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聖女

 街道をひたすら歩く、最初は、はしゃいでいたヘレナも、もう辟易してるのか会話も少なめだ。魔物も雑魚ばかりで、見通しがいいせいもあり近づく前に魔法で蹂躙される。しかし、そんなイージーな旅も終わりだ。平原は終わり、木が茂った道に入った。ここからは魔物も増えるし、突然の襲撃だってありうる。警戒しなくてはならない。


「ヘレナ、ここからは今までのようにいかないだろう。奇襲もあるから手を離そう」

「はい……」


 今までは手を繋いで歩いていた。ヘレナは物凄く悲しそうに手を離した。多分、繋いだままでも平気だったけど、過信はよくない。

 やはり、林では魔物の遭遇率が高かった。出てくるのは、スライム、ゴブリンといった見慣れた魔物だったが、林に隠れて待たれると発見が送れ、接近戦が多くなる。火魔法も使えないという制約もあり、平原とは戦闘にかかる時間も段違いに長くなった。


 何日か経ち、ようやく目的地のメルガルドが見えた。

 王都に次ぐ大きさだけあって、城壁も立派だ。ヘレナは城壁を見て圧倒されているようだ。俺も初めて見た時はこんなだったな、と思い出し笑いが出た。

 門番にギルドカードを出し、ヘレナを連れだと言って中に入れて貰う。商人でもなければ金は取られないようだ。

 街には人が多くいて、ヘレナは村のことを思い出したのか手が少し震えている。俺は少し強く握り返して安心させた。まずは宿でヘレナを休ませるかと道行く人に宿の場所を聞こうとしたが、なにやら人の流れがおかしい。

 一体なにがあるんだろうかと、その流れに身を任せる。広場には有翼人がいた。初めて見た有翼人は、天使の末裔との言葉に偽りなく、背から生えた白の翼をはためかせ、神秘的なたたずまいをしていた。

 彼らは怪我をした人らを集めて治療していた。「聖女」という言葉が聞こえる。他の誰よりも白さが際立つ純白の翼、それを引き立てる光を凝縮したような金の長髪、母性を象徴するかのような大きな胸、そんな彼女が怪我人に触れると、神々しい光が放たれる。

 ヘレナが思わず「綺麗……」と呟く。幻想的な光景だ。俺はその少女から目が離せない。心が震える。いや、震えているのは魂だ。最早、自分としては思い出せないはずの記憶が揺さぶられ、言葉として溢れる。


「白神……」


 彼女ではない。彼女には翼なんてなかったし、髪の色も瞳の色も違う。けど、その雰囲気がどうしても似てるのだ。そして、彼女の碧眼が気になってしょうがない。


「なんでそんな目をしてるんだ……」


 なぜ、回りのやつらは気づかないんだ。あれは昔の俺だ。生きてる意味が分からず、ただ流れのままに生きていたことの俺の目だ。聖女だ、奇跡だ、そんなどうでもいいことばかりが聞こえ、誰も彼女の悲嘆に気づいていない。笑って欲しかった。俺が世界で一番綺麗だと思ったあの笑顔を見たかった。引き寄せられるように、彼女に近づこうとした時、不意に自分に繋がれてるちいさな手を感じた。


「アステル様?」


 そうだ。今の俺にはヘレナがいる。しかもあの人は白神さんに似てるだけで、俺とは何の関係もないんだ。相手にされるはずもない、なんて馬鹿らしいことをしようとしてたんだ。


「ああ、ごめんなヘレナ。宿を探そうか」


 思いを振り切る。似ているだけの人に感情移入だなんて相手にも失礼だ。そう思うのに心が痛い。彼女と喋りたい。思いが制御できない。こんなの初めてだ。いや、前世ではあったか。そうだ、あの頃の俺は、白神さんを好きになってそれで終わってしまった。付き合う以前に告白すらしてない。中途半端で宙ぶらりんで心の行き所がない。そんな強烈な気持ちのまま死んでしまったから、魂に焼きついてしまっている。彼女と話そう。そうしないと何も始まらないし終わらない。

 

「アステル様、大丈夫ですか?」


 いつの間にか宿についていたようだ。精神はごちゃごちゃでも無意識にやってくれたらしい。


「ヘレナ、俺はしなくちゃいけないことがある。ここで待っててくれ」

「は、はい? お気を付けてください」


 一刻も早く彼女に会わなくては!

