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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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16 『SYUPPO』『FUU』

既に気温は50度を軽く超えていた。

もはや「暑い」という言葉では足りない。太陽の陽射しは刃物のように鋭利で、情け容赦なく地表を刺し貫いてくる。照り返しを受けた砂は白く灼け、そこから立ち昇る陽炎が、メラメラ、ぐにゃりと揺らめきながら、視界のすべてを歪ませていった。


私たちは今、この灼熱地帯とされる“死の砂漠”の端をかすめて進んでいるだけに過ぎない。

とはいうものの、それでも十分すぎるほどに過酷であった。

もし、ほんの数百メートルでも中心部へ踏み込めば、日中の気温は容易く100度へ到達するという。さらにその灼獄の地下深くには、“異界へ通じる迷宮”が、黒い喉のようにぽっかりと口を開いている。


帝国筆頭貴族・三条家からの依頼を受け、辺境都市周辺に出現したという機械兵を討伐するため、私は3人の女騎士を伴い、この生と死の境界線のような砂漠をショートカットしていた。


私が跨っているのは、馬型の機械人形(オートマター)

流線型の脚部がザッ、ザッと砂を弾き、金属製とは思えないほど滑らかに地表を駆け抜けていく。そのすぐ隣を、黒い影が並走していた。


全身を漆黒のマントで覆い、砂塵の上を音もなく滑走する存在――死霊(アンデッド)王。


――そう、あいつだ。


15話の最下層で鍛冶職人をしていた、あの規格外の骸骨。

あれからというもの、ずっとストーカーのように私の背後をついてきている。だが、誰かに危害を加える気配は一切ない。

災害級という枠すら軽く超えている怪物でありながら、実態は驚くほど人畜無害。油断を誘っているのか、それとも本気で穏やかな性格なのか。……判断に困るタイプなのは間違いないだろう。


そんな死霊王が、唐突に、妙に素直な声音で疑問を投げかけてきた。


「三華月様が乗っておられる、その馬型の機械人形ですが。あの個体は、人族の遥か上位種に分類される存在だと思われます。なぜ、三華月様に上位個体が従っているのでしょうか」


古代人が築いたとされる帝都の衛星管理システム。

そこに属する機械人形たちが、果たして“意思”を持つのかどうかは、未だ明確になっていない。

だが、私が乗る機械人形(ペガサス)には、疑いようのない意思があり、その存在格も人族を明確に凌駕している。


とはいえ――なぜそうなのか。

正直、私は興味がなかった。ゼロだ。知ろうとしたことすらない。


「機械人形が私に従っている理由、ですか」


「はい。後学のために、ぜひ教えていただければと」


「知りません」


「えっ……知らない、のですか」


「そんな理由……どうでもよくないですか」


「……まぁ、そうですよね」


死霊王はストーカー気質のくせに、異常な束縛や支配欲をまったく見せない。

“鬼可愛い聖女に延々と放置され続ける”という状況そのものに、むしろ恍惚を覚えるタイプなのかもしれない。

……いや、考えるだけ無駄だ。放置でいい。


そんな思考を遮るように、前方の砂地が爆ぜた。


ドンッ――!

