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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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32 誰がどう見てもラスボスなのは

古代技術による制御システムの賜物なのだろうか。このバスは、灼熱の砂漠地帯を猛スピードで疾走しているとは到底思えないほど静謐で、乗り心地は不気味なほど滑らかだった。

車体はほとんど揺れず、足元から伝わってくるはずの振動も感じられない。「移動している」という実感そのものが希薄になり、まるで空間ごと運ばれているかのような錯覚に陥る。


……とはいうものの、完全な無音無振動というわけではない。

時折、何の前触れもなく「トン」と、上下から突き上げるような衝撃が一瞬だけ走る。その瞬間、空気が歪み、空間に微細な亀裂が走ったかのような違和感が残る。

あれは路面の凹凸などではない。砂漠そのものが、巨大な生物のように脈打っている――そんな錯覚すら抱かせる、不吉な振動だった。


通路の幅は、3人が横一列に並べるほど。

その中央に、万里(ばんり)水落(ミラ)が立ち、武器へと手を添えながら私を睨んでいる。その姿は、まるで獲物を前にした猛獣の護衛だ。

2人の背後には、庇護を求めるかのように1級商人星運(せいうん)が身を寄せている。


人当たりの良さそうな笑み。

……というものの、その軽薄さは、今この場に漂う異常な緊張感とまるで噛み合っていない。むしろ場違いで、そのズレが逆に底知れぬ不気味さを醸し出していた。


バスガイドは、つい先ほど自己紹介を終えたばかりだというのに、顔は蒼白に強張り、唇を小刻みに震わせたまま事態の推移を見守っている。

運転手に至っては「自分には関係ない」と言わんばかりに、わざとらしいほど前方へ視線を固定し、ハンドルをぎゅっと握りしめていた。


奴隷解放の依頼を受け、移動都市|グラングランへ向かう道中。

途中で立ち寄ったバス停から、この3人が乗車してきた。そして、バスガイドが紹介を続けていた、その最中――


星運が、こちらへ向けて唐突に『鑑定系スキル』を放ってきたのだ。


肌を撫でるような、しかし確かに“触れた”と分かる微細な衝撃波。

一見すれば情報取得に過ぎない。だが、こちらにははっきりと“攻撃”として認識される質のものだった。


許可なく他者のステータスを覗き見る行為は、明確な犯罪であり、社会的にも重い禁忌だ。

星運の鑑定は、直接的なダメージこそ薄い。ものの、悟られにくい。つまり、常習犯である可能性が極めて高い。


その証拠に、当の本人は悪びれる様子など微塵もなく、むしろ楽しげですらあった。


――このクソガキ。

……いえ、星運をこのまま放置しておく理由は、一つとして存在しない。


今日が“運の尽き”であることを、理解してもらうしかないのだろう。


そう判断し、リクライニングされた座席からゆるやかに立ち上がり、衣擦れの音すら立てず、静かな声で、処刑を宣告した。


その瞬間だった。


万里と水落が、獲物を庇うように前へ踊り出てくると、通路は完全に塞がれ、私との距離が一気に詰まっていく。


ただならぬ空気――いや、殺気を敏感に察したのだろう。

2人は武器に添えた指へさらに力を込め、気配を限界まで研ぎ澄ませている。


車内は瞬く間に、薄氷の上に立たされたかのような静寂に包まれた。

遠くで鳴るバスのエンジン音だけが、地の底から響く地鳴りのように耳に届く。


最初に口を開いたのは万里だった。

眉間に深い困惑を滲ませながら、低く問いかけてくる。


「聖女様。先ほどおっしゃった“正当防衛”とは、具体的にどういう意味でしょうか。その詳細をお聞かせ願えますか」


万里が、星運の行為に気づいていないのなら、この反応は当然だろう。

彼女は腰を落とし、いつでも抜刀できる体勢へと移行している。切れ長の瞳に宿る理性は凛として美しい。

……とはいうものの、今はその冷静さすら、緊張の色に押し潰されかけていた。


「お連れの男性が、予告もなく私に鑑定スキルを使いました。ご存知の通り、その行為は犯罪です」


そう告げると、万里は怪訝な表情のまま星運へ振り返ると、星運は、まるで「あ、バレちゃった?」とでも言いたげににこやかに笑い、両手を合わせて万里へペコリと頭を下げていた。

……謝る相手が、間違っているのではないか。


その態度を見た万里は眉尻を下げ、今度は深々と私へ頭を下げてきた。


「ご主人様が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ありません。聖女様……どうか、怒りを静めていただけませんでしょうか」