 宿を出て、広場に戻る。今は誰もいない。


「すいません。聖女はどこに行ったんですか?」

「聖女様なら教会に戻ったんじゃないかな」

「ありがとうございます」


 ここからでも、いかにも教会って建物が見える。そこまで駆けた。

 荘厳なドアを開けた。ステンドグラスの光を受け、彼女は一心に祈っていた。


「なにか用ですか?」

 

 年老いた老婆が怪訝な顔で聞いてくる。何も考えてなかったから戸惑ってしまう。


「え、えーと聖女と話しがしたくて……」

「聖女様はお忙しい。懺悔ならここの神父が聞きましょう」

「ち、違う。俺は懺悔がしたいんじゃなくて聖女と話しがしたいんだ!」

「聖女様はそのようなことをしてる暇はない。悪いがお帰り願おう」


 どこの馬の骨かも分からない男がいきなり聖女と話をさせろじゃ会えるはずもなかった。いくらなんでも計画性がなさすぎたか……


「あの、どのような理由で私と喋りたいと?」


 しかし、ここは教会で、奇跡は起きた。神は俺を見捨ててなかったようだ。興味を持った聖女が話しかけて来てくれた。


「あなたの眼が気になった。なんで全てを諦めた悲しい目をしてるのか知りたかった」

「!?」

「なんと無礼な! 貴様に聖女様の何が分かる!」

「待って! あの、あなたと話をしてみたくなりました。懺悔室に行きませんか?」

「聖女様、あなたのような高貴な方がこのような――」

「あまねく命は全て平等なはずです。それが我が国の教えだったはずでは?」

「確かにそうですが……」

「行きましょう」


 聖女に連れられ、俺は懺悔室に入った。

 部屋は壁も机も白く、向かい会うように椅子が置かれ、ついたてなどもなかった。まるでカウンセリングの部屋みたいな印象を受けた。

 椅子に座るように促され、向かいあって座る。


「なぜ、私が悲しんでいるとあなたは分かったの?」

「昔、同じ眼をしたやつを知っていたのですよ。だから、あなたがなんであんな眼をしてるのか知りたかった」

「あ、あの、ここは誰にも秘密が漏れません。私の話を聞いて貰えますか?」

「もちろん。だって俺は、あなたと話したくてここに来たのだから」

「申し遅れました。私はプリマヴェールといいます。プリマと呼んでください」

「俺の名前はアステルです。プリマさん、あなたに一体なにがあったんですか?」

「私の大司教の父の娘として産まれました。有翼人の教義の一つに純白の翼を持つ聖女の話があるのです。私は、ただ翼が他の人より白いというだけで聖女として崇め祀られました。父はそんな私を喜び、聖女としてふさわしい教養と礼儀作法を身につけるよう強要しました。私も聖女として振舞うことに疑問を感じませんでした。

 でもこの前、私の縁談が決まったと父から連絡がありました。相手は王都の枢機卿とのことです。その時にふと思ってしまったのです。このまま父の言うとおりに生きて、私はどこにいるんだろうと……」


 そう言って、プリマさんは涙を流した。魂が締め付けられるように痛い。俺は昔に救って貰った恩をこの人に返さなくてはならないと、そのためにこの世界に来たんだと確信した。


「プリマさん、人はなんで生きると思いますか?」

「今の私には分かりません。なんのために生きるのか」

「俺の知ってる人も最初はそう思ってました。だけどある人と出会っただけで自分の人生に意味があったと理解したそうです。人は誰かと出会うために生きるのですよ。運命の人と言ってもいい。ただそれだけなのです」

「……私には、わかりません」

「出会うまでわかりませんよ。けれど出会ったなら自分の生きていた意味がきっと分かる」

「けど、父を裏切るわけには……」

「自分の人生は自分で決める。父の期待に答えたいなら受ければいい。嫌なら断ればいいのです。もっと我侭に生きましょう」

「……自分で決める」

「他人に流されて生きて、他人を恨むなんて悲しいですよ。人生は一度切り。色んな後悔はあるでしょうけど、他人が決めた後悔じゃなく自分で選んだ後悔なら納得できる。そうは思いませんか?」