黒い影が跳ね上がり、砂塵が渦を巻いて舞い上がる。


『女騎士 vs 黒色ワーム』

――戦闘が始まっていた。


本来、魔物は迷宮内にしか存在できない。

太陽や月の加護が満ちる地上では、生存そのものが不可能だからだ。

だが、この帝国最大の砂漠だけは別格だった。地上でありながら魔物が湧き、帝国最凶の土地とまで呼ばれており、迷宮と地表が半ば融合した、異常地帯なのである。


敵は黒色ワーム。

将来的にはA級へと進化し得るレア種だが、現状はB級。

砂地という絶対的な地利を活かし、ズズズ……と地中を蠢きながら、3人の女騎士をじわじわと追い詰めていく。


前線では大楯の騎士が、ドンッ、と衝撃音を響かせながら突進を受け止める。

後方では弓騎士が、砂塵の隙間を縫うように射線を探る。

視界は悪く、命中率も高くない。とはいうものの、勝敗の鍵はそこではなかった。


3人の中で最も華奢な女騎士。

彼女が、静かに、確実に、貫通効果付きスキルを叩き込み続けている。

時間をかけ、体力を削り、確実に仕留める――堅実な戦術だった。


やがて、黒色ワームは動きを鈍らせ、体勢を崩し、ズルズルと砂中へ潜っていく。

――撤退だ。


「帝国の騎士は少数精鋭と聞いておりましたが……なかなかやるものですね」


死霊王が、場違いなほど真面目な口調で感心する。

それほど、綺麗な勝利だった。


もっとも、代償がなかったわけではない。

特に大楯の騎士はダメージが深刻で、砂に膝をつき、ハァ……ハァ……と荒い息を吐いていた。


その瞬間――

白い影が、私の横をヒュン、と風のように駆け抜けていく。


その少女こそが、帝国第5位の聖女、藍倫。

15歳。私より頭一つ低く、少しふくよかな体つき。

背中で揺れる三つ編み、純白のローブ、胸元には大きな十字架の装飾。

美人というわけではない。だが、笑うと妙に可愛い少女だった。


「皆様、お怪我はありませんか。治癒回復を施しますので、どうぞこちらへお越し下さい」


三条家が“私の世話係”として送り込んできた聖女。

A級相当の治癒スキルを自在に操る、教会の未来を背負う逸材中の逸材だ。


藍倫が治癒を施す様子を、死霊王はじっと見つめ――やがて、深く頷いた。


「聖女とは、傷ついた者を癒す者。まさに藍倫様こそ、本物の聖女様といった感じですね」


……は?


それはつまり。

“回復しない私は偽物の聖女”

――そう言いたい、ということなのだろうか。


遠回しどころか、むしろ角度を変えた直球に近いのだが?


さて……どう料理してやろうか。


とはいうものの、死霊王には悪意らしきものが一切ない。

ただ純粋に、「すごいですね」と感心しているだけ。敵意ゼロ。

この手の無邪気さに、怒りを向けるだけ無駄……なのだろうか。


……本当に、扱いに困る存在だ。


————


砂漠を強行突破し、帝国領を完全に抜けてから、すでに5日が経過していた。

昼の名残を引きずる風は、夕刻を迎えてなお赤熱を失わず、吸い込むたびに肺の奥へ焼けた砂粒を押し込んでくる。息をするだけで、じり、と内側から体温が削られていく感覚があった。


