闘気
「ねえ、起きて……死んじゃったりしてないよね?」
体を優しく揺さぶられて覚醒する。どうやらリブラが起こしに来てくれたみたいだ。
「おはようリブラ。少し痛むけどもう大丈夫だよ」
「ほんと? よかった」
リブラはほっと息をついて俺を見つめる。
じっと見つめられてなんだか気恥ずかしい。
「下行こうぜ」
「うん、ご飯もう出来てるよ」
二階にある部屋から降りて、一階の食堂に行く。
冒険者として鳴らしたゼウロスさんは今は引退して、王都からこのパークス村に移り住んで、テミィさんの腕を活かした食堂を経営している。ちなみに名前は、家族の髪の色を冠して「赤髪亭」だ。
村人には、色んな外のレシピで作られる料理が好評のようでかなり繁盛している。
「おう、坊主。傷のほうは大丈夫か? なあに、訓練で頭割られるなんてよくあることだ。あんま気にすんな」
「血が出た分、いっぱい食べなきゃね! 肉食べな肉!」
……相変わらずの夫婦のやりとりに思わず笑みがこぼれる。一緒にいて気持ち良い空間だ。
あいさつして席に座るとパンと野菜を煮込んだシチューはともかく、俺の前にだけ、どかんとステーキが置いてある。
ちょっと多いぞ。と思ったが、昨日の夕御飯は食べ損ねたことを思い出したら、急に腹が空いてきてペロリと平らげてしまった。
「いい食べっぷりだね! それなら体のほうも大丈夫だね!」
食べる=健康との信条を持つテミィさんは、俺の食いっぷりに満足したようだ。
その娘であるリブラも影響されてるようで、俺の食べる姿を見て心配がなくなったようで元気になっている。
「坊主、今日の訓練はどうする? 傷が痛むのなら休んでもいいぞ」
「いえ、大丈夫です。やらせてください」
「……ふぅむ。お前がそう言うとは思わなかった。あまり訓練に積極的じゃないと思ってたんだが」
どうやら、前の俺なら休んでたみたいだ。もう完璧に一つになっちゃってるから自分じゃよく分からないんだが。
「まあ、ちょうどいい。お前らには、昨日なにが起こったのか説明せにゃならんかったからな。少し休んだら裏手に集合だ」
そういや、昨日のリブラはいきなり強くなっておかしかったな。普通なら当たってもリブラの力で額が割れるなんてないと思うし。
『起こった』ということは、なにかしらの力が働いたってことだ。色々と言葉から考察しているとリブラがおずおずと話かけてくる。
「ねえ、本当に大丈夫? なんか説明できないけど、アステル変だよ……」
うーん、リブラの目から見てもおかしく見えるのか。ちょっと誤魔化さないと。
「いや、昨日のことで気づいたんだ。俺はもっと剣を使えるようにならないって。だから精神を入れ替えて訓練に励もうと思ったんだ」
「本当? 剣士になるの?」
「それは分からないけど、とりあえずの目標はゼウロスさんを倒すことだ。もちろん、もうリブラにも負けないぞ!」
「ふんっ! 私に勝とうなんて十年早いわね!」
どうやらリブラは俺が剣を積極的に習うのが嬉しいみたいだ。しおらしさも消え、いつものように勝ち気な態度に戻った。
うん、やっぱリブラはこうでなくちゃ。リブラに合わせて俺も笑う。
準備を整え、家の裏手にある訓練場に行く。訓練場って言っても、ただの訓練用の的が立ってるだけの原っぱだけど。
ゼウロスさんが来るまで二人で木剣で素振りをしておく。
昔のように義務ではなく、一打一打確かめるように振る。人生は短いし、なにが起こるか分からない。少しの時間も無駄に出来ないと気が急く。
子供のくせに前世より体力あるんじゃないか? と自己評価していたところ、ゼウロスさんが来た。
「よーし、坊主共こっちこい。今日はちょっと難しい話をするぞ」
「なーんだ、剣使わないのね」
リブラが残念そうに愚痴る。なんだか、将来が心配になってくるな。
「リブラ。頭の使えん剣士は二流止まりだ。あらゆることを知ってこそ一流になる。だからちゃんと聞け。これは、昨日の事故とも関係するからな」