「でも、私は選び方がわからない。ずっと選んでもらってたから」

「俺も自分が何したいのかまだわからない。だから旅をして世界を回っています。もし、することが分からないなら俺と一緒に旅に出て探してみませんか?」


 あの時の俺と同じだ。自分じゃどうにもできないんだろう。なら俺が連れ出して、彼女に世界を見せよう。


「どうして私にそこまでしてくれるんですか? 私たちは会ったこともないのに」

「プリマさんが昔、俺を救ってくれた人に似てるんですよ。だから俺は、あんな目をするよりあなたには笑って欲しかった。それだけです」


 プリマさんは、下を向いて思案しているようだ。


「私は旅にはいけません。そんな経験ないから迷惑をかけてしまいます。でも、結婚な嫌なんです。だから父に自分の意思を言ってみたいと思います」

「それならそれでいいんですよ。自分で決めることが重要なんですから」


 どうやら、彼女は一歩踏み出せたようだ。なら俺の役目も終わりかな。


「あの、勝手なお願いなんですが、また明日お話できませんか?」

「ええ、喜んで!」


 また、彼女と話ができると思うと嬉しく思ってしまう。宿に帰った俺はずっと笑っていたらしく、ヘレナがそんな俺を見て不思議がっていた。







 一番古い記憶は、聖女として大人の見世物になっていることだった。色んなとこに行っては、聖女様、聖女様と私の翼を見て同じことを言う。

 父は忙しいらしく、母は病で伏せっていて、私の話相手はもっぱら侍女でした。偉い人に失礼がないようにと礼儀作法を厳しく仕込まれました。ただ、魔法の授業は好きでした。

 私には魔法の才能があったようで、他の人よりも魔力が高く、覚えるのも早いと教育係に褒められました。もっと魔法の勉強がしたいと言うと、父は回復魔法だけでいいと私を叱りました。そんな父を母が説得し、私は色んな魔法を覚えました。

 しかし、母がついに病でなくなると、そんなことを悲しむ間もなく、私は色んなとこに連れまわされました。各地で聖女と言われ、言われるままに回復魔法を使う。次第に私は聖女としての自分を受け入れ、機械的に振舞えるようになっていました。


 本国から離れ、私はアロゲンシア帝国のメルガルドにいくことになりました。父はこの国で、なにか大きなことをするようでした。

 父からこんなに長く離れたのは、いつ以来でしょうか。私は定期的に行う聖女としての治療以外にやることがありませんでした。魔法の勉強も、もうしたいと思いません。日がな一日祈ってることも多くなります。私には祈ることくらいしかやることがありません。そんな私を見て、周りの人間はまた流石は聖女だと見当外れなことを言うのでした。


 父から手紙が来ました。どうやら私の縁談相手が決まったらしいです。相手は四十代の枢機卿とのことです。結婚、いつかはするとは思ってました。話に聞くように恋愛の末に結婚できるとは思っていませんでしたが、これはいくらなんでも反発心が沸いて来ます。

 そういえば、私が父に逆らったことがありません。私は常に父に従いました。そうすることしか知りませんでした。私は一体何なのでしょう。

 聖女? なら、もし翼の色が今からくすんだりして、聖女じゃなくなったら私は消えてしまうのではないかと不安になりました。私は何のために生きてるの?


 神にこれまでより深く祈る。神は何も答えてくれません。私の人生って一体何なのでしょう。私の価値はこの翼だけなの?

 答えの出ない自問自答が続きます。いつもの治療を機械的に終え、また、神に祈ってる時でした。扉の開く音が聞こえました。なにやら私のことを話してるみたいです。

 どうやら、私と話したいようです。ステンドグラスの光で、その人は鮮やかに輝きを放ちながら、私が悲しそうだと言ってくれました。初めて私自身を見てくれる人を見つけた。

 人が運命の人に出会うために生きるというのなら、この出会いが私の運命だったと、今なら確信を持ってそう思えます。


 彼のことを考えると胸が熱くなる。もう答えは貰っているのに彼と話したくて、また明日お話してくださいとお願いしてしまった。彼は笑って快諾してくれた。

 早く彼とまたお喋りしたい。早く明日にならないかしら。早く、早く。こんなに次の日が待ち遠しく思えるのは初めてです。あの人のことがもっと知りたい。

 昨日までの不安は微塵もなく、私の心は彼のことだけしか考えられなくなっていたのでした。




 お祈りを終え、教会を掃除します。そう言えば、いつ彼が来るか分かりませんでした。私はいつもなら祈ってる時間を自分のために使うことにしました。

 髪を整え、羽を繕います。気になっていたこの純白の羽も、彼が綺麗と思ってくれるのならば、これで良かったと思います。

 教会のかたが私を呼びました。どうやら彼が来てくれたようです。いつになく心臓が跳ねているのが自分でも分かります。平静を必至に装って彼と懺悔室に行きました。

 今日は、私の産まれからこれまでのことを話しました。思い出すのはちょっと苦しかったけど、彼が私の話すことを、まるでの自分のことのように悲しんでくれているのを見て、辛さよりも嬉しさが上回ってしまいます。

