27 いい仕事しましたよ
張りつめた静寂の、その中心。
そこに、片腕と両脚を失った鋼色の小型機械兵が、無造作に転がっていた。
壊れた玩具か。
捨てられた機械仕掛けの動物か。
それとも――ただ“敗北を迎えた生命”なのか。
外装は歪み、関節はねじ切れ、配線の断面が夜気に晒されている。動く気配は微塵もなく、生命……いや、稼働の兆候すら感じ取れない。完全に死んでしまったのか、それとも辛うじて最低限の待機状態を保っているだけなのか。判別はつかない。静寂が、逆にそれを強調している。
つい先ほどまで暴威を振るっていた全長5m級の黒鉄色の母機体は、すでに私の手で完全に消滅させた。爆散でも、崩壊でもない。存在そのものが、空気に溶けるように掻き消え、痕跡すら残さず消え失せた。
その結果として残ったのは、庭園を埋め尽くす無数の機械兵たち。
びっしりと、隙間なく並び立ち、黒鉄の眼孔はどれも光を宿さない。夜の闇と同化した巨岩の群れのように、ただ沈黙している。
本来ならば。
圧倒的な戦力差を叩きつけられた時点で、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うはずだった。とはいうものの、その気配が一切ない。微動だにせず、こちらを見据えたまま、ただ止まっている。
——なぜ、逃げないのかしら。
恐怖で思考が停止しているのか。
それとも、別の理由があるのか。
首をひねりかけたが、思考はそこで止めた。逃げないのであれば、それでいい。むしろ、その方が計画としては好都合というものだ。
なぜなら。
これから始まる“最後のイベント”に、あなた達には観客として立ち会ってもらう必要があるのだから。
黒鉄の母機体の処刑は終えた。だが、私の仕事はまだ終わっていない。
機械兵に人類を滅ぼす能力を付与してしまった張本人――亜里亜。
その処刑へと至らせる“神託”を降ろすためのシナリオは、すでに寸分の狂いもなく整えてある。
そんな折。
背後から、甲高く耳障りな藍倫の高笑いが夜気を震わせ、そのすぐ隣で、死霊王の困惑した声が控えめに重なった。
「不思議ですね。マスターと思われる黒鉄色の機体が三華月様に破壊されたというのに、どうして機械兵達は、いまだここから退かないのでしょう」
「黒マント。お前、そんなことも分からんのか。相変わらず勘が鈍いのう」
「ということは、藍倫様には、機械兵達が逃げない理由が分かるのですか」
「当然じゃ。逃げられぬのは、新たなマスターとなった機体を置き去りにできんからに決まっとる」
「なるほど。黒鉄色の母親機体と親子関係にある鋼色の子供機械兵が、新たなマスターとなる定めを背負っている……ゆえに見捨てられない、という理屈なのですね」
「そうじゃ。足元に転がっとる鋼色の子供機械兵を回収したくとも、“鬼の三華月様”の足元へ突っ込むことになる。誰が好き好んで、そんな真似をするかというものじゃ。ちと考えれば分かることよ。人は考えるのをやめた時点で終わりじゃぞ」
なるほど。
藍倫の推測は妙に整合が取れており、機械兵達の沈黙の理由として十分すぎるほど納得できた。とはいうものの、私まで死霊王とまとめて総括でディスられたような気分になるのは、なぜなのだろうか。
藍倫は屋敷の影から顔をのぞかせていた使用人5人に「おい」と手招きし、亜里亜の安否確認を命じると、死霊王と共に建物の奥へと姿を消していった。
——さて。
こちらも、そろそろ仮説の検証を始めるとしよう。
足元。
庭園の石畳に、まるでボロ布でも打ち捨てられたかのように倒れ伏しているのは、鋼色の子供機械兵だった。かつては精巧な造形を誇っていたであろう外装は、今や無残に歪み、裂け、ひび割れている。その胸部と思しき装甲板へ、私はゆっくりと足を乗せた。
ぐ、と体重をかけていく。
ぎ……みし、みし、と鈍く湿った金属音が庭園に広がる。押し潰されるたび、金属が悲鳴を上げているかのようだ。ひび割れた外装の隙間からは、さらり、と乾いた音を立てて金属粉が零れ落ち、月光に照らされて淡く瞬いた。
——もう少し。
ほんの少し力を込めれば。
確実に。
間違いなく、この機体は粉砕されてしまうだろう。
その瞬間だった。
庭園を取り囲む機械兵たちの内部で、強烈な電流が一斉に走ったのが、空気越しに、肌で感じ取れた。目に見える変化ではない。だが、無機質な外装の奥で関節がわずかに震え、制御を押さえ込まれた怒りが、波のようにうねり始める気配がある。
空気が、張り詰めた。
戦闘直前特有の、冷たい緊張感が庭園を満たしていく。
——やはり、か。
藍倫の推測は、正しかった。