「!」
リブラが注意を受け、顔が引き締まる。
「まず、俺らは人族だ。そして、世界には色んな種族がいる。主だった種族は、魔法が得意でよく分からない魔法を使うエルフ族。滅多に人前に出てこないし秘密主義だからよくは知らん。同じく魔法が得意で特有の回復魔法を使い世界中に教会を立ててる有翼族。残念ながらこの村に教会はないがな。身体能力が高く、戦いに特化した種族である獣人族。しかし身体能力が高い代わりに魔法が使えない。かれらとは、かつて戦争があり、結果は痛み分けに終わったが人族と仲が悪い。あとは力が強く、工芸に長けたドワーフ。そして数は少ないが最も戦闘力が高いと言われる龍人族。ここらへんが主要な種族だな」
ふむふむ、いきなりためになる話だ。知りたかったことが一気に分かった。獣人族以外とは友好的な関係みたいだな。
「そこで問題だ。今、他の種族の特徴を並べたが、俺ら人族の特徴とはなんだ?」「剣技!」
リブラが反射のような速度で答える。どこまで剣が好きなんだ……
「まあ、人は剣を好んで使うが違う。人族だけが持つ力、それを【闘気】という」
「闘気……」
「闘気を纏うことで身体能力は跳ね上がり、魔法耐性もあがる。だがデメリットもあるぞ。魔力を使うから当然時間制限がある。さらに、魔力をいくら注ごうと一定までしか能力はあがらない。後は、使用中に魔法を使えなくなる。こんなところだな」
時間制限付きのパワーアップか。それが人族の戦い方というわけだ。
「で、昨日の話に戻すと、リブラは習ってもないのに自分で闘気を発動させちまったみたいだな。流石、俺の娘だ!」
「うん。お父さんの娘だからね。私は天才ね!」
はははと快活に笑ってるが、一歩間違えたら俺死んでたな。
「まあ、どんな力もコントロールできなきゃ使える内に入らない。本来は早くとも十歳当たりから始めるんだが、お前らはモノが違うようだし、闘気の訓練をしようと思う」
「一度発動させたリブラはともかく、俺もできるんですか?」
「リブラができるんならできるだろ。お前の親父もかなり魔力持ってたし」
というか魔力ってなんだ?
最初の説明はすごい的確だったのに、段々適当になっているような……
説明が足りな過ぎる。リブラはもう準備してるが、この親子は少々脳筋の気があるようだ。
「ゼウロスさん、そもそも魔力ってなんなんですか?」
「分かってるのは親からある程度遺伝するらしいってことと、成長と共に容量もあがってくってことだな。牛乳飲むとか、毎日空っぽになるまで魔力を酷使する、ある種の果物を食べると増える容量があがるとかの眉唾な話があるが、色んな貴族が試した結果、大して変わらんかったから人の手で容量をどうにかするのはできないっていうのが通説だ。魔力自体は生命力と密接な関係があって、動いてるだけでも魔力を消費しているらしい。魔力なくなりかけるとふらつくし、空っぽになれば気絶する。下手すりゃ死ぬ。知ってることはそんぐらいだな」
「魔力が少ない子供が闘気使おうとすると死ぬ危険があるから教えないのですね」
「そういうことだな。十歳から始めるというのも、そこらで魔力が急激に伸びるから闘気を使えるに足りるってだけだ。お前らはすでに魔力が高いみたいだから、今後が楽しみだな!」
ゼウロスさんの言い回しだと俺の魔力が高いのは既に確定しているようだ。
「あの、魔力の大きさを測る手段ってあるんですか?」
「聞いたことないな。人間は闘気を何分纏えるかで大きさを測るのが普通だ。もしかしたら、そういう魔道具があるかも知れないな」
「えーと、じゃあなんで俺が高い魔力持ってると?」
「それはだな。お前らはまだできてないが、闘気を使うには魔力を感じ取ることが必要になるんだ。他人の魔力は感じ取り辛いが、なんかこう分かるんだよ。勘みたいなもので」
勘かよ! でも魔法がある世界なんだから勘というのも馬鹿にはできないか。