そんな過酷な行軍の末――日が傾き、砂漠が長い影を引き始めた頃。

揺れる砂煙の向こう側に、目的地である辺境都市の巨壁が、ようやく淡く浮かび上がってきた。


雲一つない空は、昼の黄金を名残惜しげに溶かし込みながら、ゆっくりと藍へ沈んでいく。

地平線には赤銅色の残光が細く横たわり、空気そのものが熱に揺らいでいるかのようだった。

熱風は頬を叩き、衣をばさりと翻し、焼け切らない痺れを皮膚の奥へ残していく。


とはいうものの。

ゆっくりと昇り始めた満月が、砂埃の海へ冷却するように銀光を注ぎ始めると、世界の色合いは一変した。

白銀の光に照らされた砂丘は穏やかな起伏を描き、その先に聳える都市の壁は――まるで街そのものを守護する灯塔のように、冴え冴えと存在感を主張していた。


門を抜け、大通りへ足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。

今度は、人の熱気が押し寄せてきた。


商店が軒を連ねる通りには、夕餉を求める人波が絶え間なく流れ、

「安いよ!」

「今夜はこれが旨い!」

そんな売り声、笑い声、呼び込みの声が幾重にも重なって、空気そのものを震わせている。


その喧噪の奥からは、コン、コン、と樽を叩く鈍い音。

ジュウウ、と鉄板で肉が焼ける弾け音。

香辛料の刺激的な匂いが、雑踏に溶け込みながら鼻腔をくすぐった。


この辺境都市は、もともとは地図に載るかどうかも怪しい小村だったという。

しかし10年前、帝国の庇護下へ入ってから状況は一変した。

他国からの侵攻に怯える必要が薄れ、交易路は安定し、人と物資が一気に流れ込んできたのだ。


周辺諸国からの流入者は雪崩のように押し寄せ、

今では、かつて村だったとは到底思えないほど街路は広がり、建物は積み重なっている。

街の空気には、完成には至らぬまま、それでも確実に膨張を続ける――「成長途中」という生々しい息遣いが渦巻いていた。


その街へ到着した私は、三条家より2つの依頼を受けていた。


1つは、森に潜む機械兵の討伐。

東方の森林地帯には、B級相当の防御力を誇る機械兵が出没する――そんな噂が、昔から囁かれていた。

とはいうものの、実際に人の被害が出ることはほとんどなく、長らく放置されてきた存在だったのだが。


数日前から、状況が急変した。

機械兵が森の外へ姿を現し始めたのである。

帝国は、近い未来に人的被害が発生すると占断し、私たちを急遽派遣した、というわけだった。


街へ入ると、女軽騎士たちは兵舎へ向かい、

私は藍倫に案内され、繁華街の中央に位置する大酒場へと足を踏み入れた。


天井は高く、白い梁が幾重にも走っている。

その中央で、巨大なプロペラファンがゴウン、ゴウンとゆったり回り、熱気も喧噪も撹拌して、店内へ均一に行き渡らせていた。


20席ほどあるテーブルはすべて埋まり、笑い声と食器の触れ合う音が、濃密な層となって漂っている中、運よく空いていたカウンター席が空いていた。


派手な十字架を刻んだ聖衣を揺らしながら歩く私に、客たちの視線が、波のように寄せては引いていく。

軽い冷やかしの声は飛ぶものの、誰1人として無遠慮に手を出そうとしない。

この街の治安の良さが、言葉より雄弁に伝わってきた。


15歳の藍倫は、ためらいもなく肘をつき、よく通る声で言った。


「親父。一番きつい酒をくれ」


帝国法では、飲酒は20歳からと定められている。

地方では多少の黙認はあるものの――聖女が率先して破るのは、どうなのか。

そんな思いが、胸の底でちくりと跳ねた。


マスターは驚きもせず、私の顔を見る。

私はすぐに口を挟んだ。


「お酒は20歳から……のはずですよね。では、その注文はキャンセルで。代わりにジュースをお願いします」


「チッ」


見事な舌打ちが、カウンターに乾いた音を残す。

視線を送ると、藍倫は片肘をつき、眉をぴくぴくと震わせていた。

そのぽっちゃりとした体つきが、生活態度を雄弁に物語っている。


やがて懐から煙草を取り出し、まるで年季の入った刑事のような渋い顔で、カチリと火をつけてきた。


「藍倫。煙草も20歳からですよ」


私の声は、まるで存在しないかのように無視され、『FUU』と気持ちよさそうに煙を吐き、その隣では黒マント姿のアンデッド王が、ゲホ、とむせている。


不良聖女と健康的なアンデッドに挟まれる私。

……いや、どういう状況なのだろうか。

ともかく、まずは目の前の問題だ。


藍倫は『SUPAA』と煙を吐き、脱力した声で言った。


「FUUUU。落ち着くわぁ」


「15歳の女の子は煙草を吸ってはいけません」


「三華月様。酒もダメ、煙草もダメって……マジでやってられませんよ!」


帝都5位の聖女という肩書が、周囲が彼女を注意しにくい理由なのだろうか。

藍倫は煙草を灰皿に押しつけ、ギィ、と音を立てて地図を広げてきた。


帝国からの依頼は、機械兵の調査と討伐。

しかし私は、もう1つ――三条家から、森奥の屋敷に住む葭ヶ谷亜里亜の保護という、個別任務を受けていた。


そんな事情など知らぬまま、藍倫は地図の端に指を置き、謎の言葉を口にしてきた。


「とりあえず、機械兵の調査は女騎士たちに任せましょうか?」


「任せて、私たちは何をするつもりですか」


「はい。うちらは朝の市場にでも行って、食べ歩きでもしませんか」


「藍倫。食べ歩きは仕事を終えてからにしてもらえませんか!」


「三華月様。食べ歩きながら情報収集するんです! これは、遊びじゃありません!」


「とにかく、食べ歩きは却下です」


「だから、機械兵の情報収集をするって言ってるじゃないですか!」


「食べ歩きは後日にして下さい。私たちも森へ向かいます」


「……真面目かよ」


吐き捨てるように言い、藍倫は再び煙草に火をつけようとしたので、私は、その火を指でつまみ、ぎゅ、と潰した。

『自己再生』持ちの私にとって、火傷など問題にもならない。


藍倫は目を見開き、額に青筋を浮かべ、ドン、とカウンターを叩いてきた。


「何するんですか! 酒もダメ、食べ歩きは後回し、煙草もダメ……マジでキレますよ!」


「煙草を吸うと身長が伸びませんよ。やめなさい」


「煙草も酒も20歳からなんて帝国の規則でしょ! 聖女には関係ないじゃないですか!

それに、おっぱいは三華月様より私のほうが発育してますし、ほっといてください」


「それは、ただ太っているだけでしょう」


その瞬間――

不良聖女は、本気で噛みついてきた。

その結果、


―――――私の鉄拳制裁の餌食となってしまうこととなる。

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