24 南無阿弥陀仏
窓外へと視線を滑らせた瞬間、息が詰まった。
芝生一面に、腰を深く落とした低姿勢のまま構える身長3m級の機械兵達が、無数の影となって折り重なり、ひしめき合っている。
数、数、数。
視界に映る限り、いや、視界の外にまで続いているのだろう、整然と並ぶその沈黙は、もはや軍勢という言葉ですら生温い。
それは戦場前夜。
嵐が来る直前、世界が一瞬だけ息を止める、あの張りつめた静寂そのものだった。
屋敷の廊下は幅広く、長く伸びている。
そんな中、亜里亜に仕える5人の使用人達が、震えを必死に抑えながら訴えてきたのだ。
「帝都へ……帝都へ戻りたいのです……」
助けねばならない。
それは義務感というより、胸の奥でじわじわと燃え始めた焦燥の火が、粘つく蔦のように絡みついてくる感覚だった。
それにしても、だ。
肝心の“機械兵殲滅”の神託が、いくら待っても降りてこない。
嫌な予兆だけが濃く、重く、空気に沈殿していくものの、天啓は頑なに沈黙したままだ。
つまり——
今は機械兵達の掃討戦を行うべきではない、ということなのか。
あるいは、一旦棚上げにしろ、という神の采配なのだろうか。
私が導き出した最適解は、外で待機している藍倫を囮として動かし、その隙に使用人5人を屋敷から脱出させるというプランだった。
だった、というものの。
そこに、ひとつ。
あまりにも巨大な問題が立ちはだかる。
死霊王のスキル、『千里眼』。
全てを見通すなど、考えれば考えるほど、ふざけた能力にも程がある。
どうする、私……。
『隠密』を強化し、この包囲網を抜け、藍倫に接触する。
そう結論を出し、足を踏み出した、その刹那だった。
玄関ホールへ続く通路で、鋭い“気配”が、針のように肌を刺した。
—————————そこにいた。
亜里亜が“ハガネちゃん”と呼んでいた、鋼色の小型機械兵だ。
玄関扉の前に、ちょこんと座り込み、まるで獲物を待ち伏せする狩猟獣のように、真正面からこちらを見据えている。
視線がぶつかった、その瞬間。
ピョン、と軽快に跳ね上がり、金属質で甲高い声を響かせてきた。
≪お前が、僕達の宿敵であるアルテミス神の聖女だな!≫
愉快そうな声音だった。
いや、愉快というより、遊び心を隠そうともしない余裕が、あからさまに滲み出ている。
こちらの情報を相当掴んでいるらしい。
とはいうものの、こうして堂々と待ち伏せし、正面から挑発してくるとは、命知らずにも程がある。
ハガネちゃんは、にやりと口角を吊り上げながら、そのまま、くるりと軽やかに身を翻し、両開きの玄関扉へ向き直ると、ためらいもなく——力任せに、ぐい、と押し広げた。
外に控える仲間達へ、私を“披露”するつもりなのだろうか。
そんな考えが、頭をよぎった。
——ほんの、一瞬だけ。
次の瞬間、視界へ雪崩れ込んできた光景が、私のあらゆる予測を、情け容赦なく粉砕した。
——そこにいたのは、藍倫と、死霊王だった。
機械兵達の金属縄によって、全身をぐるぐると縛り上げられ、完全に拘束されている。
藍倫は、私の姿を認めた瞬間、喉が裂けるかと思うほどの悲鳴を張り上げてきた。
「三華月様! 助けてくださぁぁい!」
声はひっくり返り、必死さがそのまま音となって弾けている。
その背後には——アダマンタイト製の武装を全身に纏い、『絶対回避』まで付与された、身長5m級の巨躯機械兵が控えていた。
まるで、処刑台に立つ看守。
微動だにせず、ただそこに存在しているだけで、周囲の空気を押し潰すような圧を放っている。
——この瞬間、藍倫を囮に使う作戦は、霧散した。
両手で頭を抱え、「なんてこった……」と絶叫したくなる衝動が、喉元までせり上がってくる。
想定の崩壊。状況の最悪化。胃の奥が、ぎゅう、と縮む。
すると、その様子を見た鋼色の小型機械兵が、お腹を抱え、ゲラゲラと笑い出した。
≪うけけけけ。聖女。お前の考えなど、お見通しだ。抵抗したら、仲間の命はないぞ!≫
……なるほど。
全て、最初から読まれていた、ということか。
機械兵達を殲滅する神託が下るまでは生かしておくつもりだが——
そんな内心ですら、まるっと筒抜けだったということか。
5人の使用人を帝都へ送り届けるには、結局、この包囲を突破する以外に道はない。
さて、どうしたものか。
背筋へとまとわりつく焦燥が、次第に氷のように冷たく、重くなっていく。
呼吸が浅くなる。空気が、張り詰める。
——その時だった。
頭の奥に、唐突に、光が差し込んだような感覚が走った。
思考が静まり、世界が一瞬、澄み切る。
神託が、降りてきた。
——————亜里亜に仕える使用人達を救い出せ。
YES_MY_GOD。
これは、私自身の生死よりも優先される、絶対遵守の命令である。
ゆえに、5人の救出と包囲突破は、もはや確定事項となった。
それ以外の理由は不要だ。
はい、というわけで——機械兵達の殲滅が、ここで正式に決定しました。
再び、藍倫の悲鳴が、場を引き裂く。
「三華月様! 助けてくださぁぁい!」
南無阿弥陀仏!