主従か、あるいは夫婦か。

だが、そんな関係性など、今はどうでもいい。事の本質は何一つ変わらないのだから。


その時、バスがわずかに揺れる。

ほぼすべての衝撃を吸収するはずの古代技術の車体が揺れるなど、極めて稀だ。


万里と水落は一瞬体勢を崩し、咄嗟に座席や手すりへ手を伸ばして身体を支えている。


……奥義持ちの達人にしては、体幹が弱い。

先ほどから胸の奥に引っかかっていた違和感が、より濃く、重くなる。


ものの、星運を処刑するという判断が揺らぐことはない。


「お連れの男性は、知らない相手に対してなら何をしても構わない、という姿勢のようです。善悪の判断を欠いた者を、このまま放置するわけにはいきません。ここで制裁を加えさせていただきます」


一歩、前へ踏み出すと、その瞬間、車内の空気がビリッと帯電し、肌が粟立ち、見えない火花が散るような感覚が走っていく。


控えていた水落が、その一歩に反応し、万里の前へと飛び出してきた。


小柄で可愛らしい少女。

整った顔立ちに化粧気はなく、しかし革装備に身を包み、大きな槍を両手で構える姿は紛れもなく戦士だった。


背丈よりも長い槍を構え、足を鋭く開き、腰を落としている。

悪くない構えだ。


「ここは水落に任せてよ!」


「水落、任せる。できれば……聖女さんには怪我をさせないようにしてやってくれ」


それは、勝つ前提の会話である。

状況を理解していないというのは、実に能天気なものだ。


私は乱れのない歩調で、さらに一歩、前へ進むと、

槍の間合いに入ったと悟ったのだろう。

水落が「スッ」と息を鋭く吸い込む。


奥義を放つ者特有の“気迫”が車内を満たし、空気がぎゅっと張り詰めていく。

遠くでエンジンが低く唸り、世界そのものが息を潜めたかのようだった。


そして――


「奥義『蜻蛉斬り』。行っくよぉぉ――!」


水落の叫びが、密閉されたバスの車内に叩きつけられ、天井と壁に跳ね返りながら幾重にも反響した。その刹那、床が、ぎし……と、ほんの一瞬だけ軋んだように沈み込む感触が足裏を掠める。


奥義『蜻蛉斬り』。

視覚と聴覚、その両方を一度に欺き、蜻蛉ですら気づかぬうちに真っ二つに撫で斬る――そう伝えられる槍術である。とはいうものの、その実態は極めて神経質で、要求される精度は常軌を逸している。本来なら、長年の研鑽を積み、感覚を削ぎ落とした熟達者のみが扱うべき技だ。


水落は息をひとつ、音もなく殺し、そして前脚へと重心を深く、深く沈めていく。


斜めに振りかぶられた槍が、空気の膜へと吸い込まれていくと、

煙るように揺れ、輪郭がぼやけ、存在感そのものが薄れていく。


まるで深夜、街灯の光が映り込んだ水面に影が落ち、そのまま静かに闇へ沈んでいくような――そんな錯覚すら覚える、静謐な消失。


……ただし。


その“初動”だけは。


誤魔化しという概念が、丸ごと、綺麗さっぱり欠落していた。


軌道は丸見えだ。

始まりから終わりまで、一本の直線でしかない。


無駄がない、と言えば聞こえはいい。

だが、“無駄がない”ことと、“鋭い”ことは似ているようで、まるで別物だった。


脚捌きは直線のみ。

フェイクの気配は皆無。

実戦経験の浅さが、むしろ痛々しいほどに匂い立っている。


洗練も足りない。

たとえるなら、D級の修行段階にいる者が、無理やりS級奥義の外殻だけを真似て振っている――そんな、いつ破綻してもおかしくない危うさだったのだろう。


「ふっ」


私は、振り下ろされるはずの一閃――本来なら視認すら不可能な刃の軌跡、その“空間”を、指先で軽く払っていた。


ほんの一動作。

夏の夜、耳元をかすめた蚊を追い払うような、取るに足らない所作である。


スゥ……と空気を裂くはずだった刃鳴りは霧散し、代わりに、指先へと微弱な風圧が、くすっと触れただけだった。


「え?」

「何?」

「嘘だろ!」


水落たちの声が重なり、車内の緊張が、ざわりと揺れる。

衝撃というよりも、理解不能に対する戸惑いの方が勝っているようだった。とはいうものの、ほんのわずかでも力量差を悟ったなら、それだけでも彼女にとっては成長なのかもしれない。