 そんなお話をしていたらすぐに日が落ちて夜が来てしまいました。私たちはまた明日の約束をして別れました。

 

 それから毎日彼に会って話しをしました。羽がなくなり、聖女でなくなったら私の価値などないのではないかというと、「羽がなくともプリマさんは綺麗だよ」と、まるで物語のような言葉を掛けてくれました。私の顔はきっとものすごく赤くなっていたと思います。

 私のことを話し終わった後は、彼のことを聞きました。幼馴染の女の子とずっと一緒にいたこと、魔法の才能があることが分かり魔法剣士を目指したこと、騎士学校に入学しようと村を出たこと、色んな彼のことを知りました。幼馴染の女の子のことは、ちょっと嫉妬してしまい、あまり聞いてて楽しくはなかったのですが……

 

 会う度に、昨日よりもずっと彼のことが好きになっている私に気づきました。彼も私のことが好きだと思います。なんとなく分かるのです。

 でも、彼は冒険者。いつかここを出て行ってしまいます。なんであの時、旅に一緒に行こうと言われた時に頷かなかったのでしょう……

 今からでも言えば連れていってくれるでしょうか。私宛の連絡が来たのは、そんな風に考えていた時でした。それはオークの集団が街の近くに出没し、それの退治に同行してくれというものでした。




「つまり俺を護衛に依頼するということですか」

「はい、お願いできませんか?」

「いえ、プリマさんのお願いなら喜んで。命をかけて守ります」


 いつも通り、教会の懺悔室でプリマさんと話をする。もう懺悔室とか意味のないしゃべり場になっているが気にしない。

 今回はプリマさんから話があるということで聞いたところ、街の近くに大規模なオークの集団が住み着いたらしい。

 それの退治はもちろん冒険者がするのだが、怪我人の治療のため、有翼族の数人来てくれないかと言われたそうだ。

 もちろん後方待機で警備も万全にするとのことだが、プリマさんは怖いので俺にも護衛についてもらいたいとのことだ。

 俺としても荒事に向かなそうなプリマさんが戦場に行くのは不安なので護衛は歓迎だ。 

 

「こういったことは度々あるので?」

「いいえ、初めてです。魔物の大規模討伐など私がここに来てから数年経ちますが初めてですね。しかし、他の領土では魔物の大規模討伐に有翼族が出向くのは珍しいことではないらしいです。私も有翼族の一人としてみなさんと共にいきたいと思います」

「俺としてはプリマさん以外に行って欲しいですがね。戦場ではなにがあるかわからない」

「私が一番魔力量が多いですからね。救える人を見捨てるわけにはいきません」

「プリマさんはやっぱり聖女にふさわしいですよ。自分の危険を顧みずに人を助けるなんて中々言えることじゃありませんよ」

「そう……でしょうか……。有翼族なら当たり前だと思います」

「なら有翼族全員が聖者と呼ばれてもいいですね。俺は素晴らしいことだと思います」

「……ありがとうございます」


 プリマさんは聖女と呼ばれるのが嫌らしいけど、その行いは聖女そのものだ。

 人間では金だ名誉だという欲がつきまとう。もちろんプリマさんの行いだって教会単位で見ればお布施や地位の向上などあるのだろうが、それは打算ではなくプリマさんたちの行った結果から来るものだ。有翼族の献身は素晴らしいものだと思う。


「出発は明後日の朝です。それまで少し慌ただしくなってしまうので明日は時間が取れないと思います……」

「では明後日の朝に迎えに来ます」

「はい。お願いします」


 プリマさんと別れ、情報を得るためにギルドに寄る。

 そこにはオーク退治の募集のクエストがあった。Dランク以上が必要で、参加するだけで銀貨二、オークの魔石が銀貨四のレートだ。

 レートを見る限りオークとはそんなに強くないのだろう。とはいえゴブリンが銀貨ニなので一応二倍は強いという判定だ。


 オークとは全女性の敵である。他種族のメスを孕ませるオークは全ての種族から嫌われている。

 その数や生息地を選ばないことから最も身近な脅威であり、嫌われ者ナンバーワンの座に君臨している。


 そんなものが街の近くに居ては戦う術を持たない人にとっては恐怖以外の何物でもない。流通にも差し障るだろう。

 もっと詳細を知るためにギルドのお姉さんに話を聞く。


「すいません、オーク討伐の詳細について教えて貰えますか?」

「はい、此度は西の森にオークの集落ができていたらしく、街道を行く商隊の被害が急増したので大規模討伐をすることになりました。オークの数はおよそ三十体。冒険者の募集締め切りは五十人を予定されています。参加するのなら細かな予定まで説明致しますが?」

