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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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37/223

37 vsペンギン①

草原にぽつりと建つレンガ造りの古城は、夜空に浮かぶ月から注がれる透明な光を受け、輪郭までくっきり照らされていた。

砂漠を越え、大海を渡り、いまも海上を高度約50m・時速30kmで滑るように移動している巨大な陸地──いわゆる移動都市の上なのだが、不思議と揺れの気配はほぼ感じられない。足元の草原が、潮風にそよぎながらゆったりと波のように揺れるだけだった。


背後を振り返ると、砂漠地帯が海岸線ごと遠ざかってゆくのが見える。その光景にほんの少し現実感が薄れる、というものの、生暖かい潮風が頬を撫でてくるので、やはりここは海上なのだろう。


正面には、移動都市の守護者を名乗る最古のAI──例のペンギンがまっすぐ立っていた。

その背後では、見慣れない機械人形が横一列に整列している。月光を受けた金属の表面が鈍く光り、影が揺れていた。


全部で10体。身長は約2m。

まるで金属の棒を継ぎ合わせた即席の人体モデルのようでありながら、ひとつひとつから静かな圧が滲んでいる。構造は単純なのに、なぜか“こちらを無機質に評価してくる目”があるような、不気味さだった。


これから、ペンギンが誇らしげに披露した“対三華月仕様”の機械人形との戦闘が始まろうとしていた。

というものの、理由も聞かずに戦うのは趣味ではない。邪魔をする理由くらいは確認しておこうと思い、私は息を整えて口を開いた。


「ペンギンさん、戦闘に先立ち、一つ確認いたします。到底看過できぬ奴隷制度──その擁護に、どのような大義がおありなのです」


「三華月様には、いささか誤解があるご様子。私が守ろうとしているのは奴隷制度ではありません。移動都市そのものです。奴隷制度は廃すべきだと、私自身考えております。しかし与えられた使命、移動都市を護り抜くことこそ、私が存在する意義なのです」


「使命、ですか。ですが駄目なものは駄目、なのでしょう?」


「仰る通りです。駄目なものは、駄目ですよね」


素直にもほどがある肯定だった。

あれ、今ので懐柔できたのでは? と錯覚してしまうほどの柔らかさだ。


ペンギンのほうも「言ってはいけないことを口走ったのでは…」という気まずげな表情を浮かべている。最古のAIにしては、人間より感情豊かではないのかと思えるほど、表情筋がこまめに動く。


本当に高性能AIなのだろうか。というものの、鬼畜なタイプには見えず、神託で討伐対象に指定されるような未来も今のところ見えない。


ペンギンは一度目線を落とし、まばたきをひとつ。

次の瞬間、目をカッと見開き、突如こちらへ強い圧を放ち始めた。月光の反射が瞳に鋭く刺さり、いきなり緊張が走る。


「私は……移動都市を守護するという誇りを失った時こそ、死すべき瞬間だと心に決めているのです!」


「はぁ。そんな陳腐なプライドなど、さっさと捨てたらよろしいのでは?」


「ええ。プライドなど投げ捨ててしまえば、たちまち問題は解決しますよね」


また肯定してきた。

昨今の悪役は“背負っている理由”を饒舌に語りがちなのに、ペンギンにはそんな影がまったく無い。というものの、顔だけは妙に自信に満ちているから困る。


戦闘は避けられないらしい。

やる気は微塵もないが、もう仕方ない。


私は「運命の弓」をスナイパーモードで召喚する。

満月ではないものの、弓が出現した瞬間、白銀の粒子が空気中にほわっと散り、周囲の気温が僅かに変わっていく。


その幻想的な光景を目にして、ペンギンが胸を張り、張りのある声で宣言する。


「私の戦力は三華月様には遠く及びません。ですが戦力差は兵法によって覆すことができます。戦術において、情報こそが最重要! 私は三華月様のスキル、攻撃パターン、戦術をすべて把握し、解析済みです。ここに宣言しましょう。私が用意した機械兵は、その“運命の弓”から放たれる一射すら必ず回避してみせますと!」


「それはまた大層な自信ですね。ではペンギンさん、隕石落としにも対応できるのでしょうか?」


「隕石落とし……天空スキル『METEOR_STRIKE』のことですね」


「はい。天空スキルなら『SEVENS_SWORD』などもありますよ」


「ここで天空スキルはご遠慮願います。それらは神々の戦いで使用された代物ではありませんか。この惑星が破壊されてしまっては信仰心が低下します。もっと常識的範囲の、普通のスキルをお使いください。よろしくお願いします」