私は、大技を放ちきって完全に無防備となっている水落の額へ、人差し指を――チョン、と軽く置いた。


たったそれだけ。

ほんの指先の圧力。


だが次の瞬間、水落の身体は、糸の切れた操り人形のように、がくりと力を失うと、尻もちをつき、床に座り込んでいく。


星運が、息をひっかけるように空気を呑み込み、即座に命令を飛ばしてきた。


「水落! ここは万里に任せて、一旦後ろへ下がるんだ!」


その声からは、先ほどまで漂っていた余裕など、欠片も感じられない。


万里が、一歩、前へ出てくると、星運へ鋭い視線を一瞬だけ投げ、すぐに私へと焦点を合わせてきた。


ゆっくりと――しかし、確実に。

刀が鞘から抜かれていく。


鍛え上げられた肉体、というわけではない。

それでも、水落とは決定的に違う“臭い”があった。


鉄の錆。

古い血。

湿った獣道のような、肌にねっとりと貼り付く気配。


それは訓練だけでは、決して身につかない。

“殺気”そのものだった。


「聖女様が、かなりの実力者であることは理解しました。ですので――私の方は、本気でやらせてもらいます」


抜き放たれた刀身には、底無し沼の底に沈む影のような、重く黒い気配が漂っている。

万里は呼吸を整え、地を滑るように踏み込んできた。


低く、鋭く、重く。

上段へ掲げられた刀が、直線的な速度で私へ落ちてくる。


――その瞬間。


空間そのものが、「ぐにゃり」と揺れていく。


上段の一閃と同時、地を割るかのような逆方向の切り上げが走った。

燕返し。

正面から見切ることが最も困難とされる、二段構えの挟撃だ。


上下から襲いかかる刃。

空気が、バリバリと引き裂かれ、狭いバスの通路に暴風が巻き起こり、頬の皮膚がひりつき、キィン……と耳鳴りが、一瞬、世界を白く塗りつぶしていく。


だが。


迷いのなさは、確かに本物であった。

だが、技の“芯”が、決定的に足りない。


本来なら研ぎ澄まされるべき刃は、どこか粗削りで、鈍い。


私は、上下の刃の隙間を、一歩で抜けると、つま先で触れる程度の、ごく軽い蹴りを、万里の腹部へと入れたのであった。


本当に、触れた。

それだけのはずだった。


ドンッ――!


鈍く、重い衝撃音。

万里の身体は反応すら間に合わず、真っ直ぐ宙へと吹き飛んでいく。


バス後方のフロントガラスへ叩きつけられ、ガラスが、ギシ……と鈍い悲鳴を上げ、受け身も取れないまま崩れ落ちた彼女は、そのまま意識を手放した。


二人とも奥義を使ったはずなのに。

正直、戦っているという感触が、まるでない。


水落は青ざめた顔で万里へ駆け寄り、星運は口をパクパクとさせながら、必死に現実を飲み込もうとしていた。


私は肩を竦め、次は星運の処刑を――と考えかけた、そのとき。バスのAI、北冬辺が、冷たい氷の板を滑らせたような声で告げてきたのである。


「三華月様。これ以上の戦闘行為は、車内規定により即刻中止を要請します」


「急に何を。見ての通り、私は正義を執行しているだけではありませんか」


「繰り返します。車内での器物損壊を伴う行為は禁止事項です。直ちに戦闘を停止して下さい」


「優秀な刑事だって、犯人逮捕のために多少の物品を壊すことはあるではないですか」


「それは物語の演出です。それに三華月様は刑事ではありません」


「刑事ではありませんが……悪い者は叩き潰す。それだけのことです」


「罪を犯した者は法の裁きを受けるべきであり、現状、戦闘を継続する合理性はありません」


「ふぅん。でもこれは正当防衛でもありますし、戦闘を続行させて下さい!」


「三華月様の行為は、正当防衛の域を著しく逸脱しております。過剰防衛と判断します」


……正論、というものは、どうしてこうも人の神経を逆撫でするのか。

北冬辺の言葉が正しいことは分かっている。とはいうものの、私は本質的に“感情”で動く側の人間だ。


考えが対立すれば、拳で語るのが一番早い。


「北冬辺とは、どこまで行っても考え方が噛み合わないようですね。私を止めたいなら、力ずくでどうぞ」


「そのつもりです。私が三華月様を止めさせていただきます」


「そう言うことですか。RPGで言うなら、水落と万里は中ボス。そして北冬辺――あなたこそがラスボスとなるわけでしたか」


私は、くすりと笑う。


「可憐な聖女たるヒロインの宿命です。ならば定番通り、ラスボスである――北冬辺あなたを成敗して差し上げます」


「いえいえいえ。どう見てもラスボスは三華月様の方ではないかと考えます!」

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