「いえ、すいません。気になっただけです」

「そうですか。まだ空きがあるので予定がお空きならば奮ってご参加ください」

「あはは……」


 とは言われたものの俺はまだEランクだから参加できないんです……

 ここに来るまでに集めた魔石を換金すれば俺もDランクになれるかな?

 いや、ちょっと待て、討伐参加するのはいいとしてヘレナをどうするんだ?

 確実に比翼の理の範囲外だし、でも連れてくわけにも行かないし。まずったな。プリマさんに俺以外にも連れて来ていいか聞くべきだった。

 いや、俺のせいだ。無意識にヘレナとプリマさんを合わせることを忌避してたんだ。だって浮気みたいじゃないか。いや、浮気ではあるんだろうな。もう、前世のことは関係ないのにプリマさんに関わっているのだから……


 次にあったら既婚者であることを告白しよう。プリマさんは怒らないだろうな。でも軽蔑するはずだ。既婚者の癖に俺は明らかにプリマさんに好意を寄せていた。向こうも気づいていたはずだ。

 うわぁ、気が重い。護衛依頼が終わったら、プリマさんともお別れか……

 いや、そもそも長居をしすぎた。ヘレナだって宿に押し込めっぱなしで可哀想だ。ここらが潮時だったんだろう。

 魂の昂ぶりのまま、プリマさんに話しかけてしまったが、俺にはもうヘレナという嫁がいるんだ。ヘレナを愛すると誓った。それを反故することはできない。やはり白神さんとは結ばれない運命にあるようだ。


 やばい、涙が出そうだ。今、この瞬間に俺の前世から続く初恋は終わりを告げたのだ。ただの似ている人であるプリマさんを巻き込んだことに申し訳なく思いつつ、俺は宿に帰った。


「アステル様、どうしたんですか? お気分が優れないのですか?」

「少し悲しいことがあっただけだ。気にしないでくれ。それよりもヘレナに話さなきゃならないことがある。オーク討伐の護衛に行くことになったんだ。比翼の理の範囲外に行くことになるんだが、ヘレナはどうしよう」

「一日くらいなら離れていても平気だと思いますよ。アステル様が空間魔術を使いたいのならついていきますが」

「俺の役割は護衛だから多分力はいらないと思うんだよなぁ。ヘレナ、辛いと思うが留守番してて貰えるか?」

「わかりました。お帰りをお持ちしてます」

「その代わり、明日は二人で街を回ろうか。もちろん、人が怖くないならだけど」

「もう村のことは気にしてません。ばれないように立ち回ります」


 ヘレナが嬉しそうに胸を張る。やっぱり宿生活は退屈だったらしい。


「ああ、二人で甘味でも食べようか」

「はい。楽しみにしてます」


 ヘレナが抱きついてすりすりと甘えてくる。こんな可愛い嫁を今まで放っておいたとかどんなアホだ。これからはヘレナ一筋で生きよう。そんなことを考えた夜だった。




「おいひいれす」


 ヘレナが甘いパンケーキを食べながら幸せそうに言う。昨日の言葉通りにヘレナと一日デート中だ。

 流石にケーキともなると値段が張るので無理だが、パンケーキくらいなら十分に手が出る値段だ。砂糖など少ししか入ってないのだろうけど十分甘いと感じる。

 ローブを被りながらパンケーキを頬張るヘレナは傍目から見るとおかしさ満点なのだが、誰も気にしない。このハーミッドローブの性能は素晴らしいの一言だろう。師匠がどうやって手に入れたのか気になるところだ。


「ヘレナには随分と窮屈な思いをさせたからな。いっぱい食べていいぞ。俺の分も食べろ。ほらあーん」


 フォークで刺してヘレナの顔に持っていく。ヘレナは少し戸惑ってからぱくりと食いつく。雛にエサをやっている気分だ。とても楽しい。

 それからは二人で露天を回ったり、買い食いしたりして十分にストレスを発散した。こうして俺はとても充実した日を過ごした。

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