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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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33/222

33 vs北冬辺

腰を抜かした星運が、尻餅をつきながら必死に後退しようと床をずりずり這っている。

だが背後は運転席裏の壁で、これ以上下がりようがなかった。

怯えた彼の瞳は、まるで猛獣に追い詰められた小動物のように震えている。


フロントガラスには万里が叩き付けられ、そのまま気絶しており、水落が慌ただしく彼女の容態を確認していた。

運転席の親父は明らかに“何も見ていない”という態度で前方を見つめ、バスガイドは唖然と立ち尽くしている。


前触れなく私を鑑定しようとした星運を処刑するため――

まずは取り巻きであった万里と水落を軽く退けた。

そこまでが冒頭の一手だ。


そこからだ。

バスの運行を司るAI――北冬辺が、車内で戦闘行為が禁止されている理由について、まるで議事録を読み上げるかのように正論を並べ倒してきたのである。


正論を言う者にまともな人材など存在した試しがない。

世の中というものは、そもそも不条理に満ちている。

ならば――不条理さの権化である私が、拳という原始的かつもっとも雄弁な真理で、そのことを教えてあげようではないか。


北冬辺(あなた)と議論したところで、永遠に平行線のままです。無益な応酬はここで終わりにしませんか。どちらが正しいか、拳で語り合いましょう」


「はい。私は初めからそのつもりです」


「結構。その前に、星運の処刑を始めます。私を止めたいなら、力尽くでどうぞ」


挑発を投げかけながらも、私は半歩足を前へ滑らせていく。

その瞬間、何か仕掛けてくる気配があるかと身構えたが、北冬辺に変化はない。

バスは変わらず砂漠を滑るように走行し、特別な揺れも異音もない。


北冬辺の自信満々な物言いから察するに、容易には進ませてもらえないだろうが……

『真眼』も反応していないため、即座に危険が迫っている気配はないはず。


怯える星運の領域へ、一歩だけ足を踏み入れていく。

その瞬間――空気の流れが“反転”したようにひっくり返った。まるで目の前の空間そのものが、音もなくきしみながら“閉まっていく”気配を帯びる。背筋がざわつくような奇妙な感覚だ。


透明な壁が生まれた……というより、世界の密度が急に高まり、まとわりつく粘った重さへと変わっていく。呼吸もほんの少し重くなり、肺に入る空気が濃くて鈍い。

世界が底へ沈んでいくみたいな、抗えない緩慢さが全身にまとわりつく。あまりに異様だった。というものの、それで歩みを止める気は最初からなかった。


そして――次の一拍。


―――――――――ふいに、体から力が抜け落ちていく。


警告も前触れもない。片膝がストンと床を叩き、鈍い衝撃が骨を逆流するほどだ。視界は左右へ揺れ、重心が誰かに強引に引っ張られたように乱れていた。


“立ち位置”を奪われる――戦う者にとって、それは致命的と言っていい。戦場では何度か経験したが、どうあっても慣れるものではなかった。


常に展開していた「自己再生」によって整えられていた体。その内部へ、異質な振動がズン、と走ってくる。

大動脈を指でつままれ、圧がふっと抜かれたような虚脱感。心臓の鼓動が一拍だけ外れ、その小さな乱れのせいで全身の“気配”が一瞬だけ空白になる。


筋肉は目に見えない速度で緩み、握力も脚力もじわじわ数%削られていく。

そして戦闘において、その“数%”の低下こそが命を左右する。というものの、外部から攻撃を受けたわけでもない。間合いはそのまま。なのに内側だけが削られていく――これは紛れもない。


「車内の皆様に告知します。『ライフドレイン』を発動しました」


AIの声が空気を震わせ、耳の奥に小さく刺さる。抑揚こそ均一だが、勝ったと確信しているような“油断”が滲んだ。


『ライフドレイン』――生命力吸収。対象のHPを内側から抜き取るタイプの攻撃。物理的距離は関係ない。戦場でも危険度は最上位だ。


視線を巡らせると、乗客たちは皆その場に崩れ落ちていた。体幹を支える力が奪われ、重力に逆らえず、そのまま床へ沈んだのだ。受け身も取れない。それだけでケガの確率は跳ね上がっていく。