訝しんでる俺を見て、ゼウロスさんが頭を掻きながら説明する。
「勘としか言いようがないんだよなぁ。こればっかりは実際に感じれば分かると思う。ということで闘気習得の第一段階『魔力を感じよう』だ。すぐに分かるがすごく痛い方法とすごく時間かかるけど痛くない方法どっちがいい?」
「痛いってどれくらい?」
「這いずり回るくらいだな」
そんなに痛いのかぁ……
「時間かかるってどれくらいですか?」
「半年とか一年とかだな」
そんなに時間はかけられないな。痛いのは嫌だけど我慢するしかないか。
リブラのほうも時間かかるのは嫌みたいで顔をしかめている。
「「早く分かるほうで」」
「お前らならそう言うと思って用意しといた。ほらこれを飲め」
そう言われて渡されたのはいかにも妖しい黒ずんだ丸薬。
ゼウロスさんが渡すのだから命に別状はないのだろうけど口に入れるのは躊躇ってしまう。
しかし、リブラは気にせずぱくっと飲み込んだ。命知らずというか猪突猛進とでも言えばいいのか躊躇いなど微塵もないようだ。
女の子に先を越された自分を少し恥じて、慌ててこちらも飲み込む。鼻孔からいかにも薬っぽい匂いが駆け抜けていく。
流石にそんなにすぐに効果は出ないかと気を抜こうとした瞬間にそれは起こった。
「うぅ……痛い……」
まずは先に飲んだリブラが痛みを訴えた。続いて俺にも症状が現れた。
まずは肌がちりちりと痛みだした。次に体の内部を巡回するような痛みが体を襲う。
まともに立っていられなくなり、俺たちは地面に体を横たえた。
「その薬は肉体と魔力に不和を起こす薬だ。つまり、その痛みの正体が魔力だ。存分に魔力を感じ取れ」
ゼウロスさんの言葉を聞きながら痛みに耐える。
どれだけ時間が経っただろうか。次第に痛みが収まって来た。しかし、痛みとは違う感覚で魔力を感じることができる。
手をぐっぱーと開いて確かめる。これが魔力。この体を巡る力が魔力。確かに感じる。まるで今まで閉じていた目が開いたように魔力の流れを感じる。
「どうだ? 魔力を感じ取れるか? 駄目なら薬はまだまだあるぞ」
「いえ、大丈夫です。分かります」
「私も分かるわ!」
今まで感じ取れなかったものを感じるせいで、世界が変わって見える。
自分の体にさえ違和感を覚えるが、じきに慣れるだろう。
「ほお、流石だな。普通は何回も薬を使って体で覚えるもんなんだが一発か」
「あの痛みを何回もとか嫌ですね……」
体がおかしくなるかと思った。あれを何度もとか冗談じゃないや。一発で成功して良かった……
「お父さん、時間がかかるほうってどういう方法なの?」
「座って精神集中して魔力の流れを感じるって方法だな。長ったらしくて好かん」
「うへー、私も嫌」
嫌かどうかより、短い人生でそんな悠長な修行法はやってられないな。
「よし、それじゃあ闘気の使い方だ。まずは一般的なやり方から教えるぞ」
俺は一言も聞き漏らさないように耳を澄ませる。
「丹田、つまりへそに体の魔力を集中させて圧縮する。圧縮した魔力を右足から左足、左手、頭、右手、そしてまた右足と巡回させる。これを動かずに維持だ!」
目を閉じて、言われた通りに魔力を意識的に丹田に集めて圧縮する。
圧縮には、とても力がいる。額から汗が一筋落ちた。
後は、これを体に巡らせる!
ゆっくりだが着実に体に圧縮された魔力が巡っていき、自分の体が別物になっていく感覚がある。
成功を確信してゆっくり目を開けるとあのゼウロスさんが、驚愕の表情をしていた。多分、ものすごく珍しいものを見た。
「まさか、こんな短時間で成功させるとはな。お前らでも一ヶ月はかかると思ってたんだが……」
どうやら俺はかなりすごいらしい。そこで神様との話を思い出した。そういや記憶はともかく加護の確認はしてなかったな……
うん、ということは神様は、遠いこの世界に頑張って加護を届けてくれたらしい。ありがとう神様!