……すまん藍倫、ここで成仏して下さい!
——はい、嘘です。
助けないなど、同族殺しとして信仰に傷がついてしまう。
安心して下さい。責任を持って、お救いさせてもらいますから。
鋼色の小型機械兵は、お尻をぺんぺんと叩きながら小躍りし、なおも挑発を続けている。
ならば——そろそろ、血祭りにして差し上げよう。
ゆっくりと歩み寄っても、相手は逃げる素振りを一切見せない。
人質がいるという慢心が、完全な油断へと変わっているのだろう。
≪もう一度、忠告しておく。僕に手を出したら、2人の命は無いぞ!≫
「今は……あなた自身の心配をした方がいいと思いますよ」
そう告げて、私は無言のまま、足を振り下ろした。
ガシャリ。
鋼色の機械兵を踏みつけ、爪先へ、じわじわと力を込めていく。
≪ギャァァ!≫
甲高い金属の悲鳴が、廊下に反響した。
つま先に力を乗せるたび、鋼色のボディがミシミシと軋み、悲鳴は次第に、嗚咽じみた音へと変わっていく。
足裏に伝わる、微細な震え。
それは、疑いようもない——恐怖の振動だった。
生き物を痛めつける趣味はない。
とはいうものの、こうした調子に乗ったクソガキのような存在には、相応の制裁を加えることに、躊躇はない。
玄関の向こうでは、黒鉄色の機械兵達が怒声を上げ、藍倫もまた、喉を潰すような悲鳴を漏らしている。
だが、足元の鋼色の小型機械兵は、まだ余裕があるのか、震える声で脅しを続けてきた。
≪おい、聖女。仲間の命がどうなってもいいのか?≫
「今は……あなたの心配をした方がいいのではないでしょうか」
運命の弓を、スナイパーモードで召喚する。
運命の矢を番え、足元の機械兵へ、静かに焦点を合わせていく。
弓を引き絞るにつれ、鋼色の小型機械兵は、ガタガタと露骨に震え始めた。
ようやく、自分の命の終わりを理解したのだろうか。
同時に、藍倫の方から、死の恐怖に裏返った叫び声が響く。
「三華月様! その鋼色を殺したら、うちが殺されます! 殺したら駄目っすよぉぉぉ!」
白銀の満月が夜空に輝き、今夜は神域へ至るほど、力が満ちている。
安心して下さい。藍倫を救う程度なら、造作もありませんから。
ふと視線をやると、藍倫と死霊王の足元に魔法陣が展開されていた。
次の瞬間、空間が歪み、2人は私の背後へと——“転移”してくる。
多少の詠唱時間が必要らしい。
——とはいうものの、死霊王よ。転移が使えるなら、もっと早く言ってほしかったのだが。
まあいい。救出の手間が省けたのは事実だ。
では、処刑の続きを始めましょう。
“ロックオン”を発動する。
距離30cm。
展開された魔法陣が、鋼色の機体の片腕へと、きゅう、と収束していく。
踏みつけられた子供機械兵から、甲高い悲鳴が迸る。
これから、殺戮の歌を聞かせてあげよう。
最大まで引き絞ったエネルギーを、解放。
SHOOT。
閃光が一直線に奔り——
鋼色の小型機械兵の片腕が、バラバラに、粉々に砕け飛んだ。