北冬辺の声が続く。金属的な冷たさの中に、かすかな高揚が混ざっている。


「三華月様。もう動けないはずです。これはあくまで安全のため。ご理解いただけると幸いです」


北冬辺は、“もう動けない”と完全に決めつけているようだ。

だが――戦場で一番危険なのは、その手の思い込みだった。


私は生命力を吸われている“はず”だ。

しかし体は軽い。むしろ、戦闘前のウォームアップに近い温まり方をしている。

というものの、理由はとても簡単だ。


「北冬辺。あなたの『ライフドレイン』については、既に対策済みです」


「なっ……どういうことです。HPは吸収し続けているはず……なぜ三華月様は、平然としていられるのですか!」


声が揺らいでいた。“理解不能な状況”に遭遇したAIらしい反応だ。


「『自己再生』による効果です!」


「……まさか、再生速度が……吸収速度を上回っていると?」


「ええ。推測にしては良い線と言って差し上げましょう」


「規格外……三華月様は、やっぱり本物のラスボスなんですね……」


折れたような声音であったが、それはまだ、――終わりではなかった。


突然————視界が、無音で弾けていく。


重力が横方向へ跳ね、空間が軽い吐き気を伴って反転した。それは。魔力加速の転移特有の“間合いゼロ化”だ。

そして――



次の瞬間、私はバス外の砂漠へ“弾き出されて”いたのであった。



何故、私が、炎天下の外にいるの?

思考が一瞬ではあるが、その出来事に追いつかない。

落下速度5〜6m/s。砂地に膝が触れる前、頬を切り裂くような熱風が横殴りに吹き付けてくる。乾いた熱で皮膚が焼けるようだ。視界の端で砂粒がキラリと光る。


着地と同時に砂が爆ぜ、音より早く熱い圧が顔へ跳ね返った。わずかな斜面に沿って体がズルッと滑り、衣の隙間に砂が入り込み、ざり、と肌を掠めていた。


「……何が起きた!」


太陽の光は、まるで獣が吠えるみたいな荒々しい熱をまとっている。

けれど聖衣が反応速度0.1秒で熱を遮り、「自己再生」が内側からダメージを即座に消していく。ありがたいのか、鈍いのか分からない性能だ。


約50m先――バスが砂煙を引きながら逃走していく姿が視界に入ってた。速度はおよそ40km/h。追い付くのは簡単だ。

というものの、理解してしまった。



――私は““転移””させられたのだ。



北冬辺。

やはり隠し玉を持っていたということか。戦闘中の距離調整としては悪くない判断だっただろう。

しかし――状況を把握するまでの“ほんの一拍”の間に、私はバスの内部に展開されていた『転移』魔法陣の構造をすべて読み取り、記憶し終えていた。


古代人式の後天性スキル。

線の流れ、魔力の密度、渦の巻き方――全部が私の中で“戦闘スキル”として刻まれていく。


すでに私は『転移』の習得条件を満たしており、適性もある。


つまり――

北冬辺の魔法陣そのものが、私の戦力に変換されたわけだ。


逃げるバスを見つめ、深く息を吸う。間合いは50m。狙い撃つには十分。でも今回は、別の選択肢を試してみたくなった。


―――――――――『転移』、発動。


砂地に光の線が走り、花が開くように魔法陣が展開していく。

精度は高いが、その“サイズ”が決定的に“小さい”。魔力容量が足りないのか。これでは“大きな物体”、つまり私自身を転移するだけのエネルギーは確保できない。


なんてこった。

“転移”を使用出来ても、このサイズでは私自身へ使うことはできないということか!


北冬辺を狙撃する案も頭をよぎった。

というものの、過剰破壊と判断されると信仰関係で面倒なことになりそうだ。落ち着いた頃に制裁するほうが賢明か。


問題はもっと別のところにある。


このままでは――移動都市(グラングラン)へ辿り着けない。


最高司祭からのクエスト。

これはもう、失敗扱いになってしまうのだろうか。


砂漠をわたる熱風の中、私は静かに長く息を吐いたのでだった。












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