「アステルにできて、前にできた私ができないわけない。なんで、できないのよ」
リブラがちょっと涙目になってる。すまん、これは俺の実力じゃなくてズルなんだ。いや、もらったものだしもう俺の実力ってことか。
「そういえばゼウロスさん。さっき一般的なやり方って言ってましたけど、他のやり方があるんですか?」
「……あぁ、違うやり方ってのは俺独自の感覚だ。教えても誰も出来なかったから言う気はなかったんだが」
「お父さん! そっち教えて!」
リブラが目をうるませながらゼウロスさんに突っかかる。
「えーっとなー、言葉にすると難しいんだが、剣から力が伝わって体を巡り、剣と一体になるんだ」
んー、なんか抽象的だし俺には理解できそうにない。
「なんか分かる気がする……」
えー、分かるのー!?
リブアが右手に木剣を持ち、集中する。少ししたら急にリブラから威圧感みたいなものを感じた。
「やった! できたよ!」
マジかよ! なんであんな説明でできるんだ。圧縮とかはどうしたんだよ!!!
「おお、まさか一日目で成功させるとは、流石、俺の娘だ!」
「もうお父さん。こんな簡単な方法あるなら先に言ってよね!」
二人は、はははと快活に笑っている。俺の才能って実は大したことないのかもな。と少し落ち込んだ。
「よし、二人とも発動できるようになったし、訓練もそろそろ終わりだ。とりあえずどのくらい魔力量あるか調べてみるか」
「一般的には、どうのくらい発動できるんですか?」
「王宮の騎士の合格ラインが三十分だ。一般的には、その半分くらいだな。」
「じゃあ、私は一時間目指すね!」
リブラが滅茶苦茶言ってるが、十分できればいいほうかな。
「よーし、始め!」
三分、まあ余裕。
八分、まだまだ
十五分、リブラが辛そうだ。俺は、あんま疲れてない。
十八分、リブラが座り込んだ。俺は、変わらず。
二二分、ゼウロスさんから笑みが消えた。俺は、まだまだいけそうだけど怖くなって来た。
二五分、リブラのマネをして座り込む。体感的に三倍くらいいけそうだった。
「お前ら、どういう魔力してるんだ……」
なんというか、俺の魔力はかなり異常らしい。また魔力成長期来てないし。
神様の加護と父さんの遺伝が合わさってすごいことになってるのかなぁ。
「ふんっ! 闘気が長く続いたってその前に倒せばいいだけでしょ!」
リブラが負け惜しみを言う。
「いや、リブラの言うとおりだ。騎士は軍隊行動をするために一定の魔力を持たないものを弾いているが。それが強さとは限らない。五分しか持たずとも敵をその間に倒せる実力があればそいつのほうが強い。まあ、場合によって強さの基準も違うがな。魔物の殲滅戦とかもあるし、魔力があるに越したことはないのは間違いない」
確かにその通りだ。いくら魔力持ってても闘気は一定しか使わないんだから宝の持ち腐れだ。
せっかく持った魔力をどうにか活用する方法見つけないとな。まあ、今はそれより闘気の使い方と剣技が優先だ。
家に戻って体を洗い、早めの昼食を食べる。ちなみに俺だけ肉が多めだった。そして、これから赤髪亭のランチを家族全員で回すのだ。
テミィさんが料理を作り、ゼウロスさんと俺でウエイターをやり、リブラが盛り付けたり運んだりする。
ここは訓練に勝るとも劣らない戦場だ。ミスは許されない。
ラッシュが過ぎ、戦場が終わり、清掃して夜に備える。
夜までの時間は普段なら、テミィさんは仕込みをし、ゼウロスさんは店の雑用して、俺たちは自由時間となる。
今回は、闘気を早くコントロールできるようになるために夜まで訓練だ。
「訓練の内容は瞬間発動だ。達人になれば切られる瞬間に感知して発動できると言われてるが、そんなの俺でも無理だ。目指すのは五秒、できれば三秒だ。次に維持。殴られたり痛みを感じても集中を乱さずに維持する。言うのは簡単だが、実に難しいぞ。今回、俺は仕事で見れないから発動の練習をしろ」
そういってゼウロスさんは、店の仕事に行く。
発動まで時間がかかるのは魔力の圧縮だ。これさえどうにかできれば発動を早くできるはず。そう思って何回も試すが一向に早くならない。八秒くらいが限界だ。
リブラはどうやってるか知らないが、五秒をかなり早くクリアしてこっちにどや顔してきた。今は一秒を目指すと豪語している。くそっ!