この鋼色の子供機械兵こそが、彼らにとっての“新たなマスター”なのだろう。
とはいうものの。
この半死半生、稼働限界寸前の機体にも、まだ役割は残されている。
神託を降ろすための、最後の儀式。
その触媒としてなら、十分すぎるほどに使える。
私は足を乗せたまま、庭園に存在するすべての機械兵へ届くよう、夜気を切り裂く声で告げた。
「機械兵のみなさん。私の声が聞こえていますか? 鋼色の子供機械兵は、すでに半壊状態です。この損傷では、再稼働は極めて困難でしょう。このままでは……命を落としてしまうのではないでしょうか?」
一拍、置く。
視線を巡らせ、彼らの反応を確かめる。
「その子を救える可能性があるとすれば——この屋敷の者が操る““錬金””だけではありませんか?」
静寂が、ぱきり、と音を立ててひび割れた。
ざわ……ざわざわ、と低いざわめきが連鎖するように広がっていく。機械兵たちは互いに首をわずかに振り、視線を交わすこともなく、内部データを同期させているのだろう。理解と同意が、無言のまま共有されていくのが、はっきりと伝わってくる。
意図は、正確に伝わった。
鋼色を救うには、亜里亜の錬金が必要。
——そこへ、誘導する。
その時だった。
藍倫に手を引かれるようにして、亜里亜が庭園へ姿を現してくると、そして次の瞬間、半壊した鋼色が、私の足元で踏みつけられている光景を目にした。
夜空を切り裂く、悲鳴のような絶叫。
「キャァァァ、ハガネちゃん!」
耳に痛いほどの声が響き渡る。
うむ、予定通りだ。実にありがたい反応である。
藍倫は状況を飲み込めず、眉をひそめて足を止める。死霊王は一歩下がり、静かにその背後へ控えた。私は亜里亜をまっすぐに見据え、最後のイベント、その幕を上げる。
力なく膝を折り、その場に崩れ落ちる亜里亜へ告げた。
「亜里亜様には、運命の選択をしていただきます」
声を落とし、ゆっくりと。
逃げ場を与えぬよう、言葉を突き刺していく。
「人類を滅ぼし得る力を持つ機械兵を救うのか。それとも、“人としての生”を選ぶのか……二者択一です」
亜里亜の肩が、びくりと跳ねた。
心臓を直接掴まれたかのような反応だ。
この状況で錬金を発動させれば、亜里亜処刑の神託は確実に降りる。完璧な盤面。彼女が鋼色を助ける選択をするのは、もはや疑いようもない。
想定外など、起こるはずがない。
……そう、確信していた。
私は鋼色を軽く蹴る。
ごん、と鈍い音を立て、壊れた玩具のように亜里亜の足元へ転がった。
案の定。
予測していた通りの言葉を、亜里亜が叫んだ!
「誰か、“錬金”の素材を持ってきて下さい!」
悲鳴まじりの叫びに応じ、機械兵たちは集めていた純金を次々と差し出し始める。ざく、ざく、と無機質な音が重なり合う。
うむ。ここまでは完全に計画通り。
いや、あまりにも順調すぎるほどだ。
私の中で、カウントダウンが静かにゼロへと近づいていく。
——そして。
亜里亜が“錬金”を発動しようとした、その刹那。
信じがたい事件が起きた。
「このバカちんがぁぁぁ!」
パァンッ!
乾いた破裂音が夜気を裂いた。
藍倫が、錬金を開始した亜里亜の頭を、容赦なく叩きつけたのだ。
一瞬、何が起きたのか理解が追いつかない。
当然、錬金は強制停止される。
藍倫は間髪入れず、怒声を浴びせた。
「よく聞け、亜里亜! その鋼色はな、わしを殺そうとした極悪非道の機械兵なのじゃ!」
「でも……ハガネちゃんだけは……私の味方なのです……」
「このバカちんがぁぁ! お前の目は節穴か! 後ろを見んかい! お前の味方は、そこにおるじゃろがぁぁ! ええ加減、目を覚ませぇ!」
振り向いた先には、使用人が5人。
皆、必死に亜里亜を案じる表情を浮かべていた。
藍倫はなおも怒号を飛ばしながら亜里亜をバカスカ叩き、亜里亜は涙と嗚咽に震えながら、その場に崩れ落ちていく。使用人たちはその光景に胸を打たれ、思わず瞳を潤ませていた。
死霊王が、そっと、しかし確かに呟く。
「……さすが、聖女様ですね」
藍倫はふいにこちらを向き、親指を突き上げてくると、口パクで、謎の言葉をはっきりと告げてきた。
『三、華、月、様、う、ち、い、い、仕、事、し、た、よ』
私は、深く。
果てしなく長い溜息を吐いた。
直前まで降りかけていた神託の気配は、まるで嘘のように霧散している。
藍倫。
酒と煙草を愛する不良聖女でありながら、教会一位になる日も、案外近いのかもしれない。
ものの。
あなたがやることすべてが、私の計画を根こそぎひっくり返していくのは、一体どんな因果なのだろうか。
やれやれ。
まったく、手のかかる聖女だ。
それが——藍倫。
あなたという存在なのである。