常識がないと、やんわりディスられたのだろうか。

というものの、確かに天空スキルは無駄に派手で、環境破壊がひどい。

そもそも機械人形の撃退に、そんな物騒な大技は必要ない。


その時だった。

ペンギンが腕をひと振りし、機械人形10体が“ズシン”と足を踏み出して前へ出てきた。金属が擦れる音が冷たい風に混じり、夜気が少し重くなる。


「説明した通り、これらの機械人形は“三華月様対策”に特化して製作された特別個体です」


承知しました。ではまず──その10体、まとめて破壊させてもらいます。


私は息をひとつ整え、弓を静かに構えた。

腰をわずかに落とすと、重心が前後の足へ均等に沈んでいく。地面の感触がほんのりと足裏へ伝わり、風が衣の裾をわずかに揺らした。


左手を前へ伸ばし、約3mの巨大な弓を胸の中心線に据える。

弦を引き始めると、ギリ……ギリ……と、張りつめた空気そのものが擦れ合うような低い緊張音がした。

月光を浴びた弓面からは白銀の粒子が淡くこぼれ、ゆるやかな弧を描いて消えていく。


距離は50m。

推定発射速度──音速5。

着弾までの猶予、0.04秒。


戦闘の始まりの空気が、砂粒ひとつまで静まり返らせていく。

ペンギンの“自信作”の実力がどれほどなのか、まずは軽く試し撃ちをさせてもらいましょう。


スキル『ロックオン』発動。

標的となる機械兵の頭部へ、淡い光の魔法陣がパッと刻まれていく。

同時に、弓の内部でエネルギーが一気に臨界へと押し寄せ、空気がびりびりと震えた。


「それでは──狙い撃たせてもらいます」


――――SHOOT。


矢が残像を曳きながら疾走する。

音速の矢が一直線に突き抜け──その刹那。


矢の軌道が“ねじ曲がった”。


標的の横へ、すうっと逸れていく。

不可視の壁に弾かれたかのように、命中寸前で角度を変えられたのだ。


機械兵は微動だにせず、

ただ無機質な視線だけをこちらへと向けていた。


「……これは。まさか、その機械人形には“絶対回避”が発動しているのですか」


「EXCELLENT! この地上世界には存在しない金属『アダマンタイト』に付与された絶対回避メカニズム──私は遂に、そこへ辿り着いたのです!」


ペンギンが誇らしげに羽根を広げる。


「つまり、機械人形を覆う障壁に、絶対回避の効果が付与されている……そういうことですか」


「さようでございます。参賢者である私といえども、アダマンタイトそのものの複製は不可能でした。しかし──同一メカニズムを持つ“障壁”の再現には成功したのです!」


「であれば、その障壁を突破すれば、機械人形そのものは破壊可能……違いありませんね」


「えっ、今……何と? 三華月様。絶対回避を“攻略できる”と仰いましたか」


「ペンギンさん、あれほど誇っておられたのですから、もっと絶望的な仕掛けかと思っていました……正直、これは肩透かしですよ」


ペンギンの顔から、ドヤ成分が“バキッ”と音を立てて剥がれ落ちた。

AIなのに、完全フリーズしたように固まる。


そして額に、青筋めいた光を浮かべ、再び目をカッと見開き、またこちらへ不可解な圧を放ってくる。怒っているのか、処理落ちしているのか、判断に迷う。


「三華月様が満月の夜に“絶対回避”を突破したことは承知しています! ですが今宵は満月ではない! つまり──私の生み出した絶対回避障壁は攻略不能なのですよ!」


また満月の話か。

アダマンタイト装備の黒鉄色機械兵を仕留めた、あのときの一撃は確かに異常だった。

今思えば、あそこまでやる必要はなかったのかもしれない。

だが──いまの私にとって、この程度の障壁など大した障害ではない。


風がひと筋、弓の周囲を擦り抜けた。

視線の先では、機械兵10体が淡い防護膜をまとい、不気味な静寂を纏う。


「では──絶対回避の障壁ごと、仕留めさせてもらいます」


足元の砂がわずかに跳ねる。

戦闘の“気配”が濃度を増し、空気がぴんと張り詰めていく。

月光が弓の白銀を照らし──再び、戦いの幕が上がろうとしていた。


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