問題は圧縮に時間かかりすぎてることなんだよなぁ。もっと慣れれば圧縮までの時間も短くなるってことだろうか?
いや、闘気の本質は圧縮した魔力を体に纏うということだ。じゃあ別に丹田にこだわる必要はないんじゃないか?
いちいち丹田に圧縮して循環してに拘らずに、体の魔力量を意識的に上げて、一気に全身を圧縮。これならきっとできるはずだ。
俺は、魔力を上げると同時に全体圧縮を始める。体に闘気が纏うまでの時間――五秒。
よっしゃ。できた!
そうだ。あの説明はあくまで初心者の発動用だ。もう発動できる俺なら一気にできる。
これを煮詰めていけば三秒はいけるはず。圧縮を瞬間的にできるようになれば一秒も夢じゃない。
成功して分かったが、リブラは最初からこの方法使ってたってことか。初心者には厳しすぎるわけだ。理解してなさそうだけど……
開店前にゼウロスさんが来て、俺たちが二人とも三秒で発動するとこを見せたら「もう驚かん」と呆れられた。
夜御飯は肉尽くしだった。朝、昼、晩と全てかなり高級な肉を食べさせてもらって流石に申し訳ない。
そう言うとテミィさんは「子供はただ食べればいい」と笑って流すのだ。改めてテミィさんに感謝した。
夜の赤髪亭は、昼とは違いシックな雰囲気だ。夜は家で食べるのがこの村の習慣のようで、家族で来る客は少なく、一人身の人たちが酒とつまみでちびちびとやるだけだ。
カウンターでは、ゼウロスさんがバーテンダーもどきをやっている。
俺たちはマスコット扱いされてるし、酔っ払いのあしらいはできないので夜の手伝いすることは少ない。外から客が来て忙しい時くらいだ。
することもないので、部屋でこの家にある唯一の本である魔物図鑑を見る。生態や弱点が書いてあり、いつかきっと役立つはずだ。
そんな風に過ごしているとドアが急に開けられる。
「ねえ、なにしてるの?」
「リブラ……人の部屋に入る時はノックしなさいってテミィさんがいつも言ってるだろ」
「アステルなら別にいいでしょ?」
「親しき仲にも礼儀ありと言ってなぁ……」
「本見てるの?」
相変わらずこっちの話を聞かないやつだ。まあ、もう慣れた。
「アステルは冒険者になるの?」
「どうかな。いつか役に立つと思って見てただけ」
「じゃあ、将来は何するの?」
「うーん、まだ分からないけど、まずは世界を巡ってみたい。将来的にはダンジョンハンターもいいかもね」
この世界では神の試験――別名ダンジョンという場所が実在している。その名の通り神が作った物である。この世界の神様は前世と違って割と積極的に世界に干渉しているようだ。
ダンジョンには魔具という人では作れない装備品や装飾品が宝箱に入っている。当然それらは高値で売買されており、宝を狙い数々の冒険者が挑んでいる。そんな彼らをダンジョンハンターと呼ぶ。
ダンジョンハンターも広義的に言えば冒険者なのだが、ダンジョンを専業としてダンジョン都市に住み込んでいるものたちをダンジョンハンターと呼ぶ。前世ではゲームとしてそういうのがあるとは知っていたが、ゲームやったことのない俺がこっちでリアルダンジョンに潜るというのは、考えると中々面白いことである。
「私もね、この村が嫌いなわけじゃないけど、外の世界を冒険したいんだ。ねえ、一緒に旅しない?」
「そうだな。ゼウロスさんが許してくれるなら一緒に行ってもいいよ」
リブラと旅するのも楽しそうだけど、やっぱり一人で気ままに旅がしたい。リブラを溺愛してるゼウロスさんが、例え俺であろうとも一緒に旅なんて許すわけないと思い、こういう言い方をしたのだ。
