界まで送り届けましょう」


ペンギンは演算が当たったからなのか、どや顔を決めている。

参賢者の一角、“最優秀AI”の肩書きを持つ存在だが、どうにも演算能力の使いどころを間違えている気がしてならない。

とはいうものの、四十九を見捨てる選択肢など、最初から存在しなかった。


そのやり取りを、四十九は黙って見つめ、小さく息を漏らしてきた。


「アタシ……ペンギン、信じない。三華月様、信じる」


そう言って、黒金色の手錠を自らの手首へ。


カチリ。


冷たい金属音が、静まり返った路地裏に響く。

四十九の小さな身体が、ふるりと震え、不安が胸いっぱいに詰まっているのが伝わってきた。


少しでも――恐怖を和らげたい。


「四十九。まずは、あなたの胸に刻まれた『奴隷の鎖』を破壊して差し上げましょう」


「うぉぉぉ……神技『SKILL_VIRUS』を使われるのですか!」


ペンギンが無駄にテンションを跳ね上げている。……反応は毎回ながら大げさすぎる。


「そんなに驚かなくてもいいではありませんか。ただのS級スキルですよ」


「はー。三華月様のその感覚。マジでヤバいんですって……」


ぼやきを聞き流し、私は四十九へ歩み寄っていくと、その震える胸元へ、そっと手を添え、心臓に絡みつく鎖の気配へ、意識を沈めるていく。


路地裏の空気が、ひゅっと軋んだ。


————————CURSE_BLAKE


指先に、鎖が崩れ落ちる感触が伝わってくる。

スローモーションのように、四十九の肩がびくりと跳ね、こぼれた涙が黒い布へ静かに吸い込まれていった。


「7日後には、完全に『奴隷の鎖』は消えています」


「三華月様……有難う。感謝します」


「はい。四十九――あなたからの感謝、確かに受け取りました」

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