40 ペンギンの考察について
最高司祭からのクエストを終え、張り詰めていた意識がわずかに緩んだ、その直後であた。
不意に──否、空の高みから叩きつけられるように、神意が降りてきた。
アルテミス神の神託。
それは啓示というより、断罪に等しい重さを帯びていた。
————星運を処刑せよ。
この瞬間、星運の未来は静かに、しかし確実に地獄へと傾いた。
まるで最後の杭が、躊躇いなく心臓へ打ち込まれたかのような感触が残る。
抗う余地も、祈る猶予もなく、ただ結果だけが突きつけられたのだ。
私は視線を遠くへ投げると、霞の向こう、陽炎に歪みながら横たわる砂の大陸。その果てしない広がりを見つめつつ、かつて同じバスに乗り込んできた2人の姿を思い返していた。
万里と水落。
あの頃の2人は、星運を慕っている──少なくとも、そう見えていた。
目線の向き、距離感、ささやかな仕草。すべてが“好意”という言葉で説明できるように思えたのだが…
時間を置き、記憶を一つずつ丁寧に組み直してみると、どうしても引っかかるものが残ってくる。
恋慕だけでは説明のつかない違和感。心の奥に沈殿したまま、形を成さない異物感だった。
とはいうものの、答えは拍子抜けするほど単純だったのかもしれない。
おそらく2人は、星運と奴隷契約を結んだ“ハーレム要員”。
そう考えれば、すべての辻褄が合う。
誰かを本気で愛すれば、自分だけを見てほしいと願う。
独占欲は醜いが、愛情の自然な帰結でもある。現実には、愛とハーレムは両立しない。
ハーレムを維持するのに必要なのは、感情ではない。
金銭的な束縛、立場の非対称、逃げ道を塞ぐ心理的拘束。
支配と従属の構造そのものが核であり、純粋な感情など、最初から介在していなかったのだろう。
そして、あの瞬間が脳裏に蘇ってくる。
32話で、万里と水落が私へ刃を向けてきた、あの一瞬だ。
2人の瞳に宿っていたのは、明確な殺意というよりも、背中に突き刺さる圧だった。
逃げれば終わる。
逆らえば、もっと終わる。
そう理解してしまうほどの恐怖が、星運という存在の影から押し寄せていたのだろうか。
私はゆっくりと視線を落とし、足元にいるペンギンを見た。
「ペンギンさん。私が海岸に降り立ったら、この古城は海へ沈めて下さい」
短く、だが明確に告げると、ペンギンは一瞬だけ首を傾げ、それから静かに頷いた。反論も皮肉もない。ただ了承だけが返ってくる。
それほどまでに、この場を満たす空気は重く、沈んでいた。
奴隷都市が消え去ったところで、世界のどこかから奴隷が減るわけではない。
ハーレムを望む者がいれば、需要は必ず生まれ、供給は止まらない。
それこそが、この世界のどうしようもなさであり、根を張った闇なのだろう。
やがて海岸が近づき、移動都市がゆっくりと降下を始めていく。
砂浜がじわじわと広がり、ゴウ……と低い音を立てながら、風が海の匂いへと変わっている。
その中で、ペンギンが私の方を向き直ってきた。
「三華月様。一つお願いがございます」
「はい。何でしょうか」
「臣下として……暫くの間、三華月様に随行することをお許し頂けませんか」
「私と共に、ですか…」
移動都市を守護する役目が終わり、彼にも時間が生まれたのだろう。
最古のAIにして参賢者の一角。その実力は折り紙付きで、多少癖があるものの、不思議と嫌いになれなかった。
「せっかくのお申し出ですし、お受けしようと思います」
許可の言葉を聞いた瞬間、ペンギンは胸を反らし、誇らしげに声を張り上げてきた。
「YES_MINE_MASTER! 星運の逃走ルートについて絞り込み作業が完了しております。早速ご説明いたします!」
短い腕がピンと上がると同時に、正面の空間がパッと開き、砂漠地帯の立体フォログラムが展開された。
さらさら、と砂を弾くような光粒が舞い、奥へと続く一本の光の矢が淡く軌跡を描いていく。
それは、星運の予測逃走ルートだった。
「ああ……彼等はやはり、砂漠の都市を目指したのですね」
薄々察していた方向と一致し、胸の奥のざらつきが、わずかに溶ける。
ペンギンは続けて、星運が購入した“ひとりの少女”について語り始め出してきた。
「三華月様。星運を追うにあたり、四十九という少女について知っておいて頂きたいことがあります」
「四十九……はい、何か事情があるのでしょうか」
「はい。四十九とは、異界の神を信仰する教徒たちが地上へ混沌をもたらすため、魔界から転移召喚した少女です。しかしスキルが覚醒しなかったため、奴隷として移動都市へ売られて来たのです」
異界の神を信仰する者たちは、外界から才ある者を引き寄せる転移術を自在に操る。
一方、魔界の者は地上の神の加護を得られず、太陽の下では生存すら難しい。
夜と影にしか存在できない存在だ。
そんな出自を持つ少女を、星運が買ったその事実が、胸の底で重く沈み、嫌な予感が、ぞわりと背骨を這い上がってくる。
ペンギンの声が、わずかに低くなった。
「31話で処刑対象となった星運は精神的に追い詰められ……護衛を増やすため、移動都市の少女全員を購入しました」
「護衛ですか?」
思わず疑問が零れ、ペンギンは、ためらいなく核心へ踏み込んできた。
「重要なのは、星運がS級スキル『覚醒』の所持者であるということです」
……やはり、そこか。
『覚醒』。
眠った才能を強制的に呼び起こす、凶悪なS級スキル。
星運が一級商人となれた理由。
万里と水落が奥義級の技を扱えた理由。
点だった事実が、一本の線となって繋がっていく。
もし奥義を『覚醒』によって獲得したのなら、基礎能力の不足も説明がつく。
さらに奴隷を買い集め、『覚醒』で能力を付与し、転売すれば金など容易く増えていき、人の人生を“商品価値”へ変える、外道の手法だ。
ペンギンは淡々と──だが揺るぎなく告げてきた。
「もうお気づきでしょうが、星運は購入した少女たちに『覚醒』を発動させ、護衛として使役するつもりです」
「ということは……異界の信徒に召喚され、スキルに覚醒しなかった四十九も……?」
「はい。星運の『覚醒』によって、四十九は『影使い』のスキルを獲得しております。それも、適合率は極めて高いようです」
影使い。
攻撃力は控えめだが、汎用性は異常に高く、攻略難度は桁違い。
適合率が高ければ、その潜在はアンデッド王すら超える可能性がある。
とはいうものの、無理やり与えられた力ほど制御は難しい。
心身の均衡を崩しやすく、それ自体が刃となって本人を傷つけることもある。
それが彼女を追い詰める結果にならなければいいのだが……胸の奥がざわついた。
視線を外へ向けると、移動都市がゆっくりと砂浜へ降下していくところだった。
朝の光が海面でキラリと跳ね、薄い金色の反射が揺れながらこちらへ届いてくる。
星運への処刑神託。
四十九の影使い。
砂漠へ逃げる予測ルート。
すべてが、ひとつの方向へ──
ただ一つの決着へ向けて、確実に動き始めている気がしていた。