「絶対ね。約束だからね!」
なのに、リブラはまるで宝物を手に入れたかのような笑顔で俺の前から去っていった。ちょっと罪悪感だ。
まあ、子供の約束だ。すぐ忘れるだろう。俺も忘れるために寝よう。
鶏の鳴き声と共に起きて、身支度をして早朝訓練。
走りこみと素振りだけだが、こういう積み重ねは下手な訓練よりも重要だ。
汗を流し、朝ごはんを食べて、また訓練が始まる。
「前に維持の訓練は殴って痛みに耐えると言ったが、その前に手加減の訓練をする」
「手加減?」
「そうだ。お前ら闘気を使って動いてないだろう。どんだけ力があるかも分かってないはずだ。まずはランニングするぞ。闘気を使え」
そう言って一瞬でゼウロスさんが闘気を纏う。流石だ。
俺たちも闘気を纏い、ゼウロスさんの後を追って走る。
正直、闘気を舐めてた。世界が違う。ものすごいスピードで周りの景色が過ぎ去っていく。しかも、まるで疲れない。
「どうだ? 全然違うだろ」
「すごいね!」
リブラも感動してるみたいだ。
次は、石を遠投したり握り潰したり、木を駆け上ったり、普通の状態では絶対できないことを軽々とやれた。
「どのくらいの力が出るかは分かっただろう。では、本命の維持の訓練に入る。正直、お前らを打つのは気が進まないのだが、ダメージで闘気を解いて死ぬのは一番多い死に方だ。本気で痛い思いをすると思うが耐えろよ」
「……はい!」
痛いのは嫌だが、死ぬのはもっと嫌だ。これを乗り越えなければ戦う資格はないのだろう。
「闘気を纏って目をつむれ!」
昔、テレビで見た座禅みたいだと思った。目をつぶっているところにいきなり肩を思いっきり木剣で叩かれる。
衝撃と痛みで闘気が維持できなくなる。痛みに慣れるというのは並大抵のことではない。だが、この世界では、この程度耐えなければ戦いにいけないのであろう。涙目になるのを我慢して闘気をもう一度展開する。
この訓練は、流石にその日に終われるようなものじゃなかった。男で人生経験をちょっと積んでる俺でもキツイのだ。リブラの辛さは筆舌に尽くし難いだろう。
訓練が終わり目を開けた時にリブラの泣き腫らした目と、血が出るほど木剣を握りしめたゼウロスさんの手が目に焼きついた。
訓練は次第に過激になっていく。腹を叩かれたり、足を叩かれたり、痛みも増す。
リブラは訓練が終わると、部屋に閉じこもるようになった。御飯の時だけ出てくるが空気が重い。
それでも、リブラは訓練を止めるとは一言も口にしなかったし、店の手伝いも裏方だけだが、休まずに続けた。
俺はリブラの部屋に行き、辛いけど剣士になるためなら我慢できると言って、膝を抱いて座っているリブラを励ますことしかできなかった。
そして、何度も繰り返し、ついに痛みに耐性ができた頃には二週間程経っていた。
「お前ら、よく我慢したな。闘気の訓練は一旦終わりだ。本当によく頑張った」
「やった!」
痛みで闘気を解かなくなったといっても、痛くないわけじゃないのだ。この訓練は二度とやりたくない。
きっと、ゼウロスさんもやりたくないだろう。この二週間のゼウロスさんはとても辛そうだった。
リブラは声に出さずとも、訓練に耐えた充実感に浸ってるようだ。
「リブラ、よく耐えたな。これで剣士を諦めるやつも大勢いる。流石、俺の娘だ!」
「お父さんの娘だもの。当然ね!」
いつもより元気はないが、いつも通りのやり取りに笑ってしまった。俺が笑っているとゼウロスさんとリブラも笑った。
俺たちは確実に大きな壁を越えたのだ。




